024 シザキ・ゼンジは「好き」の差を知る
「えっ、それぞれの……『興味』の差? うーん。改めて説明するとなると……難しいわね」
腕組みをして、目の前の少女は必死に考え込みはじめる。
シザキにはそれぞれの違いがまるでわからなかった。
少女は自分のことを「学術的に気になった」と言っていた。しかし学術的な興味と、友情や恋愛感情に結びつく興味、というものは違うらしい。その差はいったい何なのか。
シザキはぜひそれを知っておきたかった。
「そうね……まず、あなたに対する『興味』だけど。さっきも言ったように学術的に気になってるだけだから、友情とか恋愛感情であなたに接するつもりはないわ。だから、そこは安心してほしい」
「……わかった」
「あとね、わたし、今学者みたいな気持ちになってる」
「学者?」
「そ。あなたという生態、そしてこの世界を……いろいろ知ろうとしてる学者」
「なるほど。それはたしかに学者だな」
納得する。
たとえば……モルモットやその周辺設備を管理する研究者は、常にその対象に仕事として「興味」を注ぎ続けているだけで、友情や恋愛感情などの私情を差し挟んだりはしない。
「学術的な『興味』を持つ時、その相手は人間じゃないことが……多いと思うわ。動物だったり、虫だったり……機械だったり、あと天候だったり。宇宙だったりね。とにかく物理的に接触することが難しくなるほど、人は友情や恋愛感情といったものから遠ざかるの。まあ、『宇宙は私の恋人だ~』とか冗談で言う人はいるかもしれないけど……」
シザキは、さらに相槌を打つ。
「……理解した。私はクローン人間であり、『生粋の人間』ではない。だから、君に学術的な興味を持たれるのは至極当然、というわけだ。一時君からは……その事実を否定されたが」
あなたは普通の人間と同じよ――。
かつてそう言われたことを思い出す。
だがそれは、単なる気の迷いだったのだろう。今はきちんと自分のことは「人間ではない」と認識されているようだ。
シザキはそれがわかってホッとする。
「あ、あれはその……」
急に説明を付け加えようとしてきた少女を、シザキは遮る。
「君の理論で言えば、やはりそちらの方が正しい。良くわかった。君が私を好きでいるというのも、私の大きな勘違いだった。済まない」
「い、いや。だからその……」
少女はさらにぎこちない表情で狼狽えはじめる。
これらの反応の意味はわからない。正しいことは正しいことだ。何も間違ったことは言っていない。
なのにどうして――とそう思ったところでシザキは悟った。
そうか。少女自身も「そう」であると気付いたのだ。
たしかに彼女もこの世界では「生粋の人間」とはほど遠い。そのことになんらかのショックを受けているのだろう。であれば――。
シザキは改めて事実を伝えることにした。
「厳密に言えば今の君自身も……生身の人間とは構成している要素が違う。体は、質量をともなう有機物の集合体……ではなく、夢エネルギー粒子という無機物に投影された『精神エネルギー体』だ。だが、それはこの世界でのことだけであって、元の世界では普通の人間……ゆえに気にすることはない」
長々とフォローしてみせたが、少女は意外にもあっけらかんとした反応だった。
「え? べ、別に……わたしそんなこと特に気にしてないわよ? たしかにそんな、幽霊みたいなもんかなあって思ってはいたけど。でもそっかぁ……わたし今は、シザキさんと同じような存在なのね……」
なぜかそう、しみじみとつぶやく。
かと思うと少女は急に何かを思い出したようだった。
「あっ! そうだ! でも……そう考えると、人間でもごく一部の人の中に……」
ぶつぶつとなにやらつぶやき始める。
シザキは気になって訊いてみた。
「どうした、マカベ・トーコ」
「えっ? いや、あのね、そういう『人じゃないもの』に対して……『友情』とか『恋愛感情』を抱く人もいたなあって……」
「何っ……どういうことだ?」
意外な追加情報に、シザキは目を見開く。
それは……先ほどの理論とは180度違う話だった。
