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010 真壁透子は想い人と下校する

 どうしよう。

 透子は混乱した。あの大地君から声をかけられたことなんて、今まで一度もなかったのに。

 いったい何の用だろう。


 ドキドキしながら彼が追いつくのを道の端で待っていると、ほどなくして大地君がやってきた。自転車を止め、輝くような笑顔を向けてくる。


「あっ、ごめんね急に呼び止めちゃって。ちょっと心配だったからさ、真壁さんのこと」

「えっ……えっ?」


 何をだろう。何を心配されてたのか。

 さっぱりわからない。透子はますます頭が真っ白になった。


「あ、ほら。今朝教室で倒れたでしょ。だから帰り道とか大丈夫かなって思って」

「あ、ええと……はい」


 ロボットのように体がカチコチになりながら、ようやく答える。


「え? 本当に……大丈夫? 真壁さん。いや、俺が心配するのも変かなとは思ったんだけどさ。でもやっぱりほっとけなくって」

「あ、あの……」


 息が吸えなくて、酸欠の金魚みたいになる。

 透子は自分の顔が今とても熱くなっていると感じていた。

 なんで急に……なんで大地君がそんなこと……本当にわけがわからない。


「あ、ごめん、困らせる気はなかったんだ。でもなんか一日中気になっててさ……。俺がおぶったわけだし……あーとにかく! 迷惑じゃなかったら家まで送らせて!」

「え、えっと……」


 夢じゃないだろうか。

 何度も夢に見てきたことが、今、現実になっている。好きな男子とこんなに長く会話ができている。透子は今すぐにでも、自分のほっぺをつねりたくなった。


「あの、迷惑だなんてそんな。そんなことないけど……」

「じゃあ、いいね? 送るよ?」


 そう言いながら、大地君は自転車のペダルをこぎ始める。さっそく実行に移すようだ。どうしようと思いながら、透子は急いで後を追いかける。

 大地君はゆっくり走っていたので、すぐに追いつくことができた。


「えっと……大地君? あなたの家の方角ってこっちでいいの?」


 真逆だったらさすがに悪いので、透子はそう訊いてみる。


「うん、大丈夫。俺の家、保谷駅の北側だから。こっち方向で合ってるよ。真壁さんは?」

「あ、わたしは……保谷駅の南側かな。畑がまだ少しあるところ……」

「へー、近いじゃん! あ、いまさらだけど家の場所……俺に知られるの嫌? もし嫌だったら……」

「いやっ、べっ、別に嫌じゃないけど……でも悪いよ! と、途中までで……いいから」

「はは、悪いって言っておきながら『途中まで』か。なんだ、やっぱり付いてきてほしいんじゃーん。真壁さん、素直になんなよー」

「…………」


 心の内を見透かされたようで、透子は顔中真っ赤になった。

 前を行く大地君が振り向かないといいなと思いながら、自転車をこぐ。


「あ、大地君、そこ右……」

「はいはい」


 いつも通っている通学路をナビしていく。

 交通量の多い駅前は避けて、住宅街の中の路地を進んでいった。


 でも、いちいち曲がり角ごとに言わなければならないのかと思うと少し面倒くさくなって、透子は大地君の前を走ることにした。

 すいすいと追い抜いていくと、大地君も負けじとまた追い抜こうとしてくる。


「えっ、ちょっと大地君? わたしが先行った方が楽だと思うから、その……」

「いいよ。またナビしてよ、真壁さん」

「え、いや、それいちいち言うのなんか……恥ずかしいから! だから、わたしが先に行くって……」

「ええー、残念だな。俺、真壁さんの声聴いてたいんだけど」

「えっ……?」


 大地君の言った言葉に、透子はぎゅっと胸の奥が締め付けられてしまう。

 今のは……いったいどういう意味だったのだろう。


「なんで? なんでわたしの……」

「いやー、なんでっていうかさ……俺らあんまり話したことなかったじゃん、今日までさ。だから、せっかくだからもうちょっと長く話してたいなーって思って」

「…………」


 なに、それ。

 あんまりにも嬉しすぎる言葉に、透子はついついあらぬ妄想をしてしまう。

 もしかして、大地君も自分のことを好きでいてくれてたんじゃないか。だから、こんな風に家まで送ってくれたり、さっきみたいなことを言ってくれたのではないか、と。


 ぐるぐるとそんな風に考え込んでいると、大地君がまた話しかけてきた。


「あ、あのー、ごめん真壁さん! そんな深い意味はないんだ。ただ……真壁さんとこの機会に友達になれたらなーって、そう思って……俺……」

「あ。そ、そっか。友達……ね。あはは」


 ずーんと一気に気持ちが沈む。

 そうだ。あの大地君が、自分をそんな対象として見てくれてるわけがない。何を勘違いしているのか。大地君は、学校中の女子の憧れの的だ。そんな人が自分だけを特別に思ってくれてるなんて……そう、あるわけないのだ。

