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26.キャリー(後)

「行くわ」


 戦斧を振り被った剛腕クソエルフと、肉斬り包丁を大上段に構えた俺の挟撃――連携は完璧だった。

 剛腕クソエルフは聖女騎士の右脚を狙った下段斬りを繰り出し、俺は奴の首を一撃で落とすべく、肉斬り包丁をぶん回して鎖帷子に覆われた首筋を狙いにいった。

 上段と下段への同時攻撃。

 並の敵ならば、反応も出来ないままに斃れ伏すだろう。


「ちぃッ――」

「なろっ!」


 だが聖女騎士は右膝を曲げながら持ち上げて戦斧の刃を回避し、俺の肉斬り包丁をいとも容易く二の腕の隠し刃で受け止めた。

 驚くべきは、その体幹か。

 片足立ちで俺の斬撃を受け止めたにもかかわらず、まったくその姿勢は揺るがない。

 空振りクソエルフは素早く聖女騎士の左脚目掛けて2撃目、さらに切り返して右腰へ3撃目を繰り出した――が、それはすべて脛から隠し刃を展開させた、聖女騎士の右脚によって受け止められてしまう。

 そして隙を衝いて、聖女騎士の蹴込みが空振りクソエルフの腹を直撃する。


「“此れは魔導の拳【魔弾ボール】”!」


 ヒナタによる援護の魔弾は、最初から相手にされていなかった。


「そんな……」


 聖女騎士は防御する素振りすら見せず、魔弾は白銀の甲冑に激突して四散する。


「くそっ、たれ!」


 この間に俺も連続で斬撃を繰り出したが、全て二の腕や肘の剣戟で防御されてしまう。

 それどころか蹴りを食らったクソエルフが後退したために、聖女騎士が俺に向き直る。

 シン――と、甲高い金属音が響かせて、全身に秘められた凶刃を解放した聖女騎士。


「ま、ず――」


 次の瞬間に繰り出されたのは、死の舞踏。

 生命奪う乱舞を前に、俺はただひたすら後ずさりして間合いをとることしかできない。


「退いてッ!」


 クソエルフの言葉に、反射的に俺は後背へ跳んだ。

 同時に見やれば、クソエルフはピンのようなものを咥えて、何かを聖女騎士の足元へぶん投げている最中であった。

 まさか。


「グレネード!」


 慌てて俺が伏せたのと同時に、共和国冒険者管理委員会謹製の凶器が、聖女騎士の足下で炸裂した。

 火焔、爆風、破片――血煙と土埃が立ち昇り、聖女騎士の影が揺らぐ。


「やっ、やりました!?」


 期待が混じったヒナタの歓声に、どう見てもやってねーだろ、と内心突っ込みを入れながら、俺は立ち上がった。


「てめ、下手すりゃ俺、も巻き込まれて、た」

「遠慮して勝てる相手じゃないわよ」


 それもそうか。

 爆発物所持エルフが戦斧を大上段に構え直すのを見て、俺も肉斬り包丁を正眼に構え直し――土煙舞う最中から、【加速アクセル】の魔法とともに突っ込んでくる影を迎え撃った。


――前後衛交代!


 全身から凶器を展開させて突進してきた聖女騎士。

 それを迎え撃つ最前衛は、俺が担った。


「“此れは自由守る盾【障壁シールド】”!」


 魔力で編んだ盾を聖女騎士の進行方向に生成する――勿論、防御魔法の中でも1番低級のそれだ。

 これで聖女騎士の進撃を止められるとは思わないし、実際に聖女騎士はその尖刃の舞踏で突破を図ろうとする。

 が、確実にこの瞬間。怪物の注意は周囲に張り巡らされた障壁に向き、そして動きが鈍った。


「しぃッ――」


 好機を逃さず、俊敏クソエルフが俺の肩を蹴って、虚空へ舞った。

 空中で身を捩って姿勢を整えると、全身から魔力を噴射――亜音速にまで急加速降下し、俊敏クソエルフは聖女騎士の頭上へ縦一文字、必殺の兜割りを叩き込む!


