conclusion:継承
「……天使は毎晩、夢を見ていました。
それはロボットたちがいる、機械の国の夢でした。
その夢の中で、天使は一人のロボットと出会いました。
ロボットはずっと友達がおらず、それでも寂しいとも思わずに、毎日他のロボットたちと一緒に懸命に働いていました。
過去に一人、天使に似た人と友達になっていましたが、ロボットの親に友達でいるのをやめさせられてしまった可哀想なロボットでした。
天使は、そのロボットと一緒にいるうちに、だんだんロボットのことを好きになっていきました。
ロボットも天使のことを好きになりました。
二人は恋人同士になりました。
ロボットはロボットから人間になりました。
けれど、それに怒ったロボットの親は、ロボットを壊してしまいました。
天使はひどく悲しみました。
新しいロボットがその親によって作られましたが、もうそれは前のロボットではありませんでした。
天使は……」
そこまで言った所で、透子は顔をあげた。
自分の袖を、五歳ほどの少女がひっぱっている。
「どうしたの、あきらちゃん」
声をかけると、少女は丸い大きな瞳で透子を見上げてきた。
「ねえねえ、どうして天使はそのロボットを好きになったの?」
「どうして……そうねえ。とても強くて優しい、それでいて弱いロボット、だったからかしら」
少し考えた後に、透子は思い出すように言う。
「弱い……? それなのに、好きになったの? 天使とロボットって……かなり違う生き物だけど」
「そうね。でも天使は……相手がロボットでも、ううん、きっと何であれ、その『彼』のことを好きになったのよ」
「ロボットって、『男』だったの!?」
少女は驚いたようにそう叫ぶ。
透子は苦笑しながら、手元の絵本の表紙を撫でた。
そこには「夢見る天使とロボット」という題名が書かれている。
「たしかに、このお話の中ではどちらもはっきりしてなかったわね。『天使』と『ロボット』としか書いてない。多くの人は天使が女性で、ロボットが男性だと思うわね。でも、天使が男で、ロボットが女だったかもしれない。でも、おばさんが知っているのは……ロボットは男だったの。それもおじいちゃんのロボットだった」
「へー?」
「ふふ、ちょっと難しかったかしらね。でもこのお話は、相手が『何』であれ、好きになる時は好きになるってお話なのよ」
「……そっか。わたしも、透子おばちゃんのこと大好き!」
「ふふ。わたしもあきらちゃんのこと大好きよ。ありがとう」
「えへへ」
「ふふふふ」
少女と透子がふたり顔を見合わせて笑っていると、そこに急ぎ足の女性がやってきた。
「ごめん透子、トイレ激混みでさあ!」
「あー、お母さん、遅いよー」
「だからごめんーって。それよりあきら、ちゃんといい子にしてた?」
「うん。透子おばちゃんとずーっとここで大人しくしてたよ。ねー?」
そう言って、少女は透子に同意を求めてくる。
透子はまたくすっと笑うと、大きくうなづいた。
「うん。ちゃんといい子にしてたわよ、あきらちゃん。今この絵本、読んであげてたの」
「そう。ありがと。それ、透子の書いた絵本だよね」
「うん、幸いなことに楽しんでもらえたみたい」
「…………」
あれから、20年が経過していた。
透子はすっかりクライン・レビン症候群の発作がなくなり、二度とあの未来の夢を見ることはなくなっていた。
高校・大学を卒業し、その後、透子は一冊の絵本を出版した。
それがこの、「夢見る天使とロボット」である。
種族や、価値観、性差や、年齢を意識しないで、純粋に相手を好きになるという……その物語の普遍性が、多くの人に感動を与え、たちまちベストセラーになった。
透子はその後も他の絵本を出版し続け、今では絵本作家として読み聞かせなどの活動も行っている。
その間、目の前の女性、横川千明は大地稜介と結婚し一女をもうけていた。
今日はとあるコンサートに一緒にやって来ている。
「そろそろはじまるみたいだから、移動しましょ。透子は、トイレ大丈夫?」
「うん。平気」
「じゃ、行きましょ。あきら、透子おばちゃんは、このコンサートをとても楽しみにしていたんだから、静かにしているのよ」
「うん。あきらもう五歳だから静かにできるよ! わたしも、音楽大好きだもん!」
「そう。いい子ね」
ロビーからホール内に入ると、真っ赤な座席が列を成していた。
舞台上には、大きなピアノと一脚の椅子、そして「紫崎奏治チェロ・リサイタル」と書かれた横断幕が張られている。
紫崎奏治。
彼は偉大なチェリスト、紫崎千治の孫だった。
この20年の間に、彼もまた一流のチェリストとして大成していたのだ。
透子は指定席に腰かけると、過去の出来事を思い返していた。
結局、シザキにチェロをもたせることはできなかった。
