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003 シザキ・ゼンジは明晰夢の天使と出会う

女主人公ちゃん、登場。

 赤い瞳をした少女は、シザキの姿を見てわなわなと震えていた。


「えっ? ……だ、誰?」


 見知らぬ人間が急に空から落ちてきて、なおかつ積み重なった瓦礫の下でまだ生きていたら、驚かぬ方がおかしいというものだろう。


 くせの強い亜麻色の髪が、窓からの光を受けてつやめいている。

 後ろ髪は短いが、顔の横のもみあげ部分の髪は胸元まで長く伸びていた。

 華奢な二の腕と、デコルテ部分の肌だけが露出しており、小ぶりな胸から下はレースのような素材の白い生地で覆われている。


 いわゆる「ウエディングドレス」というものだろうか、とシザキは思った。試しに頭の中の記憶チップに入っているデータを引っ張り出してみる。すると、画像が綺麗に一致した。


「あの、聞いてる? ねえ……」


 力を使って瓦礫を消したせいか、彼女の背中からは薄羽のような六本の赤い光の帯がたなびいている。

 教会という場所柄もあり、まさに「天使」と呼ぶにふさわしい姿だった。


 明晰夢の天使。

 シザキにとってはあまり……出会いたくない相手だった。


「…………」


 黙っていると、オーブがシザキの側に近づいてくる。

 頭上を旋回しはじめたが、それはシザキの負傷具合を調べるためだと思われた。

 シザキはその間も体を起こそうと試みるが、左腕は折れ、右足も瓦礫に押しつぶされていて満足に動かない。


 軽くため息をつくと、シザキはもう一度少女の方を向いた。

 少女は顔を紅潮させている。


「あーもう。だから……なんとか言ってよ! ていうかホントに誰なの?! ここはわたしの夢のはず。わたしの意図するもの以外は出てこないはずなのに! ああああっ! わたしの頭、おかしくなっちゃったのっ?」


 いきなり興奮しはじめる。

 シザキは極力相手を刺激しないように、慎重に言葉を選んで言った。


「別に……君の頭はおかしくなってはいない。私が君の夢と遭遇しただけだ。邪魔をした」

「えっ?」


 少女はハッと顔を上げ、不思議なものを見るようにシザキを見つめてくる。


「ど、どういうこと? あなた……何? そこの、飛んでる黒いボールも。こんなものわたし……作り出してない。どういうことなの?」

「私は……このエリアの、『ナイトメア』を狩る作業員だ。ここは西暦でいう2250年、トウキョウ中部に位置する『夢エネルギー発電所』の中だ。君はそこに召喚された夢の化身のひとつで……」

「ちょ、ちょっと待って。全体的に意味がよくわからなかったんだけど、今、西暦2250年……とかって言ってた?」

「ああ」


 少女は長い白手袋に包まれた片手を額にあてると、首を振った。


「わたし……SFっぽい夢ってあんまり見ないんだけど。でも、たしかに今日の夢は初めからなんか違ったし、いきなり砂漠みたいな所から始まって……あー、疲れてるのかなぁ?」

「君が……いつの時代から来たのかは知らないが、ここは君の見ている夢でもあり現実でもある。とりあえず、喫緊の課題としては、私はナイトメアと呼ばれる化け物に襲われている。すぐにでもまたここへ来るだろう」

「へっ? ば、化け物?」


 少女はまた驚いたようにこちらを向いた。

 シザキは丁寧に説明する。


「……私に攻撃を仕掛け、ここへと吹っ飛ばしてきた相手だ。10mはある、巨大なタコの化け物だ」

「えっ、ちょ、ちょっと待って。なにそれ。そのせいであなたはここに落ちてきて、わたしの大地君を壊しちゃったっていうの?」

「ダイチ……というのは先ほど消滅した人間のことか」

「そう、だけど……」


 少女にとって、その者は大事な人間だったのだろうか。

 ふとそんなことを考えてみたが、詮無い事だったのでやめた。


「それは悪いことをした」


 とりあえず謝っておく。

 これ以上機嫌を損ねられてもまずい。


 ナイトメアはいまのところこちらの位置を見失っているようだった。

 だが、いつまた二度目の襲撃を受けるかわからない。救難信号はすでにオーブが本部に送信しているはずだったが、別の作業員による助けが来るまでは、どうにかここで一人で生き伸びなくてはならなかった。

