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5.受付嬢の洗礼(いたずら)を食らい、ステータスを手に入れる!?

前もって言っておくけれども、ちんちんはセーフでしょ。

「ばあちゃんおはよう……」

「んまあた寝坊して、ゾッちゃんを見習いなさい」

「うー」

「ばあちゃん、知ってる……? ゾンビには睡眠欲がないんだよぉ……ゾンビさん、おはようございます」

「おはおう」


 非常食。非常食の婆さん。そしてゾッちゃんこと、俺。

 これで狭い狭い朝の食卓に、全員が揃った。

 やれやれ。これでようやくまともな朝飯が食える。昨夜から今朝は結局、何度か表に出てカラスやネズミを捕らえて食い、なんとか飢えをしのぐ目に遭ったからな。ちなみに何度か警察官と鉢合わせしたが、怒られるどころか誉められた。

 さて。

 円卓上には、大皿がひとつ。その大皿の上にはカリカリになるまで焼いた豚肉の燻製や、大亀のゆで卵、駝鳥めいたクソでかい鳥の目玉焼き、川魚の白身のフライ、じゃがいもめいた芋のフライ――加熱処理された食材が、ごっちゃりと盛られている。


「帝国主義者どもに災いあれ、自由民主主義に祝福あれ、いただきます」

「ばあちゃん、そのあいさつやめてよ……この食事に関わったすべての方々に感謝申し上げ、いただきます!」

「ます」


 品はないが、ボリュームはある。

 この毎朝の食事が、非常食の胸や尻になったのだと思うと、なかなか感慨深いものがあった。

 俺は一気に食らいつきたいのをグッと我慢して、痺れる右手で巨大なスプーン……というかおたまを使って卵やらフライをすくい、口許へ運んでいく。


「にしてもゾッちゃん」

「なに、ばあ」


 非常食の婆さんは、もちろん可食部位は少ないため、見てもなんら食欲は起きない。

 白髪とクソデカ黒眼鏡がトレードマークだ。あとは満面の笑顔。

 さすがはシルヴィス共和国で70年生きてきただけあって、俺を見ても驚きもせず「珍しい客人だねぇ」で済ませた。昨夜にしてもらった自己紹介によると「年金でようやく生き長らえている婆だ」という。


「ゾッちゃん、まだまだ土と血の臭いがするから、きょうは出かける前にもう1回お風呂入っていきな」

「わかる」

「私たちシルヴィス人は異文化に寛容だけど、それに甘えちゃダメなのよ」

「わかる」


 まあ飛び抜けていい人であることは間違いない。

 先程の「帝国主義者を~」という挨拶を考えるに……話題が政治に及ばない限りは、だが。


 非常食の婆さんが準備してくれた朝食を食らった後は、忠告通り浴室で水を浴びた。

 そしてその後は非常食の案内で、共和国冒険者管理委員会事務所ギルドへ向かった。

 一晩よくよく考えたところ、これがベストな選択だと思ったからだ。

 野原や森で獲物を追いかけて暮らすには、おのずと限界がある。

 ならば自分の身体機能を活かせる冒険者となり、金銭を稼いで文明の下で食っていくのが1番だろう、という結論に至ったのである。


 共和国冒険者管理委員会事務所ギルドは、地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』の中央市街にあった。

 塀は高く、門扉も鋼鉄製――どころか転生前の日本では、お目にかかったことのない未知の金属で作られている。正規軍の存在しないこの国では、戦時には冒険者が準軍事組織として編成されるので、その中心となるべき事務所ギルドも随所が堅牢な造りになっているようだ。

 事務所内に入るとそこは、まさに人種のるつぼ。

 人間から亜人、怪物までが勢揃い――そしてみな共通して何かしらの武装をしている。

 ロビーには複数の長机や長椅子が整然と並べられており、冒険者たちはみな食事や喫煙、飲酒、そして仕事の話をしているようだった。

 しっかしツマミの匂いが充満していて、食欲がそそられる!


「ゾンビさん、こっちですよ」

「わかう」


 掻き立てられる食欲を抑えながら、非常食にカウンターへと連れて行かれる。


「新規登録でしょうか」

「あい」


 登録窓口の女性は酷く冷たい眼をして、愛想笑いの欠片もなく、「ではこちらに記入をお願いいたします」と質の悪い紙と羽ペンを差し出してきた。

 黒髪と黒い瞳。紺を基調とした受付嬢の制服は可愛いし、その下の豊満な身体つきは美味しそうだが、彼女は全身から「寄らば斬る」という殺伐とした雰囲気を発している。

 いやいや。それよりも、だ。


「むり」

「無理とは――なるほど、筆記がですか」


 一応、言葉や筆記もこの脳味噌が覚えている。

 なぜなら現在の体は、元の俺の体ではなく、この世界で死を遂げた誰かさんの体であり、その誰かさんは生前にしっかり言葉や文字の書き方をマスターしていてくれたからだ。

 だがしかし問題は、スプーンもうまく使えないこの手にある。

 ……ペンを持って筆記するなんて出来るわけがない。


「では私が代筆いたしますので、口述を。お名前は」

「ない」

「名無しですか。種族名は」

「ろんび?」

「ゾンビですね。では性別は」

「おろこ」

「ご年齢は」

「わかう、ない」


 こんな感じで一問一答が続いた後、顔面が鋼鉄で出来ている受付嬢は、無表情のままに「【能力看破ステイタス・オープン】と呟いて、何事か書きつけていく。

 それからその用紙を、カウンターに置いてあるレジスターめいた機械に通す。


「しばらくお待ちください」

「あい」

「……」

「……」

「……どうぞ」


 しばらくするとレジスターめいた機械から、金属製のタグが出て来たのでそれを貰う。

 文字が細々と書いてあるが、いまの視力では見るのが難しそうだ。


「あいがとう」

「なにかありましたら、またお越しください」


 無感動にぺこり、と頭を下げた彼女の前から退くと、さっそく非常食が「タグを見せてください!」と言ってきたのでそれを渡す。


「このタグはですねえ、火竜レッドドラゴンの熱線攻撃にも耐えるんです! 6000℃ですよ、6000℃! すごいですよね! で、このタグには所謂、身体能力や習得している技能スキルについていろいろ書いてあって! あ、じゃあ読み上げますね!」


