12話 君と笑い合うその日を願って
少年と巫女は別れの時を迎える。だからこそ、伝える言葉がある
暗闇の中、座る俺の横に白い犬がいた。
その犬は俺の方を見ると、ゆっくり語り始めた。
むかしむかし、あるところに、太陽の神様がいました。
太陽の神様は、しばらくすると、姿を隠してしまいます。
すると、植物は育たず、悪いものがどんどん増えました。
人々は困り、天へとお願いをしました。
どうか、助けてください。光をください。
すると、人の願いが届き、大地の神様が生まれました。
大地の神様は、人が大好きです。
太陽の神様が出てくるまで、頑張りました。
大地の神様は強い力を持っていました。
太陽の神様が出てきても、ずっと人の為に頑張りました。
でも、それを人が裏切ったのです。
裏切ったのはたったひとりでしたが、
大地の神様はどんどん力を失っていき、
とうとう、人から忘れ去られてしまいました。
夏も、秋も、冬も、春も。
大地の神様はひとりぼっちになってしまいました。
そうして、とうとう数百年の時が過ぎました。
もう、誰も大地の神様のことは覚えていません。
神様は覚えてる人がひとりもいなければ、
消えてなくなってしまいます。
でも、大地の神様はずっと、同じ場所にいました。
ふと、大地の神様の目に一人の少年が止まったのです。
その少年は強い力を持っていて、このままでは危険です。
大地の神様が声をかけると、少年は返事をしました。
少年は大地の神様が見えるのです。
大地の神様と少年は仲良くなりました。
でも、少年の強い力はだんだん強くなっていき、
このままでは少年がしんでしまいます。
どうにか、強い力が何かをしらべるのですが、
それは大地の神様の力であることがわかりました。
ひとりぼっちだった大地の神様が消えてなくならないのは、
少年が持つ強い力が、大地の神様を覚えているからです。
強い力を持つ少年は、強い力を返せば助かるはずでした。
でも、人から忘れ去られた大地の神様に、
少年の持つ強い力を、受けとるだけの力は残っていません。
それに、強い力を返せば、少年は大地の神様に
会うことができなくなってしまいます。
もう時間はありません。
このままでは少年は、しんでしまいます。
少年は強い力を、自分のものにしようとがんばります。
少年は、なんとか強い力に立ち向かいました。
なんとか、なんとか。そう自分に言い聞かせて。
でも、少年は強い力にのみこまれてしまいました。
大地の神様も力を使いましたが、少年にはとどきません。
このままでは、少年がしんでしまうでしょう。
だから、太陽の神様がちょっとだけお手伝いしました。
少年がしななくていいように。ちょっとだけ。
少年は、生きることができました。
でも、少年が持っている強い力は、このままではいけないので
大地の神様が、がんばってもっていくことにしました。
でもがんばってもっていったので、大地の神様は、
このまま人と一緒にいることはできません。
だから、大地の神様は力をとりもどすために、
太陽の神様がいるところにいかなくてはいけません。
少年は、大地の神様と会うことができなくなります。
大地の神様が、遠いところへ行ってしまうからです。
強い力をうしなった少年は、大地の神様に会えず、
かなしみのあまり、泣いてしまうかもしれません。
それを見ていた太陽の神様は、少年にいいます。
「大丈夫。君には変わりの力があるんだよ」
そう、少年の心に、一つの力があったのです。
その力は大地の神様のものでも、
太陽の神様のちょっとしたお手伝いのものでも
どちらのものでもありません。
それは、少年だけの、とくべつな、力でした。
太陽の神様は、少年に続けます。
「大地の神様は、天の国にいるから、迎えに来てね」
目が覚めた。
何か夢を見ていたようだけど、思い出せない。
薄暗い部屋の中、見慣れない天井と自分が寝ているベッドを囲うようにして閉められたカーテン……そこは病室だった。起き上がろうにも全身の感覚がどっかへ行っちゃったみたいで、ろくに動かすこともできない。わずかに視線を動かせばベッド脇で兄貴が椅子に腰かけ、寝息を立てていた。
