017 シザキ・ゼンジは決断する
「また、半覚醒状態になったのか……」
シザキは急きょ、救助カプセルの移動を中止し引き返した。
明晰夢の天使のマカベ・トーコは空中で固まっており、風が吹いているにも関わらず髪や服は一切乱れていない。
これは先ほど少女に起きたエラーと、同じだった。
「明晰夢の天使は、また現実世界で半覚醒したようデス。再度眠りに落ちて戻って来るまで、このままの状態を維持し続けるものと思われマス」
すぐそばを飛行するオーブが、そのように報告してくる。
シザキは少女を見つめつつ、深いため息をついた。
ここで足止めを食っていては、いつまでたっても本日のエネルギー回収任務に就けない。このまま少女をここに捨て置いていきたいが……なぜか躊躇してしまっていた。
それを見透かしたかのごとく、オーブが質問をしてくる。
「シザキ・ゼンジ。どうしマスか? この明晰夢の天使をここに残して行きマスか? それともパートナー契約をして、連れて行きマスか?」
「…………」
パートナー契約。
それは明晰夢の天使の情報をスキャンして、オーブに登録しておく機能だった。
それをすると、対象の天使がどこにいるかがいつでもすぐにわかったり、オーブが天使をサポートできたりする。
だが、それはシザキにとってはできるだけ避けたい手段だった。
一度契約をしてしまうと、その天使とできるだけ一緒にいなければならなくなる。
普段の任務よりも、それは優先しなければならなくなるのだ。その方が効率よく夢エネルギーを回収できるのだが……シザキはできるだけしたくなかった。
「オーブ、私は……」
契約すれば、明晰夢の天使をここから運び出すことができる。
だが捨て置けば、もう二度と会わずにいられる。
シザキは二つの選択肢を前に、口を開きかけ……そして、思いとどまった。
「いや……そんな……わけがない。私は……」
自分でも驚いている。
捨て置く、という選択肢しかなかったはずなのに。
それがおそらく最良の選択だったはずなのに。なぜ、そうしてはならぬと一瞬ためらってしまったのか……。
それはきっと、先ほど少女に言われた言葉が原因だった。
『あなた以外の人についていく気なんて……わたし絶対ないからねっ!』
どうしてそこまで自分についてこようとするのか。
シザキは少女をことごとく拒絶してきた。だというのに……。
『あなたは……わたしにとっては普通の人間と一緒よ!』
クローン人間だとも告げた。でも、少女は「人間」と同じように対等に自分を扱ってきた。
無意味なことなのに……。しかし、なぜか悪い気は起こらなかった。
シザキは、さらに少女から言われたことを思い出す。
『そんなの……やっぱり寂しいわ』
寂しい。
その意味を、あれから深く考えた。
おそらく、今がちょうどそのように思う時なのだろう。
以前に共闘したことのある「明晰夢の天使」のことも思い出した。
あの若い、女性の天使がいなくなったときも、たしかこんな気持ちになった。
シザキはそこでようやく理解した。
このマカベ・トーコに対しても、同じように「離れがたくなっている」と――。
「……まいったな」
このまま一緒にいると「悪影響」をさらに受け続けるかもしれない。
しかし……シザキはこの少女との一連のやりとりを、無駄にしたくないと思ってしまった。
「きっとこの少女は……黙って置いていったら、ひどく怒るに違いない。そしてまた、きっと私に文句を言いに来るだろう」
そうなったらまた面倒だ。表向き、そういった理由を思いつく。本心はまるで違っていたのだが……そのように思い込もうとした。
シザキはそこで思考を止め、決心する。
「よし、オーブ。この少女を……私のパートナーとする。さっそくデータスキャンをしてくれ」
「了解しましタ」
そう言ったオーブは、すぐさま青白い光の輪を少女の上に出現させ、全身をスキャニングしていった。さまざまな情報が解析されていく中、シザキは透子の顔をじっと見つめる。
その顔は、目が見開かれたまま石のように固まっていた。今、現実で何をしているのか、何を想っているのかはわからない。けれど、こちらの世界に意識が戻ってきたときに、せめて傷つくことがないようにしてやりたかった。
「……終了しましタ。シザキ・ゼンジ、OIGE駅までこの天使を輸送しマスか?」
「ああ、頼む」
オーブは青白い光の輪を少女の頭の上に固定させると、謎の力を用いて少女をまるごと動かしていった。その飛翔する様は、さながら「天使」である。
「明晰夢の天使……か」
シザキはそうひとりごちると、救助カプセルに乗ったまま、オーブにサポートされた少女を引き連れて、基地へと向かっていった。
* * *
数十分後、OIGE駅に到着したが、少女はいまだ目覚めていなかった。
とりあえず4階の医療フロアに預けてから、シザキだけ普段の持ち場へ向かう。
すでにホームには装甲列車は無く、とっくに皆、出動した後だった。
改札口から徒歩でエリアに向かうことにする。
本日の持ち場はA地区という比較的基地から近いエリアだった。すでに、そこここで銃の発砲音や爆発音がしている。
「もう始まっているな……」
シザキはオーブを伴って大通りを走り抜けた。
「次の角を左に行くと、A級のナイトメアがいマス。注意してクダサイ」
オーブの警告音がする。
交差点を曲がると、果たしてそこには、巨大な「柱時計」のナイトメアがいた。いくつものネジや歯車が体から飛び出しているが、それは紛れもなく動く無機物――化け物である。
「オーブ、武器強化を頼む」
「了解しましタ」
オーブの青白い光の輪を受けて、シザキの持っていた銃が変形していく。
様々な歯車をモチーフとした半透明の装飾に覆われると、それは一回り大きくなった。シザキは走りながら相手に近づき、引き金を引く。
「なっ……!?」
しかし、エネルギーの弾が当たる前に、そのナイトメアは背後から何者かからの襲撃を受け、あっという間に斃されてしまった。
「誰だ……」
回収班同士が鉢合うことはほとんどない。
なぜなら同じ地点に被らないように各オーブが調整しているからだ。
となると……残りの可能性はひとつにしぼられる。
ナイトメアの体が崩れ、徐々にピンク色の発光体が放出されはじめる。その向こうから、ゆらりと人影が現れた。
それは、以前あのマカベ・トーコに絡んでいた相手……「滞留者」の眼帯男だった。