商人の馬車
僕がイナ村を出発してから1日が経った。
大した魔獣も現れず、無事に焚き火も出来た。一応今の所は順調だと言える。まぁ、1日目が終わっただけなんだけどね。
森の中を歩いているので、正直方向があっているのかは分からないが、どこかに着いたら着いたでユリーシアに方向転換すれば良い。時間に縛られてる訳でもないし。
幸いなことにこの森で現れる魔獣は図鑑で見て覚えていたし、難なく対処出来た。木に擬態していた『トレンター』に、小さい鼠の様な『エモルマ』。何れも『デコイホーン』に比べれば然程危険性のない魔獣だ。まぁ『エモルマ』に食料を取られたのは驚いたけど。
「よしっ、水でも汲もうかな」
持っていた水筒に水を入れる。ここに川が流れていて助かった。父さんには食料よりも水の確保を優先しろって言われてたし。
そういえばだけど、僕の食料は基本的に木の実か魔獣だ。魔獣と言っても火にかければそれなりに食べられる。美味しいのとまずいのに分かれるけどね。
焚き火は貰った火打ち石で点けている。普通は魔法で火を点けるらしいんだけど、僕には出来ないしね。父さんもこれで点けてたんだってさ。
魔獣の気配もないし、とりあえずこの川の側で休憩を取ろう。そう思った時だった。
「ワオォォォォォォオオオォォオオンッッ!!!!!」
「遠吠え!?あっちの方からだ!」
森一体に遠吠えが響き渡った。恐らくだけど『ハイウルフ』の遠吠えだ。
『ハイウルフ』は個々の戦闘力は大して高くないものの、その真骨頂は群れることにあるそうだ。頭の良い『ハイウルフ』は襲えそうな相手を選び、集団で狩りをする。その相手は大体弱い魔獣であったり、馬車であったり。兎に角餌になりそうなものしか襲わない。
「然程遠くないし……人間が襲われてたら大変だ!」
魔獣同士の争いなら手を出す必要はないけど、襲われているのが馬車とかだったらまずい。僕一人の手で戦えるかは分からないけど、馬車には決まって護衛の冒険者を積む。僕にでもその冒険者のサポートぐらいは出来るはずだ。
僕は遠吠えのした方向へ走り始めた。
ー
「ううわぁああ!助けてくれぇ!!!!」
僕が遠吠えの聞こえた方に向かうと、『ハイウルフ』に馬車が囲まれていた。冒険者を雇ったりはしなかったのか!?
そして声の主、馬車の後方に座っていたのは一人の小太りの青年だった。僕よりかは歳上だと思う。
だが、魔獣と対峙した事はなかったのか、馬を叩く様のムチを必死に振るっているだけだ。あれでは牽制にもなってない。
僕は隠れていた木の陰から飛び出し、一匹の『ハイウルフ』を背後から斬りつけた。振り下ろした剣は背中を深々と斬り裂き、そしてその『ハイウルフ』はぴくりとも動かなくなった。
「よし!後五匹だ」
「お、おい!助けに来てくれたのか!?」
「今のうちに逃げて下さい!『ハイウルフ』は馬車よりも全然早い!僕がヘイトを集めている間に早く!」
僕は小太りの青年に向かって叫んだ。『ハイウルフ』のぎらりとした牙が太陽に照らされて鈍く光る。
残りの『ハイウルフ』は五匹。一匹は不意打ちで倒せたが、残りの五匹は倒せるか分からない。逃げてくれればいい……いや、それでは馬車が襲われてしまう。そうなるとあれを使う事も視野に入れないと……。
小太りの青年が、持っていたムチで馬を引っ叩いた。馬の鳴き声が聞こえると同時に、馬車は砂煙を立てて走って行った。
「じゃあな!助けてくれてありがとよ!」
「はい!」
後ろを向いて小太りの青年が叫ぶ。
……よし、これで馬車に襲う事もなくなった。後は、僕がこの『ハイウルフ』を倒すだけだ。
剣を構える。僕を囲む様に位置取った『ハイウルフ』は、どうやら僕を倒せる程度の存在だと認定したらしい。なら、その予想を覆して倒すだけ。
「ヴォォォオオオンンンッッッ!」
『ハイウルフ』が吠えると、それを合図にそれぞれ別な方向から一斉に飛びかかって来た。
右左前方から一匹ずつ。背後には二匹。逃げられない様に上手く飛びかかって来ている。
左手でポケットから折れた剣を取り出し、『ハイウルフ』の背後に行く様に地面に滑らした。
直ぐさま《原点回帰》を発動し、背後に瞬間移動した。