「……」
俺としては神域か久我守神社の社の中で倒れ伏しているものかと思ったけど、状況を見れば明らかに重傷を負った俺が病院に運ばれたということらしい。
神通力の炎に包まれて、体中隅々まで炭化、ボロボロにまで崩れた俺の体は本当なら死んでいるのが正しいのだろう。巫女さんか、巫女さんのお姉さんの方が体を治してくれたのか?どちらにしろこうして命があるだけでも不思議なものだ。
ただ……目を閉じてみてもあの、胸を圧迫していた熱の塊の気配はなかった。
俺の中の"炎魔"いや、"王炎龍王"はやっぱり巫女さんが持って行っちゃったみたいだ。
もう、俺の中に特別はない。それは俺が神通力・王炎龍王を抑え込むことに失敗したということになるだろう。それはつまり、もう巫女さんと……会えないということ。
命を賭けて、俺ができる全部でやったというのに。それがこの結果か。不意にこみあげてくる感情に、視界がにじむ。あまりの悔しさに「ちくしょう」と声を上げようとして意識が吹き飛びそうな喉の激痛が走る。そして口から出たのは声じゃなくてかすれた空気だけだった。あぁ……体中が痛い。
腕も足も、指の先まで包帯で包まれ、ほんのわずかに体を動かそうものなら視界が明滅するほどの痛みが襲った。これが代償。火の神通力を何でもない俺の体にいれようとした代償。何よりも痛いのは、神通力を抑え込むことに失敗し、もう、二度と、巫女さんに会えないということに他ならない。
もう、もう二度と会えない。
姿を見ることも声を聞くこともできない。それが俺の中で何よりも辛かった。
俺は、約束を守れなかった――――悔しさで目を閉じたその時だった。
「……?」
僅かに音が聞こえた。病室のドアを開ける音。でも、足音がない。
看護師の見回りなら足音があるだろうし、ライトも持ってるはずで、この暗さならすぐにわかるはずだ。もしかしたら俺の耳はもうだめになってるのかもしれないけど、周りが見えているなら、目は無事なはずだ。この音は看護師の見回りじゃない。
何だろうと俺が不思議に思っていると、ベッドを囲うカーテンが小さくふわっと動いた。そして足元に何かが乗っかる感触、俺は痛さをこらえて視線を動かす。
そこに、真っ白な犬がそこに座っていた。見覚えは、ない。あの時の犬とは違う感覚がある。
『……会いに来たよ。わかるかな?』
それは巫女さんだ。
あぁ、巫女さんだ。そこに、巫女さんがいる。声が聞こえる。ちゃんと聞こえる。
確認しよう声を出したいけど喉が焼けてしまった俺は声がでない。喉に走るのは激痛と空気が抜ける音だけだった。
暗闇の中、うっすらと光る白い毛並みは巫女さんの髪の毛そのまま。瞳の色だって、奇麗な赤い色。夢にまで見た巫女さんだ。俺が間違うはずもない。というか、巫女さん犬だったの?
『こういう姿にもなれるんだよ』
巫女さんは、俺の心を読んで答えてくれた。
犬の姿だから表情こそわからないけど、会話ができるみたいだ。
やっぱり流石、神様と言ったところだけど、できれば人の姿で会いたかった。
『本当はね、あの姿で石和君に会いに来たかったけど。君を助けるのと、王炎龍王を私の中に戻すのに力を使いすぎて、今はこれが限界』
改めて巫女さんに言われて、思い知らされる。
あれだけ成功すると、やって見せると豪語しておいて、まる焦げの炭になったあげく、神通力は全部巫女さんが持って行ってしまったし、俺はこの様。……俺の力が全然足りなかった。まったく足りなかった。あぁ、くそぉ。やれると、行けると思ったのに。また、悔しさで視界がにじんでくるが、巫女さんの前で泣きたくない。……いや、もう泣いていいのかな。
『ほら、泣かないで。決して君の頑張りは無駄じゃなかったから』
「?」
『神通力は確かに私の中に持って行ったけど、代わりに君はもっと大事なものを手に入れている。ほら、自分の胸の中に意識を持って行ってみて』
俺は言われるがままに目を閉じ、胸のあたりに意識を向ける。
と、体は動かないけれど、心臓辺りに熱いなにかがある。これは、火?
