10話 彼が今へと残す一つの希望
目の前に現れた神通力・炎魔、彼は過去と共に覚悟を問う
(※過去のお話を少しだけ長く語ります)
轟々と燃え立つ炎の龍、炎魔。
炎魔の体が放つ炎の光は神々しくあたりを照らし、オレンジの光が広がると俺達がいる神域の広さがわかるようになった。暗さでわからなかった神域は天井までの高さは十メートルほど。奥行きも三十メートルよりもっとありそうな広い空間なのだが、そこに収まる炎の龍、炎魔の体躯はその広い空間を埋め尽くさんとばかり。大蛇を思わせる形を炎で作り上げ、広げていた。
夢で火渡薙枯と炎魔が会話しているところを思い出しても、改めて見る炎魔の姿は想像以上の大きさだ。はっきり言って……こんなにでかいとは思っていなかった。ここまで来ると炎魔の大きさを何かにたとえることは難しい。
巫女さんとはまた違う人の姿ではない神。架空の存在と言われ続けるその龍の姿。
その巨体が僅かにでも動けば圧倒されそうになる熱気が俺と巫女さんへと向けられる。それは目をそらしたくなるほどではあるが、そこに少しだけ俺と似たものを感じていた。その巨体や熱が、俺が菜杜葉へ向ける気持ちの大きさの表れのようにも思えるのだ。
俺と巫女さんがその大きさに目を奪われていると、炎魔はその双眸を俺と菜杜葉に向ける。そしてわずかに目を閉じ、頭を下げて静かに言葉を口にした。
『おぉ、その身姿はまさに地照大御神……神が現世を離れ幾星霜。我は数百の年月を人に宿りて過ごしたり。人との縁失いし御身案ずることこそすれど御側に寄り添うこと叶わず。深き眠りの中で我身が潰える運命を静かに待てど、御身の姿を一目見ることを夢に見たり。あぁ、その夢は今、ここに叶いたり』
空中で揺らめきながらも、全身で敬意を払う炎魔。
その言葉には数百年の間に巫女さん……菜杜葉と一度も会うことがなかった悲しみが載せられていた。考えてみれば炎魔は数百年の間、地照大御神である菜杜葉が一人であることを知りつつも、火渡の血に宿ったことで菜杜葉の側に居続けることができなかった。主を想うもその悲しみを持つのはおかしなことじゃない。涙こそ流していないがその感情は俺にも伝わってきていた。いや、伝わる方が当然か。
一時的にこうして表に出てきているものの火渡の血とはまだつながったまま。つまり俺と炎魔はつながっている状態にある。炎魔の感情がつながっている俺に流れてくるって考えると不思議でもなんでもない。
悲しみと、再会を喜ぶ炎魔……正直、その感情を知るまでは力づくで抑えなきゃと考えていた。俺が暴走と結び付けていた勝手な想像の姿とは全然違う。
神域を埋め尽くしかねないほどの巨体ではあるが、それは静かに佇み、地照大御神である菜杜葉をずっと想い続ける威厳ある姿。炎魔のその振る舞いに驚きを覚えると同時に、俺は心のどこかで尊敬のような気持ちを抱いていた。そんな炎魔に菜杜葉は一歩、歩み出る。
「炎魔。長き刻を人に宿りて見守り、務めを果たさんとする私の神通力よ。今ここに呼び出したるは一つ願い合ってのこと」
『……我は男子が運命を全て知るところなり。火渡が血筋に宿りたる我はもはや人の体には収まりきらぬ。しかし地照大御神よ、我は御許へと還ることもまた許されず。信仰失いしその依り代に我を戻す力が無きことは、我も知る所なり。なれば我を呼び起したるは、我を抑え、封ずるためと見受ける。それができようものならば』
「できるものなら……それは私の力が不足しているという事か」
『……否』
「え?」
『今の我の通力は、かつてとは比較にもならぬ』
ふと炎魔の目が俺に向けられる。
その炎の中に揺らめく黄金の目は、俺が今まで見てきたどの動物にもない人のありとあらゆる見透かしているような感じがした。同時にわずかに細めたその炎魔の目から、何かを思い出すように、懐かしむような感じがする。
『我を古き昔に宿し使役したる者。あの火渡薙枯であったとしても今の我を封ずることは難しきことなり』
火渡薙枯でも…だと。炎魔の口から出たその言葉に俺と巫女さんは驚く。
