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9.婆さんと朝飯を食らう!

「ゾッちゃん、昨夜は迷惑をかけたみたいだねえ」

「だいじょ、うう」


 やっぱりな。

 その翌朝、彼女が食卓に姿を現すことはなかった。

 婆さんの話では、やはり酷い二日酔いだとかで自分の部屋で寝ているらしい。

 まあ昨晩の時点で分かってたことだ。

 明日も一緒の冒険とか、あの有様じゃあ無理だから。

 しっかしあの醜態、本人は絶対覚えてないだろうな。まあそっちの方が幸いか。ちんちんくらいで受付嬢にブチぎれるぐらいだから、あれを覚えてたら憤死するだろう。


 そんなわけできょうの朝食は、婆さんとふたりで摂ることになった。

 食卓に並ぶのはカリカリになるまで焼いた燻製の豚肉、大量の目玉焼き、山盛りの川魚と芋のフライ――昨日の肴もそうだったが、このシルヴィスの連中はよっぽどフィッシュアンドチップス(前世におけるイギリス料理)が好きみたいだな。

 俺はなんでもいいが、朝から胃がもたれたり、飽きたりはしないのかよ。


「きょうはあのは食べないから、ふたりで残らず食べましょう。帝国主義者どもに災いあれ、自由民主主義に祝福あれ、いただきます」


 そう思っている傍から、婆さんはクソデカスプーンとフォークを器用に使って、大皿から豚肉やフライの塊を次々と口へ放り込んでいく。

 俺も負けてはいられない、と痺れの消えた両手で食器を使い、食欲を満たしていく。

 しばらくは俺も婆さんも無言が続いた。

 俺が食欲を満たすのに夢中になっていたのもあるが、婆さんも老体とは思えない勢いで食事を掻き込んでいく。見た目はただの婆さんだが、食事の瞬間だけは精力的な女丈夫じょじょうぶだ。


「あの娘のこと、よろしくねえ」

「わかう」


 食卓上の料理があらかた片づいたところで、ようやく俺も婆さんも会話ができる状態となった。


「正直に言えばねえ、あの娘に冒険者の才能はないのよ」


 にこやかな笑顔で残酷なことを言う婆さん。

 直球か――というより、そう気づいてるんだったら止めさせろよ。

 絶対あいつ荒事向いてねえし、いつか騙されて酷い目に遭うか、普通に死ぬぞ。

 すると、俺の心中を察したのだろう。婆さんも溜息交じりに語り始める。


「非力だし体力もない、魔法の才もない。さっさと誰かと結婚するのがいちばんなんだけどねえ……実の親を探しに行きたいのか、私の跡を継ぎたいのか、この国を守りたいのか。いちばん就いちゃいけない職業を選んじゃってるのよねえ。まあ好きなことをやってその結果が野垂れ死にだったとしても、それはそれでいいのかもしれないけどねえ」


 話を聞いている内に、俺は分かってきた。

 この婆あ、見た目こそ優しそうだが、物事の見方や考え方にはドライなところがある。

 しかしなんだ。非常食に才能がない、とは思わなかったな。

 なにせ受付嬢や警官に「民主主義防衛英雄の娘」と言われてたくらいだし。


「えいゆ、う、むすめ?」

「あの娘のことをそう呼ぶ人もいるねえ。英雄、というのは実は私のことなのよ」

「しらなかっ、た」

「“シルヴィス英雄”称号2回授与、民主主義防衛英雄章受章、母親英雄勲章受章。あとはよくわからない勲章や記章を幾つかもらっているかしらねえ。私も若い頃は冒険者として、わざわざ万単位でやってきてくれた帝国主義者どもを、まとめて焼却してあげたりしたものよ。いま考えるとかわいそうに。侵略者というよりも自殺志願者の群れだったわねえ」


 やはり只者じゃあなかったか。

 視力が戻ってきたところでよくよくこの部屋の壁を眺めてみれば、賞状やら勲章やらが無造作にかけられている。壁一面を埋め尽くす勢いだから、この婆さんの冒険者時代の活躍は相当なものだったのだろう。


「でもまあ、あの娘は私の実の娘じゃあないんだけれどねえ。だから残念だけど、魔法がいまいちなのよ。魔法の才能は、血縁のある実の親子の間で受け継がれるものだからねえ」

「しらなかっ、た」

「これだけ勲章を貰っていると年金がたくさん入るもんでねえ、何人か養子をもらってきたんだけれども、あの娘がその最後の娘だよ。私も老い先短いからねえ」


 まさにグランドマザー、偉大な婆ぁか。

 だがまあ出会ったばかりの俺に、一方的にべらべらと身の上話をするあたりは、話し好きの一般的な婆さんと変わらないけどな。

 にしても話を聞けば聞くほど、やはり彼女には冒険者稼業が向いていない気がする。

 あいつに向いているのは、花屋とかケーキ屋の店員だろう。いまは野犬やゾンビ退治の次元だからともかく、あれが大成して他の怪物と殺し合う光景なんざイメージがつかない。


「それよりもゾッちゃんはほんとに運がいいわねえ」

「うん?」


 極上の肉体をもつ彼女や婆さんについて考えを巡らせていると、急に婆さんが話題を変えてきた。


「ふつうゾンビはゾッちゃんみたいに成長して知性を得る前に、大方は冒険者や武装警察に駆除されてしまうもの。あの娘に聞いたけど、豚鬼オークや強盗を食べて、ある程度食欲をコントロールできるようになったのが良かったのかしらね」

「……」


 確かに思えば、以前よりも食欲を自分でコントロール出来るようになっていることは間違いない。

 しっかりと脳味噌ミソを食べていたのが良かったのか?

 受付嬢は食事の内容で、向上する能力が異なるとかそんな話をしていたしな。

 そんなことを考えていると、婆さんはにやりと笑った。


「あのを食べる気もなくなってきたんじゃあないの」


 さすがは大英雄。すべてお見通しかよ。


「どう、らろ」


 どうだろうな。

 他に食事がある限り手をつけることはない、と思うが。

明日の投稿はお休みいたします。

次回は5月12日(金)早朝か、予約で夕方以降の予定です。

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