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043 真壁透子は絶望と希望を抱く

 明晰夢。

 これは明晰夢だと、すぐにわかった。

 あの、以前作り出した夢の中の教会にいるのだと。


「これは……わたしの夢。あの未来の世界じゃない……」


 透子は教会内を見回してつぶやいた。


 完全に修復された傷一つない建物。巨大なパイプオルガン。ステンドグラス。

 そして、整然とならべられた長椅子。

 どれもが美しく完璧に存在している。


 透子はいまさら大地君を作り出そうとはしなかった。またシザキのことも。

 ふらふらと教会の扉を開けて、外に出る。


 そこは砂漠だった。


「まるで今のわたしの、心の中ね……」


 自嘲するように口の端を吊り上げ、透子は背中に赤い羽根を生やす。

 そして空へと。

 ラベンダー色の空に向かって――飛ぶ。


「え……?」


 ラベンダー色の空。

 それは、あの未来の空の色だった。


「う、嘘……」


 思いがけず願っていたことが叶ってしまった。

 全身に鳥肌が立つ。唐突過ぎる幸運に、歓喜する。けれど――。


「どういうこと? また、わたしはクライン・レビン症候群の発作が出ちゃったの? また長く……眠ってるの……?」


 詳しくはわからなかったが、とにかく次にやることは決まっていた。

 シザキを探すこと。それだけを、強く思う。


「い、行かなくちゃ!」


 透子は全速力でOIGE駅へと向かった。



 * * *



 改札に到着し、さっそく壁に向かって話しかける。

 すぐに透子だと認識され、電子音声が流れた。


「明晰夢の天使、マカベ・トーコですね?」

「そうよ。シザキさんに会いたいの」

「シザキ・ゼンジですカ。彼は先の戦闘でロストしましタ。同行していたオーブも破壊されたため、現在捜索中デス。なお遺体である可能性がきわめて高く……」

「い、遺体って……ど、どういうこと!?」


 透子は、聞き捨てならない言葉に血の気が引いた。

 最悪の事態にだけはなっていてほしくない……と、そんな思いで壁に取りすがる。


「あ、あれから、何があったの!?」

「前回、巨大な人型のナイトメア……いわゆるSSS級のナイトメアがエリアに出現し、それによって我が基地の夢エネルギー回収班が壊滅しましタ」

「か、壊滅……?」


 あの「モチラ」が、回収班のクローン人間たちをほぼ全員蹴散らしていたのを透子は見た。だがあの時、シザキだけは無事だったはずだ。途中まで一緒に避難していたのだから。


「オーブはすべて壊され、また作業員も原型を失う者が多く出ました。体組織が少なくなりすぎて、シザキ・ゼンジのようにロストした者もいマス」

「そ、そんな……じゃあシザキさんは……」

「現在は未確認のため『保留』となっていマスが……ある一定の期限が過ぎれば『死亡』扱いとなりマス」

「…………」


 透子は愕然として、その場に膝をついた。

 もしかしたら会えるかもしれない。そう思っていたのに、まさかそんなことになってたなんて。


「念のため……協力者であるアナタには注意しておきマス。例のSSS級のナイトメアは、まだ街を彷徨い続けていマス。OIGE駅の夢エネルギー回収班の再始動は未定。次世代のクローン人間が本部から補てんされてくるまでは、我々内勤スタッフは待機している状況デス。よって、その間はエリアにおいての明晰夢への対応が難しくなりマス。ナイトメアたちにはできるだけ近づかないようにお願いしマス」


 それを最後に、壁の音声はぷつりと途切れた。

 透子は力なく改札を離れて、またラベンダー色の空へと戻る。


「モチラ……」


 透子はとりあえず、例の白い巨人のナイトメアを探しにいくことにした。



 * * *



 あのナイトメアさえ現れなければ、そもそもこんなことにはならなかったのだ。

 

「ふ、ふざけんじゃないわ……! よくも……シザキさんを!」


 悲しみは、いまや怒りへと変わっていた。

 もうシザキが死んでいるのなら、その仇を取らなくてはならない。

 

