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004 真壁透子は夢から目覚める

 夢……。夢だ。これは夢。

 わかっているのに、現実みたいな感覚がまだ頭の奥にこびりついている。


 真壁透子はゆっくりと体を起こし、頬に手をやった。

 濡れている――。こめかみの横を伝って、涙の跡が幾筋もついていた。

 なぜ、泣いていたのか。

 ただいつものように夢を見ていただけなのに。


 朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいて、小鳥の声が遠くから聞こえてきていた。

 いつも通りの朝。

 けれども、あんな「奇妙な」夢はいままで見たことがなかった。


 夢とは突飛で、だいたい奇想天外なものだ。奇妙な展開が普通。

 幼い頃の自分はいつもそんな夢を見ていた。けれども今は、自分の意思で夢をコントロールできるようになっている。なった……はずなのに。あんなヘンテコな夢はもう見ないはず、だったのに。


「あのおじいさん、いったい何だったんだろ。怪我、大丈夫かな」


 ぽつりとそう口に出してから、透子はいきなり部屋を抜け出してトイレへと向かった。


「も……漏れる……」


 便器にさっと座って、壁の棚に乗っている時計を見る。

 六時半。

 起きるにはまだちょっと早すぎる時間帯だった。


「はあ……二度寝、するかなぁ」


 水洗のボタンを押し、流れ切ったのを確認してからトイレを出る。

 真壁家には一階にもトイレがあったが、二階にもトイレと小型の手洗い場があった。そこで手を洗いながら目の前の鏡を見つめる。

 そこには寝ぼけ眼の、17歳の少女が映っていた。


 真っ黒というよりは少し、茶色みを帯びた髪。

 寝癖がひどく、あちらこちらにアホ毛が乱れ飛んでいる。


 顔はまあ悪くない方だと思う。

 なにもしなくてもくっきり二重瞼だし、鼻もけっして低いわけではない。

 いつまでたっても幼く見える顔だちだけはあまり好きにはなれなかったが、けっして愛されない顔ではなかった。


 小さい頃から友達は多い方だった。

 家族とも仲が悪いわけじゃない。


 でも……クラスメイトの大地君に告白するほどの勇気はなかった。


 自信満々な人間なんていない。世界のどこかにはいるかもしれないけど、少なくとも自分はそうじゃない。そう考えたところで、またさっきまでの夢を思い出す。


「夢の中でなら思い通り、なんだけどな」


 タオルで手を拭きながら自嘲する。

 夢の中ならなんだってできる。普段声をかけられない相手にも、声をかけることができたり、お話したり。キスや、それ以上だって。

 でも、それはあくまでも自分が作りだしたシチュエーションだからだ。

 決して本物ではない。所詮「まがいもの」だ。


 あの夢の中の「大地君」が壊れた時も、驚きはしたけれど悲しみはなかった。

 結局、嘘だからだ。

 でもどうして起きた時に……あんなに泣いていたのか。


「はあ……」


 透子は自室のベッドに倒れると、深く息を吐いた。

 朝の支度時間を鑑みると、あと一時間も寝てはいられない。毎朝このやっかいな癖毛を矯正するのに30分はかかっていた。だからたとえ眠れたとしてももう一度夢を見るほどの時間はとれないだろうと、そう予想した。


 もし眠れたら……またあの夢を見られるかな。


 透子はいつのまにか、そう考えている自分に驚いた。またさっきの夢を、続きを見てみたいと思ってしまっていた。


「……なんで? 嘘。なんでまたあのおじいさんに会いたいとかって……。はっ? そうだよ、んなわけ……無い無い無い!」


 そうだ。そんなこと、絶対に思ってるわけがない。

 たしかにあのおじいさんは体がシュッと引き締まっていて、筋肉もすごかったし、何より頭の毛も禿げてなかったし、白髪頭っていうのが何かとても神秘的にみえたし、あとどっちかっていうとジェントルマンというか……とにかくとても魅力的な人にみえた。

 だからといって、17歳の女子高校生である自分が、あんな、どう考えても60歳以上に見えるおじいさんにドキドキしたりなんて。絶対にあり得るわけがない。


「そう、そうよ。あり得るわけ……って、嘘。わたしドキドキしてたの? あんな老人に? うっ、嘘だあああっ!」


 毛布を手に取って、頭から引っ被る。


「あり得ない! あんなおじいさんに……!」


 そう、きっと何かの間違いだ。勘違いしてるだけに決まっている。

 透子が好きなのは、クラスメイトの……そう、大地君なのだ。

 けっしてあんな、居もしない夢の中で出会っただけの、それも白髪頭の老人にドキッとしたなんて……「無い」。


「そう、そうだよ。きっとモンスターに襲われて、それと戦ってるうちに興奮しただけ……。そう。きっとそう。じゃなかったらわたし、ものすっっっごい枯れ専の、しかもマニアってことになるじゃない!」


 うううっ、とうめき声を上げながら、透子は毛布の中で丸くなった。


「こんな性癖……ナイナイ! 無いよ……!」


 必死に頭の中からその可能性を追いやる。否定し、最初からなかったことにする。

 それを何百回と繰り返したところで、ふと妙な罪悪感が湧き上がってきた。


「えっ……でも……きっとあの人悪い人じゃ、なかったよね? それにもう二度と会わない、って言われ……」


 そこまでつぶやいて、透子はなぜかまた涙があふれてきた。


「えっ、なんで? ど、どうして。なんで……」


 止まらない。

 涙があとからあとから。自分でもわけがわからなくなるくらい、あふれてくる。


「なんで……なんで? 嘘……」


 ぐす、ぐすと、透子はしばらく声を押し殺しながら泣いた。

 母親が朝ごはんの用意ができたことを告げに来るまで。混乱しながらも、涙が治まるのをじっと待ち続けた。

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