8.風呂場で不意打ちを食らう!
劇中歌は『歩兵の本領』と同じリズムで歌うと、うまく歌えます。
「待て、そこの! 動くなッ――!」
「あーお疲れさまれすぅ」
「なんだ、酔っ払らいか。野良ゾンビが2体かと思ったぞ。こんな時間までふらふらしやがって」
「うん、うん、ごくらうさんれすぅ」
「……よく見たら防衛英雄さんとこの娘さんじゃないか。おまえ、ちゃんと送ってやれ」
「わかる」
祝杯をあげ、腹いっぱい――そして酔っ払った非常食の腰に手を回して、支えながらの帰り道。
何度か武装警官に誰何される目に遭いながら、ようやく非常食の実家の前まで辿りついた。
しっかし武装警官は恐ろしいぜ。日本とは違って、平気で自動小銃の銃口を人に向けやがる。まあ魔法や怪物が普通に存在する世界だから、まったく油断ならないってことなんだろうな。
「たらいま~」
「ただ、いま」
2階建てのこじんまりとした木造住宅――非常食の実家には、鍵がかけられていない。
ドアノブを回して押せば、簡単に開いてしまう。それほど治安が良い、ということなのか。それとも俺にとっては未知の存在となる、防犯魔法でもあるのだろうか。
おかえり、の声は当然ない。
驚くほど人の良い非常食の婆さんも、さすがに深夜までは帰りを待っていてはくれないか。
だがまあ、いい。
とりあえず外で物は食べたし、あとはこの酔っ払いをベッドへと放り込むだけ――。
「じゃあお風呂に入りまひょう!」
……はあ!?
しんと静まり返る廊下に響き渡る、非常食の明るい声。
深夜で婆さんも寝てるのに声がデカい!
というよりも、いまなんつった。風呂に入るだァ!?
「酔っ、てる。むり」
「らいじょぶですらいじょぶ」
頼むから水がぼがぼ飲んですぐ寝ろ!
と、怒りたかったが、言葉がスムーズに出てこない。
そうこうしている内に非常食は、凄まじい勢いでブーツを脱ぎ捨て、枯草色の長衣の紐をほどいていく。
取りつく島もない。
「自由のじょーさい、ここにありぃー♪
一百族が、つどう街ぃー♪
絆のかたきぃー我が戦陣っ♪
民意の力、集めいざあっ♪」
聞き覚えのあるようなリズムの軍歌を怒鳴るように歌いながら、非常食は黒い下着を後ろ手にぶん投げ、生まれたままの姿になって、ずんずん歩いて風呂場へ向かいはじめる。
放っとくか、とも一瞬考えた。
が、ここで非常食に死なれると、生活基盤を一挙に失うことにもなりかねない。
俺は廊下に放置された長衣と下着を回収すると、遅れて風呂場へと非常食を追いかける。
この家庭の風呂場のつくりは、単純だ。上水道に繋がる蛇口と、陶器製の浴槽がどん、と設置されているだけ。ぬるい上水道水を張った浴槽につかったり、風呂桶を使って体や頭を洗えるようになっている。
「おい」
俺が行ってみると、すでに非常食は浴槽に張られたぬるい水につかり、すっかりくつろいでいた。
水面から頭を出している上乳、白い鎖骨、血の通う首筋――が、大変うまそうである。
だが俺は食欲をぐっと我慢して、「おい」ともう一度非常食へ呼びかけた。
このまま眠って、溺死でもされたらたまらねえからな。
「なにるっ立ってるんですか」
ところが俺の存在に気づいた非常食は、恥ずかしがるわけでもなく、半ばキレ気味の口調で話しかけてきた。
「おばあちゃんにも言われてたじゃないですか!」
「は、あ?」
次の瞬間。ざぱあ、と浴槽から上半身を乗り出した非常食が、俺の腕を思いきり引っ張ってきた。
予想外の行動と力強さに抵抗もできない。
俺は浴槽内へと引きこまれ、無様に水面へぶっ倒れることになった。
「ちゃあんとお風呂に入らなきゃだめですよぉ~」
人肌のぬくもりと、心臓の拍動、血管の脈打ち。
とっさに非常食の体にすがって体勢を立て直した俺は、抱き合うような形で彼女と正対する。
体温さえ感じる至近の距離――当然ながら俺の内部では性欲ではなく、食欲が爆発的に増進しつつあった。
極上の新鮮な血液が3リットル半以上も詰まった肉袋。
白桃にも似た柔らかそうな胸肉。弾力がありそうな鳶色の瞳。
(なにが非常食、だ)
まさに、垂涎もの。
極上のご馳走じゃないか!
鼻腔をくすぐられる甘い香りに脳天が痺れ、俺は気づけば大口を開けていた。
あとは、その首筋に食らいつくだけ――。
「ぞんびさんっ」
――という瞬間に、俺は彼女に抱き締められていた。
正真正銘の零距離。1mmでも首をひねり顔を動かせば、もう歯が届く。
だが自身が無防備をさらしていることに気づかない彼女は、ただただ勝手なことをのたまい続けた。
「ずっと、ずぅーっとここにいてくださいね……あしたからまた、いっしょにぼうけん……よろしくおねがいします……」
馬鹿が、と俺は思う。
お前に“明日”があるわけないだろうに。




