小さな英雄-1
誤字脱字は確認したので無いはず……
「アラン=ユーグンシュタインのスキルは『鍛冶屋』ですな」
「えっ」
目の前になっている胡散臭い神父が放った一言に、僕は思わず聞き返してしまった。
ここイナ村では10歳の誕生日を迎えると、『恩恵の儀』という恒例行事がある。文字通り神様から恩恵を貰う行事だ。
と、神様から貰うと言っているが、その実態はその身に宿った力を引き出す事らしい。それを神が開放するからスキルを貰ったという表現になるとか。
「『鍛冶屋』は悪くないスキルだ。其方は魔法適正は低い。だが、その器用さは村人は勿論私も知っているよ。魔法工になるのがオススメだよ」
「……はい……」
膝の上で握っていた拳がギリリと苦しそうに泣く。
結局人間の人生はスキルで決まってしまうのか。『剣才』のスキルを貰った剣王様と同じ様に、『鍛冶屋』のスキルを貰った僕は魔法工にしかなれないのか……。
いや、諦めるのは早い!実際魔法適正が高くて『魔才』を持っていた人が商人になった例もあるし……というかそれってスキル無くてもなれる……。
結局自傷行為をした僕は、その顔に落胆を浮かべながら家に帰る事にした。
「あっ、アラン!」
「……なんだミリアかい」
「なんだは失礼でしょ!」
教会の扉を開けるとそこに一人の少女が立っていた。
如何にも怒ってますアピールをした幼馴染のミリア。プラチナブロンドの髪を三つ編みにした彼女は、これからお使いなのか片手にカゴを持っていた。
「ってどうしたの?なんか元気ないけど……」
被っていた赤い頭巾が外れそうなのか、結びながら聞いてくるミリア。
気分的には最悪な僕は話す気にはなれなかったが、恐らくここで適当にはぐらかしても聞いてくるだろう。それなら話した方がいいかも知れない。
「貰ったスキルが『鍛冶屋』だったんだ」
「『鍛冶屋』?良いじゃない!」
「何処が……?」
ミリアまで同じ事を言うのか……。
「だって魔法工にもなれるし、将来は安泰ね!」
その言葉が僕の怒りの引き金を引いた。
「何が良いんだよ!!!」
びっくりした様な顔をしているミリアだったが、僕の怒りは止まらない。
「僕は別に魔法工になりたいんじゃない!!!」
スキルを受け取った時から宿っていた落胆が怒りに変わって吐き出される。
「それもなんだよみんなして安泰だのオススメだの!!!!」
泣きそうな顔をしているミリアに僕はまだ怒りをぶつける。
「良いよなミリアは!『魔才』も持っててさ!完璧じゃないか!そんな奴が慰めたって皮肉にしか聞こえないんだよ!!!」
「違う……!そんな訳じゃ……!」
「心の中で思ってるんだろ!!!可哀想にって!慰めなきゃって!何処かで僕の事を馬鹿にしてるんだろ!!?そんな事されたって嬉しくもなんとも無いんだよ!!!」
吐き出した後に僕が見たのは、大声で泣くミリアの顔だった。端正だった顔をぐちゃぐちゃにして泣いている様子に、僕はしまったと思った。
が、その頃には既に遅く、ミリアは泣きながら家へと帰った。
その背中を見ていた僕は「ごめんね」の一言も掛けられずにただ一人、道のど真ん中に立っていた。
止めようと思った右手だけが、居場所を失くして宙に留まっていた。
ー
最悪だ……。
ミリアは何も悪くないのに。悪いのは良いスキルを貰えずに複雑な気持ちを抱いていた僕なのに。ただ励まそうとしてくれた幼馴染に怒って……。
そしてそれが分かる頃には既に取り返しのつかない所まで来ていた。もうミリアとは会話出来ないだろう。僕はあれだけ彼女に酷い事を言ったのだ。嫌われてもしょうがない。
「はぁ……」
部屋のベッドに顔を埋めながら僕は溜息を吐いた。なぜあんな事をしてしまったのかという後悔だけが心の中に蠢いていた。
もう『鍛冶屋』スキルとかどうでも良くなってきた。今頭にあるのは慰めようとしてくれたミリアの泣き顔。それが強く印象に残っていた。
「アランー?いるかしら?」
部屋のドアをノックした母さんは、ドアを少し開けて顔だけひょっこりと覗かせてきた。
母さんはくいくいっと手招きをすると部屋のドアを閉めた。何か話したい事でもあるのだろうか。重い体を動かして僕はテーブルへ向かった。
「アラン、座って」
「うん」
先に座っていた母さんに促され、対面する様に座る。テーブルに置いてあったカップには、温めたミルクが注がれていた。一口飲むと温かさが体に沁み渡る。
神妙な顔をした母さんは、僕に一枚の紙を見せてきた。
そこには入学届けと書いてあった。
「アランももう10歳じゃない?それでお父さんと話し合って学校に入れる事に決めたんだけど……」
