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046 シザキ・ゼンジは食料を恵んでもらう

 シザキは思わず赤面する。


「ハハハッ、俺らが出した『ゴミ』の始末をしてくれたらしいなあ、じいさん。悪いな、礼を言うよ。だがな、お前ら発電所のやつらに食わせる『ちゃんとした食料』なんてもんは、ここには無えんだよ。だからとっとと失せな」


 眼帯男はそう冷たく言い放って、背を向ける。

 だが、そこへ少女が追いすがるように声をかけた。


「待って! お、お願い。シザキさんもう限界なの。このまま何も食べなかったら死んじゃう。だから……なんでもするから、お願いだからこの人に食べ物を分けてあげて!」

「クククッ、この娘、さっきからこんなこと言ってんですがどうしますか、ジョーさん?」

「ホント、面白いこと言ってますよね……へへへ」


 ゲスな笑みを浮かべた他の滞留者たちは、そんなことを次々に眼帯男に言う。

 敬語を使っているところを見ると、彼らは下っ端、そして眼帯男は上の立場だとわかった。立ち去ろうとした足を止めて、ジョーは振り返る。


「明晰夢の天使……か」


 そう言って少女を見ていたが、ふと苦笑いした。


「ハッ、昨日とはまるで顔が違ってるなあ。やっぱそのじいさんと『そういう関係』になったのか? 『肉体』も無えくせして……。一晩でずいぶん『女』になったもんだな?」

「え、えっ?」


 指摘されて、少女は一瞬で首から上が真っ赤になる。


「なっ……そ、そんな……」

「『そんな関係じゃない』なんて前は言ってたよなあ……まったく、こんなじいさんのどこがいいんだか。まあ、嬢ちゃんにはあの白い巨人のナイトメアを倒してもらった借りがあるからな。仕方ねえ……じゃあちょっとついてきな」

「ジョーさん?」

「ジョー」

「おめえらはどっか行ってろ。あとは、俺がどうにかする」


 男たちはしばらく納得いかないといった表情をしていたが、ジョーがさらに睨みをきかせるとしぶしぶ去っていった。

 ジョーに導かれるまま、シザキたちは通路の奥へと進んでいく。


 ある自動ドアを抜けると、そこは食堂らしき部屋だった。

 大きなテーブルがひとつ。そしてその奥にはキッチンらしき設備。隣の部屋には、棚に整然と並べられた缶詰やら、料理の絵が描かれた箱がどっさりと積まれてあった。


「嬢ちゃんが斃してくれたあのナイトメアな……結構な収入になったぜ? あれはもともと、嬢ちゃんの取り分だったからな。それをあの場にいた俺たちが横取りしちまった……ま、これはその詫びだ」


 そう言って、眼帯男はいくつかの缶詰をテーブルの上に置く。


「ほれ、じいさんももたもたしてねえで適当に見繕ってきな。一種類ずつくらいなら、持ってきても文句は言わねえぜ」

「…………」


 シザキは促されるまま、食料庫から食べられそうなものを物色した。「即席麺」と書かれた袋をひとつ手に取る。

 眼帯男はシザキからそれを受け取ると、キッチンの戸棚から片手鍋を取り出した。

 そして、壁際に置いてあったタンクのコックをひねり、出てきた水をその片手鍋に入れてコンロにかける。


「さあて、湯が沸くまでちと話でもするかね」


 どかっと手近な椅子に腰かけて、眼帯男は少女とシザキを見上げる。

 シザキはしぶしぶうなづいた。


「わかった、少しなら……」

「ふん、まあどっちかっていうと、俺はそっちの嬢ちゃんと話がしてえんだけどな。なあ、嬢ちゃん?」

「…………」


 眼帯男に話をふられて、少女は顔をしかめる。

 だが、すぐに対面の席に座った。シザキはやや胸を撫で下ろして少女の横の席に移動する。


「さて。あんたたちの状況だが……なんとも最悪なようだな。さしづめ駆け落ち、ってとこか。歴史は繰り返す……まるで『あの時』と同じだな」

「あの時……?」

「十七年前だよ」


 少女の問いに、眼帯男はぶっきらぼうに答える。


「十七年前、このじいさんとパートナー契約をしていた明晰夢の天使のことだ、前にも嬢ちゃんに訊いたろ? そいつのこと知ってるかって」

「え、ええ……」

「その天使はじいさんの『感情』を守るために、発電所の連中とやり合った。だが守りきる前に『期限』が来ちまった。そして結局じいさんの記憶も消された。その時と……似てるよ」

「…………」


 ジョーは缶詰を指先でいじりながら、押し黙った少女を見る。


「だが一個違うのは、そいつとこのじいさんは熱い『友情』で結ばれてた、ってとこだ。あんたたちとは違う。だがあいつは……あいつも本当はこのじいさんのことを……」

「え……?」


 ジョーの言葉に、少女もシザキも眉根を寄せる。

 ぐらぐらと湯の沸き立つ音を聞いて、ジョーは立ち上がった。テーブルの上の缶詰を適当に掴んで持っていく。


「あいつは、じいさんに友人以上の思いを抱いてた。でもそれを最後まで伝えることなく……あいつは消えちまった」


 ジョーは袋を破ると、中の麺を沸騰した湯の中に投入した。

 続いて缶のふたを開けはじめる。


「え……その人……シザキさんを……?」


 少女が震える声で尋ねる。

 シザキも震えそうになる指を、拳を強く握ることで押し隠した。


「ああ。でも、じいさんの方は違ってたな。単に友人として……。だから、そのじいさんの気持ちを裏切るまいとして、最後まで黙ってたんだ」

「そんな……」

「まあ、あいつらしいけどな。あいつにはできなかったことを……あんたたちはやってのけた。嬢ちゃんはやってのけた。そしてまた、同じように発電所と対立してる。同じだ。あの時と同じことの繰り返しだ」


