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007 シザキ・ゼンジは明晰夢の天使を救う

 シザキは「救助カプセル」に包まれ、空輸されていた。

 それは球形の、虚像でできた膜のようなものである。

 実体はないはずなのに、触れると確実にそこにある、ガラスのシャボンのようなものだ。


 シザキはその中で空気でできた椅子(・・・・・・・・)に座らされていた。

 後方を、追従するようにオーブが飛んでいる。

 しばらく行くと、大通りの先にシザキの所属する基地が見えてきた。


 OIGE駅。

 その改札付近を目指していると、砂煙の向こうに、うっすらと数人の人影がある。

 おそらく、滞留者たちだろう。

 きっと月一の武器の交換に来たのだ。その頻度でしか受け付けてないのは、早く彼らをこの区域内から追い出したい発電所側の意向である。


 このまま鉢合わせたら、きっと面倒事が起こるに違いない。


 若干うんざりしながらカプセルを操作していると、その中にひとり、異質な者がいるのに気が付いた。近づけば近づくほど、その姿ははっきりとしてくる。

 あの姿は――。

 

「明晰夢の天使……」


 シザキは目を見開いた。

 間違いない。あの少女だ――。


 二度は会いたくない。その思いからあのように別れを告げたが、まさかもう一度会うことになろうとは。

 夢を夢だと認識している時点で、またあの少女が出現することはわかっていた。しかし、まさかこのタイミングで、この場所で出くわすとは。

 

 シザキはまるで心の準備ができていなかった。


 そうこうしている間にも、救助カプセルはどんどん彼らのいるところに近づいていく。

 向こうはまだこちらに気が付いていなかった。


「まずいな……」


 どうやら少女は彼らともめ事を起こしているようだった。

 こちらまで聞こえてくる声のイントネーションからは、穏やかに会話しているというより、何かしらのトラブルに巻き込まれている印象を受ける。


 無理もない。

 あの少女は、まだ何も知らないに等しい。最初に出くわしたあの時が、一度目の召喚だったとしたら、きっと今は二度目だ。そんな状態であの「滞留者」たちと話しているとしたら……。

 そこまで考えたところで、シザキに帯同していたオーブが突如指令を発してきた。


「シザキ・ゼンジ。OIGE駅前にいる『明晰夢の天使』の保護をお願いしマス。滞留者が、規約違反をしている可能性アリ。負傷中であることを加味しつつ、任務を遂行してクダサイ」