 透子は大地君に気づかれないようにため息をついた。


 でも……と透子は思う。


 彼は自分と、友達になりたいと言ってくれた。

 それはとても、嬉しいことだった。恋愛対象じゃなくっても、友達にはなりたいと――。ならばせめて、その申し出はありがたく受け取っておこう。


「うん。そうだね。わたしも……大地君とは仲よくしてみたかったよ。だから……うん。なろう、友達に」

「そう? ああ、よかったー。じゃあ明日から普通に話そう。ね、真壁さん」


 大地君はどことなくホッとしたような雰囲気でそう言った。

 間違った返答じゃなかった、と、透子も胸を撫で下ろす。


「うん。ありがとう大地君。こうして、家までわたしを送ってくれて。本当に優しいよね。どうりでモテモテなわけだよ……」

「えっ?」


 油断してうっかり余計なことを言ってしまった。透子はハッとする。

 だが、大地君は、透子の問いかけに信じられないことを口走ってきた。


「あの……俺が、モテてる……って? 嘘でしょ?」


 あんまりな反応に、透子はついツッコミを入れてしまう。


「はっ? えっ、嘘……気づいてない、なんてことないでしょ! いやいや。うちのクラスだけじゃない、他のクラスの女子だって、下の学年も上の学年もみーんな……大地君のことを気にしてない人なんて……いない……う、嘘言わないで!」

「え? いやー、真壁さんこそ嘘言ってるでしょ。俺をからかわないでよ。もー」


 茶化すように言う。

 本当に自覚がないのだろうか。怪しい。


「え、いや、それ本当だって。ひば高(・・・)の中で一番イケメンで、性格もいい人がモテないわけ……」

「ええー? 何度も言うけどそれ、本当ー?」

「だから本当って……」

「それってさ、真壁さんもそう思ってるわけ?」


 くるりと振り返って、急にそう訊いてくる。

 透子はしまったと思いながら、大地君の返しに心臓が爆発しそうになっていた。変な汗が、体のいたるところから噴き出してくる。


 今までまっすぐ走っていたのだが、次の角は左に曲がらなければならなかった。透子はちょうど良かったと、話をそらすことにする。


「あ、えっと。そこの角……左ね」


 だが、大地君はしつこかった。


「ねえねえ、どうなのー、真壁さん? 他の人はどうでもいいからさ。真壁さんは俺の事、どう思ってるか聞かせてよ」


 調子づいてきたのか、そんなことを言っている。

 透子はとにかく顔から火が出そうになっていた。けれど、なんとか自分の気持ちを悟られないように平静でいるフリをする。


「あ、あの、大地君……? あなたこそ、わたしをからかわないで……」

「からかってるわけじゃないよ。どうなのか、ホントに知りたいんだ。ねえ真壁さん、客観的に見て俺ってどう? モテてるって……何でそうなってるかな?」

「ええっ? そんな……客観的? そうね、それだったら……」

「うん。ねえ、どうなの?」

「ええと……だから……」


 透子はようやく決心した。

 うん、思った通りに言ってみよう。


「はあ……あのね、さっきも言ったけど、十人中十人はイケメンだって言うルックスなの。大地君がモテてるのはまず、そこだと思うよ? あと性格もすごくいいし、友達も多い。まるでテレビの中に出てくるアイドルみたい。……それが原因、かな?」

「あ、そ、そう……」


 なぜか大地君はそれっきり黙ってしまった。

 変なことを言ってしまったかなと思いながら、それでも今のは、自分の意見というよりは「学校中の女子の総意」でもある。だからあくまで「客観的」で間違ってはいなかったと思うのだが……。


 透子は自分を落ち着かせるために、大きく呼吸をしてみた。すーはー。

 そうしていると、やがて、市民農園の向こうに自分の家が見えてくる。


「あ、大地君!」

「なんだ?」

「あの赤い屋根の家が、うちよ。もうここらへんでいいわ。ありがとう」

「そうか……」


 十棟並んでいる分譲住宅の中の一つを、振り向いた大地君に指し示す。そして、透子はまた道の端に自転車を停めた。先に行っていた大地君はUターンして戻ってくる。


「さすがに家の人に見られたら嫌だよな」

「ん? ええと、嫌っていうより……今家には母ぐらいしかいないんだけど、それでも大地君と一緒にいるところを見られると、余計なことを言われるかもしれないしさ……大地君には嫌な思いをさせたくないの」

「……? 嫌な思いって?」

「ほら……なんか変に誤解されたら、嫌でしょ?」

「誤解?」

「いや、こ……。なっ、なんでもない! 気にしないで。とにかく、ありがとう。……また明日!」


 そう言い放って、透子は急いでペダルを漕ぎはじめる。

 恋人同士に見られるかも……だなんて、とてもじゃないが言えなかった。もし言ってたら、嫌われてたかもしれない。「気持ち悪い事言うな」って。

 せっかく友達になれたのに、そんな変な空気で終わりたくなかった。


 家の前まで来ると、門扉を開けて自転車を中に入れる。

 ふと大地君と別れたあたりを見ると、なんとまだ彼はこちらを見ていた。


「えっ?!」


 家にちゃんと着くまで、見守ってくれていたらしい。

 なんて聖人みたいな人なのだろう。

 大地君は大きく手を振ると、また自転車に乗って行ってしまった。


「はあ……。し、心臓に悪い……」


 今までずっと、夢みたいなことが立て続けに起こったので、いろいろと心身に限界がきていた。

 遠ざかっていく大地君の後姿を見つめていると、これは現実だったのだと不安になってくる。透子は自転車をいつもの場所に停めると、ようやく家の中に入った。


「た、ただいまー」


 へろへろになりながら玄関で靴を脱ぐ。

 奥から母親の声が聞こえてきた。おかえりー。

 だが透子は、そこから急に記憶があいまいになった。気が付くと、いつのまにか夕飯も入浴も終えていて、パジャマ姿のままベッドに横になっている。


「えっ?」


 視界がどんどんぼやけていく。

 透子はまたゆっくりと、夢の中に落ちていった。

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