025 真壁透子は戦闘服に身を包む
ほどなく行くと、シザキと透子はとある広場に差しかかった。
足元のコンクリートには一定の長さの白線が等間隔に引かれており、大きな廃墟がその向こうに建っている。
おそらくここは、何かの店の駐車場だったのだろう。
視線を移動させると、広場の真ん中には「黒い影のかたまり」がうずくまっていた。
「ナイトメア確認。SS級のため、さらなる注意をしてクダサイ」
オーブと呼ばれる黒い球体から警告音が発せられる。
「何っ? SS級……だと?」
SS級。
それが何なのか透子はすぐにはわからなかった。
だがシザキは、確実に動揺し警戒を強めている。
「どうしたのシザキさん。アレ、ヤバい奴なの?」
あわてて訊くと、シザキは振り返って言う。
「ああ。ナイトメアにはそれぞれ、その大きさや特性によってランクがつけられている……。ちなみに前回、旧小金井公園で遭遇した『蛇』はA級、君と初めて出会った時に見た『巨大なタコ』はS級だ。今回のSS級は、その巨大なタコを上回る。それは……『人型』だからだ」
「人型……だから?」
「ああ。無機物や動物と違って、『人型』は知性が高い。ゆえに戦闘の難易度も上がる」
「そんな……」
シザキは長い白髪を風になびかせながら、険しい表情でナイトメアを見つめていた。
人影はゆらりと立ち上がり、赤く光る眼をこちらに向ける。
「気づかれたか」
人型のナイトメアは一歩こちらに進み出てきたかと思うと、すぐに全力疾走してきた。
その左手には何か尖るものがある。
「あれは……ナイフか。マカベ・トーコ、一旦下がっていろ!」
「はい」
返事をして、すぐ後方に飛びあがる。
入れ替わるように人型のナイトメアがシザキに肉薄した。シザキは持っていた長銃を捨て、突き出された凶刃を、腰から抜いたサバイバルナイフで弾く。
甲高い金属音。
ナイトメアは崩れかかった体勢を立て直し、さらに刃を振るってきた。
横なぎに一閃。下から上。そして刺突。
刺突、刺突、刺突……。
シザキはそれをことごとく受け流した。
時に弾き、時に刃で受け止め、がら空きになった懐に拳を叩きこむ。
その次々と繰り出される体術に、透子は目を見開いた。
「すごい……」
シザキは、ほぼ互角の勢いで相手と渡り合っている。
こんなおじいさんの、どこにこれほどの力が眠っていたのだろうか。
動きのひとつひとつはとてもシンプルなもので、立っている位置が大きく変わることはなく、常に最小限の動きで反応している。
しかも、シザキは顔色ひとつ変えることなく、淡々と作業をこなすように戦っていた。
おそらくこれは積み重ねてきた経験の差だろう。彼はあの歳まで幾度となくこのような戦闘を乗り越えてきたのだ。それが、功を奏している。
どちらにも決定打がないまま、数分が経過しようとしていた。
ナイトメアは疲れを知らないようだった。
影の頭部には赤い目と口がついているが、それはどちらともニヤリとした笑みを形作っている。
しゃべったりできるのかどうなのか、透子にはよくわからない。
だが、それがぐにゃぐにゃ動く様は不気味なことこの上なかった。
シザキは空いている方の手で腰の短銃を抜く。
「埒があかない」
そう言って構えると、すぐ発砲した。
ナイトメアはサッと横に飛び退いてそれを躱す。
「やはり、面倒だな人型は」
さらに連続で発砲する。
ステップを踏みながら、ナイトメアが後退していく。
銃声が止むと、ナイトメアは両腕を真横に広げ、手品のように指と指の間にナイフをたくさん出現させた。
「マカベ・トーコ、避けろ」
「えっ?」
ふいにシザキから話しかけられたのに気を取られ、透子は一瞬ナイトメアから視線をそらしてしまった。だが、すぐにマシンガンの弾のように、数えきれないほどのナイフが真横から飛んでくる。
「えっ、きゃああっ!」
思わず顔を覆ったが、当然ナイフは体を素通りしていく。
だが、透子の服と靴は代わりにボロボロになってしまった。瞬時にまた全裸となる。
「ええっ!? もうっ、いやあっ!」
悲鳴をあげるが、どうにもならない。
しかたなく透子は服を再生させて、ナイフが飛んでこないような高い位置まで飛翔した。
「はあ、はあ……えっと、シザキさんは?」
動揺しながら眼下を見下ろすと、あのナイフの雨の中を必死で逃げ回っている。
「シザキさん!」
直線的な軌跡を描くナイフの帯は、ずっとシザキを追いかけていた。
シザキは地面に放っておいた長銃を拾って、ナイトメアに反撃したりしている。何度かナイフとの相殺を可能にしていたが、障害物の少ない広場ではジリ貧だった。
こちらの攻撃は、すべてナイトメアがすばしっこいために避けられている。
「どうしよう。このままじゃシザキさん……」
透子は状況が不利になっていることを悟りはじめていた。
シザキは今も走り続けているが、もう何度か敵のナイフが命中している。
良く見ると服のいたるところが破けていた。
防刃性のある衣服のようだが、このままではまずい。負傷具合も……ここからでは詳しくはわからない。とりあえず「早くなんとかしなければならない」と透子は焦った。
「シザキさんは下がっていろって言ってたけど……。うん、やっぱり行かなくちゃ!」
ひそかに助けに行くことを決め、透子は「夢見る力」を使う。
瞳と、背中の6枚の赤い羽が赤く輝いた。