「やはりそうか。……了解」


 予想通り、面倒なことになった。

 シザキは救助カプセルの移動速度をあげつつ、高度をゆっくり下げていく。


 丸い半透明のカプセルは、緊急時にしか使用されない「最終避難装置」だった。

 それに包まれると、対象者はほぼ無菌状態の空間内に固定され、空気圧迫による止血や、外部から余分に取り込まれる酸素などの供給がなされる。


 別のメンバーにこのカプセルを展開してもらった後、シザキは装甲列車に戻ることなく、直接この駅に向かっていた。

 あとは基地内で治療を受けるだけだったのだが――もうひと踏ん張りしなければならないらしい。


 傷ついた体に鞭を打ち、シザキは救助カプセルを解除して改札前に飛び降りた。オーブの警告通り、滞留者の一人が少女の体に触れようとしている。


「そこまでだ」


 降り立つと同時に、滞留者の手を掴む。

 瞬間、左腕と右足から大量に血が噴き出た。


 眼帯をした男は、掴まれた手とシザキとを交互に睨んでくる。


「アンタは……」

「夢見る人および、明晰夢の天使に危害を加えるのは、発電所内の規約で禁止されている。触れるのも論外だ。即刻やめろ」


 警告を発すれば、眼帯男はシザキの手を思い切り振り払ってくる。


「うるせえ、この……クローン人間! いい加減、好き勝手してんじゃねえぞ!」


 悪態をついてシザキを挑発してくる。

 しかし、それに意味はない。

 男の言う通り、シザキはたしかにクローン人間だった。だが好き勝手……しているつもりはない。彼らにとってはそう映るのかもしれないが。


「それ以上その少女に触れようとするなら、IDはく奪もあり得る。おとなしく去れ」


 反省していないようなので、さらに警告を加える。

 すると、横から小さくつぶやくような声が聞こえてきた。


「おじいさん……」


 見れば、少女が驚いた表情でシザキを見つめていた。

 周囲にいた滞留者たちも、口々に驚きの声を上げる。


「こいつが、お嬢ちゃんが探してた回収班のじいさんだったのか?」

「まさか……」

「ああ、驚きだな。よりにもよって……」


 男たちの間に動揺が広がる中、眼帯男だけはやけに落ち着いた様子で頷く。


「ふうん。やっぱりか……やっぱ、アンタだったか。また(・・)明晰夢の天使と共闘したっていうんだな、シザキのじいさんよ」

「…………」


 名を知られている。なにやら見覚えのある男のようにも思えるが、シザキはその問いにあえて応えない。


「フン、だんまりか。まあいい。アンタに『明晰夢の天使』は過ぎたモンだ。もう一切、手を引いてもらうぞ!」


 大声を出すと、男は今度は少女の方を向いた。


「嬢ちゃんよ。よりにもよってこのじいさんと会っちまってたなんて……へへっ。ご愁傷様だな。わざわざ探してたって言ってたが、これ以上こいつに関わるとろくなことにはならねえ。断言する」


 眼帯男はそう言って下卑た笑みを浮かべたが、少女はただただ黙っていた。ずっとシザキを、横目で見つめ続けている。

 シザキは気づかれない程度にため息を吐いた。


「見たところ……お前たちは武器を交換しに来たようだが、もう用は済んだのだろう? 再度言う、速やかに去れ」

「へいへい、わかったよ……。とでも言うと思ったか!」


 男は納得したと見せかけて、いきなり武器を振り上げてきた。

 持っていた長銃を振り袈裟懸けに殴りつけてくる。


 だが、それはシザキの予想の範囲内だった。

 荒くれ者の「滞留者」が黙って立ち去るわけがない。シザキは腰から銃を抜くと、手の甲を回転させてグリップの底の部分でそれを受け止めた。

 鈍い金属音がしたかと思うと、わずかな拮抗状態が生まれる。


「へへへっ、まだまだ……現役みたいだな。じいさん!」

「回収班への攻撃は規約違反ではない……が、排除対象にはなる。痛い目を見たくないなら即刻止めろ」

「うるせえ! そんな……ボロボロの状態で、俺に勝てると……思ってんのかよ!」


 がくん、と力に押し負けて、シザキの右足がゆらぐ。

 立っているだけならまだしも、骨折しているので長く踏ん張れなかったらしい。


 限界か。

 そう感じながらも右手にさらに力を込める。


 眼帯男は隙ありと見て、すぐにシザキの胴体部分に蹴りをお見舞いしてきた。とっさにバックステップで躱す。そして、距離をとったところで、相手の軸足付近に威嚇射撃を二発放った。


