034 真壁透子はとりかえしがつかなくなる
装甲列車三両分ほどの長さの砲身が、しっかりとした丸い台座の上に載っている。
透子は、とにかく強い武器をイメージした。
その結果、このような巨大な物を生み出すことに成功した。
「これで……あいつをやっつければいいんだから! だから、ここはわたしに任せて! シザキさん」
あの巨人の、よくわからない赤い光がまた出る前に、粉々に相手を粉砕させたかった。
透子は両腕を左右に伸ばし、目を赤く光らせる。
周囲のエネルギーを砲身に集中させるイメージをする。
すると、みるみる大砲は赤い光に包まれていく。
「……やばい、来た」
そうしている間に、土煙の中からようやく、巨人の姿が現れる。
メレンゲのような白い肌の巨人。その頭には髪はなく、鼻や口もなく、目だけが赤く輝いている。顔の三倍くらいの大きさの両手を振り回し……それはゆっくりこちらに向かっていた。
のっぺりとした動きの中で、その大きな指が急に赤く発光する。
「まずっ……」
周囲の廃ビルが一瞬で真っ二つになった。ものすごい速さであの腕が振り回されたらしい。
ビルの外壁が次々と崩れ、中には完全に倒壊するものもあった。
ハッとして振り返ってみると、シザキが地に伏せている。
「シザキさん!」
呼びかけるとむくりと上半身を起こした。
透子はホッと胸をなでおろして敵を見据える。
「もう……あんたの勝手にはさせないわよ!」
透子はカッと目を見開くと、大砲からエネルギー弾が撃ち出されるイメージをした。
すると巨大な赤い光の柱が伸び、巨人の胴体を勢いよく撃ち抜く。
「やったっ!」
思わずガッツポーズをするが、巨人は腹に大きな穴を開けたまま、また手を上げはじめていた。今度縦方向。赤い光と轟音がいっぺんに来る。
地面に大きな亀裂が入っていた。
亀裂はまっすぐ透子の作った大砲と、装甲列車に直撃する。
「やだっ、嘘っ!」
それらは瞬時に破壊され、ピンク色の光を発した。
透子は頭を抱える。
「な、何してくれてんのよおおおっ! ……って、うわあっ!」
何度も何度も腕が振り回されはじめる。
その度に地面には深い溝が穿たれ、土煙が上がった。シザキに当たってはいけないと、透子はあわてて駆け寄る。
「な、何あの巨人! 全然倒せないんだけどっ!」
「どうやら一筋縄ではいかないようだ……。とりあえず、一旦離れるぞ」
「うん!」
攻撃が加えられるたびに、あたりにはまたもうもうと砂塵が舞う。それを隠れ蓑に、透子たちは撤退することにした。
何度も小路の角を曲がり、廃墟の商店街の奥に逃げ込む。
ピンク色の空が軒先と軒先の間から見え隠れしている。
かなり離れたが、それでも遠くで破壊音がまだ聞こえていた。
「なんで、あのナイトメアは……斃せなかったの?」
不満たらたらの声で透子は訊く。
「わからない。自己修復したわけでもなかったから、一部は確実に破壊できていたのだろうが……」
「一部でも壊せたら斃せるはずじゃなかったの? もう、まったく強すぎるわよ……あいつ」
シザキは荒く息を吐きながら応えた。
「普通は、あれで倒せる。だが……あんなナイトメアは本当に初めて見た。異常だ。なにか予期せぬ異変が、この発電所内で起こっているようだ」
「何それ。シザキさんの勘、ってやつ?」
「クローン人間にそんな能力はない。だが、人間的に言えばそうなるのだろうな……。私はここで半世紀以上働いているが、いまだかつてあんな事態に直面したことはなかった。経験的なデータからそれが導き出されているのだろうが……詳しいことは不明だ」
透子は腰に手を当てると、深くため息を吐いた。
「はあー、とにかく。あいつを斃す方法を考えないと駄目ね。シザキさんはあいつの攻撃を喰らったらマズイわけだし……わたし一人で行ってもいいんだけどさ、正直良い手が思い浮かばないわ。どうしたらいいの?」
「そうだな……」
シザキはこめかみに手をやって、何か考え込んでいる。
「あった」
「え?」
ゴーグルを上げて、透子にその目を向けてくる。
視線がぶつかったことで、透子は胸がどきんと高鳴った。
「あ、あった……って、何が?」
動揺しながら訊き返す。
「過去の文献を……検索していた。あれは、2040年に公開された、ホラー映画のキャラクターらしい」
「え?」
「君の生きていた時代には、すでに公開済みの作品のようだったが」
「全然……そんなのわからなかったわ。わたし、映画って普段あんまり観ないから……」
「そうか」
シザキはこめかみから手を離し、お手上げだ、と言うように空を見上げた。
「で? それがわかったからって、何だっていうの?」
透子は、もしかしたらわずかな手がかりなのかもしれないと思い始めていた。なのでさらに突っ込んで訊いてみる。
シザキがここまで言うのならば、きっと重要な情報なのだろう。
「古い文献のため……このキャラクターについての情報はWEB宣伝時の画像しかヒットしなかった……物語の詳しい内容や、キャラクターの背景についてまではわからないままだ。それがわかれば、どうにかなったかもしれないが……」
「え?」
「あれだけはっきりとした性能を示し、行動しているなら、あれは忠実に現実世界の『設定』を引き継いでいるということになる。精度が高ければ高いほど、弱点もまた引き継がれているということだ……」
「ということは、つまり……」
透子はシザキに視線を合わせて言った。
「あのキャラクターの弱点がわかれば、斃せる……かもしれないってこと?!」
「ああ」
透子はそれを聞いて一気に希望が湧いてきた。
「そ……れじゃあ、わたしも何か思い出さないとね!」
