011 真壁透子は夢の中の駅を探索する
気が付くと、とある駅の改札口に立っていた。
あたりは真っ暗で、今が夜だとわかる。
「ここは……」
ぐるりとあたりを見回すと、頭上に小さな青白い電燈がひとつ、灯っていた。
目の前には分厚い金属の壁がある。「窓口」と書かれた大きな白い文字。
やはりここは、以前にも来た「あの」場所のようだ。
滞留者と呼ばれる人たちと出会った場所。そしてその連中から「シザキさん」に守ってもらった場所――。
壁の横には、人が一人通れるくらいの狭い幅があった。「改札」にあたる場所である。
だが透子が普段見慣れている自動改札機の形ではなかった。棒状の細長い「枠」。それが青白く光っているだけである。
足元の床は、いたるところにひびが入っていた。
ひどく老朽化している。
ここは――この夢は200年後の未来なのだと、改めて実感する。
「なんだ。三回目……やっぱりあったんじゃん」
ぶつくさ言いながら、透子は改札へと向かう。
通れるかなとおそるおそる一歩踏み出してみると、思いのほかそこを無事に通過することができた。だが一瞬、警告音のような甲高い音が鳴る。透子はビックリして肩を震わせた。
「うわっ! な、なに今の……何の音? 怖……。と、とにかくまた入りますねー。お、お邪魔しまーす」
そう言って、誰もいない駅の中に入っていく。
エスカレーターの側を通って、奥のエレベーターの前に行った。ボタンを押すと、しばらくして箱が下りてくる。シザキさんがいるはずの階は、たしか4階だったような。
箱に乗り、目的の階につくと、歩いていた白衣のスタッフがあわてて走り寄ってきた。
「ちょ、ちょっとあなた、待ちなさい! なんでまた……ここへ?」
「ああ、どうも。なんでって……またこの夢を見たからですよ。あの、シザキさんに会いたいんですけど、ここにいますか?」
「シザキ・ゼンジは……もう自室へと戻っています」
「自室? それってどこですか?」
「一階のホームの先に社員寮があります。そこの二階、です……」
眼鏡をかけた女性スタッフはやや怪訝そうな顔で、そう言う。
「そうですか。教えてくれてありがとうございます。じゃあ、これから行ってみます」
「ちょっ……」
女性スタッフは何か妙な挙動で透子を引き留めようとしている。だが、それ以上の制止はなかった。透子はなんとなく首をかしげつつも、またすぐエレベーターに向かった。ドアを閉め、一階のボタンを押す。
「さてと。……ん?」
一階につくと、そこはたしかに長いホームがあった。
以前見た、戦車のような電車が何台も停まっている。
「うわー、ホントに駅……なんだ。それにしても誰もいないなあ」
省エネをしているのか、照明はほとんど点いていなかった。薄暗い中を透子はうろうろと探し回る。ふと見上げると、天井に案内標識があり、青白い文字が光っていた。
「社員寮……はあっちか」
矢印の向きの通りホームを横切っていくと、寮へと続く長い廊下が見えてくる。
そこを進むと、突き当たりに大きな扉が見えてきた。
ガラスのような半透明のそれは、近づくと左右に勝手に開いていく。奥は広い食堂のようになっていた。長いテーブルが三つあり、その向こうの壁には同じく三つの四角い穴が開いている。
頭上の案内板は、右手に寮があることを指し示していた。
そちらの方へ行くと、また長い廊下がある。
「もう夜だし……シザキさん、寝ちゃってるかな?」
透子は少し迷っていた。
寝てるところを起こしてまで、いろいろ訊いていいものかと。
それに、相手は一応男性だ。老人ではあるが、れっきとした男である。寮ということは、その相手が普段暮らしている部屋ということになる。そんなところにこれから一人で乗り込むというのは……17歳のうら若き乙女がしていいことなのだろうか。
けれど、夢から目覚めるということも、すぐにはできそうになかった。
朝を待ってから行ってもいいけれど、今が何時ごろなのかもわからなかったので、そこまで待つつもりもない。