地照大御神の神通力である炎の龍、炎魔はかつて火渡薙枯に受け渡され、火渡薙枯が持つ十二の神通力を使って、炎魔を抑え込んでいた。それが、今の俺と巫女さんに無理と言うならまだわからないこともない。俺には火渡薙枯が持つ神通力を扱う天才的な能力はないし、巫女さんも信仰を失っている。だけど、一度は炎魔を使役していた火渡薙枯に無理と言うのはどういうことだ。それじゃ、誰も炎魔を抑えられないってことになる。
火渡薙枯がかつて炎魔を抑えたことを再現しようとしている俺と巫女さんにとってみれば、その言葉は最後の希望を絶つものだった。
『今の我が体の通力は以前とは比べるまでもなく。膨れ上がるこの通力を封じることはもはや天津神にすらできぬことやもしれぬ』
静かに、だが確実に不可能であることを告げる炎魔。それを聞く菜杜葉はわずかにうつむき、悔しさに歯をかみしめていた。俺はその隣で言葉を口にする炎魔の気持ちを受け取る。淡々としているようにも思えるその口調から伝わってくるのは、ただ一つ、炎魔の主である地照大御神の菜杜葉へ報いることができないことへの悔しさだ。
そして炎魔は口にしていないけど、俺と命運を共にする炎魔が、その先を強く考えていることもわかる。それは死を前にした達観。役目を終え俺と一緒に自らも滅びるという決意。穏やかな心の中にあるのは、俺が今、嫌だとあがき続けている諦めそのものだ。
それでも俺はまだ諦めるわけにはいかない。
「お前はそれでいいのかよ」
『火渡が血を継ぐ男子よ。我らにもはや打つ手無ければ、我と共に潰える他はあるまい』
「俺と……一緒に死のうっていうことか」
『これは数百の時がもたらす我と火渡の運命なり』
「どうしてだ」
『……』
「炎魔。俺、わかんないことが一つだけあるんだ」
『……』
「どうしてお前はそんなに力を膨れ上がらせた?俺は最初、巫女さんの近くにいることで炎魔、お前が本来の力を取り戻しているようにも見えた。だからどんどん大きくなっていってるんだろうって考えてた。でも、今のお前は火渡薙枯が使役していた時よりもずっと強い。本来の力を取り戻すどころか昔よりも強くなってるってことだろ?」
「石和君……」
「俺とお前が死ななくちゃならない理由がたぶん、そこにあるって思った。思ってる。俺はまだ死ぬわけにはいかない。だから、何か少しでもいい。きっかけがほしい!考え違いかもしれないけどお前が知ってること教えてくれ。そこに何かあると俺は思っている!俺とお前が諦めるのはそれからでも遅くないはずだ!」
炎魔の黄金の目を見つめ俺はまっすぐに気持ちを伝える。
話を聞きながら頭の中で必死にどうにかならないかと考え続けた俺は、炎魔に最後の希望を見出そうとしていた。俺も巫女さんも知らない神通力・炎魔が強くなりすぎたその理由。そこに不可能が可能になるような何かがあると信じて。俺は菜杜葉の手を握り炎魔に「頼む」と請い願う。俺と菜杜葉が一緒にいられる可能性はもうここにしかない。
『地照大御神よ』
「炎魔、私からもどうか話を」
『……さすれば、御許には心苦しい事なり』
「構いません!」
「炎魔!頼む!」
炎魔は言葉を受けて目を閉じると、静かに頭を下げる。
これが最後という慈悲なのか、主である地照大御神への敬意なのか、その両方なのか。
俺とつながる炎魔の複雑な気持ちが俺の中に流れ込んでくる。暫しの間が流れ、やがて炎魔が眼を開くとそこに一つの決意の様なものがあるのがわかった。火渡に流れる血の中で見聞きしてきたその記憶を懐かしむように、数百年前と言う圧倒的な年月の記憶、それを今、炎魔は静かに語り始める。
『なにから語ればよいものか……否、遥か昔より続くこの宿命を背負いし火渡が血の末子なればこそ、その全てを今語らん。生きたるは数百が年月。我は人を憂いし地照大御神のもと生まれたり』
「炎魔、お前」
『最後の望みとあらば、我が知るだけのことを今語らん』
むかし、むかしと昔話にある当たり前の文句から始まる炎魔の語るその記憶は、俺が巫女さんと一緒に見たその光景だった。おそらく平安時代とかそのあたり、菜杜葉や炎魔、火渡薙枯が生まれたその時代だ。
