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020 真壁透子は滞留者に勧誘される

「なあ……いいだろ? 俺と組めよ。そんで俺と一緒にナイトメアを倒してくれねえか。な?」


 滞留者の眼帯男、ジョーは、なおもそう持ちかけてくる。

 透子は面食らいながらも、拒絶の言葉をどうにか口にした。


「ど、どうしてわたしがあなたなんかと……嫌よ!」

「嫌ねぇ。ずいぶんと嫌われちまってるようだな」

「当たり前でしょ! あなた、前にわたしにセクハラしようとしてきたじゃない!」


 以前の蛮行をとがめると、透子はさっとシザキのうしろに身を隠した。

 ジョーは頭を掻いて笑っている。


「ハハハッ、セクハラ……か。あれは嬢ちゃんをどうやって捕まえて、言うこと聞かせて、パートナーにできるかってのを試そうとしてただけだぜ?」

「は、ハアッ?」


 なんとも気持ちの悪い発言に、透子は思わず鳥肌が立つ。


「バッ、バッカじゃないの?! そんなの、余計にあなたのこと嫌いになるに決まってるでしょ! どういう勧誘の仕方よ? いっぺん『紳士的な振る舞い』をイギリスで勉強し直して――」

「勘違いすんな。『俺が』じゃねえ、『シザキのじいさんが』だよ……シザキのじいさんが、どうやってあんたを従わせてたのかってのを検証してたんだ」

「え? な、に……」


 思わぬ説明に透子は目をしばたたく。


「なんですって?」

「だからよぉ……あの時、嬢ちゃんがシザキのじいさんを必死で探してたろ? 俺ァ、これはきっとそれだけ執心するような『何か』があったんじゃねえかとふんでたんだよ」

「な、何か……って?」

「一度しか会ってねえのにあんだけ探そうとしてたんだ、よっぼどのこと……つまりやることやってたってことだろぉ?」

「は、ハアッ? やるっ……?」


 ジョーが『いかにも』な笑みを浮かべるので、透子はかあっと顔を熱くさせた。

 シザキからも思わず後ずさりしてしまう。


「なっ……わたし……」


 声にならない悲鳴を上げながらチラッと見ると、シザキはまるで気にしていない様子だった。

 一方、透子は動揺が隠しきれない。


「おっ、やっぱ当たりかァ?」

「ち、ちがっ……」


 否定しようとしたが、うまく言葉にならない。

 ジョーは大きくうなづきながら話を続けた。


「な~るほどねえ……。俺はあん時、嬢ちゃんの探してる相手がシザキのじいさんだって、すぐに気が付いたんだ。ジジイになるまで回収班を続けていられるやつなんて、そうそういなかったからな。だから……嬢ちゃんがそこまで執心していて、ホント驚いたぜ。あのシザキのじーさんがなァ、ってよ」


 ニッと笑うジョーに、透子は頭がくらくらしてきた。

 どうしてそのように誤解するのだろう。そんな事実などどこにもないのに。


「あの、なんでそんな風に……思っちゃうんですか」


 涙目になって透子は訊く。


「ああ? なんでって……シザキのじいさんはなァ、ずっと明晰夢の天使を避け続けてきたんだよ。その理由は嬢ちゃん、聞いてっか?」

「え? ああ……えっと、少しだけ。シザキさんから……」

「じゃあ話は早え。アンタはそれを知ってた……にもかかわらず、あえてじいさんを探していた……ってことはだ。少し考えりゃあ、何を意味しているか……わかんだろ?」

「…………?」

「何か忘れられないほど強烈な出来事があったからに、決まってんだろが! ハハハッ」

「ええっ?」


 あまりの飛躍した論理に、透子は驚愕する。


「ど、どうしてそうなるの?! あの……わたしとシザキさんは特にそういう……変な関係とかないですから! ていうかわたし、枯れ専じゃないし!」

「ああっ? カレセン?」

「中年以上の、性欲なさそうな人……に恋愛感情持つ人のことです!」

「え? あ、ええっと……てぇことはその……じゃあ、違ったのか?」

「ええ」

「……マジかよ」

「だからそうだって言ってるでしょ!」

「じゃあ、なんで……」


 ジョーは肩透かしをくらったような顔で、つぶやく。


「なんで……一度しか会ってないやつに、しかもどうでもいい相手のはずのじいさんに……また会おうとしてたんだ? 探してるって、嬢ちゃん言ってよな? だがこのじーさんは、嬢ちゃんをずっと拒否ってたはずだ。きっとついてくるなって拒絶されたりしてたはずだ。それなのにどうして……そんなに会いたがってたんだよ?」

「それは……」


 透子はちらりとシザキを見る。

 シザキは、ジョーと同じく理解に苦しむといった表情をしていた。


「それは、その……。シザキさんだけがいろいろ教えてくれたから……こ、この世界のことを……。わたしももっと詳しく知りたかったし。他に頼れる人もいなくて……だから……」


