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038 真壁透子は想い人と話し合う

 そして、体育館裏である。


 透子は緊張しすぎて吐きそうになっていた。

 目の前には部活あがりの大地君がいる。そして、体育館の角を曲がった向こうには千明が、隠れていた。きっとギリギリこの辺りの声が聞こえている範囲のはずだ。


「えっと……話があるって、言われて来たんだけど……」


 すっとぼけているのだろうか。

 大地君はそんなことを言いながら、部活道具の入った大きなカバンを地面に置いた。


「たしかに……わたしからそう伝えてもらったけど……。話があるのは大地君も同じじゃないの?」

「…………」


 大地君は黙り込むと、バツが悪そうに頭を掻いた。


「なんで、あんなことをしたの? それを……ちゃんとあなたの口から聞きたい。なんでわたしに、キスしたのよ?」

「それは……」


 みるみるうちに大地君の顔が赤くなっていく。

 ああ、知っている。知っているけどあえて聞いているのだと、透子は空しい気持ちになった。そして、千明にこれを聞かせたくないな、と思う。


「それは……。自分でも、なんであんなことをしたのか……魔が差したというか……。悪かったよ」

「それだけ?」

「それだけって……。まあ、納得いかないよな。俺は……俺は、前から君が気になってた。でも……君と一緒に下校してから、君が倒れて入院したって聞いてから……もっと気になりだして……。それで見舞いに行った。真壁さんは知らないかもしれないけど……毎日行ってたんだ」


 知っている。その知っていることをあえて聞いている。

 千明に聞かせたくない。でも、訊かなきゃならない。

 そんな思いが、何度も頭にリフレインする。


「そう……。それで? だからってなんで寝ている時に……勝手にしたのよ?」

「だから……それは悪かったって。寝ている真壁さんが……その、可愛かったから……お、思わず」


 可愛い? わたしが?

 透子は耳を疑った。あんな身なりが最悪な状態だったのに、可愛い? 大地君は目が節穴なのかと思った。ぼさぼさの頭に、よだれの垂れた口元だった。それに、キスをした? 可愛いと思って?


 透子は赤面した。


「嘘……。でもわたし……」

「わかってる。勝手にしてしまって、気付かれて、君を傷つけてしまった。ごめん。謝っても、もうどうしようもないことかもしれないけど……でも……あの、真壁さん。もし良かったら俺と……付き合ってくれないかな」


 透子は悲しくなった。

 こんな風に言われたくなかった。あの夢を見なければ、きっと普通に「はい」と答えていた。

 でも、今は純粋に大地君を好きになれていない。彼だけも好きになれていない。

 純粋な気持ちで大地君を見られないのだ。

 

 近くに親友の千明もいて。

 彼女も、心の奥底では完全にこの恋愛を応援してくれていないはずだ。前までは、応援してくれていたかもしれない。すべて知らないままでいたら、きっと自分は「はい」と答えていた。

 でも、今は千明の気持ちを知ってしまっている。本当は彼女も大地君を好きなんだってことを。


 だから、透子はやはり「はい」とは答えられなかった。


「ごめん。大地君。わたし……大地君の気持ちを受け入れられない。だって……こんな風になっちゃったから。前の、入院する前のわたしなら……きっとすごく嬉しかった。好きな人と付き合える、って喜んでたと思う。でも、今は……」

「そうか」

「ごめん……」

「いや。俺が悪いんだ。本当に、ごめん」

「うん。わたしも……こんなわたしでごめんね」


 顔をあげる。

 そして、大地君をまっすぐに見つめた。

 罪悪感にまみれた顔。その後ろに、なぜか白髪の老人の姿が透けて見えた気がした。


「…………」

「こんな時に、変なお願いかもしれないけど……真壁さん、また俺と友達でいてくれる?」


 そう言って、大地君は力なく笑う。

 透子は、ややそれをおかしく思いながら微笑んだ。


「うん、友達……そうだね。友達では……いられる、かな。少しでもわたしのこと意識してくれて、嬉しかった。ありがとう……大地君」

「ああ、真壁さんも……ありがとう。そして、ごめん」

「うん……」

「じゃあ……俺、もう行くよ」

「うん。バイバイ……」

「ああ、じゃあな……」


 笑顔で見送る。

 校舎の方に歩いていくのを、透子は姿が見えなくなるまで見つめていた。

 自然と涙が溢れてくる。


「透子……」


 背後から、千明が近づいてきた。

 振り返ると、なんと千明も泣いていた。


「千明……?」

「どうして? どうしてあんなこと……!」

「どうしてって……聞いてたでしょ? わたしは、もう以前のわたしじゃないの。前のわたしだったら、純粋にまだ大地君と付き合いたいって思えてた。好きでいられた。でも、もう……」