 しばらく飛んでいくと、街の中心で暴れているモチラを発見した。

 大きな腕を振り回して廃ビルを次々に壊している。

 その足元には、なんと滞留者たちがいた。


「あ、あの人たちは……!」


 それは以前、OIGE駅の改札で出会った滞留者たちだった。

 特にあの眼帯を付けたジョーとかいう男。あの者が特に果敢に攻撃を仕掛けている。だが、全体で見れば劣勢であるのは一目瞭然だった。ジョー以外の者たちは逃げることに専念しており、何人かは負傷して動けなくなっている。


「なに、してんのよっ! あいつらじゃ、絶対無理に決まってる……」


 透子は急いで加勢に加わった。

 夢見る力を発動させて、滞留者たちの前に透明な防御壁を展開させる。そして、手に巨大な大砲を装着して、エネルギー弾を発射させた。


 モチラの脚に当たり、こちら側に大きく倒れてくる。


「皆、逃げてっ!」

「お前は!!」


 ジョーに気付かれた。

 だが、今は話している時間は無い。透子は一番最後まで粘って戦っていたジョーの襟首をつかむと、猛スピードで建物の裏に退避した。


 ずずん、という轟音が鳴り響く。

 逃げ遅れた者はほとんどいないようだった。

 そこここで歓声があがる。


「おい、お前……なんで」


 ジョーがこちらを見上げていた。

 透子はどういう意図で言われたのかよくわからなかったため、これだけを言い捨てる。


「あのナイトメアは……倒し方があるの。わたしがどうにかするから、あなたたちは安全なところに隠れていて!」

「あっ、おい!」


 呼び止められたが、透子は構わずにまた空に飛び出した。

 そして、倒れているモチラ目がけて巨大な炎を手から噴出させる。


「焼かれなさい!」


 その真っ赤な炎はモチラ全体を包み、しばらくそこに留めた。

 プスプスとしだいに真っ黒な煙が立ち上っていく。

 やがて、モチラはこんがりと焼き上がってしまった。


 熱で体が固まってしまったのか、完全に動かない。

 透子は巨大な刀を作り上げると、それをモチラの倒れた背中に向かって切り付けた。

 ズパッと音を立てて真っ二つに割れる。そして、今度こそモチラの体は粉々に砕け散った。


「……よし」


 モチラの亡骸からピンク色の発光体が出現しはじめる。

 建物の陰に隠れていた滞留者たちが、一斉に歓声と共に広場に出ていった。そして、自分の腰の黒いボックスの蓋を開けて、モチラから出てきたエネルギー粒子を順次回収していく。


「おい、お前!」


 しばらくすると、あらかた回収し終わったジョーが、透子の足元にやってきた。

 透子は空中に浮いたままジョーを見下ろす。


「何? 別にあなたたちを助けたわけじゃないけど。シザキさんの仇討ち……をしたかっただけよ」

「なんだと?」

「あの人、あの白い巨人のナイトメアに殺されちゃったみたいなの。最後に一緒にいた時は……逃げてたのに……ね」


 そこまで言うと、透子は急に涙がこみあげてきて止められなくなってしまった。

 それを見つめるジョーは、大きく咳ばらいをする。


「ゴホン。ええと……おい、何を勘違いしてるか知らないがな、あいつは……生きてるぞ」

「え?」

「一度、会ったんだ。今はどこに潜伏しているかは知らねえが……ときおり俺たちの残飯も、漁ってるようだと聞くな」

「え、な……残飯? どうして……」


 ジョーは視線をそらすとぶっきらぼうに言った。


「知るかよ。そんなの……探し出して、あいつに直接訊け」


 探し出す。

 探し出せる。

 生きていると解った今、そうできるのだと知った透子は、嬉しくて仕方がなくなった。


「うん、そうしてみる! ありがとう!」


 笑顔でそう言うと、透子はさっそく上空へと舞い上がる。

 シザキ、あのシザキが隠れていそうな場所へ。

 どこまでもつづく廃墟の上を、透子は滑るように飛んでいった。

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