 タレのようなものと、缶の中身をぼちゃぼちゃと鍋に投入していく。

 ちらっと黄色い粒のようなものが見えたが、シザキにはそれが何かはわからなかった。


「待って。その人は、シザキさんを愛してた……の? シザキさんは友達だと思ってたのに? そんな……それって片思いじゃ……」

「もう、この世界にいない女のことだ。それにそこのクローン人間は、すっかりそのことを忘れちまってる。だから嫉妬する必要なんかないぞ、お嬢ちゃん」

「でも……」

「嬢ちゃんはこのじいさんに『愛情』ってのを抱かせられたんだろ、じゃあ良かったじゃねえか。俺は忠告したけどな。不幸になるって。でも、それでも嬢ちゃんは好きになっちまったんだろ。ならしょうがねえ、あとは頑張れとしか言えねえな。ホレ」


 いつの間にか料理が完成し、目の前に運ばれてきた。

 眼帯男が勢いよく置いたどんぶりの中身を、シザキは見る。


「『みそらーめん』だ。おまけで缶詰のコーンも入れてやったぞ。有難く思え」


 赤茶色のスープの上に浮かんでいる、黄色い粒は「コーン」と言うらしい。そしてその下には細い麺がキラキラと輝きながら沈んでいた。ほんのりと舞い上がる湯気。さらにそこに二本の棒も差し込まれている。


 これは……たしか箸というものだったとシザキは確認する。

 使い方は脳内のデータにあった。

 だが、慣れていないのでうまく持てない。四苦八苦しながら麺をすする。


「……助かった。礼を言う」

「へっ」


 素直に感謝の言葉を述べると、眼帯男は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「あの……ジョーさん」


 食事にありつけたことにホッとしたシザキとは反対に、横にいた少女は、複雑な表情をしていた。


「なんだ?」

「あの……ありがとうございます」

「別に。嬢ちゃんに借りを返しただけだ。俺はこのじいさんに、親切にしているつもりはねえ」

「うん、でも……ありがとうございました」

「…………ふん」


 こころなしか男は照れているようである。

 シザキは食事をしながら、なにか面白くない心持ちになってきた。


「どうしたよ?」


 異変に気付いて、ジョーがちらりとこちらを見る。

 シザキは麺と格闘しながらあいまいに答えた。


「……いや」

「いや? なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え。てか……あんたも変わったな。ちなみに訊くが、あんたの中で『明晰夢の天使(おんな)』に対する感情はどう変わったんだ? 友情と愛情の違い……参考までに教えてくれよ」

「…………」


 シザキは麺をすする手を止めて言う。


「友情は……おそらく、感情と言葉を、その相手と密に交わしていたい……という気持ちだ。愛情は……それに加え、相手の存在そのものを自分のものとしたい……という強い欲求だ。それは、比較にならないほど強い……私はマカベ・トーコにその愛情を抱いている」

「そ、そうかよ」


 眼帯男はそう言うと、そそくさとまたキッチンへ戻った。

 少女をちらりと見ると、やや顔を赤くしている。

 シザキは不思議に思って声をかけた。


「どうした、トーコ」

「え、い、いや……。そ、そんな強く想ってくれてたんだ、と思って……」


 何か胸の奥があたたかくなって、シザキは少女の頬に手を伸ばしそうになった。


「おい、のろけは余所でやってくれ! まったく、ここをどこだと思ってやがるんだ。早く食べて帰れ!」


 眼帯男の声にハッとする。ジョーはキッチンを乱暴に片づけ始めていた。

 少女はあわてて居住まいを正し、頭を下げる。


「あ、す、すいません! じ、ジョーさん。あの……また、お願いするのも厚かましいと思ってるんですが……その……シザキさんのためにまたここに食べ物をいただきに、来てもいいですか? またナイトメアの討伐にも力を貸すから……。他はどうにかなるけど、でも食料だけはどうしても手に入らなくって。だ、だから……」


 少女の言葉に、眼帯男はため息をつきながら振り返る。


「別に……俺たちも、討伐に困ってるなんて状況はめったに無え。この間の白い巨人がイレギュラーだっただけでな。だが……嬢ちゃんをこれ以上不幸にもしたくねえし……。まあ、気が向いたらその相談に乗ってやるよ」

「ほ、本当! あ、ありがとうございます!」


 そう言って、少女は深くお辞儀をした。

 眼帯男はまんざらでもない様子で、また調理器具を片づけはじめる。


 シザキは急に残りの麺とスープを掻きこみ、全て平らげると席を立った。


「トーコ、行くぞ」

「えっ?」

「世話になった。もう失礼する」

「ちょ、ちょっと……!?」


 シザキは部屋を退出しはじめたが、少女はなにやらもたついて、眼帯男に駆け寄っていった。そして食料庫に行くと、いくつかの食料を取ってきて、またお辞儀を返す。

 そのやりとりももう見たくなくて、シザキは足早に出口へと向かった。


「ちょっと、シザキさん! 待って!」


 振り返ると、少女は「夢見る力」で生みだしたのか、大きな籠を手にしていた。中には先ほどシザキが食べたのと似たような食材がたくさん入っている。


「もう、シザキさんっ! いったいどうしたの?! いきなり、帰るなんて!」


 不満を述べるが、シザキはその少女の言葉を無視してバリケードのところまで行く。そこを抜けて地上に出ると、シザキは背を向けたまま言った。


「私以外に……あんな顔をするな」

「え?」


 怒りか、悲しみか。よくわからない感情に支配されている。

 シザキはおそるおそる少女に振り向くと、答えを聞く前にその体を抱きしめた。

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