その胸の中にある火は、俺が神通力を胸にいれていたのと同じ感じがした。あの時より熱も小さく暴れるようなこともない。いやそれどころか、俺の意識に合わせて右に左にと揺らめきを動かすこともできる。いつの間に?これも神通力なのか?
『それは神通力じゃないと思う。私にも何か全く分からないけど、それは君があの時命を賭けて神通力を取り込もうとしたところから生まれいる。それは、君の新しい火の力』
命を賭けたから生まれた新しい力。
でも、すぐに消えそうなこんな火じゃ、巫女さんを認識し続けるのは……無理だよな。
正直、胸の中にある小さな火は、蝋燭の火よりも小さく思える。
『……君がその火をいつか大きくできたなら。また、会えると私は信じている』
足元の白い犬の姿の巫女さんがぐっと目を閉じると、一瞬だけ強く輝き俺がよく知る巫女さんの姿へと変える。人の姿へと変わってはいるけど、うっすらとして、少し透けている。それは巫女さんが俺に干渉してくれている最後の力。俺と巫女さんが会話できる最後の時間。別れの時が近づいているのがわかった。
無茶して……巫女さんは大丈夫なのかよ。
『そんな顔しない。姉様にもお願いして君のことを治していただいたし、君の体は無事に治るよ。私も神通力を体に入れて限界を迎えているけど、ちょっとだけ天の世で暮らせばよくなるから。また会えるから』
巫女さんの優しさで俺の目に涙がたまる。視界がゆっくりとぼやけ、最後だって言うのに巫女さんの姿がにじむ。泣きたくない。泣いたら巫女さんの姿が見えなくなる。必死に心の衝動を抑える。押さえても沸き上がってきて、それでもと涙を我慢する。
俺はまだ巫女さんと話をしていたい。巫女さんと一緒にいたい。
『私も君と話していたい。もっともっといろんな事をお話ししていたい』
……正直、心のどこかで、思っていたことがあった。
住む世界が違う俺と巫女さんはいつか離れ離れになってしまうと。
巫女さんと出会ったあの日から、今までずっとまるで夢みたいだなと思っていた。
楽しかったあの日々も、つらかったあの時も、どこか現実離れしていて夢から覚めれば何事もなかった日常がそこにあるんじゃないかって、思っていた。俺はそれがたまらなく嫌だった。
巫女さんと出会えたこと、巫女さんと話をしたこと。神通力に二人で立ち向かったこと。全部大切な俺と巫女さんの思い出だ。それを全部なかったことになんかしたくなくて、俺は全力であがいた。もしもあがくことをしなかったら、俺は神通力に燃やされて消えていたかもしれない。いや巫女さんが守ってくれたとしても、これっきりお別れになったかもしれない。あがいたからこそ、また巫女さんと会える約束ができる。
だから、俺がまだあがき続けたら、もう一度会えると信じていいよな?
