25.キャリー(前)
その翌朝、やはり魔法使いのヒナタはヘロヘロのグロッキーで、上と下から垂れ流し状態になっていた。
「もう2度と飲みません」、そう何度も繰り返し宣言しながら、トイレへ駆け込むさまは滑稽というか哀れというか。
仕方がないので、きょうの出稼ぎは中止。
それを傲慢クソエルフに伝えるため、共和国冒険者管理委員会事務所に向かった――が。
「耳長族のエイシアなら、昨夜表でゲロ吐いてたぞ」
「はあ!?」
「民主主義防衛英雄の娘さんをお前が連れて帰ったろ? あの後、エイシアは残って飲んでたんだが――あの性格だからな」
カタカタと歯を打ち鳴らして笑う骨に、俺は心底うんざりした。
「じゃあなんだ、俺以外は全、員が二日酔いで、全滅かよ?」
まあそういうこったな、と骨が余計に激しく打ち笑うので、俺はイラついて骨の額を小突いた。
「痛った」
どいつもこいつも自分の酒量限界を知れよ! 大学生じゃねえんだぞ!
だいたいなんだあのクソエルフ、「一気飲み勝負しようぜ!」みたいなこと言ってた癖に!
つーか前世で見聞きした創作物じゃ、エルフでアルコールに強いキャラなんか聞いたことねえし、むしろ弱い方じゃねえのか!?
「じゃ、きょうはオフってわけだな」
おどけて額を押さえながら、聞くまでもないことを骨が聞いてくるので、俺は不本意ながら「ああ」と頷いた。
そこから始まったのは、だらだらとした骨とのアンデッド会議であった。
どうでもいい骨の近況報告やら、今年の作物の出来具合、どこの狩場がいいとか悪いとかそんな話しが延々と続いた。
時間の無駄もいいところだったが、骨が全部飯を奢ってくれるという。
他人の金で食う飯は最高にうまいからな!!!!!!!
「それで民主主義防衛英雄の娘さんは、どうなのよ」
「どうな、の、とは?」
「あーちょっとは強くなったかってこと」
成り行きで話題は、魔法使いのヒナタのことになった。
「全然」
「まーそうだろうな。言っちゃ悪いけど、彼女からはマジで魔力感じられねえんだよな」
「……魔力とか、才能を伸ばす、方法は」
「ないな」
断言した骨によれば、やはり魔法は遺伝や体質などをトータルした才能に拠るところが大きいらしい。
俺のように後天的に魔法が使えるようになることは、かなりのレアケースだそうだ。
つまりいくら努力しても、魔法使いのヒナタが大成する可能性はゼロ、というわけか。
ならば――。
「冒険者を、やめさせるべきか」
「どうだろうな」
一応は先輩冒険者にあたる骨は、難しい顔(といっても表情筋もないわけだから、ただの雰囲気だが)を作って言った。
「結局は本人次第なんじゃないか」
「はあ」
「本人が納得するまでやらせるべきだろう……周りの忠告で止めたところで、本人が後々後悔するだけだ」
「なる、ほど」
そして骨もまた、こう結論を出した。
「それで死んだら、それまでだ」
そりゃそうだろうが……ちょっとお前らドライすぎない!?
◇◆◇
「いやあー昨日は久しぶりに結構飲んじゃったわー」
うるせえ。
「やっぱ体調悪かったからかなあー酔いがいつもより早く回っちゃってさー」
うるせえ!
「いつもより強いの頼んじゃったからなあ、蒸留酒をストレートでー」
おめー地獄のミ〇ワみてえなことばっか言ってんな!?
「なによ、私みたいな完璧な耳長族にもねッ! ちょっと調子悪いときだってあるのよ! ねえ、ヒナタ!?」
「えっ、ええ……そうですね」
「てめーらゲロ友かよ! ゲロ友はゲロ友同士、仲良くしてろ!」
「は!?」
その翌日は無事に全員集合し、山城へ乗り込むことが出来た。
俺と、固い絆で結ばれたゲロ友ふたりの連携は、一昨日と変わらない。
最前衛を暴走気味の傲慢クソエルフが務め、それに俺が続いて傲慢クソエルフが孤立しないよう、肉斬り包丁と攻撃魔法で援護する。
魔法使いのヒナタは最後衛で、そしてやれることも少ない。
せいぜい初級の魔法で、敵の注意を逸らすくらいだ。
「このあたりの敵も、大したことないわねえ」
余裕綽綽、といった様子で、ペスト医師めいたカラス頭を撫で斬りにする傲慢クソエルフ。
油断するな、と言いたいところだが実際のところ、エンカウント率が高い獄犬やカラス頭は、本当に危なげなく倒すことが出来ている。
群れることの多い獄犬が複数体で襲撃を仕掛けてくると、処理に苦労するくらいか。
「こっち行ってみましょ」
探索系の魔法が使えるクソエルフ主導で、黴臭い廊下を歩いていく。
外郭部分を踏破し、三の丸、二の丸を容易く通過。そして山城の中枢、本丸へとたどり着いた。
とはいえもう100年以上前から冒険者に探索され尽くしているため、お宝など望むべくもない。
「……大広間に出ましたね」
「謁見か、舞踏会にでも使ったのか。でももう見る影もないわねえ。シャンデリアのひとつも残ってないわ」
俺たちが最後に足を踏み入れたのは、大広間。
言うまでもなく、荒廃のほどが酷い。
かつて美しい緋色だったのだろう絨毯は劣化して見る影もなく、薄汚れて茶けた毛の塊と化し、剥き出しの床を歩めば土埃が立つ。
そして昔は壮麗を誇ったであろう天井はところどころ穴が空き、隙間風と雨水の侵入を許していた。
「待った、なにかいる」
足を踏み入れて間もなく、大広間の隅からこちらへ歩み寄ってくる影を認めた。
白銀で装飾された甲冑に身を包み、美しい女性の顔を象った鉄仮面を下ろした、フルフェイスの鉄兜を被る騎士。
「あれが噂の、死霊騎士、か?」
思わず聞いた俺に、「違う」と傲慢クソエルフが言った。
「聖女騎士――死霊騎士よりもワンランク、ツーランク上の怪物よ。まさかここで遭うとはね」
これは、ヤバい。
「私があいつの右側面を、あんたはあいつの左側面から攻撃しなさい。常に同時攻撃を意識するの。1対1じゃ絶対勝てない。2対1、2方向からの攻撃ならあいつの行動も鈍るから」
あの慢心クソエルフが、いま慢心を捨ててただのクソエルフと化している。
「あいつの武器は全身に備えられた隠し刃よ。特に手甲の刃は、普通の片手剣と同じくらいのリーチがあるわ」
というか、ただの真面目系エルフになっている。
「使用する魔法は個体にもよるけど、だいたいは【加速】の魔法を修めてる。見かけによらない動きをするから気をつけて」
聖女騎士は、クソエルフが慢心を捨てざるを得ないほどにヤバいってことじゃねーか!




