042 真壁透子はそっくりさんを見つける
あれから、数日が経過した。
透子は、千明に「すべての恋愛を諦める」とは言ったものの、やはりシザキのことが忘れられずにいた。
日ごとに会いたいという気持ちがつのり、毎夜明晰夢を見ては、彼のことを探すようになっていた。
けれど、シザキと出会うことは決してなかった。
見る夢全てが明晰夢であったにもかかわらず――。
あの未来の世界に行くことは、ついに叶わなかったのである。
一度、無理やりシザキを夢の中で作り出してみたことがあった。
けれどそれは、以前作り出してみた大地君と同じ、意志を持って話しかけてはくれない「ただの人形」だった。
それは結局、空しい一人遊びでしかない――。
* * *
学校ではいつのまにか千明と大地君が付き合いだしていた。
千明の方からアプローチしたようだが、普段どういうやりとりをしているのか、特に本人たちからは聞いていない。また興味もない。
かつては誰よりも好きでいた大地君に対して、こんな気持ちを抱くなんて……自分自身でも、透子はとても驚きだった。
でも仕方がない。
この世の誰よりも、あの人を好きになってしまったのだから。
不毛とはわかっていても、もうどうしようもなかった。
気持ちに、嘘はつけない。
透子はそうして、毎日ぼんやりと生気の無い日々を送っていた。
三食はきちんと食べる。
学校にも行く。
部活もするが……千明と大地君が目の前で仲よくしているのを見ても、まるで嫉妬しなかった。するとしたら、あんな風に自分とシザキも一緒にいる事ができたらなあと夢想するくらいだ。
何も楽しくはない。
心はずっと、シザキだけを求めている。
街を行く老人を眺めてみても、「彼ほどの魅力的な人物はどこにもいない」ということがわかるだけだった。
みな、ただの老人だ。
もともと透子は枯れ専ではなかった。
シザキを好きになったのであって、老人を好きになったわけではないのだ。
「会いたい。会いたいよ……シザキさん……」
学校からの帰り道、出るのはそうした愚痴とため息ばかりだった。
保谷駅の近くを自転車で走りながら、冷たい風を顔に受ける。
ふと前方に、大きな荷物を背負った人が歩いているのが見えた。
あれは、大きな楽器。
チェロのような弦楽器……が入っていそうだと透子は思った。
その人の後ろ姿を見て、ふとあの長い銃を背負っていたシザキの後ろ姿と重なった。
楽器を背負った人も、頭は真っ白だった。
髪は長くないが、身長もシザキと同じくらい高い。
歩き方もとても良く似ていた。
まさか……と思いながら、透子はその人物を追い抜く。
少し先まで行って、自転車から降りた。
スマホを取り出して、今まさに誰かから連絡があったというようなそぶりをする。
そして、そのままちらりと後方を振り返った。
楽器を背負った人は……。別人だった。
一瞬シザキに似ていると思った。
でも、眼鏡をかけていて、髭は生やしていなかった。
透子はスマホを耳に押し当てながら、その人物が通り過ぎていくのを待つ。
胸のドキドキがうるさかった。
似ている人を見かけただけで、こんなにもうるさい。
だったら、本人にもう一度会ったらどうなってしまうのだろう。
詮無いことを考える。
その人の姿が見えなくなるまで、透子はしばらくそこで立ち続けていた。
「この今の時代に……いるわけ、ないよね……」
スマホをしまいながら、肩を落とす。
* * *
家に帰ると、透子は自分の部屋に向かった。
制服のままシングルベッドにダイブする。
「はあ……さっきの人……似てたなあ……」
もしこの時代にそっくりさんがいたら、自分はその人を好きになるだろうか。と思う。
でも、それはたぶん無理そうだった。
結局全くの別人なのだ。
そんな人を好きになっても意味ない事だとすぐに悟る。
透子は起き上がると、勉強机に向かい、置いてあったノートパソコンを開いた。
これは、高校に入学した時に、両親から入学祝いでもらったものだ。
勉強に役立ててほしいと、そういった思いで買ってもらったのだが、実際はネットゲームなどをするのに役立ててしまっていた。
でも、今はなんでもいいので逃避したい。
電源を入れて、いつもやっているオンラインRPGゲームにログインする。
「ログイン……か。なんか、夢を見る時と似てるかも……」
