3.パンツを食らう!!!!!!!
「そこにいてくださいね!」
「わかう」
「ぜったいにこっち向かないでくださいね!」
「わかう」
切り株の傍で見つけた野うさぎの死体をかじりながら、俺は適当に返事をしていた。
俺の背後には、川。それから釣り餌として有能な非常食がいる。
生者というのは大変である。2回も生命の危機を感じた彼女の膀胱と尿道は、どうやら垂れ流し状態になっていたらしく、早急に下着を脱いで身体を洗う必要があったらしい。
そんなもんでいま俺は、野うさぎの足先をしゃぶりながら、彼女の荷物と着替えの番をしている。
背後からは水のせせらぎの音と、じゃぶじゃぶ、という非常食が水を掻き回す音が聞こえてくる。
……どうでもいいが、この川に怪物とかはいないよな? 水中の肉を捕らえて食えるかは、少々自信がない。水中では動きが鈍くなるのは、陸上生物の宿命だ。
「なくなっ、た」
そうこうしている内に、野うさぎは骨だけになってしまった。
やはり可食部位が少なすぎる……食べるのを止めたら、急に腹が減ってきた。
かといって、背後の非常食にいま手をつけるのは、早計と言えるだろう。あいつは食事を呼ぶ種だ。
「ぜっ、絶対にそこにいてくださいっ!」
「……わかう」
いままさに無防備を晒しているのだろう。背後の非常食はそんなことを言ってきたが、こっちとしては何かを口に入れたくてしょうがない。
僅かな時間でいいからここを離れたい。
すぐ傍に鳥の巣か何かがあるのか、たんぱく質の塊――たぶん卵がある。
それを採りにいきたくてしょうがない。
だがそれがかなわない以上は、なにかで代替するしか――。
そうだ。
考えついた瞬間、俺は決断的に背後を振り向いていた。
「えっ、ちょっ――!?」
非常食の裸体は、出来るだけ見ないように努力する。
食欲が抑えられなくなると大変だからな。彼女のことを食べるべき時ではまだ、ない。
その代わりに俺は、彼女が河原に放置したままの服の山に手を突っ込み、すぐさまお目当ての物を掴み出した。
「ちょッ、ちょっと! それ私のパ――!」
「これ。いる、ない。くう」
「はぁああああああああ!?」
胸を弾ませながら走ってくる非常食が俺に掴みかかるよりも早く、俺は彼女の黒い下着を口の中に放り込んだ。
うん。
思ったとおり、ただの繊維だ。
だが口の寂しさを紛らわすには、ちょうどいいだろう。
「このど変態ぞんびぃいいぃいいいっ、返してくださいよ!」
「むり。はら、へっ、た」
「お願いしますっ、なんでもしますからぁ! 街に戻ったらいくらでもご馳走しますからぁあああぁあ!」
掴みかかってくる非常食をひらりと回避し、俺はただただ咀嚼を続けた。
噛めば噛むほど味は出ない。本当に味気ないが、たぶん自然繊維だろう。身体に悪かったりはしないはずだ。
「もう最悪ですよ……のーぱんつ……」
すると非常食は諦めたのか、すごすごと川へ戻っていく。
……結構着痩せするタイプか。いい尻してるぜ。
というかあいつ、この小便塗れの下着を洗って履いてくつもりだったのか?
さて。
彼女が無事に水浴びを終えた後、俺はすぐ傍の枝に卵(たんぱく質のかたまり)を複数個見つけて食らい、さらに土中で自然死したもぐらの死体を見つけることが出来た。
「帰ってこれたぁ」
それから30分程度歩くと、ようやく森を抜け、よく整備された街道へ出ることが出来た。
これなら何があっても街へ戻れるだろう。非常食も安堵の表情だ。
しかしこっちは決断のときだ。ここで彼女を襲い、息の根を止め、森の中へ引き返すか。
街道の傍まで出てしまった以上は事を荒立てず、彼女を生かしたまま、自分も森の中へ引き返すか。
だがよく考えてみると、森の中へ引き返したところで今後、食いでのある肉塊と出遭えるとは限らないではないか。
ならば――。
「ゾンビさんっ、ここまでありがとうございました!」
「がん、ばえ」
「私っ、きょうのことは絶対っ、わすれませんから!」
「がん、ばれ」
「じゃあさようなら! またいつか会いましょう!」
「……」
わざわざ改まって挨拶をしてくれた後に、歩きはじめる非常食。
その後を、俺も付いていく。
すぐに彼女は気づいて、苦笑いに近い表情を浮かべた。
「え……なんで付いてくるんですか?」
「なんでも、すう、いった」
「あ、はい。パンツを返してくれたらですけ……」
「なんでも、する、いった。ごちそう」
「いやだからパンツ……」
戸惑いの表情を浮かべる非常食に、俺は若干の苛立ちを覚える。
ほんと分からねえ奴だな。
「おれ、おまえ、たすけた。おれい、して」
「ええっ……」
よくよく考えれば、俺がいなかったら肉塊にぶち殺されてたか、肉(盗賊)どもに売り払われて奴隷にされてたかのどちらかなんだから、それぐらいして当然だよなあ!?
……と言いたかったが、そんなに長い言葉を続けて喋ることは出来ない。
それでも非常食は「しょ、しょうがないですね……」と頭を掻き、「そのかわり街の中では私の言うことを聞いてくださいねっ」と小言をくれた。
やったぜ。これでとりあえず街で食い物を奢ってもらえることになった。さらに非常食を通じて街で情報収集すれば、よりよい食料調達の方法が分かるかもしれない!
でも待てよ。
……ゾンビの俺が街の中へ入っていって大丈夫なのか?