 元気よくタグについて解説をしてくれる非常食は、そのまま俺の情報について読み始めてくれたが――。


「えっ……? 【氏名】ゾンちん」

「は」

「書いてあるとおりに読み上げますね。


【氏名】ゾンちん

【種族】ろんび(笑)

【性別】オス

【年齢】0歳


【身体能力】

【体力】⇒すごい

【筋力】⇒つよい

【魔力】⇒ほぼない

【精神力】⇒とてもつよい

【速度】⇒すこしはやい


技能スキル

『飢餓』『気配察知』『血肉吸収』……。


 あの……ゾン、ちんってなんですか?」


 こっちが聞きたいわ!

 さっき名前を聞かれたときは、ちゃんと「(わから)ない」と言い切ったからな!

 だいたいなんだこのアバウトなステータス!?

 すごい、つよい、ほぼない、とてもつよい、すこしはやい。

 いまどき園児向けの怪獣図鑑だってこんな書き方しないぞ!


「ちがう。ない、いっ、た」

「そ、そりゃそうですよね!? 修正してもらいましょう!」


 拳を握り締めて気炎を上げた非常食に連れられて、俺はもう一度あの怜悧な受付嬢の前に立った。


「なにか御用ですか」無表情で聞いてくる受付嬢。「ゾンちん、さん」


 ナチュラルにその呼び方かよ。

 いいかげんな仕事をするような人間だったり、凡ミスをするようなドジな受付嬢には見えないが――そう思っていると、非常食が取り合ってくれた。


「あの、このゾンビさんの名前なんですけど、ゾンちんじゃなくて――」

「先程、たしかにご本人様より、“ゾンちん”とお名前をうかがいました。失礼だとは思いましたが、ゾンビのちんちんみたいだな、と内心――」


 受付嬢の唐突な爆弾発言に、非常食がうろたえる。


「ち、ちん……突然なんてこと言うんですか!?」

「ちんちんですよ、ちんちん。カマトトぶってんじゃねえぞこのアマ。彼氏のちんちんしゃぶってるくせによ」


 眉ひとつ動かさず、表情筋も凍らせたまま、淡々と“ちんちん”だのアマだの罵倒語を繰り出してくるあたり……この女そうとう頭おかしい。

 しっかしなんだろう。

 ちんちん、ちんちんって堂々連呼されても全然嬉しくないな……。

 絶対に関わりあいにならない方がいいタイプだ、と感じた俺はもういいよ、と非常食の袖を引っ張った。

 が、彼女は勝手にヒートアップしてしまっていた。


「な、私そんなことしてませんっ! だいたい彼氏いないですし!」

「嘘をつかないでいただけますか? さきほど【能力看破ステイタス・オープン】で、経験人数を確認させていただきました」

「嘘だッ!!!!!!! 【能力看破】にそんな能力ないですから!!!!!!!」


 普段の呑気のんきさはどこへやら。

 非常食が怒鳴り声を上げて食ってかかるが、受付嬢は道端の犬の糞でも見るような目で非常食を見つめるだけ。怯むこともなく、ただただ淡々と言葉を返す。


「ちなみにゾンちんさんのゾンちんの形状、大きさも先ほどの【能力看破】で把握させていただきました」

「ゾンちんさんのゾンちん!? ってゾンビさんになんてこと言ってんですか!? ゾンビさん、このひと大嘘つきなので信じなくていいですよ!」

「心外ですね。では、嘘か本当か、周囲の皆様に判断していただきましょう。私としてもこの手は使いたくはありませんが、いまこの事務所にいる方々全員に、【能力看破】の結果――あなたの経験人数を公表しましょう。さて……【能力看破】の技能スキルが使える組合の人間と、駆け出しの魔法使い、どっちが信用されるのでしょうか……」

「脅迫する気ですかっ! この血も涙もない鬼畜っ! 表情筋を子宮に置き忘れてきた女ぁ……肥溜めで溺死しろぉ……いま、おまえに゛いっ、いっじょうっ、かれしができないのろいかけ、かけたからなぁ゛……」

「もう、いい」


 泣き顔を晒しはじめた非常食を引っ張り、ほうほうの体で窓口から離脱する。

 追撃の「またお越しください」の言葉に俺が振り返ると、受付嬢は、口の端だけを釣り上げる、薄ら寒い、不気味な笑みを浮かべていた。

 性格悪ッ!?

 タグの情報もどうせわざと間違えて記載したんだろう。

 まあ名前に関しては、ゾンちんだろうがゾッちゃんだろうがどうでもいい。


「身体、能力、おおざ、っぱ。こまる」


 名前はどうでもいいが、ステータスが数字で書かれていないのは致命的だろ。

 そう思って撤退後の非常食に訴えたところ、彼女は「え?」と呆けた表情を見せた。


「身体能力の表記はそれが一般的ですよ。私の【体力】もすくない、とか【筋力】しょぼいとかですし」


 ……。


 ちょっとなに言ってるかわからない。

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