「ええっと……あのね、あいにくわたしはそういった嗜好を持たない方の人間だけど……人間はね、動物や植物を友達にする人もいるし、車と結婚したり、死んだ人をずっと想い続けている人だっているのよ」
「そう、なのか?」
「ええ。もっと奇特な人なら、『頭の中で想像した対象』にだけ欲情する人もいるみたい。脳内彼女とか……信じられないけどね」
その事実に、シザキは激しく打ちのめされた。
あまりにも価値観が特殊すぎる。
だが、思い返せばシザキにも「そういう経験」がないわけでもなかった。
かつて自分には「友人」がいた。
物理的に接触のできない者同士なのに、友人関係を構築できた相手が――。
きっとあれは「彼女」からのアプローチもあったからだろうが、あの時、自分はそれをいったいどのように思っていたのだろうか。ああいった関係をわざわざ維持しようと思ったのは、どんな利点があったからなのだろうか。
何も思い出せない。
かつての記憶はほとんど消去されてしまっている。
シザキはそれが、とても悔やまれた。
「たしかに……私にも友がいた。人間とは言い切れない者同士だったのに、友情を感じあえる相手が……。そう考えると不思議なものだな」
ぐっと右手で拳を作る。
何度も共に戦っていたはずだが、それを思い返そうとすると意識はぼんやりとした白い膜のようなものに覆われた。
ふと見ると、少女がじっと自分を見上げている。
「あの……シザキさん? その人と友達になるまでに、いったいどんな事があったのか、思い出せる? きっかけは……何だったのかしら。どんな興味があったとか……もしわかれば、いろいろ理解しやすいと思うんだけど」
「いや……。その辺りは全て、抹消されてしまっている」
「そう……」
「だが、いつも彼女のことを気にしていた……と思う。そう『気にして』いた。『興味』は確実に存在していたと判断できる。もっとも、そうした状態はパートナー契約をしたから……仕事の一環として、気にしていただけかもしれんがな」
「いいえ。きっと理由は……それだけじゃなかったはずよ。それ以外にも何か別の、『興味』があったんだと思うわ。だからあなたたちは『友達』になれてたんじゃないかしら」
「そう……なのだろうか」
たしかに彼女には、別の要素があったのかもしれない。
明晰夢の天使であること以外の、要素が。
だから……長く共にいられたのだろう。
しかし、それを確かめられるほどの記憶は今、何も残っていなかった。
ただ事実だけが記録となって残されている。
姿だけは、映像でも確認することができる。けれど、それ以外の個人情報はすべてマザーによって失われていた。
声も、名前も、何を好んでいたかさえ――。
「私はその時、たしかに『友情』を感じていたはずだ。だが今は……その感覚をすべて忘れてしまっている。もう一度理解できるとも思えない。君の言っている『恋愛感情』とやらも……この先完全に理解することは難しいだろうな」
「そんな、無理だっていうんなら……じゃあなんで、わざわざわたしに訊いてきたのよ? そんな風に言い切るなら……もうこれ以上知ろうとしなくてもいいんじゃないの?」
腰に手を当てて、怒ったように少女が言う。
シザキは妙に緊張し、あわててフォローした。
「いや……君とはできるだけ、円滑なコミュニケーションをとっていきたいと思っている。パートナー契約をしたからには、君が話す内容についていけなかったり、齟齬があってはマズイ。そのためにいろいろと知っておくべきと……」
「ふーん。だからって、あなたの場合はやっぱりあまり知っておかないほうがいいんじゃないかしら。発電所の規約がどうたらって言ってたし……そういうのややこしそうよ? あの、あまり言いたくはないんだけどさ、シザキさん……あなた仕事熱心すぎるわ。なんていうか、真面目すぎよ」
少女はそう言って、最後の方は呆れたように笑った。
怒りと笑い、相反する感情がこうもすぐ切り替わる。その妙に、シザキは驚いていた。
「…………」
シザキはじっと黙する。
知らない方がいい。それは、たしかにそうなのだろうが……それでも、今この質問する機会を失いたくはなかった。