平安時代と聞くと、雅な着物姿の裕福な暮らしに目が行ったりそんなイメージがあるけど、炎魔が語るその昔は裕福な人たちとそうでない人たちの差がひどかったという。特に食べ物に関しては相当なもので、貧困層に生まれた人たちは、生まれながらにして餓えの恐怖に脅かされた。そんな時代の中、一つの事件が起こる。
それは、太陽の神、天照大御神が天岩戸に籠ってしまったというものだ。空から太陽が消える。そんなこと普通あり得ない……とは思わない。昔の出来事じゃなく、今でも空から太陽が消えることはある。それは天体現象の一つ。いわゆる皆既日食のことだ。
今ではその理由がはっきりと解明されているものの、天文学と言うものがまだ発展していなかったその当時では確かに大事件である。そして今では起こりえないこともまた、その当時では起きていた。
『我が呼び起されるが前、数百も昔の話なれば、天照大御神が天岩戸に籠ったことが語りの始まりなり。天照大御神は太陽にして我が慈母。岩戸に籠られれば地に作物は育たなくなるのみならず、幽世の門が開かれれば現世には妖魔が嬉々として跋扈したり。人は飢えと妖魔に襲われ、幾万という骸の山が築き上げられるのはさほど時間がかからなかった』
「平安時代に起こった飢饉と妖魔の表れ、それが始まりなのか」
『このままでは人の世は終わるであろう。しかし、天津神たる天照大御神は岩戸に居られる。八百万が神々は天照大御神が岩戸から出て下さるよう祈りを込めたが、その祈りの下では人の命が多く失われていった。それでも神に助けを乞う人の願いが集まり、生まれ出でたるが我が主、地照大御神』
天照大御神は太陽の神、それが居なくなったことによって引きおこった飢饉に魑魅魍魎、悪霊悪鬼に妖魔の類。生まれただけで様々な死の恐怖から逃れることができなかった神を生み出すほど強く生きたいという願い。それはすさまじい時代だ。人に寄り添い、太陽無き空の為、地より人を光で遍く照らす。それが地照大御神。俺の隣にいる菜杜葉がそれを聞き届けることになるのか。
菜杜葉は太陽の神たる天照大御神の代わりではあるけれど、太陽の神と同じだけの光をと願われ、その神通力はかつて神が住まうという天の国、高天原にいるという天津神と同じだけの力を持っていたという。
今でこそ信仰は失われ、元あるべき神通力は使えないが、目の前に揺らぐ魂ごと焼き祓う力を持つ炎魔を見れば信仰を失う前のその力はとんでもないことが俺でもよくわかる。逆に言えば、信仰を失ってしまえば、どんな力を持っていても失われてしまうという事。地照大御神の信仰がどうして失われたのか。夢の中ではわからなかったことの一つだ。
「それで、菜杜葉が人の世を救っておしまい、じゃないんだろ?」
「うん。私だけでは人の世を全て救うことは無理だった。光を照らす神と言えど私は天照大御神の代わりに過ぎない。天照大御神の太陽の力は唯一無二であり、人が生きるには必要なものだった。それでも人を救いたい私は、人に私の火の神通力を少しだけ授け渡した。特に、人の身でありながら通力を扱うことができる三人に」
「それが、俺が夢で見た三人。火渡薙枯、紅月纏、藤原逸成になるのか」
「うん。火渡薙枯が十二の神通力をすでに授かっていたように、紅月纏、藤原逸成もいくつかの通力を既にほかの国津神から授かっていて、私の神通力を扱うことには全く問題がなかった。天照大御神の戻るまでの間、彼らは妖魔悪鬼を打ち払う。激しい戦いを私と共にしてくれた。やがて、八百万が神々の祈りが通じると、天照大御神は天岩戸よりその身姿を現しになられ、人の世にはまた太陽の光が遍く照らされる。妖魔悪鬼は姿を消し、飢餓に死にゆく者もまた少なくなっていった」
人の世を助けた神と、神の神通力をもって救った三人の英雄。これだけ聞けば、めでたしめでたし。と言うところだけど話はそれで終わらない。
俺が知らなきゃいけないのはこの先、そう。俺が夢に見た火渡薙枯の終わりと、久我守神社に一人孤独になってしまう菜杜葉、その間の炎魔しか知らない話だ。
「そのあとはどうなったんだ?」
『地照大御神と火を操る強き者、空に戻りたる太陽にて妖魔悪鬼が世から姿を消すも、また天照大御神が岩戸に籠られることを危惧したる八百万が神々は、御許、地照大御神へと一つの進言を与えたり」
