第12話「看板娘爆誕!」
第12話「看板娘爆誕!」
「モーニングセットお二つですね。ありがとうございます! モーニングセットお二つです!」
「あいよ! 少々お待ちを」
酒場【ウルグス・ウィーヌム】に、あまりにも場違いな声が響いていた。その声とはもちろんニーナの声だった。
「おい、ドミナ」
カウンター席の一席に座っている初老を感じさせる男性――ガイアス・ザランは、近くにいたドミナにそう声をかけた。
「ん? どうしたのガイアス。厳つい顔をさらに厳つくしたら、ますます子どもに泣かれるわよ」
「今はそんな冗談を言ってるじゃないんだがな」
ガイアスはそうぼやくと、手元にあった酒を呷った。
「お前らの店はいつの間にあんな嬢ちゃんを雇ったんだ?」
「今日からよ」
「はは、今日からね……はっ?」
ドミナがあんまりにも自然にそう言うものだから、ガイアスは自然に聞き流してしまいそうになってしまったが、聞き流していいものなのかと疑問に思ってしまう。
「今、今日からとか言わなかったか?」
「言ったけど。まあ、正確に言うと雇ったのは昨日の夕方だけどね。けど、今日の朝からが初仕事だけどね」
「は~ん。しっかし、お前たちが人を雇うなんて珍しいな。しかも少女だしな」
ガイアスはこの酒場が出来た時から通っている常連客だった。もうここに十年と通い続けているが、この店で働いている従業員は酒場の店主とその奥さんである二人しか見たことがなかった。
「別に人が来れば雇うつもりだったわよ。ただ来なかったから雇わなかっただけで」
「ふ~ん。しかし、あの少女いやに順応が早いな。キャラが濃い酒場連中の客相手に、一歩も引かず凛として接客してやがる。肝が座ってやがる」
ガイアスはそう言いながら、次から次へと接客をこなしていくニーナの姿を見ていた。
「おまけに、客の心も鷲掴みか。本当にあんな逸材どこに隠れてたんだか」
ガイアスの言う通り、ニーナが接客した後はニーナに見惚れているのか、ぼけーとしている客の姿がいくつも見受けられていた。
「ニーナ、はいよ。さっきの注文一丁あがりだ。運んでくれ」
「はい!」
「しかもテッラとの息も初日なのに大方合っている。本当に何者なのかね」
ガイアス・ザランは元Aランク傭兵だった。長い傭兵人生の中で色々な人間を見てきた。だから、ガイアスの眸にはニーナ――アモルがとても不思議な少女に映るのだ。何かを抱えているのではないかと思えてしまって仕方がないのだ。
まあ考えても仕方がないことかとガイアスは考え直すと、手元にあったグラスに新たな酒を入れ直すと、その酒を美味そうに呷った。
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アモルは働いている時は、ニーナ・アーベラと言う偽名を名乗って働いていた。
これはセルウァーとテッラの考えだった。ここは酒場だ。色々な人が集まる為、万が一にもアモルがここにいることが、アモルの主人に知れれば必ずアモルを取り戻そうとするだろう。だから、極力アモルがここにいることを分からなくするために、アモルにはニーナと言う偽名を名乗ってもらっているのだ。
「ニーナちゃん、追加の注文頼むよ!」
「はい! ただいま!」
アモルもすぐにニーナと言う名前に馴染みてきぱきと働いている。ニーナがホールに出て動き回っているだけで、いつもの倍の売り上げを叩きだしていた。
これにはテッラ夫妻も脱帽する思いだった。アモルには人を惹きつけるものがあるとは感じていたが、まさかここまでの効果を発揮するとは思っていなかったのだ。
こりゃあ、夜の仕込みをいつもの三倍に増やした方がよさそうだな。
テッラは厨房からホールを見て、ひっそりとそんなことを思っていたのだ。
朝の営業は予想以上の反響で、そのまま昼営業に突入したのだが昼も昼でそれ以上の盛況っぷりだった。
どこからか噂が流れたのか、次から次へとニーナを一目見るために、傭兵や近衛団の連中が仕切りなしに入店、退店を繰り返している。
ホールの仕事をしてもらっている、ニーナもドミナも忙しなく動き回っている所だった。
「二人とも、そっちは大丈夫か?」
テッラは料理を作る手を止めずに、ホールにいる二人にそう問いかけた。
「こっちは何とか大丈夫よ」
すぐにドミナから頼もしい声が返ってくる。
「ニーナも大丈夫か?」
「はい! 何とかやれてます!」
頼もしいな。本当に。
テッラは力強く頷くと、この大量のお客を捌くために料理を作るペースを上げた。
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セルウァーはギルド総会を後にすると、テッラの酒場がある西区画ではなく、北区画に向けて歩いていた。早く戻ってアモルの姿を見たいのもあるが、セルウァーは一つのやることが出来てしまったため、戻る前にそっちに向かったのだ。
何でもあいつが帰って来てるんだ。いる間に一度は会っておかないといけない相手だった。
奴の名は情報屋――サピエンティア・ザイン。セルウァーは下の三文字を取ってティアと呼んでいるが。
このティアは情報屋と謳ってはいるものの、神出鬼没な奴なのだ。いたと思ったら情報を集めるためと言って、ふらっとどこかへ行っていなくなってしまい、そこから二、三カ月と平気でいなくなってしまうのだ。なので、いる時に知りたい情報を買っておくのが、ティアとの商売の基本だった。
しかし、そんなことを平気でやってのける奴のだが、情報の正確さはピカイチなものがあるので、セルウァーはついついティアの情報屋を利用してしまうのだ。
北区画まで来ると、セルウァーは入るかどうかで一瞬迷ってはしまうが、ティアにどうしても会わないといけないと考え直して、意を決して北区画へ足を踏み入れた。
北区画に入った瞬間、周りの空気がガラリと変わったそんな錯覚に陥ってしまう。確かに区画ことにその区画なりの空気があるものの、どうしてもこの北区画と東区画だけは慣れることがなかった。
まったくどうして、ティアはこんな場所を生業にしているんだ?
