047 真壁透子は嫉妬され、嫉妬する
私以外に……あんな顔をするな、と言われた。
透子はハッとして顔を上げる。
「あんな顔って? わたし、何も……」
「私以外の者を見て。話して。笑いかけて。そうされるとなぜか……苦しくなる。トーコ、私だけを見ていてほしい」
「し、シザキさん?」
より強く抱きしめられ、透子は胸をドキドキさせた。
「何を、言って……わたしシザキさん以外の人を好きになんてなってない。大地君だってもう好きじゃないし。あの眼帯をした男の人だって……てかそもそもあの人最初から嫌いだったし。だから安心して。わたし今……」
「トーコ。君はたしかに、『今は』私を好きだろう。でもいつかは……君はそのクライン・レビン症候群から回復する。その後は……」
「そんなの、関係ない!」
透子はシザキから身を離すと、叫んだ。
「いつか、ここからわたしがいなくなっちゃったとしても! わたしがシザキさんを好きな気持ちは変わらないわ! 変わらない……はずよ。だから、そんな悲しいこと言わないで!」
「トーコ、だが」
「説得力なんて、ないかもしれないけど! わたしは、大地君からあなたに心変わりしたから、信じてもらえないかもしれないけど! でも、わたしは……今はあなたのことしか考えられない。だから、だからこうして食べ物だって……あの人たちから」
透子は持っていた手提げ籠を持ち上げて、それをシザキに見せつける。
「誰のために、何のためにわたしがこうしたか、わかってるの!」
「……済まない。そうだな、君は私のために……ここまでしてくれた。君のおかげで、私は今、こうして生き永らえることができている。感謝している……トーコ」
「そ、そんな別に、わかってくれれば……あとトーコって、そう何度も呼ばないで」
「トーコ」
断っているのに、シザキはまた愛しそうにその名をつぶやいてくる。
そして、触れられないのに、透子の首筋に唇を寄せてきた。
「トーコ。私の愛しい天使。私の……」
「シ、ザキ……さん」
明るい陽の光の下で、透子はその触れられぬ口づけを受ける。
誰も見ていないとはいえなんとなく恥ずかしかった。
そして、ふと思い出す。
「あっ、そうだ。そういえば……」
「どうした?」
「あなただって」
「? 私が、なんだ」
「前の明晰夢の天使の人に……好かれてた」
そう言うと、シザキは急にむせだした。そして少し体を離しながら、透子を見下ろしてくる。
「わ、私は知らなかった。それに……『彼女』に関するすべての記憶は、忘れさせられてしまった。だからたとえそういう事実があったとしても」
「うん、わかってる。わかってるわ。ちょっと……そう、嫉妬しちゃっただけ。あなたみたいに……」
「し、嫉妬……私がか?」
透子は不思議そうな顔をしているシザキを見て笑った。
「そうよ。シザキさんだって、さっきからわたしに嫉妬、してくれてたんでしょう?」
「私が……これが、嫉妬」
「そうじゃないの? 好きな人が、自分以外と仲よくしてたり、別の誰かに好意を向けられているのを見たら、イライラしちゃう。それって嫉妬でしょう?」
「そうか。なるほど、これが……」
「そう。だから……わたしも、あなたが前の人に好かれてたって知って……ちょっと、焼きもち」
そう言って、透子はシザキの胸に顔をうずめる。
何も顔につけていなかったので、文字通りすっぽりとそこに埋没してしまった。
「わ、私は……あくまで友人としてしか、見ていなかった……はずだ。『事実』として、そういう記録しか残っていない。だから……」
なぜかあせったようなシザキの弁明に、透子はさらに笑いがこみあげてくる。
「ふふふ。大丈夫。それも、ちゃんとわかってるつもり。でも……それでも焼きもち、焼いちゃうの。十七年前なんて、わたしが生まれる前の話だし。考えても無意味なんだけど……」
