048 真壁透子はもう一人のシザキを見つける
「なっ、いったい何ッ?」
「あれは……回収班か」
ビルとビルとの隙間に、見覚えのある乗り物が見える。
それは、半透明の歯車の装飾が施された「空飛ぶ装甲列車」だった。透子も、何度か乗ったことがあるものである。
シザキは複雑そうな表情で言った。
「損害が激しく、人員も不足していたはずだが……もう本部から新しいクローン人間が補充されたのか……」
「えっ?」
「おそらく私の『替え』も……」
「さ、さっきからなにを言ってるの? どういうこと?」
「実際に見に行けばわかる」
そう言うと、シザキはつないだままの透子の手を引き、目の前の廃ビルへと入っていった。そして階段を駆け上がる。
崩壊し、窓も壁もなくなっているフロアまで来ると、外がよく見える場所へと進んだ。
「ちょっ、シザキさん、危ないわよ!」
いつ崩落してもおかしくない場所に、シザキは立つ。
「もう……」
透子もぶつくさ言いながら同じ場所に並んで見下ろすと、そこには……すでに装甲列車が着陸し、たくさんのクローン人間たちがまばらに歩いていた。
その中の一人が、「長い白髪」をなびかせている。
「え……?」
透子は絶句した。
それはシザキにそっくりの……いや、「まったく同じ顔をした人間」だった。
「嘘、でしょ……どうして……」
「やはり私の『替え』がいたか。私が全損という扱いになっていれば、当然だな」
驚いている透子に、シザキはそんなことをつぶやく。
「どういうこと? あ、あれもシザキさんなの?」
「ああ」
「なんで……?」
シザキは透子を改めて見ると言った。
「私は……七十年前にクローン人間として生み出された、発電所の『部品』だ。製造時の数は、私を含め全部で三体。私は……若いころに一度全損している。だからあれは、最後の『私』のはずだ」
「え? クローン人間って、オリジナルの人からつくられた人間、ってことよね? それって一人じゃ……なかったの?」
「ああ。発電所では普通、三体ずつ作られる。だが、あれにインストールされた記憶は……おそらく今の私のものではないだろう。私が最後に基地にいた時点のものに違いない」
「記憶を……インストール、ですって?」
「ああ。毎日基地で眠ると、それまでの記憶が本部のAI『マザー』に送られてバックアップされる。だから、あの『私』は、白い巨人のナイトメアと戦う以前の『私』なんだ……」
そう言いながら、シザキは眉根を寄せる。
「君に、トーコに愛情を抱く前の……『私』だ。今の状況には、決してなりえなかった『もう一人の自分』……」
そう言って、震える手で透子の手をつかんでくる。
透子はそんなシザキを心配そうに見上げた。
「シザキさん、それって……」
「あれを見るのは恐ろしい。あの頃の私は、まだ君への感情が何なのかはっきりとはわかっていなかった。君が私にキスをしてくれなければ、すべてを『勘違い』で終わらせていたはずだ。だから……」
シザキは手を離すと、もう一度下界の自分を見つめた。
「怖い。あの『私』が、もし今の私たちを見たらどう思うだろう……。君への気持ちに気付き、今の私の立場をうらやましく思うだろうか? 君を取り合うことになるかもしれない。そんなことは御免だ。そうなってほしくない」
「シザキ……さん?」
シザキは振り向くと突然、透子を強く抱きしめてきた。
透子はそんなシザキの背にそっと手を置く。
「大丈夫……大丈夫よ。わたしは、あなただけだから。早く行きましょう。あの人たちに見つかるとまずいんでしょ?」
「そうだな。行こう」
透子たちはそっと後ずさると、廃ビルを後にした。
* * *
元の高層マンションに戻ると、透子はキッチンに籠を置いた。
戸棚を見つめながら食材をどこにしまおうかと考えていると、背後からシザキに抱きしめられる。
「シザキ……さん?」
「トーコ」
振り向かされて、触れられないキスをされる。
昨日から何度もこうしているのに、慣れない。いつも胸がドキドキする。頭がぼうっとなって、全身でシザキを感じたくなってしまう。
「え、えっと……あの……」
マスクを出現させようか迷っていると、シザキが急に礼を言ってきた。