まず、服の面積を最小限にし、敵の攻撃を当たりにくくする。
白いワンピースから、ビキニ姿に――。
海やプールでもない所でこんな恰好をするのは恥ずかしかったが、でも全裸になるよりはマシだった。そしてそれを「布」ではなく、つるりとした固い金属製のものにする。
さらに、シザキに見せてもらった例の戦闘映像を参考に、見えないガラスのような盾を自分の周りにたくさん展開させた。
イメージは防弾ガラスだ。
これならナイフが当たってもすぐには傷つかない……つまりは消えない、はずである。
知恵をしぼり、どうすれば敵を倒せるかを考えた。
その結果、導き出た答えは「自分自身を囮にして、その間にシザキさんに戦ってもらう」という方法だった。
「うまくいくかわからないけど……でも、このままじっとなんかしていられない!」
一気に急降下し、敵の前におどり出る。
「いい加減にしなさいよっ、あなた!」
そう声を荒げて、注意をこちらに向けさせる。
すると予想通り、人型のナイトメアはシザキから透子に照準を変えてきた。ナイトメアは、黒い体の中からナイフを取り出して、また大量に投げつけてくる。
「マカベ・トーコ?」
シザキは、急に事態が変わったことに驚いていた。
まさかこのように透子が参戦してくるとは思わなかったのだろう。透子はシザキを見ると、不敵に笑った。
「シザキさん! わたしが囮になるから! だから、その隙にやっつけて!」
「……そうか。わかった、任せろ」
意外とすぐに納得してもらえた。
シザキは後方で、なにやらオーブと共に銃を変形させ始めている。透子も一度は見たことのある、あの変わった装飾の銃だ。
彼らの準備が整うまで、透子はナイトメアの攻撃を一手に引き受ける。
ナイフがこれでもかと飛んでくるのを、何層にも張り巡らされたガラスの壁が防いだ。
しかし、一度では無事でも、何回も同じ場所に当たるとやはり傷がついてしまうようだった。ひとつ、またひとつと壁が消失していく。
しかも、このナイフは、ひとつひとつがまるで斧のような衝撃の重さを伴っていた。
ゴッゴッゴッゴッ……と鈍い音が響き続ける。
だが、透子はそれを耐えた。耐え続けた。
移動しながら、壊れた障壁を修復しながら、的になり続ける。
やがてシザキの声がかかった。
「マカベ・トーコ! 準備は整った。できれば、そのナイトメアを少しでも拘束していてくれ」
無茶ぶりをされたが、透子はそれにすぐ応じる。
脳内で理想の状況を思い描き、ナイトメアを透明な防弾ガラスの箱に閉じ込めた。いきなり身動きがとれなくなったナイトメアは、それにひどく混乱しはじめる。
「いいぞ。そのまま動くな!」
シザキは青く光る歯車に彩られた銃を構えると、人型のナイトメアに向けエネルギー弾を撃った。
銃口の先にいくつも展開されていた青と赤の光の輪が収束し、爆発と閃光をともなってナイトメアの方へ飛んでいく。
がしゃんとガラスの割れる音で、ナイトメアが四散した。
分解された体からは、すぐにたくさんのエネルギー体が放出される。
「やった……やったわ、シザキさん!」
「ああ」
オーブがエネルギー体を回収しに向かう。
その横を通り過ぎ、透子は嬉しそうにシザキに近寄った。
だがふと、今の自分は胸やら太ももまでの脚、へそ周りなどが露出しまくっているということに気付く。
「あ、あわわわっ!」
あわてて元のワンピース姿に戻る。
だが、シザキはというと、相変わらずなんの反応もしていなかった。視線をそらすそぶりすらされない。多少なりとも肌を覆うものを身に着けているので、そもそも「裸ではない」と認識されているのだろうか。
普通に服を着ている時と同じ対応である。
透子はなぜかそれにイライラした。
こっちばかり恥ずかしがっている。人間らしい反応をされないのはわかっていたことだが……なにか不公平だと思った。
「あの……シザキさん?」
「なんだ」
「今のわたし、いい働きしてなかった?」
せめてもの腹いせに、自らの功績を認めさせることにする。そうでもしないと気が治まりそうになかった。透子はじっとシザキの様子を伺う。
シザキはちらりと透子を一瞥すると、淡々とした口調で告げた。
「そうだな……たしかに素晴らしい働きをしてくれた。おかげで楽にあのナイトメアを斃せた。礼を言う」
「ふっふっふ、でしょう?」
透子は得意になって、仁王立ちする。
「あそこまで君が機敏に動けるとは思っていなかった。攻撃されても、装備品を解除されないような工夫もしていたな」
「そう。そーなの! わたしだって少し考えれば、あれぐらいできるんだから!」
ますます気が良くなって、透子は満面の笑みになる。
「今後もあの調子で頼む」
「え?」
しかし、急に話を打ち切られ、シザキはまたスタスタと歩いていってしまった。
肩透かしを食らった透子は、ハッとする。
「ちょ、ちょっとそれだけ~っ!?」
わめきながら追いかけると、シザキはくるりと振りかえった。
「それだけ、とは? 何を怒っている」
「…………ん~~~っ、もう!!!」
あまりにも話が通じないので、透子の怒りはMAXになった。
自分でもなぜこんなに怒っているのかわからない。
「…………?」
シザキがしきりと首をかしげている。
だが、透子はもう説明する気になれず、しかたなくそのまま広場を後にしたのだった。