 それと、いつでもこの「明晰夢の天使」に協力してもらえるような関係を維持しておかなくては……。


 シザキがそう決心していると、少女はあっけらかんとした口調で言った。 


「……いいわよ。どうせ作りものだったんだし」


 そう言って、唇をとがらせながらそっぽを向く。


「何?」

「おじいさんの……あなたにはわからないでしょうけど、わたしぐらいの年頃の子はね……好きな人と夢の中でくらい、結婚式を挙げたいな~って思うもんなのよ」

「結婚式……?」

「そう。ここ、教会でしょう? わたしの理想の教会。理想のドレス、そして理想の相手。片思い中のクラスメイトの大地君。ぜーんぶ完璧だったのに……みんなぶっ壊れちゃったんだもの! もう最悪!」


 そう声高に叫ぶと、少女はかつかつとヒールの音を響かせて近づいてきた。


「そして、あなたが一番最悪。壊しちゃった張本人。おまけに血みどろ。ねえ……大丈夫?」


 しゃがみこんで、そう心配そうに尋ねてくる。

 その仕草に、シザキは胸のどこかがピクリと動いたような気がした。何だったのかとハッとする。けれど、今はそれどころではない。とりあえず血に濡れた右腕を上げ、握り拳を作ってみせた。


「右腕と、左脚だけは健在だ。あとは……頭も無事だな」

「えっと……そんな冗談は聞きたくないんだけど……。っていうか、こんなに出血してるし、このままだったらもしかして死んじゃうんじゃない?」

「別に冗談を言ったつもりはなかったのだが……私は平気だ。これくらいでは死にはしない」

「ええっ? まあ、意識はあるみたいだから、大丈夫は大丈夫なんだろうけど……」


 そう言いながら、少女はぽりぽりとこめかみを掻く。


「はあ、夢の中だっていうのにどうしてこんな……面倒なことになったのかしら。まあいいや。あなた、よくわからない存在だけど……わたしが助けてあげる」


 少女は手袋に包まれた腕を伸ばすと、おもむろにシザキの負傷した左腕に触れてきた。

 そして目を閉じて何かを念じている。

 だが、相変わらずシザキの状態は良くならなかった。


「あれ……? お、おかしいな?」


 思ったような効果が出なかったのか、少女はしきりと首をかしげている。

 シザキは右手で少女を制すると、申し訳ないという風に頭を下げた。


「厚意を無にするようで悪いが、私の肉体は君の干渉を受けない。私は、この時代にたしかに生きる者。君が見ている……夢の産物ではない」

「え? それは……? じゃあやっぱりわたしが生み出したものじゃないんだ。……そう。なら、わたしはあなたを治してあげられないのね。ごめんなさい」

「かまわない。それよりも……もうすぐここを例の化け物が襲ってくる。そのときに私に少しだけ協力をしてくれないか?」

「協力?」


 シザキの提案に、少女はまたも小首をかしげた。


「いいけど、どうやって? あなたは動けないようだし、わたしもあなたを助けるなんてできない……みたいだし」

「それは……」


 説明をしようとしている内に、急に大きな音が教会の外からしだした。

 何か巨大なものが壁にぶち当たったような音である。


「来た」

「ええええっ! う、嘘。もうその化け物ってのが来たわけ? やだっ」


 少女はそう言って、シザキの近くを右往左往しはじめる。