セルウァーは不思議に思いながらも、北区画を歩いて行く。
北区画に入るとすぐさま派手目に着飾った女性が、しきり勧誘している姿が見受けられる。後は賭場からは喜色の声や怒声が聞こえてくる。
もう嫌だ。帰りたい。
セルウァーは割と本気でそんなことを思ってしまうが、そうは言ってはいられないので、何とか踏み止まり目立たないように、足早に目的地まで歩いて行く。
派手な表通りから細い裏路地に入り込むと、セルウァーはそのまま道なりに進み、如何にもこじんまりと営業しております、と言う雰囲気をもろに出している店の扉を開けて中に入った。
「ティア、いるか?」
セルウァーが中に入ってそう声をかけると、ニッシッシと言う声が聞こえてくる。この独特な笑い方は間違いなくティアのそれだった。
笑い声のした方に視線を向けると、そこにはフード付きの外套を纏った小柄な女性がそこには立っていた。桃色の髪をサイドテールに纏め上げ、顔は不敵に笑っている。
「よっ、久しぶりだなセルウァー。お姉さんがいない間に何やら面白いことをやっていたみたいじゃないか」
さっすが情報屋だけはある。すでにこっちの動きを掴んでいる。
「森で女の子を誘拐してきたそうじゃないか」
「誤解を招く言い方をしないでくれ」
「でも事実だろ。誘拐したのわ」
ぐっ……確かにそこは事実なので何も言い返せないが。
「それで一体君はなにを考えている? よければお姉さんに教えてほしいな」
お姉さんと言ってはいるが、セルウァーと同い年だった。そして、何をしようとしているかなんてとっくに掴んでいるくせに、そう言う聞き方をしてくるのは白々しいとセルウァーは思ってしまう。
「ティア。情報が欲しい。俺に売ってくれ」
「おいおい、ずいぶんと適当な言い方だな。そんな言い方だとお姉さんはどの情報を売っていいのか分からないな」
「ティアが知っている情報全てだ」
「おいおい、それこそどの情報を売っていいのかが分からないぞ」
「ティア、悪ふざけはそこまでだ。結構、こっちは真剣なんでな」
「そいつは心外だな。お姉さんだって真剣にやってるんだぜ。まあ、君が求めている情報はアモル・フェーリークスのことだろうけどな」
「やっぱり、分かってたんじゃないかよ」
「ごめん、ごめん。つい君で遊びたくなってしまってね」
「勘弁してくれよ」
ティアは再びニッシッシと笑うと、ソファーに腰を下ろして少し待てと言って、奥の部屋へと姿を消してしまう。
セルウァーはちょっと待てと思わずにはいられなかったが、奥に行ってしまったものは仕方ないので、セルウァーは言われた通りにソファーに座り待つことにする。
五分ぐらい待っただろうか?
体感ではそのぐらいの時間の感覚だった。再び戻って来たティアの手にはトレイが握られ、その上にはティーセットが載せられていた。
「なぜにお茶会を開こうとしているんだ?」
セルウァーの記憶によると、ここに情報を買いに来てお茶を出されたことは一度もなかった。
「いやさ、たまたま良い茶葉が手に入ってね。一人で飲むのはもったいないなっと思ったんだよ。それに、君が欲している情報は長話になる可能性があるからね」
「そんな情報量があるのか?」
「まあ、あるにはあるかな。そもそもアモル・フェーリークスの情報を話すには、どうしてお姉さんがこの情報を知りえたのか、それにどうして君が欲している情報がそれだったのかを話すところから始めた方が良いと思ったからね」
「ふ~ん、何だか今日はいやに饒舌だな。いつもはもっと簡潔に終わるのに」
「いやいや、たまにはいいかなって思っただけだよ。今日だけの特別仕様さ」
ティアはセルウァーの対面に座り、お茶の用意をしながら不敵に笑った。
「さてと、それじゃあ話を始めようか」
「ああ」
セルウァーはお茶を受け取るとそう頷いた。
「実はなお姉さんも君がいた街【ターソン】にいたんだよ」
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