「済まない、マカベ・トーコ……それでも頼む。どうか『友情』と『恋愛感情』に対する興味の違いを……私に教えてくれ。どういう差があるのかを、今どうしても知っておきたい」
「え? ああー、ちょっと! 頭なんか下げないでよ!」
軽く頭を下げると、少女は両手をこちらに突き出してきた。
「わ、わかった! わかったから……! わ、わたしの場合でいいなら説明してあげるから。だからお願い、顔を上げて!」
「ああ。そうか。感謝する……」
仰ぎ見ると、少女はぶつぶつ何かを言いながら、具体例を語りはじめた。
「ええと、まず……『友情』の方からね。ちょっと長くなるけどいい?」
「ああ、頼む」
「友情は……だいたい『この人と一緒に遊びたい』とか『ずっと話していたい』って思うところから、始まるわ。好みが合って、そして『一緒にいて楽しい』ってお互いに思える相手と普通『友達』になるのよ。同じ行動をしているグループ……とかだと見つけやすいわね。実際わたしの親友も、同じクラスで同じ部活の子だったし」
「親友……か。なるほど。行動を共にし、好みを同じくする者……だな」
「そう。そしてそれは『共通点』が多ければ多いほど仲良くなりやすい。シザキさんの場合だと、そういうお仕事仲間だった……とか?」
「そうだな。彼女の場合は……パートナーだったから、そういうくくりで合っているだろう。だが、他にはそういう関係性の者はいない」
「発電所の人たちは?」
「そういう関係を構築することは不必要とされている」
「あー……そう。それは、相変わらず寂しいことね」
事実を述べたまでだが、マカベ・トウコにまた「寂しい」と評価されてしまった。
シザキは、あえてそれについては触れず、話の続きを待つ。
「まあ、それは置いておくとして……で、そのかつての『お友達』、その人との『共通点』は? 何かなかったの?」
「共通点は……あったのか、わからない」
考え込んでいると、少女が突然プッと吹きだした。
「フッ……あ、あはは。ごめんなさい。あなたたちのことを笑ったわけじゃないのよ。わたしたちだと……その共通点ってあまりないなって思っちゃって。歳も近くないし、同性でもないし? 生まれた時代も違う。好きな物……とかもまだよくわからないけど、たぶん価値観だって全く違ってるんじゃないかしら。とても相性が良いって気がしないわ」
「…………」
シザキに異論は全くなかった。むしろ、至極当前の考えだと感じていた。
けれどなにか……胸の奥がすうっと冷たくなった気がする。そして、すぐには「そうだな」と頷けなかった。
「どうしたの?」
ややうつむき加減だったので、少女が不思議そうにこちらを見つめている。
シザキはすぐ否定した。
「いや、なんでもない。話を続けてくれ」
「……そう? あ、あともうひとつ、『恋愛感情』の方ね。こっちは共通点があってもなくても……『興味』を抱くのにはあまり関係がないわ」
「……どういうことだ」
友情とはいささか条件が変わってきそうだと、シザキは身構えることにした。
興味があってもなくても……? 恋愛感情は、友情のように『共通点』があるから、相手に興味を抱くのではないのか。
「うーん。難しいんだけどね、友情とはちょっと違うのよ……。たとえば、わたしが好きな男の子。例のダイチ君の場合だとね、正直わたしは彼の趣味とか家族構成とか、一切知らないの。だけどすっごく好きなのよ。不思議なほどにね」
「……どういうことだ? よくわからん。共通点があるかどうかは重要項目ではない……? 対象を『好き』になるのは、いったいどういう理屈だ。なぜその状態で対象に『興味』を持てる?」
「んーと、そうね……。まずは、顔がすごく好みだったってことよね」
「顔?」
一度ではよく飲み込めなかったので、シザキは復唱する。
声に出してみてもまだその意味が理解できなかった。
「そう。顔! と~ってもかっこいいの。わたしのドストライクね。あと笑い方。しゃべり方も好き。上品で……他の人と接するときの態度がめっちゃスマートなのよ。あと、勉強もできて、スポーツもできて……って気になったのはそこらへんかしら。あとね、わたしを助けてくれたこと……かな。これはとっても印象深かった」
助けてくれた?