渡しても、弾けるかはわからなかったし、なによりそんな暇がなかった。
でも、弾いている姿はきっと格好良かっただろうなと思う。
現実世界では、シザキの祖先はあくまでも「祖先」だった。
面影は似ているところもあったが、それでも似ているからこそ決定的に「違う」と思ってしまう。でも、少しでもあの未来の残り香を感じたくて、こうして彼らの足跡を透子は追っていた。
ブザーが鳴り、拍手が沸く。
ピアニストと、チェリストが登壇した。
一礼をした後に、演奏がはじまる。
一曲目は「花は咲く」だった。
この曲は二〇十一年三月十一日に発生した東日本大震災の、被災者を応援するためのチャリティーソングである。
二〇六二年の現在、半世紀近い時を経てもなお、それは悲しい出来事を経験した人を癒し続ける歌であった。
チェロとピアノの優しい旋律が流れ始めた途端、透子の涙腺は崩壊する。
さまざまな思い出が脳内に蘇り、切ない思いに満たされていった。
愛しさが、溢れ出す。
涙が止められない。止まらない。
透子は穏やかなメロディに抱かれながら、シザキを強く想った。
幸せな思い出だけが次々と通り過ぎていく。
演奏はそのまま二曲目に移った。
それは、カミーユ・サン=サーンスの名曲「動物の謝肉祭」の中の第十三番「白鳥」だった。
これはチェロの独奏曲としてはとても有名な曲である。
優雅な白鳥が、湖の上をゆっくりとすべっていく。
その情景を写し取った曲だった。
白鳥は、はじめは醜いアヒルの子だった。でも、この曲はその成長しきった姿しか想像できない。
そしてそれは、飛び立つことなく静かに湖の向こうに消えていく。
その後も何曲か、クラシックと、耳なじみのある最近の曲とが交互に演奏されていった。
そしてすべての演奏が終わり、誰もが立ち上がって拍手喝さいを贈る。
演奏者が舞台そでに戻り、人々が席を立ち始めてもなお、透子は感動で動けなくなっていた。
「透子おばちゃん、大丈夫?」
「ええ、ありがとうあきらちゃん」
「透子、もう少しいる?」
「そう……ね。今は、みんな出口に急いでいるし。もう少し、このままで……」
透子は心配する少女とその母親に笑みを返し、バッグからハンカチを取り出してそっと目元に押し当てた。
「透子……あんたまだ……?」
「ふふ。そうね、シザキさんのことは……まだ忘れられない。きっと、これからも……」
「…………透子」
見なくてもわかる。
たった一人の親友が、今とても心配そうな顔をしたということを。
でも、透子は千明を安心させるために言った。
「大丈夫。わたし、幸せだから……。こうして忘れられないでいることが、とても幸せなの。普通の人は変に、思うかもしれないけど……ね」
「透子おばちゃん?」
少女が母親と同じく心配そうな目で見つめてくる。
透子がまた笑ってみせると、彼女はよりまっすぐな瞳で見つめてきた。
「ね、シザキって、さっきの演奏していた人?」
「んー、ちょっと……違うかな。でもさっきの人に関係のある人よ。でも、もう二度と会えないの」
「えッ!? それは、すごく……悲しいね……」
「うん。……そうね」
「もう本当に会えないの?」
「ええ。残念だけど」
「……もし、わたしがその人とどこかで会ったら、おばちゃんが会いたがってたって、伝えるよ!」
「え? あきらちゃん……?」
「それから、おばちゃんが泣いてたって。あと、それでも幸せに暮らしてたって伝える! そしたら、またおばちゃんに会いに来てくれるかもしれないでしょ!?」
透子は驚きに目をしばたたかせた。
「そ、それは……そうね、そうかもしれない」
ハンカチをしまって、透子は微笑む。
「ありがとう……あきらちゃん。おばちゃん、もう泣かないわ。そうね、本当に……わたしもいつかまた、会えるかもしれないわよね。あきらちゃんも、その時はよろしくね」
「うん、まかせて!」
少女はそう言って小さくガッツポーズをして見せる。
客席は、もう人がまばらになっていた。
透子は荷物を持って席を立つ。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。この近くに、美味しいご飯屋さんがあるの」
完
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
約200年の時の差と、約50歳の歳の差の恋愛。
いかがでしたでしょうか。
かなりニッチなので、皆様のご趣味に合っていれば幸いです。
SFジャンルよりも恋愛ジャンルが良かったんじゃないかというくらい、恋愛モード一色でしたが……でもこういう世界に振り回される二人を描きたかったんです。
よろしければ感想などいただけますと大変うれしいです。
では、また次回の作品にて。
津月あおい