「うおっ!」


 跳弾した弾が、後方の男たちの横をかすめていく。


「ひえっ!」


 眼帯男は体勢を立て直すと、仲間たちを気にして銃を降ろした。


「ふん、今日は俺一人じゃねえ……仕方ない。次会った時は覚悟しておけよ、じいさん! おい行くぞ」


 そう言い捨てると、眼帯男は男たちを連れて去っていった。

 後には少女とシザキ、そして黒い球体「オーブ」だけが残される。


「あ、あの……おじいさん……」


 少女が、おずおずと声をかけてくる。

 シザキは体の限界を迎え、その場に膝をついた。自らの血で、床に大きな水たまりができている。


「あの、大丈夫……?」

「負傷度合いは今、どのくらいだ? オーブ」


 少女の言葉には応じず、オーブに確認をとる。

 オーブは青白い輪をシザキの全身に照射して、解析を始めていた。


「ただいま、確認中……。シザキ・ゼンジの負傷度合い、重症。今までに出血した量を換算すると、30分以内に適切な処置を受けなければ死亡しマス」

「えええっ?!」


 オーブの説明をともに聞いていた少女は、悲鳴のような声をあげた。


「そっ、そんな! そんなひどいことになってるなんて……ま、まずいじゃない! わたしが……わたしのせいで……」


 シザキは床に膝をついたまま、震える少女を見上げる。


「君のせいではない……。私は上の指令通りに、行動しただけだ」

「でも!」

「気にするな」


 救命カプセルはもう解除してしまっていた。あれは……一人きりでは、たとえ目の前に基地があったとしても生成することはできない代物である。

 規約で決まっているのだ。

 あくまでも負傷者以外の、もう一人別の作業員がいる環境でしか作ってはいけないと。

 ゆえに今は動けない。


 ここで死ぬのか……再度そう諦めかけていると、少女が強く叫んだ。 


「そんな……おじいさん、ダメ! 誰かっ、誰かいないの!」


 少女がどこかに向かって叫んでいる。「おじいさん」という名ではないのだが……そう思いながら、彼女の助けを呼ぶ声を黙って聞く。


「しっかりして! あきらめちゃダメよ、おじいさん」


 あの眼帯男が言っていた通り、シザキには不幸(・・)しか待ちうけていなかった。

 明晰夢の天使と会えば、多少なりとも影響を受けるのはわかっている。けれど……この励ましの声はありがたかった。普段、誰かに、こんなふうに心配されることはなかったから。


「ああ、どうしよう! 血が! あの……誰か! 誰か早く助けに来てください! わたしじゃ、わたしじゃどうしようもないの!」


 振り向くと、少女が窓口の壁に向かって語りかけていた。

 オーブと同じ声がそこから発せられる。


「今、救助用の作業員を向かわせていマス。しばらくお待ちクダサイ」

「はっ、早く! 早くして!」


 泣きそうな声で、窓口に呼びかけている。

 どうしてそこまでしてくれるのだろう。

 自分はただのクローンで、しかもこの少女とは何の関係もなかったはずだ。それなのに、どうしてそこまで。


「なぜ……私に構う。もう二度と君には会いたくないと……言っていただろう」

「ちょっ、お、おじいさん!」


 ついにバランスを失い、床に倒れ込んでしまう。少女はあわててシザキに駆け寄ってきた。

 見上げると、先ほど見た時と同じウエディングドレス姿だった。少女は不安そうな顔をして、シザキを見下ろしている。


「なんでって……いろいろ知りたかったからよ! この世界の事。今見てる夢……今朝見た景色とすごく似てて。それで、なんでなのかって知りたくて……ここまでやって来たのよ。あなたが、何か知ってるかもしれないって、そう思って……」

「そう……か。だがもうそんなことを気にする必要は……ない。私はもう君に、関わってほしくないからだ。ここはもう、私の所属する基地だ。だから君は……もうここに居る必要は……」

「そんな! そ、それどころじゃないでしょ。あなた、こんなに血が……!」


 床の血が、もう頬のあたりまで伝ってきている。


 鉄の匂いがする。

 この匂いはとても、「懐かしい」。

 こんな時にも自分は「人間らしさ」を感じている。シザキは自分自身で呆れたが、それでも少し「嬉しい」とも感じていた。


「君は……また夢を見ているのか」


 救助のスタッフがくるまで、少女に話しかけてみる。


「ええ……。そ、そうみたい。これ、今後も見続けることになるの?」

「かも……しれんな。だが、今日限りかもしれない」

「そう。わたし……あなたがあの後どうなったのか、とても気になってたのよ。大丈夫かなって。死んでないかなって。でも、もしかしてって思ったら、やっぱり悪い方の予想通りだった。もうこの夢を見ないとしても……こんなこと知ってしまったら寝覚めが悪いわ」

「そうか。それは、悪いことをした」


 苦笑してみせると、少女は呆れたように言った。


「別に……いいわ。どうせ夢だし。それに結局、わたしはあなたを助けられないようだしね……それなのに色々考えても意味ないって気づいたし。ねえあなた……発電所の人間、なんでしょ?」

「……ああ」

「あと、クローン人間って……」

「そう。私はクローン人間だ。オリジナルの人間では、ない。私は過去の人間の『コピー』に過ぎない。もともといつ死んでも、構わない存在……なのだ。死んでも別のクローンが代わりを務める」

「そんな……死んでも構わない存在なんて、そんなのないわ!」

「事実だ。それに……君がこんなことで気を病むことは、ない。寝覚めが悪くても……すぐに忘れろ。そしてまた同じ夢を見たとしても……もうここへは来るな。そして、私も探すな」