「えっと、携帯……いや、時間がわかるものならなんでもいいんだけど……」
透子は念じると、時計を出現させてみた。
空中に大きな目覚まし時計が現れる。
「あ、できた。えっと……3時? 今は夜中の3時ってこと?」
ずいぶんと、真夜中も真夜中に来てしまったものだと思った。そんな時間に訪問するのはやっぱり気が引ける。でも行かなくてはならない。透子は時計を消すと、また歩きはじめた。
途中、「大浴場」と書かれた看板が天井からぶら下がっているのが見えた。
左手には、なんと女湯、男湯と書かれたのれんがある。そこは人の気配はおろか、明かりもまったく点いていない不気味なところだった。
「なんか、怖……」
透子は背中をうすら寒くしながら、そこを通過する。
やがて、廊下の先の角に階段が見えてきた。
天井の案内標識には寮2~4Fと書いてある。
そこを昇り、二階へ行くと、廊下の左右にはさらに15ずつのドアがあった。プレートがそれぞれドアに貼り付けてある。
「えーと、タケモト・ケン……違う。アサクラ……違う。フクダ……違う」
なぜか全部、カタカナ表記だった。透子はシザキ・ゼンジと書かれた部屋を探す。あった。一番奥の、右の部屋だ。
さっそくノックしようとして、止める。
「あ、わたし、そういえばずっとこの恰好ね……」
両手には、いまだ白い長手袋がつけられていた。教会で結婚式もどきをしてから、透子はずっとウエディングドレスのままである。
普通なら服の重みや、まとわりつく裾の摩擦などに煩わされるのだろうが、不思議とこの世界では何も感じていなかった。だから自分がそういう服を着ているのをすっかり忘れていた。
「うーん、この恰好で会うのもね……」
透子はもう一度念じると、ドレスを半袖の白いワンピースに変化させた。
長手袋は消え、ハイヒールも普通のパンプスに変わる。
「よし」
小さく咳払いをしてから、ノックをする。木のドアに透子の右手の甲が当たる……と思いきや、手はするりとそのドアをすり抜けてしまった。
「えっ……!?」
そのままひじ辺りまで通過していく。
どういうことだ。さっきまではエレベーターのボタンを触ることができたのに。なんで今はこんな状態になってしまっているのだろうか。試しに透子はさっきの白い長手袋をもう一度つけてみた。
そして、もう一度ドアに触れてみる。
「あっ! さ、触れる……!」
手袋越しなら手はすり抜けなかった。どうして素手だとすり抜けて……手袋では……。そこまで考えたところで、透子はハッとする。
「そうだ。たしか前回の夢でも、眼帯男がわたしに触ってこようとした時に……」
あの時、相手の手は自分の肩をすり抜けていた。
もしかしたら、生身ではこの世界の物に触れられないのかもしれない。
透子は手袋をつけたまま、再度ノックしてみた。コンコン。
今度はちゃんと音がする。
透子はホッと胸をなでおろした。
「あの、シザキさん。いる? わたし、透子だけど。また会いに来たわ。寝てるところ悪いんだけど……ここ、開けてくれない?」
しばらくすると、ガチャリと鍵の音がして中から白髪の老人シザキが姿を現した。
「まったく……また夢を見たのか。そしてまた、私に会いに来たのか。もう放っておいてくれと言ったはずだ」
「ええ、まあ。そうなんだけどね」
相変わらず自分に対してやんわりと拒絶の態度をとる老人に、透子は苦笑してみせる。
だが、次の瞬間目を見開いた。
「あれっ……? あなた……」
老人は白い上下の寝間着姿だったが、その半袖からのぞいている左腕はまったく綺麗な傷のない状態だった。
「そ、それ……」
あの傷は、透子も間近でよく見ていたので憶えている。腕が半分千切れかかるほどひどい状態だった。足は、あの右足はどうだろうか。問題なく立っているように見える。いったいどうなっているのか。
「ああ……私の傷か? 治った。もうあれから三日は経過しているからな……。まあ立ち話もなんだ、中に入れ」
「……ええ」
狐につままれたような面持ちで、透子はシザキの部屋の中に入った。