 一方オーブはというと、シザキの健康状態をようやく分析し終わったところだった。そして、なるべく動かないようにと指示がされる。

 音はだんだんと、より強くなってきていた。シザキの体から流れる血の量も依然として減ってはいない。

 まさに八方ふさがりの状態だった。


 少女は、ついに精神の限界がきたのか、ふわりと地面を蹴って飛んで行く。


「どこへ行く、おい!」

「んー? あの、壁の穴~」


 そう言って、シザキが壊した壁の穴を見にいこうとする。


「おい、やめろっ!」


 必死で制止するが、少女は止まらない。

 少女は背中の6つの赤い帯を羽を生やして飛んでいたが、いままさに穴に近づこうとした瞬間、そこが急に爆散して瓦礫の破片をもろに浴びてしまった。


「きゃあああっ!」


 悲鳴とともに少女は腕で顔を覆う。

 だが、瓦礫は少女の体をするりと通過していき、少女の着ているドレスだけが粉みじんに吹き飛ばされていく。


「え? なっ、何コレッ! いやっ」


 一瞬にして全裸になった少女は、すぐさま羽と瞳を赤く輝かせて服を再構築させた。

 ちらとシザキの方を振り向く。


「ちょっと! おじいさん、今の見た?!」


 シザキは飛んでくる瓦礫を避けたり、拳で弾き返すので精いっぱいで、しばらく答えられなかった。


「……何か言ったか?」


 ようやくそれだけ言うと、少女は少しホッとしたのか、シザキの元へすぐに飛んで帰ってくる。


「ね、ねえ……あなたの言う化け物ってのが来たけど。これからどうするの? これ以上ここにいたら……」

「とりあえず、迎え撃つしかない。私がここにいることがバレてしまったようだからな」

「えっ! む、迎え撃つって……」


 少女はあたりをキョロキョロとしはじめる。


「私があれをどうにかする。安心しろ。それよりも、瓦礫が飛んでくるのは少し厄介だ。済まないが、君の力でこの建物を消してもらえないか?」

「え……建物を? って、わたしが?」

「そうだ。せっかく君が建てた『理想の教会』だが……これからの戦闘で少し邪魔になりそうだからな」

「うう……。そう、わかったわ」


 少女は残念そうにつぶやくと、手を上にかざして建物を消し始めた。

 天井から徐々に壁が消えていく。

 そして、ラベンダー色の空と、ピンク色の雲が姿を現した。少女はそれを目を丸くして見あげる。


「なんともファンシーな空ね……。こういうのもわたしの趣味じゃないわ。だからやっぱり、これはわたしの夢じゃないのね」

「君は……」

「なに?」

「君はかなりはっきりと、夢を夢だと認識しているのだな」


 驚きの表情とともに、シザキはそう言った。


「ここは……ナイトメアか、そのナイトメアを作り出した夢みる人しか現れない場所だというのに。夢見る人も、夢を夢と認識した者しか実体化しない。こんなに長くこの世界に留まっていられるとは……君はかなりはっきりとした夢を……明晰夢を、見ているのか」


 それを聞いた少女は自信満々に言った。


「まあ、そうね。小さい頃からよく、夢は見てたわ……最近じゃ夢の中で思い通りにコントロールできるようにもなってるの。そういうのって、あなたが言うように『明晰夢』って言うんでしょ? だから、今夜も望みどおりの夢を見てた……っていうのに」


