4.屋台飯を食らい、住まいを手に入れる!
結果から言えば、ゾンビの俺でも街の中へ入って、まったく問題ありませんでした。
このシルヴィス共和国は、立憲制・議会政治を採るこの異世界でも異質な、急進的民主主義国家だという。『国民主権』・『知的生命体の権利の尊重』・『平和主義』を原則とする共和国憲法の下、自由選挙により選出された議員が、議会において法律を作り、国家を運営している。
他国と比較すると極めて異質な点は、2つ。
まずひとつは、人間以外の亜人や怪物であっても、シルヴィス共和国憲法と一般法律を理解できるのであれば、滞在許可がすぐ下りるという点。
このため、多くの貿易商や冒険者、他国の難民、亜人、怪物が流入しており、彼らを受け容れる地方都市は盛況かつ混沌とした状態になっている。これは他国が「人類第一主義」を採る中で、シルヴィス共和国が異色だと言われる理由だという。
前述のとおり共和国憲法では『知的生命体の権利の尊重』が謳われており、有色人種差別どころか、異種間差別さえも許さないというスタンスらしい。
もうひとつは、常備軍をもたない、という点である。
シルヴィス共和国は前述のとおり『平和主義』を掲げ、(諸外国からすれば非常識的な)憲法条項をもっているため、軍事組織を持たない。ただし存在しない正規軍の代わりに重火器で武装した『共和国武装警察隊』が存在しており、国境警備を担当しているのだとか。
では、他国との戦争状態が勃発した際にはどうするのかと言えば、国民・冒険者・難民・亜人・怪物を徴集し、『共和国武装警察予備隊』を編成し、防衛戦争にあたらせるのだという。
つまり有事の際には国防を担うかわりに、滞在の権利をはじめとする多種多様な基本的権利が与えられる、ということらしい。
「次の方。あー、ゾンビね。珍しいですね。なんか喋って」
「こん、にちは」
「きょうの天気は?」
「晴え」
「大丈夫ですね。基本的に殺すな、傷つけるな、犯すな、盗むなって感じでお願いします。あと細々とした法律については、この冊子を読んでおいてください。我々は異種間における普遍的権利を必ず尊重します。が、犯罪者に対しては別です」
「わかう」
「じゃあ次の方」
非常食につれて来られたのは、地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』。
幾重もの街壁と濠、有刺鉄線や地下通路が張り巡らされ、銃眼と火砲が睨みを利かせたいかにも堅牢な城塞都市であるが、その割には街門での検問はかなりゆるかった。
相当平和ボケしているのか、それとも犯罪防止・治安維持によほど自信があるのか。
「ね、ゾンビさん!? 大丈夫だって言いましたよね?」
「うー」
街門を抜けると、複数の銃眼が睨みを利かせる、急な上り坂になっている。
非常食は平然と上っていくが、俺にはなかなかキツい坂だった。この坂はおそらく、先程の門を突破した敵を想定し、わざとこうしているのであろう。
なんとか食欲を抑えながら、坂を上ったり下りたり行き交う人々を観察してみる。
爬虫類人間、小人、甲冑を纏った“なにか”、人間の男、下半身丸出しの獣人――なるほど、たしかにこの面子なら、俺も「ゾンビか」の一言で片付けられるわけだ。
「さあ、まずここでなにか食べていきましょう!」
坂を上がるとまた狭い道――その両脇には、屋台、屋台、屋台!
鉄と切り揃えられた生肉の臭い、肉が焼ける匂い、肉から滴る脂の匂い、捨てられた鳥の皮の臭い――魚の焦げる臭い、茹った穀物の匂い――!
「う゛ぉおおおぉおお゛お゛お゛」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
その後は、食欲を抑えきれなくなった俺が屋台の料理を略奪するように食らい、その脇から遅れて非常食が金を払う。
そんな感じで、それはそれは楽しいひとときとなった。
殺したばかりの新鮮な肉もいいが、もちろん文明によって調理された肉もいい。
気づけば日は沈み、すっかり路地は夜闇に包まれている。
「もう財布すっからかん……どうしてくれるんですかぁ、新しいパンツ買うお金もありませんよ」
「そう」
がっくり肩を落とす非常食の財布の中身など、知ったこっちゃない。
だがだいぶ腹もくちた。そうなるとまあ少しは、申し訳ないという気分になってくる。
「ぱんつ、わるい」
「いいですよ、過ぎたことなので。それよりこの後、行くあては――」
「君たち、夜間は外出しないように――ああ、失礼。冒険者の方でしたか」
話しながら歩いていると、暗灰色の制服を持った男たちと何度かすれ違った。
彼らが正規武装警察隊か。みな揃いの長盾と警棒を持っていて、威圧感が半端じゃなかった。腰にもなにやらいろんな物を吊り下げていやがる。いちばん最後続の奴なんか、銃剣付きの自動小銃持ってたし――ここってファンタジー世界でも現代に近い時代なのか?
さて。そう言えば、来たはいいが泊まる場所がなかったな。
正直言ってゾンビは疲労しないし、睡眠欲もないので、一日中街中を歩いていてもいい。
……のだが、さすがに怪しまれるか。野良ゾンビ(?)と勘違いされて、さっきの武装警官にバリバリ撃たれたらたまらねえ。
「ない」
そう言うと、「じゃあ」と非常食は満面の笑みで言った。
「ウチに来ませんか!?」