それはいつの、いったいどういう状況だったのか。
シザキにはまったく知る由もなかったが、なぜかまた胸の奥が冷たくなった。
不思議な感覚にシザキは戸惑う。
「……見た目からの、情報しかないのに『好き』になれるのか。それは……なんというか驚きだな」
「わたしも、今あらためて振り返ってビックリしてるわ。外見からの理由がほとんどだったのね……。でも最近、彼の内面も知る機会があって……中身も好きになれた気がする。でももし、今も外側のことしか知らなかったとしても……わたしは大地君のことをずっと好きでい続けてたと思うわ」
「どうして、そう言い切れる」
「わからない……けど、それがきっと『恋』なのよ。恋の魔法ね」
「魔法?」
また、一度では理解できない単語が出てきた。しかも非科学的だ。
シザキはいよいよ頭が混乱してくる。
「うん。魔法。相手が……本当はどんなことを考えてるのか、そんなことが一切わからなくても、その人をずっと見ていたいとかって思えちゃうの。そういう感情に支配されてしまうのが『恋』。一度そうなると、もうどうにもできなくなるわね。その人と……たくさん話したり、できれば手をつないだりってこともしたいけど、そうしなくてもずっと『好き』でいられる。それは『友達』に対してはあまり思わないことよ」
「わからない……どうしてそんな状態になる? 理由が不明だ」
それはあまりにも身勝手な感情だった。
相手の中身がどうであれ、狂ったように『好き』でい続けるなど。
しかもその状態に至っている時、相手の気持ちはさほど重要ではない、というのがまた驚きだった。かなり一方的だと言える。
シザキには、理解不能だった。
普通は自分にとっても相手にとっても、益のある相手だから一緒にいる、そういうものではないのだろうか?
少女のいう『恋愛』は、理不尽で野蛮で、まるで呪いのようなものだった。
「マカベ・トーコ。もし、もしその相手が……自分を嫌っていたとしたら? その思いはどうなる? 多少は変化するのだろうか」
「そうね……嫌われてるっていうのはとても辛いけど、それでも相手を好きな気持ちはあまり変わらないでしょうね。付き合えなくても、たとえ相手が自分だけのものにならなくっても……好きでい続けられるものなのよ。それぐらい『恋』は強烈な感情よ。ちょっと精神病の域かもしれないわね」
「精神病」
「そう、病気。とても普通の状態じゃないわ」
恋とは、そんな「病」に近くなるほどの強い思いなのか?
シザキはまたも衝撃を受ける。
「でも……そんな病人状態でも、両思いになったらハッピー過ぎて、もう脳内麻薬が出まくりで、天にも昇る気分になっちゃうの。ず~っと求めてたものが手に入ったんだもの。当然そうなる……わたしも、告白されたから、すぐそういう気持ちになるんだって思ってたわ。そう、思って、たんだけど……。でも、両思いって……本当はこんな気分になるのね」
急に、暗く沈んだ声になったので、シザキは違和感を覚えた。
マカベ・トーコは想い人の男と「両思い」になったという。それは先ほどの報告で知った。けれど、今の話と照らし合わせてみても、マカベ・トーコは幸せの絶頂でいるようには見えない。
矛盾するこの状況に、シザキはただならぬものを感じていた。
「マカベ・トーコ? いったいどう……」
「やっぱりたくさん相手と接する機会が増えたら……嫌な部分も見ちゃったり……知らなかった部分を知って想像してたこととのギャップに……幻滅することもあるのかしら」
突然そう口走った少女を、シザキは注意深く見守る。
細い肩が震えていた。
涙をこらえているようにも見える。いったい、どうしたというのか。
「マカベ・トーコ? いったい何を……大丈夫か」
「えっ? だ、大丈夫よ。どうもしないわ……」