 それは表向きの理由だった。なぜだか気になる、といった隠れた理由の方はあえて口にしなかった。

 またこの眼帯男に勘違いされたら困る。


「そ、そう。それだけよ……!」


 言い切ると、ジョーはあさっての方角を向きながら額に手をやった。


「……そうかよ。じゃあ俺の考えすぎ、だったのか。悪かったな……」

「え?」


 一転しおらしく詫びてきたので、透子は少しだけ腹の虫が治まった。


「わ、わかってくれればいいのよ」


 あえてそう納得したフリをする。

 ジョーはしばらくバツが悪そうにしていたが、ハッとなるとまた猛烈に頭を掻きむしりはじめた。


「あああっ! ったく! そうだ、そうだよ……思えばこのじいさんが性欲を発揮するわけがねえんだ。クローン人間はそういうのをコントロールされてるはずなんだから……って、ああっ、ホント、俺はマジでバカだ、クソッ!」

「はあ……。あの、あなたねえ……」


 呆れたようにそう言うと、ジョーはもにょもにょと独り言のようなことをつぶやきはじめた。


「ああ……ホント、もっと考えろよ……。てかさ、こう見えて俺は……普段は意外と冷静沈着なんだぜ? シザキのじいさんのことになるとこう……すぐカッとなっちまうだけで……。あ、あと、こんなに若くて可愛い娘が、じいさんなんかに執着してるなんて知っちまったら……ああ、よっぽどのことをされたんだなあとか、思っちまうだろうが。男なら……。そう想像しちまうのは当然なんだよっ!」

「はあ? し、知らないわよ、そんなこと! あ、あとさっきも思ったけど話が飛躍しすぎ! やっぱりあなた……わたしにセクハラしようとしてきたし、強引にそういうことも……しそうよね。永久にお断りよ、お断りっ!!」

「なにっ? 黙って聞いてりゃあ、なんて言い草だっ。そういう風にののしるんならなァ、ホントにヤってやろうかぁっ! ああっ?」


 売り言葉に買い言葉でジョーが透子に食ってかかってくる。

 また手を伸ばされる、と思った矢先、シザキがタイミングよく間に割りこんできた。


「滞留者、これ以上は止めろ。以前にも警告したはずだ。夢見る人および明晰夢の天使には、不用意に触れるな、と」


 透子を片手でかばいながらそう宣告すると、ジョーは面白くなさそうに舌打ちをしてきた。


「ったく、じいさん……いいとこだけ持ってくんじゃねえよ」


 そう言って、シザキを睨みつける。


「なあ、話が脱線したがよ。じいさん、さっき訊いたこと……早く聞かせてくれよ、なァ」


 真剣なそのまなざしを受けて、シザキはようやく答えることにした。

 感情をほとんど乗せず、事務的な声で告げる。


「あれは……必要だと思ったからそうしたまでだ」

「はあ?」

「今までは……不必要だった。だがあの時、数度だけではあるが言葉を交わしたこの少女を……マカベ・トーコをそのまま捨て置けなくなってしまった。それは自分に必要だと、判断したからだ」

「必要って、お前……」


 ジョーはその言葉を聞いて目を見開く。


 透子もそれは同じだった。

 冷たい、事務的な声でしかなかったのに。なぜだかそれがとても暖かく、嬉しいものだと感じられてしまった。

 拒絶され続けていた今までの事が嘘のようだ。


 誰かに必要とされる……。

 それは、恋愛対象外の相手からであってもひどく心地が良いものだった。


「シザキさん……」


 言葉にできない思いがじんわりと胸に広がっていく。

 その感覚を抱いたまま、透子はシザキの背をじっと見つめた。


「わかったなら立ち去れ、滞留者」

「あー、だから! 俺にはジョーって名前が……。まあいい。そういう理由でも俺は納得できねえけどな……最後に選ぶのは結局、そこの嬢ちゃんだ」


 シザキの言葉にそう返して、ジョーは透子に視線を送る。


「オイ、嬢ちゃん。ここまでご丁寧に説明してやったんだ。最後にもう一度だけ言うぞ。こんなじいさんより俺を選べ! その方が絶対、嬢ちゃんにとって良いはずだ。俺とだったら、この世界から消える際にも後腐れはねえし、なにより後悔もしねえ。ビジネスライクな関係でやっていける。けど……このじいさんは、やめとけ。前にも言ったが……きっとろくなことにならねえぞ!」


 いろいろと気になる言葉を聞いた気がする。

 だが、透子の答えははじめから一つだった。


「うるさいわね。わたしは……今のところはシザキさんだけしか、協力するつもりはないの! たとえ……シザキさんがいなくたって、アンタとだけは絶対に組まない!」


 そう叫ぶと、ジョーはゆっくりと両手を上げた。


「OK、わかった。しかし言ってくれたねえ、お嬢ちゃん。後悔しても知らねえぞ。このじいさんと組めば……じいさんも不幸になるし、嬢ちゃんだって不幸になる。けど……そこまで言うんだ、もう知-らね。俺ァ忠告したからな、あとは……好きにしろっ」


 ジョーはくるりと踵を返すと、路地の奥へ走っていってしまった。


 先ほどのセリフは、どことなく声音が震えていた。

 何度も拒絶したことで傷つけてしまったのだろうか。そんな繊細な人には見えなかったが……透子はそう思いながら、彼が廃墟の陰で見えなくなるまで見送っていた。

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