「ありがとう、トーコ」
「え……?」
「私を選んでくれて。私を愛してくれて。私は、幸せ者だ」
「シザキさん?」
「クローン人間として、私はこの世に生まれたが……最後に人として生きられたような気がする」
「何を、何を言ってるの? 急に、どうして……」
シザキは愛しそうに透子を見つめる。
そして、無機質な手が透子の頭に伸び、触れられぬはずの髪を優しくなでていった。
その右手は再会した時からすでに「義手」になっていた。
モチラに奪われた箇所が、いつのまにかそれに成り代わっていたのだ。それをぎこちなく動かしながら、透子の反応を嬉しそうに眺める。
「あ、あの……シザキ、さん?」
透子は戸惑った。
だが、シザキは相変わらず、頭を撫で続けている。
「君とずっとこうしていたい。死ぬまで……」
「ど、どうしたの? なんかさっきから変よ。シザキさん」
「トーコ、『最後に』……もう一度私に『好き』と言ってくれないか?」
「え? 何……」
「頼む」
透子は不思議に思いながらもじっとシザキを見て、その頬に両手を添えた。
「好き……。好きよ。愛してるわ。シザキさん」
「ありがとう、トーコ」
わずかにその頬に赤みが差したかと思うと、シザキは心底、幸せそうな顔をした。
透子はその笑顔に思わず見惚れる。
一瞬だった。
二人の間に何本もの青白い光線が現れ、周囲がまばゆいほどの閃光に覆い尽くされた。
「えっ? なっ、シザキさんッ!?」
透子は自分の衣服がはじけ飛ぶのも構わずに、シザキに手を伸ばす。
だが、激しい爆発と爆風ですぐにその姿は見えなくなってしまった。建物もいたるところが崩れていく。
「いやああっ!!!」
悲鳴をあげるが、次々と瓦礫が降ってきて、視界がすべてそれに覆われていった。
透子はとりあえずその場を離れ、建物の外へ出る。
「いやっ、し、シザキさんっ……! ああっ、どうしよう!」
まるで爆破解体でも行われたかのように、巨大なビルが一瞬で崩れ落ちていった。
シザキはもうどこにいるかわからない。瓦礫の山の中に埋もれて、おそらく、あれではもう助からないだろう……透子は絶望した。
「マカベ・トーコ」
呆然としていると、背後から「聞き慣れた声」が聞こえてきた。
後頭部を殴られたような衝撃。
だが、ゆっくりと、透子は振り返った。
「シ……ザキ、さん……」
三両編成の装甲列車が、空に浮いていた。
その開いたハッチの奥に、愛しい人物が立っている。
でも、すぐに「違う」とわかった。
「あ、あなたが……。あなたたちが、やったの? どうして……」
装甲列車の側面には、いくつもの砲台が突き出したままだ。
あれが、さきほどの光線を撃ったのは明白だった。
「なんで……どうしてっ! なんでシザキさんを殺したの!! どうして!!」
「監視カメラを見た」
「……え?」
新しいシザキのクローンは、感情のこもらない声でそう言った。
「監視……カメラ?」
「そうだ。君と『前の私』は……滞留者たちのコロニーに立ち寄っていたな? その姿が、そこの監視カメラに映っていたのだ。そのシステムをハッキングすることは、こちらの技術をもってすれば容易い」
「み、見つけた……のね」
「そうだ。そして重大な問題が発覚した。前の私は……君と……」
そこまで言って、新しいシザキのクローンは口ごもった。
何かを言おうとして、やはり押し黙る。
その間に、装甲列車からはいくつものオーブが飛び出してきた。
「マカベ・トーコ。我々の警告を無視し、シザキ・ゼンジの精神を『汚染』させたことにより、シザキ・ゼンジの処分命令を下しましタ。今後、この最後の『シザキ・ゼンジ』に近づくことも禁止させていただきマス」
「汚染って……。『汚染』なんかじゃ……!」
あまりにもひどい言われ様に、透子は思わず羽と瞳を赤く輝かせた。
「我々の作業を、妨害するつもりでなければ、あなたには何もしません。デスが……もし妨害行為を継続するつもりなら……捕縛させていただきマス」
そう言うと、オーブたちはその丸い体を蜘蛛の巣のように変形させ、透子に迫ってきた。
今日はあと三話、完結まで投稿します。




