旅立ち
これにて準備編完結です。お付き合いしていただきありがとうございました。
あの日、僕がミリアに魔法学園に行けないと告げた日から実に一年が経った。
ミリア達が着々と入学の準備をしている最中、僕は旅の予定を父さんと立てていた。父さんは冒険者として様々な場所を知っていたので、折角だから手伝ってもらう事にした。僕だけじゃ心細いしね。
その前に簡単にこの世界について話しておこうと思う。
僕たちの住む世界は5つの大陸に分かれている。
巨大な山脈が連なる北の大陸。
魔人が暮らす南の大陸。
精霊たちの集う東の大陸。
そして僕が今いる中央の大陸。
因みに西の大陸だけど、父さんに話を聞こうとしたら知らないって返された。村長とか本とかでも調べてみたんだけど、特徴のない普通の大陸だとしか分からなかった。でもそれが逆に怪しいって僕は思う。
話を戻すよ。
僕が住むイナ村から北に進むとアルスバード魔法学園、そして魔法都市アルスミラがある。世界のどの場所よりも魔法の研究が進んでいる場所として有名だ。因みに名付け親は魔法王本人らしく、何でも名前を残して自慢したかったとか。
僕はイナ村から北に進むのではなく、そこから北西の方向に進み、港町ユリーシアを目指す。冒険者に優しい町らしく、冒険者ギルドに登録すれば実力次第で金銭の確保が出来るとのこと。僕の実力次第だけど一応金銭面については問題なさそうだ。
とりあえずユリーシアに着いたら冒険者として暮らし、その後は自分で決めろと父さんに言われた。
現時点での僕の目標は無事にユリーシアに辿り着くこと。イナ村からユリーシアまでは遠くはないが、散歩程度の距離ではない。大体野宿して一週間ほどだと言っていた。因みに母さんにそれを告げたら、恐ろしく反対された。イナ村からユリーシアの間では強くはないものの魔獣が現れる。死んだらどうするつもりだと怒鳴る母さんを宥めるのに一番時間を食ったのは良い思い出だ。
何とか母さんを宥め、危なくなったら直ぐに帰って来る事、そしてユリーシアに着いたら手紙を出す事を誓えと言われた。それを了承し、涙を流しながら寝室に入っていった母さんを見送り、僕は父さんと二人でテーブルに座っていた。
「ここまで来たか……」
しみじみと呟いた父さんの言葉が、静かな室内に溶けていった。
ここ2年は物凄い濃くて、あっという間に過ぎていったような気がする。
初めて恩恵を貰って、ミリアを庇って剣を握り、そして剣王様みたいになると誓った日。
父さんとの訓練を始めて、鍛冶屋スキルが初めて発動した日。
1年間必至に頑張った努力が、父さんの一撃で木っ端微塵にされて、ミリアに応援されながら立ち上がった日。
その全てが昨日の様に思い出される。がむしゃらに走って来た僕にとって、その時間はかけがえのないものだ。それでも短く感じてしまう、それが僕は少し寂しかった。
「なぁ……ここまで来てなんだがアラン、本当に剣王になるのか?」
「うん、なるよ」
「恐らくだけどこれからお前は物凄い経験をする。強敵を倒したって言う喜び、勝てない相手が立ちはだかった時の辛さ、仲間と馬鹿やる時の楽しさ、そして仲間を失った時の悲しみ。それら全てをだ」
そう言った父さんの瞳は何処か寂しそうだった。まるで自分が経験して来た様な言い方に、僕は思わず呼吸をするのを忘れていた。
いつもふざけて、僕を煽っていた父さんがそんな表情を見せるなんて思いもしなかった。
でも、それら全てを乗り越えて父さんはここにいる。あらゆる感情を糧にして振るった剣を僕は知っている。
なら、これから起こる事なんて怖くない。
それに僕は知っているはずだ。一人を背にして戦う事の辛さを。全てを背にして戦う事の偉大さを。
「父さん大丈夫だよ」
「……そうか」
何処か安心した様にフッと笑い、何時もの表情に戻った父さんを見て僕は安心した。
テーブルの上にはコップが二つ、水の入っているコップと入っていないコップ。
父さんは水の入っていないコップを持って、玄関のドアを開けようとしてこちらに振り返った。
「それじゃあおやすみ、明日は早く出ろよ」
「分かってるよ、おやすみ」
陽が落ちると移動するのが危険になるからだ。出来るだけ進む為には、早起きして陽の出ている間に進むしかない。
僕は自分のカバンと剣を持って自室に入った。
ベッドに身を投げ出して一息つく。
この部屋ともさよならだ。本棚には魔物図鑑や食べれる野草の図鑑が入っている。野宿するなら必須だと言われた気がする。勿論今では完璧に覚えている……よね?