どうにかして過去の記憶を思い出す。
2040年ということは、透子が高校に入学した年だ。ということは約二年前。その頃のCMとか、何か友達が話していた内容とか、とにかくなんでもいいからと頭を強く叩く。
けれど、クローン人間のシザキのようには、うまくいかなかった。
きっとどこかで聞いているはずなのだ。
その映画の内容を。
「そもそもわたし、ホラー映画とか苦手だったしなあ……。意識的に見ないようにしてたのかしら……」
ずーんと重い荷物を背負ったように、肩を落とす。
シザキはそれを無表情で眺めていた。
「マカベ・トーコ、君はホラーが苦手なのか?」
そしてあさっての方向からの質問をされる。
「え? まあ……そりゃね。好きな女の子ってのも、あまりいないんじゃないかしら。オカルトとかよくわかんないし……理解できないから、怖いんだと思う。夜だって、暗闇から何が出てくるかわからないから、不気味でしょ。だから……」
だから、シザキの部屋に泊まった。
昨夜はどうしても誰かと一緒にいたかった。だから、あの部屋に行ったのだ。
それを思い出して、透子はなぜかカッと顔が熱くなった。
「そ、それより。どうにかして、あのキャラクターの弱点を知らなくちゃ。シザキさん、もうほんとにそれ以上はわからないの?」
「ああ、古いデータはハードのシステムが更新される際に劣化したり、要らないと判断されたものはどんどん消去されるようになっている。今現在、わかる範囲はここまでだ」
「そんな……」
ひどく落ち込む。そうしているうちに、空からひときわ大きな爆発音が聞こえてきた。
「なっ……もう?!」
「近づいてきているな。また移動しなくては」
すぐに警戒するシザキに、透子はまた声をかける。
「ねえ! シザキさん、一旦基地に戻って態勢を立て直したほうがいいんじゃ……? わたしたちだけではこのまま……」
「そうだな。地道に遠隔攻撃を続けるという手もあるが……見つけられて攻撃をし返されるリスクがある。これ以上は難しいな」
「ええ、だから……」
さらに何か言おうと、透子が右手をふるった瞬間。その指先がすうっと消えているのに気付いた。
「えっ?」
消しゴムで消されたように、手首から先が無くなっている。
「な、なんで……?」
「エラーか?」
エラーであれば、急に意識が無くなるのに、今回は……ゆっくりと消えていくパターンだった。この現象は……エラーではない。直感的に透子は悟る。
「まさか……ここで?!」
それに思い至るとひどく焦った。
先ほど力をたくさん使ったせいだろうか。これでこの世界とさよならしてしまうのだとしたら、あまりにもタイミングが悪すぎる。
ミズサワ・レンは、この世界で「夢見る力」を使い果たしたら、永遠にこの世界と関われなくなると言っていた。それが唯一、この睡眠障害を治す方法だと。
その時が、もう来てしまったのだろうか。
「嫌っ! 今はまだ……戻りたくない! シザキさんを置いていけないわ!」
透子はシザキに向かって叫ぶ。
すると、シザキはにっこり優しく微笑んだ。
「君は、早く戻りたかったのだろう。だったら……もうここのことは気にせずに行け。私のことは……この世界のことは忘れて大丈夫だ」
「そ……」
「さっきの言葉を覚えているか」
「え?」
「二度は言わない。さっきの言葉を……。私とは違って、君は覚えていてくれると嬉しい」
嬉しい。
シザキはそう言った。たしかに。
なんで、そんなことを今になって、最後と思われる時に言うのだろう。透子はそう思い、少し苛立たしくなった。ピンク色の光の粒が勝手に目から零れ落ちてくる。
透子は、いてもたってもいられなくなって、シザキの腕にしがみついた。
「や、やだ! この……ままで、消えるなんて!」
消えたくない。
そんな悲しみを込めた目で見つめていると、シザキは固くまぶたを閉じた。
「私は今……胸に違和感を覚えている。君と出会ってから何度も感じている現象だ。一晩眠って、落ち着いたと思っていたが……」
さらに深く、眉根を寄せる。
「また違和感が生じている。もう、私をこれ以上おかしくさせないでほしい。君は、君の時代で、やるべきことをしてほしい。本来、すべきだったことを……」
透子はその言葉に絶望を覚えたが、ふわりと体を浮かび上がらせた。
このままで、終わらせたくない。
何かを伝えていきたい。
気づけば、透子はシザキの口元に唇を寄せていた。
「…………!」
透子は素肌のままでは、もともと何も触れられない。今も、寄せてはいたがその感触はまるでなかった。半分接触面が透けて交わっている状況である。
でも、それはまぎれもなく口づけだった。
シザキが驚きの表情で透子を見つめている。
「な、にを……」
「わたしだって、本当は大地君しか好きじゃない! なのに……。だけどっ……!」
透子は涙をこぼしながら、シザキを見上げた。
「だけど、どうしてもこうしたくなってしまったの……自分でもわからない。でも……このままは……。もう消えるっていうのに、あなたに何もできないままだなんて……嫌!」
そう言っている間にも、また体が透けていく。
「あなたに迷惑しかかけないことだから、黙ってようって、抑えてようって思ってたけど……でももう、無理」
「マカベ・トーコ……」
「わたし……あなたのこと……。いえ、わからない、わからないわよね。今のわたしの気持ちなんて……あなたには。うん、それでいいわ。ごめんなさい。忘れて。わたし、あなたのこと救ってあげられ……」
声が、遠くなる。
視界が白く塗りつぶされていく。
光も、声さえも。
透子は、目の前の年老いたクローン人間を……完全に見失った。