巫女さんに話したいこと、まだいっぱいあるんだ。
『私も信じてるから。君とまたお話できると。そのために……最後に、また会うためのお別れの言葉を言わせて』
ふと、巫女さんの体がどんどん薄くなっていく。
力を振り絞って会いに来てくれた巫女さんとの別れの時間が来た。
それと同時に、頭の中が白くにじむ感じがした。意識が次第に沈んでいくのがわかる。視界に霞が掛かれば、体力の限界が来ていることが分かった。。目を閉じたら、もう、巫女さんの姿は無くなっているだろう。
あぁ、お別れなんだ。次に目を覚ました時、もう巫女さんの姿はそこないないはずだ。また会う日まで、それはいつになるかわからないけど、やっぱり寂しい。
言いたいことはたくさんあった。たくさんあるけど、時間が少なすぎた。
声は出ないけど、ほんの短いこんな時間だけど、俺の気持ちは伝わっただろうか。
俺は、俺の……気持ちを――――
……いや。まだ伝えなきゃいけないことがある!
一つだけ、落ちそうになる俺の意識を呼び起こす気持ちが一つだけ残っていた。
それを想うと、胸が苦しくなる。
想うだけじゃ、伝わらないものがたった一つだけ俺の中にある。
あの時、全部上手くいったらなんて言ったけど、言うならそう、今しかない。
もう一度、会いたいから、もう一度一緒にいたいから。
再会の為の別れの言葉なんかよりもずっと必要な言葉だ。
意識を落とすな。この言葉だけは言うんだ。
無理やり痛みをこらえながら、手を伸ばす。
焼けつくような乾ききった喉の激痛、手を伸ばせば意識が吹き飛びそうな衝撃。
心を読んでくれているからとか、そんな事じゃこの気持ちは絶対に伝わらない。
巫女さんが消えてしまう前に!俺の意識が落ちてしまう前に!動け!動け俺の声!
『石和君。また――』
「…き、だ」
『え?』
「菜杜葉…の、こと、おれ……好きだ……むかえ…いく……から」
激痛が走る喉、全身を襲う痛みで視界が何度も明滅する。
それでも俺は巫女さんに手を伸ばし、いつものようにと、にっと笑って見せた。
うまく笑えてないだろうな。全身火傷の俺は包帯に巻かれていて格好もつかないだろう。それでも、気持ちを伝えるなら今しかなかった。
落ちかける意識の中で、その気持ちが伝わったかどうかは巫女さんの顔を見ればわかる。痛みをこらえ伸ばした手にそっと手を重ねる巫女さんの顔は、今まで見たこともないくらいに顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
何度も何度も、巫女さんは強くうなずき、そして……
『っ……わ、私も!君の事がっ――――』
巫女さんはゆっくりと消えてしまった。
もう、伸ばした手に巫女さんの手の感触はない。
いや、俺が巫女さんを認識できなくなってしまったんだろう。
最後まで巫女さんの言葉を聞くことはできなかったけど、俺は気持ちを伝えられたし、巫女さんも伝えてくれた。
最後の力が抜けると、俺の体は限界を迎え、意識を夢の中へと落としていく。
落ち行く意識の中、俺は頭の中で巫女さんの事を想い続ける。
待っててくれ。俺が大好きな巫女さんを迎えにいくから
いつになるかは全く分からないけどすぐに会いに行く。俺ができる全力で。
その時は、巫女さんよりも大きくなって、巫女さんよりもちゃんと強くなって。
また二人で、あの神社の縁側で葉の音を聞きながらおしゃべりしよう。
今度は俺が巫女さんを抱きしめてあげられるといいな。
必ず、迎えに行くから
そう、何度も、何度も頭の中で反復する。
忘れないように、強く心に刻むように。
そしてゆっくりと目を閉じて深い眠りに落ちていく。
それが巫女さんとのしばらくの別れとなった。
最後に一つ、巫女さんにまつわる夢を見た。
それは、広い、広い草原の海。
青い空、浮かぶ白い雲の下には、二人がいる。
赤と白の巫女服の菜杜葉。
そして、その隣には菜杜葉より背が高くなった俺がいる。
これは過去じゃない。
そう、いつかたどり着く景色。
とても幸せな、未来。
俺はゆっくりと夢を見る。
君と笑い合うその日を願って。
お読みくださりありがとうございます。
少年のその後のお話、エピローグを続いて投稿いたします。




