introduction:忘却
ジジイ×少女と、廃墟と、装甲列車が書きたくてはじめました。
ゆるいSFなので、どうかお手柔らかにお願いします。
彼女はいつも笑っている。
砂塵の舞う荒地で。
荒れ果てていく廃墟の街で。
化け物の集団にいくら囲まれようが、私という男がどれだけ負傷していようが、すべてが面白いとでもいうかのように笑っている。
今も口元に笑みをはりつけたまま。
瓦礫の縁に腰をかけて優雅に煙草をふかしている。
「何がそんなに面白いんだ?」
私は銃の状態を確認しながら訊く。
「もうすぐ最後の別れになるというのに……」
「だからだよ」
彼女は煙草の吸殻を「消して」振り返る。
「最後くらい、いつも通り笑っていたいじゃないか?」
そう言って、後頭部の方へ向いた黒いキャップのつばを持ち、かぶり直す。明晰夢の天使は髪型が乱れることなどないというのに、戦いの前はいつもこうして整えている。
白いシャツに黒いジーパン。
それらの服も「消して」、立ち上がった彼女は生まれたままの姿になる。
「あ、でも……あれは少し残念だなぁ。あいつに今日消えるって言ってなかった」
そう言って、遠くを眺める。
あいつと言うのは特に親しくしていた滞留者グループの男のことだろう。私はあまり会ったことはないが、彼女はそれなりの思い入れがあるらしい。
何も言わずにいると、彼女は私を見てニヤニヤと笑いはじめた。
「ああ、安心して? 君の方が大事だから。ここを放っぽり出して離れたりしないよ。ボクは最後まで、君の感情を守る。約束しただろ?」
「ああ……」
その言葉に少しだけ安堵する。
彼女は、私という老人のために貴重な時間を使ってくれていた。そして、そのように消費することを悔いたりしないとも言ってくれていた。私はそれを「とても嬉しい」と感じている。
けれど、代わりに小さな罪悪感も生まれていた。
「済まない……。君にそういった、他者との別れをさせてやれなかった」
「いいよ。ていうか、もうしょうがないよ。ボク自身も今日こんなに力を使うと思わなかったからね。第三陣は……時間的にはもうそろそろかな。本当に次が最後だろうね」
もうすぐ、夕方になろうとしていた。
空の紫色が徐々に濃くなっていく。
時刻は午後4時半。5時になる前に、発電所側はケリをつけてくるだろうと我々は予想していた。
東の空に、何台もの装甲列車の影が現れはじめる。
「来たね」
そう言って、彼女は背中に六枚の赤い羽根を生やし、透明な防御壁を何千と目の前に展開させた。
「ねえ、ボクが……君のパートナーになって良かったと思う?」
突然振り返って、彼女が言う。
私は彼女の力で銃を強化してもらいながら、首をかしげた。
「何を言っている。当たり前だろう」
「そう、良かった。ボクもだよ。君と出会えて……本当に良かった」
そう言って笑う。
そう、彼女はいつもこうやって笑っている。
今の、この最後の戦いの前でさえも。
「ボクは、元の世界に戻ったらまた寝たきりの生活に逆戻りだけど……ここで君と友人になれて、とても楽しかったよ。ずっと忘れないでいる。ありがとう」
「ああ。私の方こそ。礼をいくら言っても言い足りない……」
その時、空で急に爆発音がした。
見ると次々と遠くの空からエネルギー弾が撃たれてきている。
それは彼女の作り出した障壁に当たり、すべてをガラスのように粉々に粉砕していった。彼女は新たな防御壁を展開させながら叫ぶ。
「急ごう! そして、最後の抵抗といこう。ボクと君とで、ぎりぎりまで君の感情を守るんだ!」
私たちは視線を交し合い、大きく頷く。
そして装甲列車に向かって勢いよく走り出した――。
彼女の夢見る力によって、私の背中にも羽が生える。
装甲列車を傷つけるための力が、この両手に宿る。
幾台もの列車を地に落とし、かつての仲間たちを屠っていく……。そんな私の抵抗は終わることがなかった。陽が暮れていくごとに、我々を追撃する者たちは徐々に少なくなっていく。
そして――。
「ああ、シザキさん。ボクはもう……時間切れみたいだ」
すべての追っ手を沈黙させた後、彼女はそう言って、己の透けていく手を見下ろしていた。
我々は、砲撃の痕が生々しい戦場跡に並び立っている。
透けているのは手、だけではない。いまや彼女の体すべてがそうなり始めていた。
エラーを起こした時でさえ、こんな状態までにはならなかった。
「いい。よく共に戦ってくれた……」
私は労いの言葉をかける。
しかし、彼女は悔しそうに苦笑するだけだった。
「ごめんね。ボクがいなくなったら……もう誰も君のことを守ってやれない」
「いいと、言っている。それはとうに覚悟していたことだ」
「うん。そうだね。でも……」
彼女の体はもう、ほとんど見えなくなっている。
「ボクは……ここまでしか君にしてあげられなかった。本当に、それだけが……心残りだ……」
そうやって悲しそうに笑う。
こんな笑顔はあまり見たことがない。初めての、表情だ。
彼女の赤い瞳だけが――。
闇を濃くした影の中で光っている。
「でも……君が、これからも生き続けられるなら……きっとまたいつか……ボク以外の人にも教えてもらえる時が、来るよ」
「何をだ?」
「……感情を」
ついに赤い瞳までもが、消え失せる。
でも声だけはまだわずかにこちらに届いていた。
「絶対に……諦めないで? ボクとは、友情を得ることが……できたんだ。きっと君なら……その、先も……」
そうして完全に聞こえなくなる。
破壊しつくされた、荒涼とした街の中心で。
私は、涙を流した。
彼女の名を呼ぶ。
もう二度と会えない彼女の名を。何度も、何度も……。
どれくらい時が経ったのだろう。
もうすぐ夜が明ける。そうしたら、きっと私は発電所に回収されてしまうだろう。
彼女という強力な協力者を失った私には、もうさしたる抵抗はできない。
そうして回収された後は、すべての記憶を消去させられてしまうのだ。
この、大切でかけがえのない記憶を――。
私は「人間」になりたかった。
人間として生きたかった。束の間の生を、彼女と共に生きたかった。
そう、私は――――。
――。
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シザキ・ゼンジの、ここまでの記録を消去しマスか?
⇒ はい
いいえ
はいを選択しましタ。
完全に消去するまであと10秒、9、8、7、6…………消去完了。