「なんで? もったいないよ! 透子はずっと、大地君のこと好きだったじゃない。だから、あたし……」


 そこまで言って、千明はハッと口元を両手で押さえた。


「いや、その……」

「いい、解ってるよ」

「え?」

「千明も……大地君が好きなんでしょ?」

「え……透子?」

「知ってるよ。だって、わたしに言ってたじゃない」

「言ってたって……透子、覚えてないって……」


 わなわなと、涙に濡れながら千明は震えている。


「ほとんどは、覚えてないよ。でも、そうやって千明に言われた時のことは……よく覚えてる。寝ている時に……言われたのはショックだった。けど……別に怒ってないよ。その後も、言ってくれなかったのは……ちょっと悲しかったけど」

「それは……」

「いいの。それも、わかってる。わたしが大地君を好きだったから……でしょ?」

「透子……」

「もういいんだ。あんなことがあったら、もう純粋な目で大地君を……見れないし。それに……」

「それに?」


 口ごもってしまった。

 でも、千明はそれを見逃してはくれなかった。


「それにって、何よ?」

「あまり、言いたくはなかったけど……でも、言うよ。千明は、わたしの親友だから……」


 千明は固唾を飲んで見守っている。


「わたしは……あの、わたしはね、たぶん夢……というか妄想、みたいなものなんだけど……ある人をね、好きになっちゃったの。その人とはもう二度と会えないんだけど……でも、とっても好きになっちゃったんだ。大地君と同じ……いや、それ以上……かな」

「え? な、何言ってるの?」


 千明は口をぽかんと開けていた。

 無理もない。

 突然こんなことを言いだして、気が触れてしまったとでも思われてるはずだ。


「バカみたいって……きっと思うだろうけど、でも本当なの。だからわたしはもう、大地君とは無理なんだ。おかしくなってきちゃったから。あんな病気にもなっちゃったし」

「え? あ、あの病気はもう治ったんじゃ……」


 透子は首を左右に振る。


「ううん。治ったとは言われてない。昨日お医者様からそう聞かされた。またいつ発作が起きるかもしれない、って」

「そんな……」


 千明は絶句していた。

 そして、いろいろなことを頭の中で組み立てているようだった。でも、理解が追いつかないのか、ただ視線をこちらに向けてくるだけだ。


「ごめんね、千明。わたしのために……いろいろ気持ちを、しまいこんでいてくれていたのに……」


 そう告げると、千明はボロボロと涙を流しはじめた。


「嘘……! 嘘、なんでしょ? あたしのために……そんな嘘をついているんでしょ、透子は!」

「違うよ。他に好きな人ができたっていうのは、本当。でも、やっぱり信じてもらえない……よね」

「そんな……そん……う、嘘だって言ってよ。だってあんたは大地君のこと……あんなに……」

「うん。ごめん。前まではそうだったの。でも今は……」

「嘘……。嘘だあああ……」


 顔を両手で覆い、千明は泣き崩れていく。

 透子は駆け寄って、そんな千明を精一杯抱きしめた。


「ごめん。ごめん、千明……」

「なんで……? だ、誰なのよ。その新しくできた好きな人っていうのは!」


 泣きながら、そんなことを大声で叫ぶ。

 透子は、しばらく悩んでからぼそりと言った。


「えっと、長い白髪の……マッチョな……おじいさん?」

「はあ?」


 透子の言葉に、千明が泣くのも忘れて見上げてくる。

 透子はハハハと乾いた笑いをした。


「ちょっと……透子? あんた、いい加減にしなさいよ!」

「だ、だから……ほ、本当だってば! 信じてもらえないと思うって言ったでしょ!」

「ついていい嘘と、悪い嘘ってのがあるんだからねっ!」

「だ、だから~、う、嘘じゃないって~!」

「透子っ!」


 鬼のような形相になって、千明は透子の襟首をつかんで前後に体をゆすってくる。

 さすがは女子バスケ部のレギュラーだ。

 体力ではとてもかなわない。

 透子はガクガクと首をゆさぶられながら、必死でその後も説明をし続けた。

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