「うん……」
「近くのアルスバード魔法学園で良いかしら?」
アルスバード魔法学園はそこそこの規模を持つ有名な学校だった気がする。そこから魔法都市アルスミラに進学する人もいるらしく、ここいらの地域では入学するなら殆どがここらしい。
……異論はない。それでも剣を振るう練習をしたいと思った。きっとアルスバード魔法学園に入れば勉強漬けの毎日だろう。剣を振るう暇なんてなさそうだ。
それで少しずつ剣王様への憧れが薄れていくのは嫌だ。記憶の中の剣王様がどんどん小さくなっていく様な錯覚を思わせる。
だが剣を、正確には鉱物製の剣を振るう学校はないだろう。
それは少し前に魔法王ミリファーナ=アルスが『魔法武具』という簡易魔法を生み出したのが原因だ。
体内中のマナを手元で剣の形に固定化する事で剣の様に扱う。そんな魔法だと聞いたが実際詳しい事は分からない。
鉱物製の剣よりも安価で強固で軽い魔法剣が流行らない訳がなかった。おまけに嵩張らない。体内にマナがあれば幾らでも作り放題だ。そしてそのマナもポーションで回復出来るのだから非常に便利である。
そんなこんなで鉱物製の剣が使われる事は無くなった。
そしてそれと同時に剣王様も姿を見せなくなった。最後に出会った日から既に5年が経っている。もしかしたら剣王様にとって5年は物凄く短くて、ふらっと帰ってくるかもしれない。それでも毎年帰って来ているのが急に音沙汰無くなった。
村人達はもう諦めているが、僕はきっと剣王様なら帰って来てくれると信じている。それでも心の何処かでは諦めている僕がいる。どうせ帰ってこないと。剣王様は剣の時代と共に死んだのだと思っている自分がいる。それが僕自身一番許せない。
「アラン?どうしたの?」
「え、あぁ!なんでも無いよ母さん」
「そう?疲れてるんだったらお昼寝でもしたら?」
心配そうに顔を覗いてきた母さんに大丈夫だと言うと、僕は母さんの前に置いてある入学届けと書かれた紙を手に取った。僕はこの紙に自分の名前を書くだけで、剣王様への憧れを諦めて真っ当な魔法工として順調な道を歩めるだろう。安泰な生活と安定した収入で平和に暮らせるだろう。
「大変だ!!!!!」
そしてそんな将来を遮るが如く一人の村人が飛び込んできた。
「ミリアちゃんがいなくなった!!」
その言葉に僕の心臓が跳ねた。
ミリアが?何故?彼女はお使いではなかったのか?
「なんか泣きながら歩いているのは見た村人がいて、何処へ行くのか尋ねて見たんだが『お花』とだけ言うと何処かに行ってしまったらしい。村の外には出ないろうと思っていたんだが、村中探しても見つからないんだ!」
「お花……?」
「アラン君!何か知らないか!!?ミリアちゃんと仲良いだろう!?」
お花……確か昔ミリアが話していた。
『もりのなかにね、きれいなおはながさいてるんだって!だれとでもなかよくなれるおはななんだって!たしかなまえは……』
「『なかむすびのおはな』……!」
きっとそうだ!それに間違いない!
確か村長が話していた昔話の中にそんな花の話があったはずだ。それを覚えていたミリアが僕に話してくれたんだ。
その昔話が書いてある本は僕の家にもあるはずだ!
部屋に飛び込んだ僕は、本棚を漁った。
「これだ……!」
古びたカバーの掛かっている茶色い本。表紙には『森の守護獣』というタイトルが書かれていた。
そしてタイトルを見た瞬間に思い出した物語の結末に僕は慌てる。
こんな所で本を読んでいる場合じゃない!
テーブルの傍、暖炉の上に掛かっているお守り代わりの剣を持って家を飛び出した。
「アラン!!!それを持ってどうするの!!!?」
「大丈夫!ちょっと僕のスキルで磨ごうかと思ってね!!!」
もちろん嘘だ。そんな事をしている場合じゃない。
村の地面を蹴って走る。彼女が危ないという事実が、僕の足をより一層速めた。
ミリアが抜こうとしている『中結びの花』は物語の中で出てくる花だ。勿論実際には存在しないかも知れない。寧ろ抜くだけで魔獣が怒るような物騒な花、きっと村の大人達が森に入るなという戒めに作った作り話だろう。と思っていた。
だが僕はその花を見た事があるのだ。
『綺麗な泉の側に咲く花』は、僕の憧れの記憶の中に美しく咲いていた。そう、剣王様の近くに咲いていた一輪の花。それこそが『中結びの花』だろう。
「待ってろミリア……!」
手に持っている剣の鞘を強く握りしめて、僕は森の中に飛び込んだ。
早めに書き終わったので更新早めです。
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