016 カミヤ・アカネは幼子を抱きしめる
巨乳ちゃんのサイドストーリーです。
いつものように、現れたナイトメアを倒す。
倒す。倒す。倒す。
もう何度繰り返したかわからない。
カミヤ・アカネは赤髪を振り乱して作業に没頭していた。
気づけば今日も一日が終わろうとしている。
赤すぎる夕日が、森の向こうに消え、空はゆっくりと濃い紫色に変わっていた。
早朝に、他の基地の作業員が紛れ込んでいた事を除けば、さして変わったことのない一日だった。
あとは装甲列車に乗り込んで、基地に帰るだけなのだが……。
「カミヤ・アカネ。パートナーAが出現しましタ。確認しにいきマスか?」
急にオーブがそのような報告をしてくる。
アカネは少しだけ考えたあと、位置が近いこともあって、オーブの提案に乗ることにした。
旧小金井公園内を突っ切って行くと、とある広場で幼子の泣く声が聞こえてくる。
ああ、またかとアカネはげんなりした。
声の発生源。それは、5歳くらいの男の子だった。
側には両親と見られる男女がおり、彼らから執拗に暴行されている。
殴る、蹴るは当たり前で、持ち上げて高いところから投げ落とすようなマネもされていた。
都度、男の子は悲鳴にも似た泣き声をあげる。
「ああっ、うるさいっ! あんたなんかいらないわ。もっと賢い子が欲しかったのに!」
「何とか言ったらどうなんだ、ユウ! そんなんじゃいい学校に行けないぞ!」
怒声と、鬼のような形相を前に、男の子はガタガタと全身を震わせていた。
アカネはそんな光景をずっと見ていたいわけではなかったので、手早くそれを片づけることにした。
腰の銃を抜くと、その男女のこめかみに一発ずつ弾をお見舞いする。
「えっ?」
男の子が呆気にとられた顔で振り返った。
撃たれた男女はすぐに体が崩れ、淡いピンク色の発光体だけを残して消えてしまう。
「また、この夢を見ているのか。ユウ」
「お姉さん!」
アカネに気付くと、男の子はよろめきながら嬉しそうに近寄ってきた。
「また会えた!」
足元まで来ると、にこっと笑う。
アカネはどうしていいかわからずに、苦笑した。
「ああ、近くにいるとわかったからな。また来てやった。それより大丈夫か? 痛みは、ないと思うが」
「うん。夢だってわかってるからね、痛みは……ないよ。でもまだ怖いのと悲しいので……苦しい」
「そうか」
両親から出た夢エネルギーの結晶を、オーブが回収している。
ユウを見ると、その頬には幾筋もの涙の跡がついていた。
「ここは……まだ夢だからいいんだ。現実は……もっと痛いよ。体も、胸の中も、もっと痛い。どうしてパパとママは僕を殴るんだろう。僕、頑張ってるのに。もう、やだ……」
またその目から涙があふれ出してくる。
アカネはその肩にそっと手を置いた。
「お前は……夢を夢と自覚できているのに、なぜこんなナイトメアばかりを生み出すんだ? もっと理想の両親を思い描いたっていいだろうに」
アカネの言葉に、ユウは寂しそうに笑う。
「それは、できない……よ。だって、それは嘘のパパとママだもん。本当のパパとママが優しくなってくれなくちゃ、ダメなんだ。夢でそんな優しいパパとママに会っちゃったら、僕、起きたくなくなっちゃうし」
「……そうか」
なんと頭のいい子だと、アカネは改めて思った。
もうこの幼子には十数回ほど会っている。そのいづれの時も、彼は虐待を受けていた。
現実ではもっとひどい目に遭っているらしい。
それをどうにもできないことを、アカネはとても悔しく感じていた。
「ユウ……現実の君には何もしてやれない。だが、この世界に来た時だけは、自分が君の両親を破壊してやる。こんなのは、こんなのは間違っている……」
申し訳なさそうに言うと、少年は優しく微笑む。
「ありがとう、お姉さん。でも……これは僕が望んでることだから。夢の中では、できるだけ本当のパパとママでいてもらいたいんだ。壊してもいいけど……でもお姉さんが無理やり僕を助けたりしなくてもいいんだからね」
「ユウ……」
アカネがシザキ・ゼンジに言った言葉は、それはまるまる自分へ向けて放った言葉だった。
深く関わると毒である。
最初ここまで思い入れはなかったのに、今では常に気に掛けるようになってしまっていた。これ以上はいけないと解っているのに、なぜか放っておけなくなっている。
「お前の覚悟はわかった。だが、それでも自分が来たときだけは、少しでも楽しいことをしていてくれないか? こうして共に話をしたり……それも、お前の中ではダメなのか」
ユウは首をゆっくり振る。
「ううん、そんなことない。ありがとう……お姉さんは優しいね。パパやママとは違うよ。そういう人と僕は仲よくしたい。うん、そうするよ」
アカネはホッと胸を撫で下ろした。
「……そうか。ユウはいい子だな。それに頭もいい。この歳の子供にしては、なかなかやる」
「えっ? そ、そうかな?」
アカネの言葉に、ユウは照れて顔を赤くした。アカネはそんな彼を豪快に笑い飛ばす。
「はははっ。そんなもの、少し見ていればわかる。しかしどうして……お前の両親は真逆のことを言っているんだろうな。まったくもって不可解だ」
「うん……それは、僕もわからない。いつも、なぜか怒らせちゃってる。お姉さんには良く見えても、パパとママには……きっと違うんだよ」
「いや、お前はもっと褒められるべき存在だ」
「ありがとう。そう言ってくれるのはお姉さんぐらいだよ」
「この世界に来た時ぐらい、自分が正当な評価をしよう。お前がこれ以上泣かなくて済むように」
「……うん」
ユウはそう言って言葉をつまらせた。そしてまた大粒の涙を流し始める。
アカネはビックリして肩を揺さぶった。
「お、おいどうした? 何か変なことを言ったか?」
「ちがう……よ。嬉しくて……。ありがとう、ありがとう、お姉さん……」
泣き笑いのまま、ユウは戦隊ヒーローのお面を出現させ、それを被った。アカネはその頭をいつものように抱き寄せる。そのままでは顔がすりぬけてしまうためだ。
「今は辛いだろうが……耐えろ。大人になれば何でもできる。どうしても我慢できなくなったら、誰か別の大人に言え。いいな?」
「うん……」
オーブが帰還する時刻を伝えてきた。
ギリギリまでユウを抱きしめていたアカネは、名残惜しそうに別れる。
「では、さらばだ。またお前が現れた時は駆け付ける」
「うん。お姉さんも気を付けて」
「ああ……」
アカネはそう言うと、姿を消し始めた少年を再び見ないよう、振り返らずに装甲列車へと戻っていった。




