表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

048 真壁透子はもう一人のシザキを見つける

「なっ、いったい何ッ?」

「あれは……回収班か」


 ビルとビルとの隙間に、見覚えのある乗り物が見える。

 それは、半透明の歯車の装飾が施された「空飛ぶ装甲列車」だった。透子も、何度か乗ったことがあるものである。

 シザキは複雑そうな表情で言った。


「損害が激しく、人員も不足していたはずだが……もう本部から新しいクローン人間が補充されたのか……」

「えっ?」

「おそらく私の『替え』も……」

「さ、さっきからなにを言ってるの? どういうこと?」

「実際に見に行けばわかる」


 そう言うと、シザキはつないだままの透子の手を引き、目の前の廃ビルへと入っていった。そして階段を駆け上がる。

 崩壊し、窓も壁もなくなっているフロアまで来ると、外がよく見える場所へと進んだ。


「ちょっ、シザキさん、危ないわよ!」


 いつ崩落してもおかしくない場所に、シザキは立つ。


「もう……」


 透子もぶつくさ言いながら同じ場所に並んで見下ろすと、そこには……すでに装甲列車が着陸し、たくさんのクローン人間たちがまばらに歩いていた。

 その中の一人が、「長い白髪」をなびかせている。


「え……?」


 透子は絶句した。

 それはシザキにそっくりの……いや、「まったく同じ顔をした人間」だった。


「嘘、でしょ……どうして……」

「やはり私の『替え』がいたか。私が全損という扱いになっていれば、当然だな」


 驚いている透子に、シザキはそんなことをつぶやく。


「どういうこと? あ、あれもシザキさんなの?」

「ああ」

「なんで……?」


 シザキは透子を改めて見ると言った。


「私は……七十年前にクローン人間として生み出された、発電所の『部品』だ。製造時の数は、私を含め全部で三体。私は……若いころに一度全損している。だからあれは、最後の『私』のはずだ」

「え? クローン人間って、オリジナルの人からつくられた人間、ってことよね? それって一人じゃ……なかったの?」

「ああ。発電所では普通、三体ずつ作られる。だが、あれにインストールされた記憶は……おそらく今の私のものではないだろう。私が最後に基地にいた時点のものに違いない」

「記憶を……インストール、ですって?」

「ああ。毎日基地で眠ると、それまでの記憶が本部のAI『マザー』に送られてバックアップされる。だから、あの『私』は、白い巨人のナイトメアと戦う以前の『私』なんだ……」


 そう言いながら、シザキは眉根を寄せる。


「君に、トーコに愛情を抱く前の……『私』だ。今の状況には、決してなりえなかった『もう一人の自分』……」


 そう言って、震える手で透子の手をつかんでくる。

 透子はそんなシザキを心配そうに見上げた。


「シザキさん、それって……」

「あれを見るのは恐ろしい。あの頃の私は、まだ君への感情が何なのかはっきりとはわかっていなかった。君が私にキスをしてくれなければ、すべてを『勘違い』で終わらせていたはずだ。だから……」


 シザキは手を離すと、もう一度下界の自分を見つめた。


「怖い。あの『私』が、もし今の私たちを見たらどう思うだろう……。君への気持ちに気付き、今の私の立場をうらやましく思うだろうか? 君を取り合うことになるかもしれない。そんなことは御免だ。そうなってほしくない」