「なんでそんなこと言われ……!」


 何か少女が反論しようとしたところへ、発電所のスタッフが駆け付けてくる。

 改札口からやってきた彼らは、みな白衣を着ていた。

 少女は邪魔になってはいけないと、自ら少し離れたところに移動する。


「バイタル確認。輸血準備!」

「はい!」


 スタッフたちはシザキのまわりにしゃがみこむと、それぞれ持ってきたいろんな機器を取りつけていった。


「あの……お、おじいさん、助かるんですか!?」


 しばらく黙って見ていた少女だったが、ついに耐え切れなくなったのか声をあげた。白衣の一人がそれに答える。


「はい、そうですね。おそらく、この程度なら大丈夫でしょう。あなたは……明晰夢の天使、ですね?」

「え、ええ。そうです……」

「先ほどはナイトメア討伐にご協力いただき、ありがとうございました。またここの夢を見た際は、我々にご協力いただけると助かります」

「え? あの……」


 普通に助かるとわかって、拍子抜けしたらしく、少女は口をぽかんと開ける。


「では、救護用のストレッチャーを展開させましょう」

「はい、では同時に起動させますね」

「オーブ、お願いします」

「了解」


 スタッフたちが合図を交わしはじめると、頭上のオーブが反応しはじめた。

 彼らは同じ数のオーブを引き連れている。その中の二つだけがわずかに発光しはじめた。半透明の「担架」のようなものが生成され、シザキの体はふわりとそれに乗って空中に浮かぶ。


 一行が移動しようとすると、少女がまた声をかけてきた。


「あっ、あの! その人についていきたいんですけど……ダメ、ですか?」


 その言葉に、シザキはすぐ眉根を寄せる。

 もう、関係ないはずだ。自分は助かるし、少女ももう用はないはず。それなのに……なぜついてこようとするのか。


 白衣のスタッフが、黙っているシザキの代わりに答えてくれた。


「あなたは……またすぐに夢から目覚めるでしょう。そうなると、ついてくる意味は……あまりないと思いますが。それに規約で……」

「いいんです! わたしがいなくなるまででいいんです。少しの間だけでもいいですから、お願いします!」

「…………」


 白衣の職員たちは医師である。

 今も指令通りに動いているに過ぎない。本部から、明晰夢の天使と会ったら礼を言えというくらいは指示されているはずだ。だが、それ以上の判断は彼らには無理というものだった。

 ことの成り行きを見守っていたオーブが、本部と通信を試みている。


「……許可をしマスか? はい。……了解しましタ。『明晰夢の天使』であることを鑑み、一時的に基地内に立ち入ることを許可しマス」


 少女はそれを聞くと、ぱっと顔を輝かせた。

 さらに手厚い医療的処置を受けるため、基地内へとシザキが運ばれていく。

 けん引するストレッチャーとともに、一行は改札口を抜けた。少女も続いて、青白い枠組みの中をくぐり抜ける。


 許可されたというのは本当だった。

 普通なら、ナイトメアだけでなく、どんな存在でも弾く鉄壁の門である。それを、少女はいとも簡単にすり抜けた。


 改札の中に入ると、ホームに降りるためのエスカレーターが四台見えてくる。その横を通り、奥にあるエレベーターの前に着いた。


 二階のランプが灯ると、ドアが左右に開く。ここは2階だ。

 全員が乗り込むと、エレベーターは4階へ動き始めた。


「おじいさん……」


 心配そうな少女の声が頭の方から聞こえる。

 どうしてそこまで、自分を気にするのかわからない。罪悪感を覚えているのだとしたらつじつまは合う。しかし、その内面の機微まではわからなかった。

 首をわずかにめぐらせて、シザキは少女を見上げる。


「ありがとう、助かった……。礼を言うのは二度目だったな」

「別に……わたしは何もしてないわ」

「いいや。君の声は……ありがたかった」

「そ、そう」


 事実を述べると、少女は照れたのか顔を赤くする。

 シザキは不思議に思ったが、すぐに気持ちを切り替え言った。


「しかし……正直ここまでされる理由はない。君がここに来なければ、こんな面倒なことにもならなかった。もう、私には……」

「それは! 悪かったと思ってるわ。でも、これはわたしの夢よ。わたしがどこで何をしようと勝手でしょ。それに……お礼を言うのはこっちの方……」

「…………?」


 意味が解らずシザキは首をかしげる。

 少女はたしかに「お礼」と言っていた。礼を言われるようなこと……それは、あの漂流者から保護したことだろうか。指令があったからしたまでだが、なぜ少女からも言われなければならないのか。


 少女は視線をそらしながら、何かに耐えるように口を引き結んでいた。


「…………」


 その横顔に見覚えがある。

 それは、あの人物と……似ていた。

 彼女もときおり、不思議なことを言いながらそうした横顔を見せていた……ような気がする。


 シザキは、ある「明晰夢の天使」のことを思い出していた。

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