「進言?」
『それは人に与えたもう神通力を地照大御神へと戻すことなく、神通力を持つ三人に子を成させ、神通力を子へと受け継がせよというものなり』
「子供に。それによって、炎魔、お前は俺のところまで来たってことだよな」
『然り。御許は八百万の神が言いたもうことを受け、火渡薙枯、紅月纏、藤原逸成へとそのことを伝えたり』
「次に天照大御神が岩戸に籠って同じようなことになっても対処できるようにか。火渡は俺と炎魔がいるからちゃんと言う事聞いて神通力を継がせたことはわかるけど、紅月とその藤原ってのはどうしたんだ?ちゃんと神通力を継がせたのか?」
『然るべきに子を成したのは火渡のみというべきか……』
「え?ってことは、紅月と藤原は子供を残してないのか?」
「ううん。石和君。紅月纏は少し違った方法を取ったの」
「違う方法?」
「神通力を子に残すためにはれぞれ違う相手と子を成さねばならなかったのだけど、紅月纏はね……彼、薙枯の事をずっと想っていた。薙枯が相手を見つけ、子を成してもどうしても諦めがつかなかったみたいで、私に隠れて紅月纏の姉、紅月陸奥に神通力を譲り渡し、紅月陸奥が子へと継いだということになるの」
「はぁ……そこまでして。隠れてとかいっても菜杜葉にばれてないそれ?」
「うん。神通力をたどればどんなことが起こったかよくわかるし、何より、彼女は隠し事がとてもよく表情に出てしまうから」
「あんまり聞くのもどうかと思うけど、ちなみにさ、俺のご先祖様と紅月纏はどうなったんだ?」
「これも私に隠れて子供を授かったみたい」
『然り』
「隠せてないじゃんそれ」
「うん。纏は隠せない人ですし、そんな纏を見て薙枯も隠す気はなかったでしょうしね」
「で、まぁそうなると純粋な火渡の家系と、紅月纏の姉の家系と、薙枯と纏の隠し子の家系の三つがあるってことになるのか。俺が見た夢で子供とか何とか色々言ってたから神通力を受け継いだ家系が複数あるんだろうなぁって思ってたけど、そんなことになってたのか」
「神通力の継ぎ方こそ違いはあれど、そこまでは問題はなかったの」
「そこまでは……か」
『神通力を授かりし火渡薙枯、紅月纏は己が使命を果たしたり。世に平穏をと地照大御神と共に願い、神通力を振るい、後の血にその宿命を授けた。しかしただ一人、それを良しとしなかった者がいた。天に太陽が戻りし時を境にその姿をくらませていていたその者は、影で地照大御神の信仰を奪い去り、己が体に宿る神通力を己が為に使い始めたのだ』
「最後の一人、ってことは」
「そう、藤原逸成が私たちを裏切ったの」
菜杜葉の言葉に、俺は夢で見た火渡薙枯の最後を思い浮かべ震えた。
どこかの屋敷の中で傷をいくつも体に受けて真っ赤に染まる火渡薙枯のその姿。そこに突き立てられた刀は背中から命を惨く奪い去っていた。菜杜葉の過去の光景を見た限り、その薙枯を想っていた紅月纏もおそらくこの藤原逸成によって殺されている。
地照大御神の神通力は、妖魔悪鬼を尽く打ち払う凄まじい火の力。炎魔のその姿を見る限りでもわかるようにこんなでかい神通力を悪用したらどうなるか想像は容易にできる。 そしてここだ。俺の夢と菜杜葉の過去を合わせてもこの藤原逸成の姿はほとんど出てきていない。ここに炎魔の力が大きくなった理由があるはずだ。俺が見出すべき希望があるはず。
『藤原逸成。あやつはまさに狡猾だった』
「狡猾?」
『地照大御神が八百万の神々から神通力を持ちし者へ子を成すよう進言を受けたるとみるや、悪用した際にに地照大御神が神通力を戻させぬよう、ありもせぬ噂を流布し、地照大御神が御座す久我守神社の信仰を地に貶めた』
「ひでぇな。信仰の力は菜杜葉の力そのものだったよな」
『然り。信仰が地に落ちれば、神としての力もまた地に落ちる』
「そんなことされて火渡薙枯と紅月纏は何も言わなかったのかよ」
「藤原逸成は薙枯と纏、二人よりも位が高かったみたいで、二人を地方へと出させていたみたいだった。つねに私の側にというわけにはいかないようだった」
