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021 シザキ・ゼンジは過去を語る

「では、結局、私の『パートナー』になってくれるのか?」


 滞留者が消えた後、シザキはそう遠慮がちに訊く。

 トーコは複雑な表情をしたまま答えた。


「あなたに『必要だ』って言われたからね。ええ、なるわ」

「そうか。了承してくれた以上は……早く君が元の時代に戻れるよう、尽力しよう」

「そうしてもらえると助かるわ」

「こちらが一方的に契約してしまったからな……その、済まなかった。その上でなおも契約をし続けてくれるとは……ありがとう」


 改めて礼を言うと、少女は体をびくっと反応させた。


「わ、わたしも別に……そ、そうしなきゃならなかったから、そうしただけよ」

「何度も言うが嫌なら無理強いはしない。何もしなくても……いずれは夢から脱出できるからな」

「でも、何もしなかったらいつ帰れるかはわからないんでしょう? 化け物たちにも邪魔されたくないし……だったら、早く帰れる方法をわたしは試したいのよ。あの、それよりも……あなただって本当はわたしのこと、避けてたんじゃなかったの? それなのにどうして……」


 ためらいがちに訊いてくるので、シザキは思わず苦笑した。


「たしかに。そうだったな。君と接することでまた『余計な感情』が生まれてしまうかもしれないと……危惧していた」

「じゃあなんで……」

「考えが変わった。あの滞留者が言っていた『ビジネスライク』という態度を心がければ、意外と平気かもしれん」

「ビジネスライク……そうね、わたしもあなたの迷惑にはなりたくないし……そうしてみるわ。でも……」

「それ以外に、特別な理由などない。言っておくが、あくまでも『なりゆき上』……だ。不利益の方が多くなればすぐに解消する」

「そう……わかったわ。じゃあさっそく、ナイトメアたちを倒しに行きましょう。わたしはまず何をしたらいいの?」


 少女は少しだけ、「余計な感情」という部分を気にしていたようだった。

 けれど、それ以上は深く追求してこない。


 シザキは、なぜ少女がこのような決断をしたのか解らなかった。

 勝手にパートナーにされたというのにこちらを責めもせず、また否定もしてこなかった……。すべて違う選択をしても良かったのに。


 シザキはあまり深く考えないことにした。

 詮無いことだ。

 まずは目の前のことに集中しなくてはならない。


「何をしたらいいか……そうだな、まずは君の『夢見る力』を貸してくれ」


 少女の質問に、ひとつひとつ答えていく。

 それも、すでにシザキの『任務』だ。

 パートナーとなったからには、これはもう『仕事』である。仕事ならば発電所の規則は守らねばならない。ここから先、私情で動くのは禁物だ。


「夢見る力……か。なんかそれ、前にも聞いたことあるような?」

「ああ。以前にも君に説明をしている。明晰夢……君はそれを見ることができる存在だ。夢の中ではきっとなんでも具現化できていたはずだ。その能力を……今後は戦闘に使用してもらいたい」

「え? 戦闘にって……わたし、あれ、自分にしか使ったことないわよ? 戦うためになんてどうやって……」


 少女は困惑していた。無理もない。

 おそらく少女のいた時代とは、戦争とは無縁の世界だったはずだ。であれば……戦闘のイメージが沸かないのも当然である。


「ナイトメアの足止めをするトラップを作ったり、自分たちを防御するための障壁をつくる……そういった作業が、君の主な役目となる。まあ、実際に一度見た方が早いかもしれんな。オーブ、過去の戦闘映像を見せてくれ」

「了解しましタ。いつのデータを再生しマスか?」

「十七年前……ので頼む。あれが一番戦闘パターンが豊富なはずだ」

「わかりましタ。十七年前の映像を再生しマス」


 オーブは青い光を内部で発生させると、近くの建物の壁に動画を照射し始めた。


「わっ、すごい! プロジェクターだ!」


 少女はなぜか、それを嬉々として見ている。

 おそらく、少女のいた時代ではすべての家庭に普及しているわけではなかったのだろう。物珍しそうに眺めている。


 映像は、とある巨大な機械のナイトメアとの戦闘だった。

 「彼女」が、映っている。

 シザキはそれをできるだけ冷静に見ようとした。


 懐かしい……と思う気持ちもあるが、気が緩むとつい、心に波風が立ちそうになる。


 映像の中の「彼女」とシザキは、お互いにアイコンタクトを取り、それぞれ別行動をとっていた。

 銃を構えるシザキと、透明な壁のようなものを周囲に展開する「彼女」。

 「彼女」の背中にはマカベ・トーコと同じ、六枚の赤い帯のような羽が生えていた。


 機械のナイトメアは鞭のようなコードをぶんぶんと振り回し、二人をからめとろうと、また打ち据えようと迫ってくる。「彼女」はその攻撃をことごとく透明な壁で防ぎ、また巨大なハサミをいくつも出現させて、相手をバラバラに切り刻んでいっていた。