難しい事を考える前に寝よう、明日は早いしね。
一瞬だけだけど、立てかけてある僕の剣が光った気がした。
ー
イナ村に温かな光が射し込む。名も知らぬ野鳥が声を上げた。
それと同時に一人の少年が起き上がる。名をアラン=ユーグンシュタインという。
アランはがばりと起き上がると、ひったくる様に剣とカバンを掴んで家を飛び出した。寝ぼけていた為か一回転んだのはご愛嬌だ。
そしてアランが鍛え抜いた足で村の門を目指すと、その前に立っている二人の人物を見た。見覚えのある顔にアランの顔が綻ぶ。
「ミリア!それにローンも!」
腰に手を当てて如何にも怒ってますよアピールをするミリアと、眠たそうに目を擦る背の高いローン。身長差の凄い二人がアランをずっと待っていたのだ。
太陽の光がプラチナブロンドの髪に反射して眩しい程に輝く。眩しそうに目を瞑ったアランを見て、ミリアはくすくすと楽しそうに笑った。
「全く、アラン少し遅いわよ?」
「ご、ごめん。ってかどうして朝早くに僕が出るのを覚えてるの?」
「貴方のお父さんに聞いたのよ。早くて大変かもしれないけど見送ってくれないか?って言われたら見送るしかないじゃない!」
「眠い……」
「因みにローンは叩き起こして来たわ!」
ご愁傷様、ローン。と心の中で呟くアラン。
直後、ミリアはアランの手を握った。びっくりするアランだったが、ミリアは手を握ったわけではなく、手首になにかを結ぼうとしているのが分かった。
「よしっ、できた!」
アランが手首を見ると、色とりどりの糸で編まれた輪っかがそこにはあった。
おまじないの様なものだろうか。そうミリアに告げるも、いたずら心満載の顔ではぐらかされてしまった。帰ってきたら教えてあげるよと言われてしまったら聞くに聞けない。
「もう行かなきゃ!」
ローンが手際良く村の門を開けた。ギィギィ軋みながら開く門のその先に、アランが進むべき道がある。自然を足が動き始めた。
アランはミリアとローンの間を通って門の外に出る。そして振り返って一言。
「それじゃあ行ってくる」
「……うん、行ってらっしゃい!!!」
「頑張れ、応援してる」
知らぬ間に大きくなった幼馴染の背中を見て、ミリアは思わず泣いてしまいそうになった。
だけど彼女は言われたのだ。アランの母親に『見送る時ぐらいは笑顔でいなさいよ』と。
それでも、それでも。
「やっぱり寂しいよ…………っ!!!!!」
彼との思い出が蘇ってくる。それと同時に止め処なく涙が溢れる。
別れぐらいは笑顔でいようと思ったのに、彼女の思惑とは裏腹に顔を伝って地面にぽたぽたと落ちる涙。
それを横で見ていたローンは、ミリアの背中をとんっと押した。
「ミリア、まだ言いたいこと、ある」
「そうよね、ここで泣いてるなんて私らしくない!」
ローンの一言に動かされ、涙をごしごしと拭くミリア。
そして少しずつ小さくなっていく少年の背中に向かって大声で叫んだ。彼に届く様に、一言。
「ずっと!ずっっっと!私、アランのこと待ってるからね!!!!!!!!!」
それはアランという少年がミリアの元へ帰ってくる事だろうか。
はたまたアランという少年が剣王になって戻ってくる事だろうか。
「ありがとう、ミリア」
それは言われた本人にしか分からない事である。
腰に銀色の剣を差し、革で出来たカバンを持つ一人の鍛冶屋。
赤い頭髪をしたアラン=ユーグンシュタインの旅が、
今始まるーーー
次回から港町ユリーシア編スタートです!是非ともよろしくお願いします!
やっとプロローグ終わった……