「まじか、それも一つの作戦みたいなものだったわけか」
『火渡薙枯と紅月纏がそれに気づけども、時は既に遅し。藤原逸成が地照大御神より授かりし神通力は妖魔悪鬼に限らず人をも焼き消す覇炎と化し、その神通力を持ってして地照大御神を亡き者にしようと企てた。藤原逸成が謀反を起こしたのだ』
「神殺し!?そこまでやろうとしたのか!?神さえ殺そうとして……藤原逸成の目的はなんなんだ!?」
『天津神へと至ることなり』
「天津神……って、高天原で神様になるってことかよ!」
高天原に住まう神を天津神と呼び、太陽神たる天照大神、伊弉諾や伊邪那美などの神様の事を指す。逆に土着の神を国津神と呼ぶ。こっちは大国主や須佐之男命などの神様を指す。
藤原逸成は人の身でありながら、人を守るために授かった神通力を利用して天へと至る神になろうとした。人に寄り添う神を殺そうしてまで。
『人は人の、神は神の所にあるが正しき事。藤原逸成が起こした謀反は、人が侵してはならぬこと』
「それで……藤原逸成はどうなったんだ?」
『……すでに神に等しき通力と化した覇炎を持ちし藤原逸成が御許を打ち果たさんとしたが、その動きに感づいていた火渡薙枯が働きによって、難を逃れたり。謀反知られれば反逆の汚名に人の世を捨てたる決心を藤原逸成にさせたるや、ついぞ天へと至る道へと逃げ込んだ』
「高天原へ逃げ込んだのかよ」
『否。その道に炎門を火渡薙枯が仕掛け、藤原逸成は高天原ではなく我が生まれし地、劫火真炎の世へと誘われる。そこで互いの刃を交えることとなる』
「俺のご先祖様はそこで死んだのか」
『既に火渡薙枯が持ちし神通力たる我は火渡が子へと継がれていた。どうにか火渡薙枯の元へ我は戻るも、覇炎を持ちし藤原逸成を打ち果たすまでには至らず。火渡薙枯の命運ははそこで尽き果てたる。火渡薙枯の後を追う紅月纏もその無念を晴らそうとするも同じくそこで果てた』
「紅月纏もって、藤原逸成は誰が倒したんだ?」
『藤原逸成は倒すに至らず』
「ならどうやってその後の藤原逸成と止めたんだ?」
『最後は御許が』
「私が藤原逸成を劫火真炎の世界へと幽閉することで封じこめたの」
「菜杜葉が?でも信仰の力は失っていたはずじゃ」
「うん、信仰の力はとうに失われていた。でも、私がその場に着いた時、既に藤原逸成は神通力のほとんどを失っていた。だから少なかった私の力でもどうにかすることができたの。これはおそらく、火渡薙枯か紅月纏のどちらかが――――」
『それこそが、我が力を大きくしたたる所以なり』
火渡薙枯、紅月纏が藤原逸成と戦い、その命を落としながらも藤原逸成が神へ至るその野望を食い止めた。それが炎魔を大きくしたこととつながるのか。
この時すでに神通力を子供や姉へと渡してしまった火渡薙枯と紅月纏。菜杜葉の言葉からすれば、神通力を通してその動向を完全に把握できなくなっていたみたいだ。
つまり、残り火として火渡薙枯の中にある神通力・炎魔の記憶だけがこのとき起きた出来事を知っている。
神通力を最大限に発揮できた藤原逸成を相手に戦えたというのであれば、それはおそらく火渡薙枯だ。覇炎とまで言われる藤原逸成を相手するのに手加減なんかできるわけがない。戦った結果負けてしまったとしても、藤原逸成を相手に信仰を失っている菜杜葉でどうにかすることができたというなら、火渡薙枯は同じだけの力でぶつかり合って消耗させていたはずなんだ。それはつまり火渡薙枯はその時、子に継いだはずの炎魔の力を全て使える状態にあったはずでは……俺の勝手な想像にすぎないそれが現実味を帯びていくのを感じる。
「炎魔、私は既にこのとき信仰を失い、薙枯や纏、藤原逸成の事を詳しく知ることができない状態にあった。あの戦いで、なにが起きたのですか?」
『あの時、我は確かに火渡が子の中で眠りについていた。しかし、暗き視界に炎の懐かしき音を聞きて目を開けたれば、そこは我が生まれし劫火真炎の世。傍らには我が主であった火渡薙枯に、神へと謀反を起こしたる藤原逸成を前にしていた。御許を裏切りし者を前に悔しき思いをしていた我に、火渡薙枯は今一度力となることを請い願う』