ローディングしている間に、そんなことを思う。
たしかに、ゲームの世界に入るのも、夢の世界に入るのも、基本は同じようなことだった。
それは他人の作り出したものか、自分が作り出したものかの違いでしかない。
あの、未来の世界は……。
自分が作り出したものではなかった。
未来の人が作り出したもの。
ゲームのタイトル画面が現れる。
「さてと。前はどこまでやったっけ」
これは様々なスキルのカードをガチャで引いて、主人公を強くしていくゲームだった。
敵を倒すことでもそこからスキルのカードがドロップする。
また、敵自身もカードに変わったりして仲間になるというゲームだった。
いろいろなアニメや、映画会社とのコラボを良くしているので、それを期に始めるユーザーも多い。
今は猫耳の男の子が活躍するアニメと、少し前にやっていたホラー映画のコラボ企画がはじまっていた。
「あれ、この映画……」
枠外のお知らせ画面には、そのコラボ内容が書かれている。
「モチラ……?」
その文字を見て、思い出した。
最後に夢の世界で戦ったあの馬鹿でかいナイトメアは、たしかにこの「モチラ」だった。
すぐさま透子はゲームのウインドウを閉じて、検索画面を開く。
モチラ、と入力すると詳しいサイトが出てきた。
「モチラ……。モチを喉に詰まらせて死んだ人たちの怨念が集まったバケモノ……」
トンデモすぎる内容に、すぐ「絶対に見に行かない」と意識を遮断した記憶がある。
「これだったのか」
モチラ公開の際に作られた特設サイトには、あの未来の世界で見た、目だけがらんらんと光った真っ白い体の巨人が映っていた。
透子は一応、あらすじや、モチラの設定などのページも見てみる。
この映画は原作があるわけではなく、映画のために作られたものらしかった。結末は書かれていないので、弱点というものが何かはこのサイトには載っていない。
「弱点って……わたし、何調べようとしてるの……? もうあの世界には行けないのに……」
気づいて、愕然とした。
無意識のうちに調べようとしていたけれど、そんなことをしてももう遅い。
何の意味もない。
だから、もうこんなことせずに、またゲームをしよう。
そう思ったが……透子は気づけばネタバレサイトに飛んでいた。
自分自身、どうしてそうしたのかわからない。
でも、そこに書かれてあったことをを端から端まで読んでいると、わけのわからない喜びに満たされて行った。
「ふふ。シザキさん……あれ、意外と簡単に斃せるみたいだよ……」
笑いながら、目に涙がじわりとにじんでくる。
透子はモチラの弱点を知った後、知らず知らず、また検索ワードの欄に違う言葉を入力していた。
シザキ・ゼンジ。
この世界にいるはずのない人の名前を打ちこむ。
検索結果など、出るわけがないのに――。
検索エンジンはやはり、一秒と経たない間に0件という文字を表示した。
でも、代わりに……。
「え……?」
予測結果を出してきた。
もしかして:紫崎千治。
透子は震える手でその文字をクリックする。
「紫崎千治……せんじって読むんだ、この人……世界的チェリスト?」
音楽業界のサイトには、帰りがけに見た、あの老人の顔があった。
大きな楽器のケースを背負ったあの男性である。
しかも、東京都在住と書いてあった。
「なんだ。じゃああの人、この辺りに住んでる人……だったの? すごい偶然……。シザキさんも、この人みたいにチェロとか弾けるのかなあ……見てみたいなあ」
ふとシザキのそんな姿を想像をしてしまい、透子は画面から目を離す。
「ふふ……シザキさん、戦ってばっかりだったから、きっとそんなことお願いしても……『できるわけないだろう』とかってやってくれないだろうな。でも、すごくお願いしたら、ダメ元でやってくれるかもしれない。もし……もう一度会えたら……わたしの夢見る力でチェロを作り出して、お願いして、みたいなあ……」
あり得るわけがないことでも、ついそんな希望を抱いてしまった。
透子は椅子から立ち上がり、ぼふっとまたベッドに倒れ込む。枕に顔をうずめながら……嗚咽する。
「ううっ……シザキさん……シザキさん。会いたいよ……」
枕に、涙がどんどんしみこんでいく。
顔が熱い。
透子は胸の痛みを押さえながら、やがていつのまにか眠りこんでしまった。