「すごい……」


 少女が思わず感嘆の声をもらす。

 シザキの動きもさることながら、「彼女」はありとあらゆる物理攻撃を高速で無効化させていた。シザキの攻撃をフォローしながら、自らも神がかり的な速さで応戦していく。


 やがて、機械のナイトメアは手も足も出なくなり、最後のシザキの一撃によって地に伏した。


「このように、さまざまな戦い方ができる。……おい? マカベ・トーコ」

「…………」


 少女がずっとぽかんと口を開けたままにしていたので、シザキは少し不安になった。


「大丈夫か?」

「あ、ええ。見てたわちゃんと……大丈夫」

「そうか? なら、いいのだが……」


 返事があったので、ひとまず安心する。

 シザキはオーブを手元に引き寄せながらさらに話を続けた。


「はじめは、この『オーブ』という球型ドローンにガイドしてもらえばいい。慣れてきたら『彼女』のような動きもできるようになる……何か他に質問は?」


 少女はじっと黙って映像を見ていたが、やがてくるりと振り向いた。


「あの……シザキさん」

「なんだ」

「この人……なんだけど、さ」


 もう、気付いてしまったか。


 シザキはそう思い、歯噛みをする。

 停止している映像にはまだ黒いキャップを被る「彼女」が映っていた。それを、少女が細い指で指し示している。

 ついに、気づかれてしまった。シザキは観念して顔を上げる。


「ああ……この女性か。『彼女』が何だ?」

「言いにくいんだけど、さ。この人なんで……全裸なの?」

「…………」


 どうやら、思い過ごしだったらしい。

 以前話した「彼女」のことは、少女の頭の中からはすっかり抜け落ちてしまったようだった。

 それよりも彼女の「恰好」の方を異常に気にしている。


 余計なことを詮索されずに済んだのは、正直ホッとするところだったが、シザキはそれが不可解で仕方なかった。


「なぜ……か。全裸であれば敵の攻撃も素通りするし、戦いが有利になるだろう。そういった理由から何も着ていないだけだが……なぜ君はそれを気にする?」

「え? べ、別にっ……わたしもこうしなきゃダメなのかなーとか思って!」


 ひどく恥ずかしそうに、言う。

 良く見ると首から上が真っ赤になっている。

 年頃の『人間』の女性はこういった反応をするらしい。クローン人間であるシザキにとっては、理解不能な反応だった。


「そうか……君は『裸になること』が恥ずかしいのだったな。けれど、戦闘が激しくなればなるほど、最終的にはこのような姿になってしまう。『彼女』はいちいち破壊された服を気にしたくなくて、またそれを修復する時間が惜しくて、いつしか戦闘開始時からこの恰好をするようになった……。ちなみに普段はきちんとした服を着ていたぞ。見ろ」


 そう言って、オーブに映像を早送りさせる。

 するといつのまにか「彼女」は、白いシャツにジーパンというラフな格好になっていた。 


「あ……で、でもっ、やっぱり抵抗あるわ……。あなたはなんとも思わないだろうけど、わたしは……あなたの前で全裸になるなんて、とてもできない……っ!」

「だから、私は見ないようにすると言っただろう」

「し、シザキさんが良くてもっ……それ以外の、ほ、他の人が突然やって来たら? がっつり見られるじゃないっ!」

「オーブは……回収班同士がバッティングするような配置指示をしてこない。万が一他のクローン人間が見たとしても、たいていは私と同じ反応だろう。だから心配する必要は……いや、さっきのような滞留者が来たら……わからんな」

「……で、でしょう!? さ、さっきの男の人とか最悪よ……絶対見られるううう! いやぁーっ!」

「…………」


 先ほどの滞留者を思い出したのか、少女は急にパニック状態に陥った。

 シザキはほとほとこの一連の騒ぎにうんざりする。


 ナイトメアから攻撃されない、なんてことは確率的に見てもありえないことだった。

 滞留者と出くわさない、それも完全には言い切れない事象だ。にもかかわらず……少女はかたくなに裸にはなりたくないなどと、幼稚な文句を言い続けていた。


 不毛だ。

 シザキは深くため息をつきながら、少女に告げた。


「マカベ・トーコ。では……提案だ。君はできるだけ敵の攻撃が及ばないよう、後方に下がっていろ。それならおそらく裸にはならない。もともと私一人でも、ほとんどのナイトメアを斃せていたんだ……何度も言うが別に無理はしなくていいぞ」

「む、無理だなんてっ、ひ、一言も言ってないでしょ! ただ、裸になるのが恥ずかしいって……それだけよっ! シザキさんが気にしないっていうのはわかったわ。わたしも、だからそんなに気にすることないのかもしれないけど……でも……」