「つまり、炎魔は火渡薙枯と共に藤原逸成を?」
『今一歩届かぬが、その覇炎をできうる限り失わせた。紅月纏は我らが討たれたあと、その命を賭して天への道を閉じ、その後、現世への門を御許が閉ざされた』
「神通力を呼び戻した……火渡薙枯にそのような力が」
『こうして、藤原逸成の謀反は終わりを告げる。だが、久我守神社の信仰は戻ることなく、人々の世から忘れ去られてゆく。火渡薙枯、紅月纏の二人とのつながりも絶たれれば、二度と人とかかわりを持つことなく永劫の時と共に消えゆく運命であった御許。それをただ一人引き止めたるは、火渡が末子と相成ること。時代は移ろい、神通力は今に至るまで眠りについていた』
「それがお前の見た全てってことか、炎魔」
『然り。語るべきは語り、伝えた』
平安時代に起きた災害や妖魔とかによる危機から始まり、神通力を悪用しようとした藤原逸成の謀反まで。それが今の俺に至るまでの話。語り終える炎魔はただ静かに目を閉じ、そして俺と共に消える運命を受け入れようとしている。
おそらく、俺に語ったことも何も知らずに炎魔に焼き殺されるよりかは、幾分かマシなんだろうとかそんなふうに考えていそうだ。全てを知り、それなら俺も諦められるのではと。
ああ、諦められるものならば諦めてやりたいところさ。正直、この話を聞いて俺は確信を得ることができなかった。俺がこの先も生きていけるだけの確信はなかった。炎魔を抑えられるって言う話はどこにもなかったし、俺が火渡薙枯のように強くなれるだなんてパワーアップな話もない。
でも、話を聞き終えた俺の体は震えていた。悔しさじゃない。諦めた時のような達観でもない。話の中に俺がほしかった内容の切れ端だけがあった。ほんの僅か、ほんの少し。けど切れ端だけでも十分だ。俺はそれがほしかったんだ。
「だからまぁ。これに賭けるしかねぇな」
「石和君?」
かつて藤原逸成との戦いに炎魔は火渡薙枯によって呼ばれた。そして炎魔は火渡薙枯によって藤原逸成を止めること願われた。この二つの事実が俺に一つの可能性を示している。
どうして藤原逸成との戦いで、子に宿っていたはずの炎魔は呼ばれただけで火渡薙枯の側へと戻った?
それは呼ばれたからだ。
どうして信仰を失っていた炎魔の力が藤原逸成とほぼ互角な状態へともっていった?
それは火渡薙枯が願ったからだ。
思い出せ。火渡薙枯は、あの夢でなんて言っていた?
「炎魔ちょっと答えてほしいんだけどさ」
『……』
「藤原逸成と火渡薙枯が戦ってる時に、炎魔は呼ばれたんだよな?」
『然り』
『名前を呼ばれたな?』
『然り、薙枯は我を名を呼び、それに我は応えたり』
『藤原の逸成を倒すために火渡薙枯はお前に言葉を投げかけたよな。ちゃんと名前を呼んで、お前はそれに応えたんだよな』
『然り。だがなぜそれを』
「石和君。それは、まさかっ」
「俺がお前の話で見出した希望はここだ!炎魔!誰かがお前の名前をちゃんと呼んだならお前はそれに応えられるようになっているはずだ!」
そう。たった一度、何気ないはずのあの夢。
俺が見た火渡薙枯と炎魔との過去の記憶に俺が生き残るべき可能性が残っている。
想像に過ぎない、空想に過ぎないし、確証もなにもない。それでも俺がただ一つ頼れるのは、火渡薙枯が炎魔に向けたあの言葉しかなかった。
――――誰かがお前の名を呼ぶ時がこよう。それに応えてほしいだけだ
決してその時だけの戯れなんかじゃない。いずれくるその時に備えて火渡薙枯は炎魔に応えるように仕向けていたんだ。だから炎魔は子に移っていても名を呼ばれたことで応えた。だから炎魔は信仰を失って力を失いかけていても藤原逸成を消耗させるまで戦うことができた。それは今にまで至る火渡薙枯の力であると、俺は信じる。
「もしもだ!名を呼ぶことで応えるという火渡薙枯の力が働いているのなら、それは今でも有効なんじゃないか?炎魔!お前の名前を呼ぶことで、俺はお前を抑えることができると思っている!いや、それに俺の全部を賭ける!」
『よもや……だが』