「……ッ!」

「なぁっ」


 端正な女性を象った鉄仮面が、嗤っている。

 聖女騎士の兜の僅か直上で、クソエルフの戦斧の刃は止まっていた。

 超反応による聖女騎士の白刃取り――驚愕する間もなく、1秒としない内にクソエルフが戦斧ごと投げ飛ばされた。


「大丈――!」


 他人のことを気にしている時間もなかった。

 2秒後には、もう聖女騎士が目前に迫っている。

 両手甲から伸びるのは、通常の片手剣と変わらぬリーチの刃――純粋な剣戟では勝ち目がない、と怯んだ瞬間、聖女騎士はアクロバット的三次元機動をとった。


「な」


 虚空を舞う聖女騎士。

 そこから弾き出される蹴りが、俺の右側頭部を刈り――気がつけば俺は床に転がされていた。


「そん、ありかよ」


 手甲の刃を囮にした飛び蹴り。

 西洋甲冑を纏っているとは思えない重量無視の機動攻撃に、ただ俺は反則だろとしか思えなかった。

 ともかく身を護らなければ、と俺は肉斬り包丁とともに立ち上がる――が、すでにもう傍に聖女騎士はいなかった。


「あ、あ、あ――!」


 遥か後方からの恐怖の叫びに、俺は震えた。

 見やればヒナタが、聖女騎士に抱かれていた。

 鋼鉄の二の腕に捕らえられたヒナタは、なんとか拘束から脱しようとその細腕で抵抗を試みる。

 が、かなわない。

 それは俺から見ても明らかだったし、おそらく彼女自身もわかっていたはずだ。


「く、そ」


 立ち上がって駆け出そうと踏み込んだ僅か後。

 耳をつんざく悲鳴が、ヒナタの喉から絞り出された。

 拷問具アイアンメイデンの名に恥じない死の抱擁――ヒナタを抱きかかえたまま、全身の隠し刃を展開させた聖女騎士は、膨大な返り血を浴びた。


「ヒナ、タ――!」


 もがいていた身体から、力が抜けていく。

 破れた血管から血が留まることなく流れ出て、そして魔力が漏れていく。

 と、同時にヒナタだったそれから漏れ出た魔力を受け取ると、俺はほんの僅かな時間、幻視した。


 孤児院でのみじめな生活。お婆さんが見せてくれた手品の魔法。新しい家。新しいお兄ちゃん、お姉ちゃん。魔法使いになると決めた日のこと。初めて【魔弾】の魔法を完成させた日のこと。冒険者管理委員会に登録したお祝いに、魔法使い用の長衣を贈ってもらったこと。毎日、魔力燃焼の訓練を重ねたこと。俺と出逢ったときのこと。一緒に祝杯をあげた夜のこと。新しいパーティを組んだこと――。


「まだ、始まったばっか、だったじゃねえか」


 勘違いしていた。

 まだヒナタの冒険は、始まったばかりだった。

 辞めさせるとか、辞めさせないとか――そういう結論を出す段階では、まだなかった。


 でも、いま、終わってしまった。


 聖女騎士がいまや単なる肉塊を化したそれを、解放した。

 2秒前までヒナタだった物体は、ずるりと聖女騎士の両腕から抜け落ちて、床に横たわる。


「い、や」


 俺は肉斬り包丁を構え直した。

 “本人が納得するまでやらせるべき”という骨の言葉が、リフレインする。

駄目だ。こんな形で終わっては――こんな終わり方、誰一人納得していない。


「終わら、せねえ」


 勝算はない。

 が、彼女の憧憬を、希望を、努力を、理解してしまった以上――もう無関係ではいられなかった。


「勝負だ、性悪鉄仮面野郎――」


 まずは聖女騎士を倒す。

 そしてまたヒナタの夢を、新しく始めてみせる。




◇◆◇




ヒナタは一時離脱ですね。

今後は18時の時間帯に予約掲載を入れようかなと思っています。

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