 はあ、とため息をつくと、少女はちょうど教会を消し終わったところだった。

 消えた壁の向こうに、巨大な黒いタコのナイトメアが姿を現している。

 いつでも攻撃してこれる態勢だ。


 シザキは腰の短銃を抜くと、それを敵へと構えた。

 先ほどの銃はシザキが吹っ飛ばされた瞬間に強化が解除され、どこかに紛失してしまった。代わりとなるものはもう今はこれしかない。


「済まない、この尻拭いはできるだけする。オーブ、夢エネルギーで銃を強化しろ」

「了解」


 先ほどと同じように、青い輪がオーブから放たれ、銃が変化を遂げていく。この銃は先ほどよりも小さいもので、破壊力が十分とはいえなそうだった。

 歯車のような装飾で覆われた銃は、シザキの手首から先と一体化してわずかに青白い光を放っている。

 それを見た少女は不安そうに訊いてきた。


「これまた……ずいぶん未来的なデザインね。おじいさん、それで戦うつもり?」


 見慣れない形の武器をしげしげと眺める。

 その瞳は、本当にこれでやっつけられるのかといった疑念の色をたたえていた。  


「ああ。今はこれしか手持ちがない。いささか威力には不安があるが……」

「えっ、そんな……大丈夫なの?」

「だから、君の力を貸してくれと頼んでいる」

「えっ? わ、わたし?」

「そうだ。君の『夢見る力』があれば、この銃にさらなる力が加わる」


 じっと見つめると、少女は唇をかんで言った。


「そんな……こと急に言われても……よく、わからないけど……」

「頼む」


 もう一度念押しすると、少女はようやく覚悟してくれたようだった。


「わ、わかったわ……。じゃあ、どうすればいいか言って。その通りにするから……」

「では、私の銃に力を注いでほしい」

「注ぐって……? どうやって」

「イメージすればいい。この銃だけに意識を集中させて、強力なエネルギーが発射されるところを想像するんだ」

「ええっ……? む、難しいなあ……」

「いつもどうやって建物や人間を出現させている。それを思えば簡単なはずだ」

「だって! こ、これは……わ、わたしの夢じゃないもの! そんなの無理よ」

「…………」


 シザキは黙って銃を構え続ける。

 ここで少女の協力を得られないなら、あとは死するのみだ。

 まあ、長く持った方だ。十分生きたと言えるだろう。代わりはいくらでもいる。


 そんな諦観の念に捕らわれながら、迫ってくる敵を見据えていると……そっと腕に少女の手が添えられた。


「わ、わかったわ。よ、よくわかんないけど! よくわかんないけど!! い、一緒に撃ってみればいいんでしょ! たぶん!」


 顔を赤くしながら、少女は構えたシザキに寄り添い、一緒に銃把(グリップ)を握る。

 座っているシザキのふところに少女が納まる形となる。

 目の前には彼女の背中と、6つのたなびく赤い羽の帯があった。


 シザキは今にも敵の触手が振り下ろされようとする中、少女に声をかける。


「では3カウントの後、攻撃するぞ。3、2、1……」


 数えている間に、銃身の周りには、青と赤の光の輪が幾重にも入り乱れながら展開されていった。


 最初は直径10センチほどの青白い輪。その次にさらに二回りも大きな赤い輪。それが交互に繰り返され、最後には3メートルほどの巨大な紫の輪が形成される。

 そして、シザキのカウントダウンが終わる寸前、それらの輪が急速に銃口に集まり、異常な爆発力を伴って敵へと発射されていった。


 反動はほとんどない。

 それも、少女が無意識のうちに制御してくれたのだろうか。


 気が付くと、巨大ダコのナイトメアは地に伏していた。真っ黒い影の体から、いくつものピンク色の発光体が宙へと浮かび上がっている。

 オーブはそれらをまた丸い光の網で捕えていた。


「やっ……たの?」


 そう言って、少女がおそるおそる振り返る。

 それを間近に見たシザキは――。


「ああ、助かった。君のおかげでS級のナイトメアを破壊できた。ありがとう」


 礼を言った。

 少女は途端に破顔する。


「よ、良かった~。一時はどうなることかと……」

「これで、用は済んだ。もう二度と……君と会うことはないだろう」

「えっ? もう二度と……って?」

「さらばだ」

「え?」


 そう告げ腕を離すと、少女の体がとたんに薄れていく。

 力を多く使ったためにこれから消えていくのだろう。もう何度も……見た光景である。


 困惑したような表情の少女は……そうしてシザキの目の前で消えていった。

 後に残されたシザキは、目の前の瓦礫の山と広大な砂漠を見つめ、つぶやく。


「久しぶりにまた……天使と出会ってしまったな……」

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