言い淀む炎魔、こんなのは俺の想像でしかない。でも、俺が考えられるのはもうここしかない。諦めるわけにいかないのなら、たった一つの可能性だろうと命を賭けて試さなきゃならない。
「炎魔!私からもこの可能性に賭けるべきだと!」
「菜杜葉……」
「他者から神通力を呼び寄せるなど普通では起きえないはず。あり得るとすれば、火渡薙枯がもっていた国津神より授かりし十二の神通力。抜け目のないあの彼です。側にいた炎魔ならわかるでしょう!」
『……』
目を閉じて炎魔は菜杜葉の言葉を聞く。おそらく過去を振り返り、火渡薙枯が藤原逸成と戦っていた時の記憶や、火渡薙枯の事を思い出し、俺が言う名前を呼ぶことで炎魔が応えるということができるかを逡巡しているはずだ。
『火渡が末子よ』
「炎魔。どうせ死ぬってんなら最後に一勝負させてくれよ。諦めて死ぬのと、あがいて死ぬのなら、俺は最後まで諦めないほうを選びたい」
『なれば座して待たずとも、己が命に自ら終わりを告げるか』
「できること全部してそれでも死ぬってなら、まぁ俺の人生はそこまでなんだろう。でもこの前に進むしかない人生はやり直し不可能なんだ!火渡の血で決められてたとしても、これが俺の、俺だけの生きた道なんだよ!最後の希望ってやつにに全部託して、上手くいったら……お前が言う運命って奴を一緒に笑い飛ばしてやる!だから炎魔!頼む!」
柏手二打ち。神様への祈り事なんて本当の正しいやり方は知らないけども、今の俺にはそれしかできない。
『……地照大御神よ』
「私の心は既に決まっています。彼と共に私は帰ると心に決めています。もう後がないのなら……私は私のすべてを捨ててでも守る!」
『御許は人を守るが故に生まれ出でた神。人を見捨てるなど言うことは決してできぬ運命……か』
そう炎魔が言葉を口にすると、手を合わせ目を閉じていた俺の心の中で、何かが落ちたような感じがした。気持ちが落ち着く……いや、今まで抱えていた何かから解放されたような感じだ。死を覚悟していた炎魔がその気持ちを今、別の物へと変えていく。俺が感じたものはそれだ。
目を閉じて逡巡していた思考に一つの結論が灯る。ゆっくりと目を開く炎魔は俺をまっすぐ見つめると、かすかに笑みを浮かべたような気がした。
『火渡の子よ。死地の先に何を得ようとする』
「菜杜葉の側にずっといる。もう一人になんかさせない」
『我が通力、火が加具土命に敵わずとも、世を照らしたる神の通力が一つにして辰の神が一柱。ひとたび我を宿せば焼尽滅却に人を選ぶことなし。即座に死するのみぞ』
「どうせこっから出たら死ぬんだろ?俺ができるチャンスはもうここにしかねぇよ」
『最後まで抗うことを良しとするか』
「悪い炎魔。俺、諦めるってことが苦手でな。その言葉も大っ嫌いなんだよ」
『もう、何を言うても聞かぬか……』
「俺とお前は血でつながっている。俺が融通効かないのお前知ってるだろ?」
『……そのようだな』
俺の覚悟を確認する炎魔、俺の血に宿っているはずだから聞かなくても最初からわかっていたはずだ。それでもしっかりと口にすることで俺も炎魔も覚悟がもっと強くなる。
炎魔は炎でできた体躯をわずかにうねらせるとわずかに天井を仰ぎ、今度は菜杜葉へと目を向けた。
『火渡の血の中で、消えゆく運命と決めていたが、その運命に抗うことになろうとは……なれば、御許よ、我が思いを一つ請い願いたり』
「願い?それは、どのような」
『火渡薙枯が我にしたように、もう一度火渡が末子より我に名を』
「名前を?俺がお前に?」
『新たな名は、新たなる主とのつながりなり。もしも今の我を受け入れることができた時には、もう二度と命の危機に脅かされることのないようにと』
「炎魔に名前を付けて、改めて俺の神通力にってことか!いいのか菜杜葉」
「ええ。その願いを聞き届けましょう。石和君……炎魔に名前を与えてくれるかな」
「名前か、そうだな……ん?いや、待てよ」
急に炎魔から名前がほしいと言われ、考えた俺の頭に一つ思い浮かぶ。
主だの主従関係の様な炎魔との関係だけど、もう一度頭の中に思い浮かんだのは親し気に炎魔と話す火渡薙枯の姿だ。出会ったら友達、仲良くなったら親友。別に人間に限ったことじゃないだろ?