「シザキ……さん?」


 シザキは振り向くと突然、透子を強く抱きしめてきた。

 透子はそんなシザキの背にそっと手を置く。


「大丈夫……大丈夫よ。わたしは、あなただけだから。早く行きましょう。あの人たちに見つかるとまずいんでしょ?」

「そうだな。行こう」


 透子たちはそっと後ずさると、廃ビルを後にした。



 * * *



 元の高層マンションに戻ると、透子はキッチンに籠を置いた。

 戸棚を見つめながら食材をどこにしまおうかと考えていると、背後からシザキに抱きしめられる。


「シザキ……さん?」

「トーコ」


 振り向かされて、触れられないキスをされる。

 昨日から何度もこうしているのに、慣れない。いつも胸がドキドキする。頭がぼうっとなって、全身でシザキを感じたくなってしまう。


「え、えっと……あの……」


 マスクを出現させようか迷っていると、シザキが急に礼を言ってきた。


「ありがとう、トーコ」

「え……?」

「私を選んでくれて。私を愛してくれて。私は、幸せ者だ」

「シザキさん?」

「クローン人間として、私はこの世に生まれたが……最後に人として生きられたような気がする」

「何を、何を言ってるの? 急に、どうして……」


 シザキは愛しそうに透子を見つめる。

 そして、無機質な手が透子の頭に伸び、触れられぬはずの髪を優しくなでていった。


 その右手は再会した時からすでに「義手」になっていた。

 モチラに奪われた箇所が、いつのまにかそれに成り代わっていたのだ。それをぎこちなく動かしながら、透子の反応を嬉しそうに眺める。


「あ、あの……シザキ、さん?」


 透子は戸惑った。

 だが、シザキは相変わらず、頭を撫で続けている。


「君とずっとこうしていたい。死ぬまで……」

「ど、どうしたの? なんかさっきから変よ。シザキさん」

「トーコ、『最後に』……もう一度私に『好き』と言ってくれないか?」

「え? 何……」

「頼む」


 透子は不思議に思いながらもじっとシザキを見て、その頬に両手を添えた。


「好き……。好きよ。愛してるわ。シザキさん」

「ありがとう、トーコ」


 わずかにその頬に赤みが差したかと思うと、シザキは心底、幸せそうな顔をした。

 透子はその笑顔に思わず見惚れる。


 一瞬だった。

 二人の間に何本もの青白い光線が現れ、周囲がまばゆいほどの閃光に覆い尽くされた。


「えっ? なっ、シザキさんッ!?」


 透子は自分の衣服がはじけ飛ぶのも構わずに、シザキに手を伸ばす。

 だが、激しい爆発と爆風ですぐにその姿は見えなくなってしまった。建物もいたるところが崩れていく。


「いやああっ!!!」


 悲鳴をあげるが、次々と瓦礫が降ってきて、視界がすべてそれに覆われていった。

 透子はとりあえずその場を離れ、建物の外へ出る。


「いやっ、し、シザキさんっ……! ああっ、どうしよう!」


 まるで爆破解体でも行われたかのように、巨大なビルが一瞬で崩れ落ちていった。

 シザキはもうどこにいるかわからない。瓦礫の山の中に埋もれて、おそらく、あれではもう助からないだろう……透子は絶望した。


「マカベ・トーコ」


 呆然としていると、背後から「聞き慣れた声」が聞こえてきた。

 後頭部を殴られたような衝撃。

 だが、ゆっくりと、透子は振り返った。


「シ……ザキ、さん……」


 三両編成の装甲列車が、空に浮いていた。

 その開いたハッチの奥に、愛しい人物が立っている。

 でも、すぐに「違う」とわかった。


「あ、あなたが……。あなたたちが、やったの? どうして……」


 装甲列車の側面には、いくつもの砲台が突き出したままだ。

 あれが、さきほどの光線を撃ったのは明白だった。


「なんで……どうしてっ! なんでシザキさんを殺したの!! どうして!!」

「監視カメラを見た」

「……え?」


 新しいシザキのクローンは、感情のこもらない声でそう言った。


「監視……カメラ?」

「そうだ。君と『前の私』は……滞留者たちのコロニーに立ち寄っていたな? その姿が、そこの監視カメラに映っていたのだ。そのシステムをハッキングすることは、こちらの技術をもってすれば容易い」

「み、見つけた……のね」

「そうだ。そして重大な問題が発覚した。前の私は……君と……」


 そこまで言って、新しいシザキのクローンは口ごもった。

 何かを言おうとして、やはり押し黙る。

 その間に、装甲列車からはいくつものオーブが飛び出してきた。


「マカベ・トーコ。我々の警告を無視し、シザキ・ゼンジの精神を『汚染』させたことにより、シザキ・ゼンジの処分命令を下しましタ。今後、この最後の『シザキ・ゼンジ』に近づくことも禁止させていただきマス」

「汚染って……。『汚染』なんかじゃ……!」


 あまりにもひどい言われ様に、透子は思わず羽と瞳を赤く輝かせた。


「我々の作業を、妨害するつもりでなければ、あなたには何もしません。デスが……もし妨害行為を継続するつもりなら……捕縛させていただきマス」


 そう言うと、オーブたちはその丸い体を蜘蛛の巣のように変形させ、透子に迫ってきた。

今日はあと三話、完結まで投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