 少女はそう言って、赤面しながら両腕をかき抱く。


「安心しろ。私は決して君を不快にさせるようなことはしない。加えて周囲にも気を配ると、約束しよう」

「そ、そう? なら……って、でも、あーっ! やっぱり、抵抗ある~~~っ!」


 少女は腕を抱えたまま、さらにもだえ苦しみはじめた。

 やはり理解不能だと、シザキは呆れる。


 壁の映像は、少女の参考になればとまだ静止させたままだった。

 「彼女」が、ひどく嬉しそうに笑っている。最初で最後のシザキの友人が――そこにいた。


「あっ、ねえ、シザキさんっ!」


 ようやく落ち着いたのか、少女がバッと顔をあげる。


「なんだ?」

「あの、さ……」


 一瞬、真面目な表情をした少女に、シザキは目を見張る。

 壁の映像をまじまじと見つめていた少女は言った。


「あの……さ、もしかしてこの人、前に言ってたシザキさんの『友人』って人?」

「…………」


 やはり思い過ごしではなかった。結局ずばりと言い当てられてしまった。


 口の中が異様に乾く。

 シザキは生唾を無理に飲み込むと、かすれた声を出した。


「……なぜ、それを訊く」

「だって……」


 少女は振り向くと、ふわりと花のように笑った。


「この人を見る時のシザキさん……とっても優しい顔をしていたから」

「優しい……? 私が?」

「そう。とても、懐かしそうな顔してたわ。だから……この人、シザキさんの特別な人なのかなって。前にわたしに話してくれた、お友達じゃないかなーって……そう思ったの」


 シザキは少女の言葉にドキリとした。

 オーブが青い光を明滅させながら『映像を終了しマスか?』と訊いてくる。シザキはぎこちなくうなづき、長く息を吐いた。


「ああ、そう……だ。これは私の友人。最初で最後の……」

「あっ。も、もしかして! さっきのジョーって人と何かあったのって……この人が……原因?」


 それも、言い当てられてしまった。

 シザキはまたも目を見開くことしかできない。 


「いや、なんかそうじゃないかなーって……。あ、違うならいいの。その……ごめんなさい……」

「いや……。この女性は、たしかに私とあの滞留者の……因縁を結ぶ『きっかけ』になった人物だ。私は『彼女』に『友情』を教えられた……」

「友情?」

「ああ。そして……その『友情』を深く知るために、私たちは長く共にいすぎた。『彼女』はあの滞留者たちとも深い絆で結ばれていて……けれどそれを……私は最後に台無しにさせてしまった」

「シザキさん……」


 心配そうに少女が見つめてきている。

 シザキは構わず続けた。


「あの滞留者は……おそらくそのせいで、私を恨み続けているのだと思う。満足に別れのあいさつをさせてやれなかったことを……」

「ちょ、ちょっと待って。それって、ホントはシザキさんだけの責任じゃないんじゃない?」

「どういうことだ?」

「だって、この発電所って、そういう仕組み……みたいだし。いきなり呼び出されて、いきなり消えさせられて。その人たちとも……なにかどうしようもないわけがあって、トラブルになっちゃったんじゃ……」

「いや……私が、そもそも友情などという感情を知ろうとしなければ……良かったのだ」

「あのー、シザキさん? そんなに自分を責めなくても……ていうかさ、その人から影響を受けたって言ってたけど……それって本当にそんな悪い影響だったの? 今でもそう思う?」


 少女の言葉に、シザキは眉を寄せる。


「それは……そうだ。結果、害でしかなかった。あの時は私もただでは済まなかったのだ……。『友情』という余計な感情を知ったことで、わたしは『彼女』の名前や記憶の一部を、マザーに消去させられることとなった。さらには廃棄処分まで至るところだった……。運よく見逃してもらえたがな」

「ええー! なに、それ……ま、マザーって、いったい何なの!?」

「発電所のメインAIのことだ。主にオーブへの指示や、発電所全体の管理を行っている。私たちクローン人間の処分の決定も……だな」

「……そ、そんな!」


 少し事実を語ってやるだけで、少女の顔はみるみる青ざめていく。


「今の私はこうして、再度この仕事に就けている。だからもう何も心配することはない。余計なことさえ、考えなければな……。『彼女』のことはもういい。それより、これからのことを話そう」

「え、うん。そうね……」

「オーブ、次のナイトメアを探し出してくれ」

「了解しましタ」


 くるくると回りながら、オーブが検索し始める。

 本部からのデータを受けとりつつ、適切なルートを導き出し始める。


「では、あちらの道を直進してクダサイ。A級のナイトメアを数体発見。戦闘に備えて準備を……」


 瓦礫の隙間から伸びている木々の枝を払いのけながら、シザキたちは廃ビルの奥の道を突き進んでいった。

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