「よし、決めた!俺がお前に名前つけるなら。俺もお前の名前がほしい!」
「えっ?」
『なに?』
「一方的じゃあれだし、俺、炎魔の名前がほしいって言ったらわがままか?」
手を広げ、受け入れるように俺は言う。
ただの思い付きで言った言葉なんで、その言葉を聞いた菜杜葉も炎魔もわずかに呆気にとられていた。そのわずかな間がちょっといたい。
「あーえーっと、俺がお前で、お前が俺なら、俺たちは一心同体のはずだ。お前を受け入れると同時に俺はお前として生きる。できれば対等でいたいんだ。だれよりもお前を知っている俺だから、俺は炎魔になる。何言ってるかよくわかんないと思うけど、」
『神の名を頂くという事か』
「おう!ただの思い付きだけど、だめか?」
『神に近づけば確かに我を受け止めること叶うやもしれん。成程、これは我も思い至らぬ事よ。なれば後は御許よりの許しあれば』
菜杜葉の許し。見れば菜杜葉は少し考えていた。
すぐに出てこない答えに少しだけ不安になる。なんとなくだけど言ってはいけないことだったんだろうか?
「菜杜葉。えっと、駄目?これって」
「……ううん、だめじゃない。神の名を頂くのであれば、君は確かに神に近くなる。ほんの僅か、それでも今から炎魔を受け入れることができる可能性は上がるはず。私も思いつかなかったけど、君はそれをすべきだ!炎魔に君から名前を与え、君は炎魔の名を頂く。うん!私はそれを許そう!」
「お、思い付きだけど、いいのかこれ」
「すごいいい案だよ!」
『御許の許しを頂いた。では、我に名を』
偶然出てきたような思い付きが通ったことに内心困惑しつつも、俺は深呼吸を一つして落ち着けと心に言う。名前を付けるというのはとても大事なことだ。一生に関わる。
俺は一度目を閉じて、自分の体の中にある炎魔を感じ取る。胸の中にある熱い熱い火の塊。神聖なる雰囲気に、何にも揺らがぬ猛る炎。ふさわしいかどうかはわからないけど、俺は目を開きその名を伝える。
「炎魔、今からお前は"王炎龍王"と名乗ってくれ!」
『王炎龍王か』
炎魔は俺が言うその名を目を閉じて一度だけ口にする。正直火渡薙枯の夢の時のように気に入らないとか言われたらどうしようとか心の中で思ってみる。
「えぇとな、王様の王、燃え盛る炎、その姿の龍、そしてもういっちょ王これで、俺がお前に与える名前が王炎龍王だ」
『それが新しき我が名か』
「もっと考えたのやれなくて悪いけど、どうだ?」
『……全く、火渡の血筋と言うものは名に不格好なものをつける』
「あー…ははは、センスねぇって言われた。そりゃパッとした思い付きだけど苦笑いしか出ねぇよ。そういや薙枯につけてもらった炎魔って名前もお前気に入ってなかったもんなお前」
『だが我は今より火渡石和が授けたる"王炎龍王"を名乗ろう。火渡の子、我が主、火渡薙枯より頂きし"炎魔"をその身に継ぐがいい』
「ああ。俺は今から炎魔だ」
口にしてわかる。互いに名前を口にすればどこかそれが合っているのだということを感じ取れる。炎魔は新たに王炎龍王へ。俺は火渡石和から炎魔へ。名を互いにもらったことでどこかつながりが深くなるのを感じる。
やれることは間違いなくここまでだ。あとは王炎龍王のその炎の体を全部俺の中に受け止めるだけ。わずかに心臓の音が大きくなって耳にまで聞こえてきそうだ。緊張している。こんな緊張は人生で初めてだ。
「それじゃ、そろそろやりますか」
「大丈夫。絶対に君を死なせはしない」
「菜杜葉」
「絶対に一緒に戻ろう。あの神社へ」
「もちろんだ!」
ぎゅっと一つ、菜杜葉が俺の手を強く握った。俺はそれに応えるように握り返す。
絶対に菜杜葉と一緒に帰ってみせる。最初から心にあるその願いをもう一度強く、強く思い起こす。
俺と菜杜葉の姿を見る炎魔、いや王炎龍王は僅かに目を細めふと笑みを向けた。
『……人より生まれしは人の心を持ちて側に寄り添う。御許の何にも代えられぬ"想い"も我はしかと見届けよう。ゆくぞ炎魔!』
「お前も生きて帰るぞっ!王炎龍王!」
『その覚悟、しかと受けた!』
天井を埋め尽くすほどの炎の体を持つ龍はぐらりとその体を揺らめかせる。
決意と覚悟を決めた俺に向けて、炎の奔流は流れ出した。
死地に立つ俺が次の一歩を踏み出せるかどうか、その瞬間が今、訪れる。
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次の投稿は9/5(火)14時となります。
そして、物語はついに完結へと至ります。




