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6.食らいあう!

 地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』は、近隣の河川と市内の湧水・地下水から飲料水を組み上げ、雨水や汚水を地下施設へと流している。

 つまり中近世ファンタジーではなかなか見られない、上水道・下水道を完備した都市だ、ということだ。


「暗いので注意してくださいね」

「だいしょうう」


 そしていま俺は、その城塞都市の下水道に降り立った。

 非常食の言葉によれば、この下水道こそが駆け出しの冒険者の狩場なのだという。

 聞いた直後は、(駆け出し冒険者は下水掃除みたいな簡単な依頼から経験を積んでいくのか)と思ったが、実際にはそうではない。

 下水道の掃除は水道局員のお仕事。

 そして下水道における駆け出し冒険者の仕事は、「下水道内に無限に湧き出す、知性なき(=法を遵守できない)怪物の掃討」である。

 なんだって下水道内に怪物が湧くのかという話についてだが、なんでも地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』の下水道はもともと、怪物や宝物が無限湧きする地下迷宮ダンジョンを一部流用、改装した代物らしい。

 そのためこまめに下水道内に入り、怪物を掃討しておく必要があるのだとか。


「かいぶつ、ころす、しごと、けいさつ?」

「昔は武装警察が下水道内の掃討もやっていたらしいですが、効果と人的被害が釣り合わないということで、現在では事業を共和国冒険者管理委員会事務所ギルドに委託しているようです」

「わかる」


 どこの国でも一緒だが、職業軍人は訓練と装備に多額の金がかかる。

 それを他国との戦争ではなく、どれだけいるかも分からない怪物どもとの争いで消耗したくはない、ということか。

 なるほど、その代わりとなる冒険者は他国からどんどん流入してくるから、すぐに補充が利く、というわけだ。


「じゃあ行きましょう! それと水路には落ちないように気をつけてくださいね。水深は浅いし、流れも急ではありませんが、汚水なので臭いですし、伝染病にかかるかも」

「わかる」


 確かに通路の中央には溝が通っており、なみなみと汚水で満たされている。さらに壁には複数の配管が走り、確かに人智の及ばない地下迷宮というよりも、人工的に管理された下水道だ。天井のあちこちには、ぼんやりと薄暗く光る光源――明らかに電球ではない灯りが設置されている。


「来てください」


 俺と非常食なら間違いなく前衛を務めるべきは俺なのだろうが、不案内なので非常食の尻を見つめながら着いていくことにする。

 静かな空間だ。ごぽごぽ、という水音と、配管を何かが流れる音しか聞こえない。

 が、しばらく行くと、はぐはぐはぐ、ぴちゃぴちゃぴちゃ、と何かを食らう音が聞こえてきた。前方、数十メートル先。肉づきは悪い。野生動物か?


「てき?」

「ヴォ――ヴォオオオヴォオオヴォオ!」


 俺が前を往く非常食へ問いかけた瞬間、遥か前方から唸り声――が、すぐに猛烈な速度で近づいてくる!


「えっ、え? こ、“此れは人類最初の叡――」

「おぞい」


 杖を構えてなにやら唱えはじめた非常食の肩を飛び越した俺は、こちらも全力で駆け――飛びかかって来た肉と骨の塊を迎え撃つ。

 空中で彼我激突する。

 勢いが優っていたのは相手の方か。気づけば俺は後ろに引っくり返っていた。

 しかも最悪なことに、マウントをとられた。狂犬かと思ったが、相手は人型だ。

 顎が外れんばかりに大口を開け、綺麗に揃った歯を俺の首筋へ突き立てようとしてきたので、相手の額と顎を咄嗟に両掌で押さえた。


「“此れは人類最初の叡智ッ【火焔ファイア】”!」


 非常食がなにやら声を張り上げた。

 その次の瞬間、相手の頭頂部が炎を噴き上げる。


「ないず」


 相手は怯みさえしなかったが、一瞬だけ注意を非常食の方へ向けた。

 逆転にはその一瞬で十分だった。

 その隙を衝いて、無防備な相手の首元を食い破る。さらに顎を掴んだ右手に力を込め、一気に下顎を引きちぎってやる。だが相手は生者ではないらしい。首元から血を流し、下顎を失ってもまだ平気で抵抗を続けたので、横殴りに即頭部を思いきり殴った。

 するとようやく相手はそのままごろりと脇へ転がり――動かなくなった。


「くそ」

「大丈夫でしたか!?」


 俺は大丈夫だけど、お前はよくまあいままで生き延びてこられたなあ、おい!

 いま戦ったのは、生者ではない。俺と同じ餓鬼ゾンビだった。同族殺しに良心はまったく痛まないので問題はない。問題があるのは非常食の方だ。


「あいがとう。……ろんび、ほのお、わるい」

「そっ、そうですよね……すいません」


 頭部、というか脳味噌を破壊するのが退治の定石である餓鬼ゾンビに、火焔の魔法は相性が悪い。燃料を噴きかけて燃やす大火力の火炎放射器ならともかく、あの程度の炎ですぐに脳味噌を破壊出来るわけがない。


 これは先が思いやられる。

 俺はとりあえず戦利品を解体し、いちばん食いでのある太腿に食らいついた。

 うん、まずい。このゾンビの体は1度目の死を迎えてから、かなり時間が経っているとみた。新鮮な肉とは異なり、血の巡りが悪く、皮膚も固い。屑肉だ。

 そしてあることに気づいた。


――この世界で中近世というより現代ファンタジーっぽいし、これってもしかすると死体損壊罪にあたるのでは?


 というか、このゾンビは殺しちゃって良かったのだろうか?

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