049 真壁透子は囚われる
抵抗も空しく、結局、透子はすぐにオーブたちの網に捕えられてしまった。
オーブには夢エネルギーを制御する力があるようで、どんな攻撃も通用しなかったのだ。
今は、透子はとある空間に閉じ込められている。
OIGE駅の基地の中、一度だけ入ったことのある部屋だった。
周囲には、紫色のライトが点いている。自分の他には誰もいない。何もない。ふわふわと、透子の体は宙に浮いている。
もう、何も考えたくなかった。
すべて失ってしまった。
シザキとの最後のやりとりを思い出す。
あれは……死期を悟っていたのだと、今ならばわかる。
あの装甲列車を目撃した時から、シザキはきっと覚悟していたのだろう。
「シザキさん……」
だから、最後にあんなことを言っていたのだ。
その時のシザキの気持ちを思うと、どうしようもなく悲しくなって、透子は涙をあふれさせた。
空中にピンク色の粒子が舞っていく。
「シザキさん……会いたい……会いたいよ……」
だが、そのシザキはもういない。
新しいシザキのクローンは、シザキなのだが、シザキではない。
それにそもそも接触を禁じられている。
死んでしまったシザキが言っていた、「自分たちの関係を知ったら新しいシザキはどう思うのか」という言葉が脳内にリフレインしていた。
あの時、装甲列車の中にいた方のクローンは、言葉につまっていた。きっと「こういう未来が、自分には起こりえていたのだ」と、気付いてしまったのだろう。
今は、どう思っているのだろうか。多少は「汚染」されているのだろうか。
だとしても、もう透子にはどうすることもできない。
死んでしまったシザキ以外の者に、気持ちを向ける気も起らなかった。
「はあ……」
透子は、死んでしまったシザキに何をしてやれただろうかと、改めて思い返す。
「シザキさんは、わたしといて……満足、だったのかな……」
透子はシザキに、「愛情」を教えた。
両思いであることの素晴らしさを、教えた。
キスをした。
体を重ね合った。
そして、「人間」として生きさせた。
そんなシザキは、最後とても幸せそうだった。
自分も、幸せで満たされていた。
ほんの短い間だったが、そこにはたしかに幸福があった。
「シザキさん……わたし、後悔しなくていいかな? あなたは、満足していたんだって……そう思っていいかな? ねえ? 忘れないからさ。あなたのこと……ずっと、ずっと……想い続けるから……」
涙が枯れてくれない。
夢もまた、覚めることがない。
永遠にここでシザキを思い返していようと思っていると……部屋の壁の一部がスライドして、開いた。
白衣の女性が現れる。
「お久しぶりです。マカベ・トーコ」
「あなたは……」
それはミズサワ・レンだった。
「ミズサワさん……わたしに、何の用?」
「マカベ・トーコ、あなたの……クライン・レビン症候群はまだ完治していません」
「え?」
「あなたの時代の病院のデータを検索した結果、あなたが完治するのは、発症からちょうど一年後でした。なので……この発作が治まっても、またこの時代にやってきてしまう可能性があります」
「…………そう」
そんな情報をいまさら教えられても、透子にはもうどうでもよくなっていた。
あいまいに返事をすると、レンは首をかしげる。
「気にならないのですか?」
「なにがよ」
「本当に一年後に治るのかどうかが、です」
「そういう……『歴史』になっているなら、治るんでしょ」
「ですが、あなたが回収班の作業員とパートナーになれば……」
「もう、そんな人はいないわ!」
パートナー契約。
シザキ自身から勝手にそれをされていたのを、後押ししてきたのはこのレンだった。
結果的にはそうなって良かったと今は思えているが、でもこんなことになるなら、と恨みがましい気持ちもないわけではない。
半ば八つ当たりするように、透子は叫ぶ。
「もう、誰ともそんな契約なんかしないわ! どうせ、しなくたって……いつかは治るんだから! だったらなにもしなくたって……!」
「まだ、あなたの契約は切れていません」
「え?」
「新しいクローン体のIDは、前のクローン体と同じです。ですから……現在のシザキ・ゼンジとは接触禁止にはなっていますが、まだ彼とのパートナー契約は継続中なのです」
「だったら……何だっていうの? 何が言いたいのよ!」
レンは軽く目を伏せて言った。
「あなたが、もう二度と『シザキ・ゼンジ』というクローン人間の精神汚染を行わないと固く誓えるのなら……接触禁止の命を解除します」
「なっ……」
「これは本部の決定です。守れそうですか?」
「…………」
透子は、それを聞いて胸がつぶれそうになった。
「死んでしまったシザキさんと、うりふたつの存在……いや、まったく同じ……そんな相手とまた……?」
遺伝子も、見た目も、声も。
性格だって。
違うのは記憶だけ。
途中までは同じだった、セーブポイントが違うだけの存在……。
「でも、わたし、約束したのよ! 死んでしまったシザキさんと。あなたしか愛さないって、だから……」
そんなそっくりな人間と顔を合わせたら、どうしたって思い出してしまう、重ね合わせてしまう。
そして、心変わりしてしまうかもしれない。
また、恋してしまうかもしれない。
怖い。
怖い。
透子はそれがとても怖かった。
あの時、シザキが怖いと言っていたのが今ではよくわかる。
「ごめん、なさい……。わたしはもう……」
そう言うと、レンは無表情のまま言った。
「そうですか。気が変わったらまたいつでも言ってください。それまでは……申し訳ないですがここにいてもらいますね」
眼鏡の位置を上げ直すと、レンは部屋を出て行った。
「あくまでも……ずっと発電所の協力者でいてもらいたいのね……」
おそらく、滞留者のジョーと接点があったことで、警戒されているのだと透子は思った。
早く「夢見る力」を消費するためには、発電所の者以外であれば、滞留者たちと契約を結ばなければならない。
だが、彼らに力を貸すと、発電所側としては困ったことになるのだろう。
ただでさえ、邪魔な存在である彼らがより居つくことになってしまう。
だから、そうされる可能性があるうちは、ここで監禁する方が利益があるのだ。
「シザキさん……」
透子は死んでしまったシザキを想った。
「どうすればいい? どうすれば……」
* * *
その後、透子は考えている間に現実世界へと帰還した。
目覚めるとまた病院だった。
母親に手続きをしてもらって、自宅へと帰る。
部屋は意識を失った時のままだった。
電源は落ちているが、開きっぱなしのノートパソコン。
置かれたままのバッグ。
そして、乱れたベッドの上。
すべてが遠い昔のことに思われた。
透子はベッドに横になって、考える。
また発作が起きたら、あの未来の世界に行ってしまうということ。そして、見つかったらまた捕えられてしまうということ。捕えられたくなかったら、新しいシザキのクローンか、他のクローンと「パートナー契約」をしなければならないということ。
「面倒くさいな……あの独房は、何もなかったし……あそこにずっといるのはキツイなあ……」
仮に、新しいシザキのクローンと契約をした時のことを考えてみる。
透子はたぶん必死で、勘違いしそうになるのを抑えることになるだろう。
気持ちに蓋をして、「ビジネスライク」に付き合うことを徹底するはずだ。
でも、ふとしたことで、きっと気持ちが揺れ動く。
そして、また恋をしてしまう。
だって、あれは過去のシザキそのものなのだから。
「どうしよう。どうしたら……」
透子は悩みに悩み、そして一つの答えを出した。
今日は完結まで更新します。残りあと二話です。