『ハイウルフ』達は突然消えた僕に驚いている様だったが、そんな事を御構い無しに背後から斬り裂く。
「二匹目……!」
喜ぶ僕だったがそれも束の間、再び飛びかかって来た『ハイウルフ』を慌てて避けて、そして牙で頰を斬り裂かれた。
痛いと思いつつも、次が来るので一旦『ハイウルフ』から距離を取る。
「いっつつ……」
手で触ってみると、かなり深く斬られた様だ。頰からたらりと血が垂れていた。
《原点回帰》して直した短剣を腰に付けていた鞘にしまい、両手で剣を構えた。両手で剣を扱った方が多数戦は有利なのだが、僕には扱えない。
もう《原点回帰》は出来ない。折れている剣が必要だが、僕が持っているロングソードも生憎折れる様な素振りは見せないし、わざと折るなんてのも無理だ。というかやりたくないしね。
必死に頭を回転させて状況を打破する方法を考えるが、妙案は思い浮かばない。
どうしようか悩んでいる時も『ハイウルフ』達が待ってくれる筈もなく、何とか躱しつつも少しずつ体力が削られていく。
ギィン!と鉄が擦り合う音が森に響いた。僕の剣と『ハイウルフ』の牙が擦り合わさった音だ。
そしてその後ロングソードは弾かれ、手の届かない所まで弾かれてしまった。
「くそっ……!!!」
もし魔法剣ならばという考えが浮かんでしまった。
魔法剣ならば直ぐ様次の魔法剣を生み出して戦う事が出来る。だからこそ、鉱物性の剣は弱い。弾かれてしまったら、手から離れて仕舞えば僕には何も出来ない。
短剣を逆手に構えて『ハイウルフ』と睨み合う。剣を失った事で、『ハイウルフ』達は益々闘気を燃やし始めた。勝機が見えたとでも言わんばかりに吠える『ハイウルフ』。
ここで諦めたら父さんにも母さんにも、ミリアやローンにも悲しい思いをさせてしまう。これは父さんとの模擬戦じゃないんだ。実践の、命を奪う戦いだ。
短剣を握る手に力が篭る。まだ僕の心は諦めていない!
飛びかかって来た『ハイウルフ』を斬り裂こうと短剣を思いっきり振った所で、
「オラァ!!!!!どけどけぇええええ!!!!!!」
突然の地鳴りと共に、僕の目の前を馬車が通り過ぎて行った。『ハイウルフ』達を巻き込む様に。
僕の方しか見ていなかった『ハイウルフ』が避けられる筈もなく、馬車に轢かれて轟音と共に森の中に飛ばされて行った。
僕がぽかーんとしていると、馬車が戻ってきて、そして僕の目の前で止まった。先ほどの小太りの青年が乗っていた馬車だ。
どうだと言わんばかりの青年のサムズアップを見た後、緊張の糸が切れたのか膝の力が抜けた。
「お、おい!?大丈夫か……って結構血が出てんな。待ってろ、今ポーション飲ませてやるからな」
「ありがとうございます……所で何で戻って来たんですか?」
地面にうつ伏せになりながら僕は青年に聞いた。
「お、あったあった」という声が聞こえた後、僕は青年に無理やり起こされた。
青年は手に持った緑色の液体の入った瓶を僕の口に突き刺すと、恥ずかしそうに頰を掻きながら言った。
「だって、助けてくれたやつが死んじまったら目覚めが悪いだろ?」
みるみるうちに塞がっていく傷に驚きながら、僕は空になった瓶を青年に返した。
僕から瓶を受け取った青年は、馬車の中に空き瓶を置くと、見た目によらず身軽に馬の背後に飛び乗った。
「なぁ、何処に向かってんだ?」
「ええと……ユリーシアの方に」
「それじゃあ乗せてやるよ。助けて貰ったお礼だ」
「いやいや、僕も助けて貰ったし、ポーションまで貰って……」
めんどくさそうに髪の毛を掻き毟り、青年は僕の襟首を掴んで馬車に放り投げた。
「こういう時はささっと乗るんだよ。変な所で気を使わなくていいっつーの」
「ありがとうございます」
なんかお礼を言って落ち着いたら眠くなって来た……。あんなに強い魔獣と戦うのは久しぶりだし、想像以上に神経をすり減らしていたのかもしれない。青年には悪いけど、馬車の中で寝かせてもらおう。
「それでお前名前は?俺はラギっつーもんなんだけどって寝てんのかよ!!?自己紹介してた俺が恥ずかしいじゃねーか!!」
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