「生まれる前? それは、違う。今は2250年だ。そこから十七年前というと……君はとっくに生まれて、しかも死んで何年も経っているはず」
「別にそういうことじゃ……まあ、そういうことなんだけど。ほんと変な感じね。時代を大きくひとまたぎしちゃったんだから。どうしても感覚が狂うわ」
よく考えればそういうことなのに、透子は心でそれを納得できないでいた。今、目の前にいる人の十七年前の出来事は、どういう側面から見ても透子からはまったく知る余地のない昔のことだ。
それだけで、モヤモヤしてしまう。
その時代にい合わせたら、きっと必ずその「彼女」に嫉妬していたはずだから……。
「記録では、『彼女』が飛ばされてきたのは、君が飛ばされてきた2045年よりも後の時代だったらしい。ということは……」
「わたしよりも年下、だったんだ。でも前に見せてくれた映像では、明らかにわたしよりも年上だったわよね? うん、やっぱり……変な感じ」
この奇妙な時空転移は、いくつもの不可思議な現象が付随するように発生している。
だが、透子はそれ以上の情報を聞きたくはなかった。知れば知るほど嫉妬心が強く、大きくなっていく。
なにか無性に腹立たしくなって、透子はシザキの胸を軽く叩いた。
「もう!」
「な、なんだ?」
「モテるから……。だからなんか悔しいわ」
「何を……そう思うことがある。私が初めて愛したのは、君だ。それをもっと、自覚してほしい」
「シザキ……さん」
優しい瞳で見つめられ、透子は急にものすごく恥ずかしくなってきた。
顔が熱くなり、意識がどっかに飛んで行きそうになったので、あわてて別の話を振る。
「あっ、そ、そういえば……わたし、元の時代でシザキさんにそっくりな人を見つけたわ。名前を調べてみて、またびっくりした。紫崎千治って……名前もあなたにそっくりだったのよ! これって、何か関係ある?」
「それは……たぶん、わたしのオリジナルの人間の……『先祖』だな」
「先祖?」
シザキはこめかみに手をやって、なにやら考え込みはじめた。
透子はその反応に目を丸くする。
「ああ。やはりだ。わたしのオリジナルは『紫崎善治』という音楽業界に携わる人間だった。その何代か前の人間がその『紫崎千治』だな」
「そ、そう……なんだ」
「似ていたか、私に」
「ええ」
「そうか。もし元の時代に戻ったら……もうこの世界にこれなくなったら……その者を愛すればいい。それか、その子孫を……」
「え?」
「トーコ。わたしはクローンだ。ちゃんとした人間の、オリジナルに会うことがあればその方が……」
透子はそれ以上何も言ってほしくなくて、口にマスクをつけるとシザキに口づけた。
「む……」
口をふさぐ。
噛みつくように、透子は唇を押し当てた。
「と、トーコ……」
しばらくして離れると、抗議をするようにシザキが見つめてくる。
透子は怒りにまかせて叫んだ。
「だから! 今のわたしは! 今の、クローンのシザキさんが好きなの! 何度も言わせないでよ! オリジナルとか、その先祖は、『あなた』じゃない。他の誰だって、『あなた』の代わりになんかなれない。だから……だから……」
透子は涙を流しながら訴えた。
シザキはそこでようやく、我に返った。
「済まない。そうだな。私も……今の君が好きだ。この時代に来てくれた、君が」
「だったら!」
「いつかは離れ離れになってしまう私より……元の時代で君が幸せになれば……君のためになると、そう思った。が……やはり誰と幸せになっていても、きっと辛いだろう。身勝手だが……」
「だったら、だったらそんな強がり言わないでよ! 馬鹿ッ!」
怒鳴りつけると、透子はシザキの手を取って、走り出した。
どこかもっと……二人が何も考えずに、幸せでいられる場所へと。向かうために。
その瞬間。
前方のビルの向こうで大きな爆発が起こった。