「嘘だ。明らかに顔色が悪い。どうした? 君は、今幸せなのでは……」
「幸……せ? ええ、ええそうよ。とっても幸せだわ」
「では……なぜそんなに震えている」
「え……? は、ははっ」
乾いた笑いを浮かべ、少女は足元に視線を落とす。
「幸せ……? そう、幸せだと……思ってた。でも、わたし今……怖くなってる」
「怖い?」
「そう。今までいつも見てるだけだったのに……急におんぶされたり、一緒に下校してもらったり。あまつさえ告白までされて……。わたしは、ダイチ君がずっと憧れの存在だったのよ。でも急に身近になって……なんていうか、そういう幻想みたいなものが……一気に壊れちゃいそうになったの。もちろん、今でも好きよ。今でもずっと彼のことが気になってる。でも、それって……わたしが好きだったのは『本当のダイチ君』じゃなくて……想像の方、だったのかも。そう思ったら急に不安に……なってきて……」
シザキは首をかしげた。
言っていることの半分も理解できない。
「あっ……そ、そう。わ、わからないわよね? ははっ。シザキさんには……恋愛も、友情だってよくわからないんだから。だから、わたしの気持ちなんて……」
苦笑を浮かべ続ける少女に、シザキは何も応えられない。
「…………」
「ははっ……。も、もしもわたしが……その通り、『頭の中のダイチ君』を好きなだけだったら……わたしはなんてバカだったんだろう。何も、見てなかった。告白されて本当に嬉しかった……はずなのに。今はその気持ちよりも……怖いって方が……強くて……」
絞り出すように声が吐きだされると、きらりと光るものが少女の頬を伝った。
それはひびわれたコンクリートに落ちていく。
地面に当たると、それはピンク色の光を生み出し、砕けた。
「無理に……話させてしまったようだな。済まない」
シザキはひかえめな声で、詫びる。
少女は首を横に振った。
「ううん。ご、ごめんなさい……。へへっ、なんだかわたしの愚痴になっちゃったわね。ちゃんと説明しなきゃいけなかったのに……なんか……ぐだぐだになっちゃった。わたし、偉そうにシザキさんに話す資格なんか、なかったわ……」
ぽろぽろと涙を流し続ける少女に、シザキは慰めの言葉をかける。
「謝らなくていい。私には、多少なりとも参考になった。ただひとつ……言っておく。本当に、無理はしないでいい。……現実世界でもな」
「シザキさん……」
顔を上げた少女はこちらをじっと、黒い眼で見つめていた。
涙で濡れながらも、その頬がわずかに紅潮している。
どことなく悲しみが薄れたような表情。それを、シザキは妙に見入ってしまった。
「ありがとう」
軽く微笑まれて、シザキはまた胸の奥に変化を感じる。
冷たくなったと思われていたそこが、わずかに温かくなっていた。もう、年でイカレたと思っていたそこが、強く鼓動を打っている。
シザキは胸に手を当ててみた。
「まだすべては理解できない。だから……この続きはまた別の機会に頼めるか、マカベ・トーコ」
「あ、ええと……それはわたしの、未熟な説明でよければ」
「ああ、構わない」
シザキは頭上を旋回するオーブを視認すると、また歩き出した。
足元の大小の瓦礫を踏み越えていく。
「オーブ。まだ任務は終わっていない。残っているナイトメアの元へ移動する。索敵を頼む」
『了解。自動探索を再開しマス』
オーブの声が、当たりに響く。そして少女の声が背後から――。
「待って、シザキさん! わたしも、まだ頑張るから……!」
帯状の赤い六つの羽を背に生やし、少女がふわりと鳥のように飛んでいく。
裾の長いスカートと、白い手袋と、明るい亜麻色の髪が、すぐ横を追い越していった。
それがなぜかとてもまぶしく感じる。
シザキは、振り返った少女の顔を穏やかに眺めた。




