22.サイレントフォートレス
次回投稿は6月3日(土)か6月4日(日)になると思います。
件の廃城は、城塞都市北方の山岳部にそびえ立つ山城である。
その敷地は広大だ。城、といっても、城壁と城門、建造物が一纏めのセットとして存在しているのではない。廃城は城塞化された複数の山から成立しており、ひとつふたつが陥落してもなお防衛戦が続けられるような構造になっている。
さらに空濠や土塁、石造りの城壁が幾重にも張り巡らされているところから見るに、おそらく最盛期には万単位の兵員を収容し、そして万単位の敵の攻撃に耐えられたのであろう。
だがしかし、“夏草や 兵どもが 夢の跡”か。
いまではその石造りの城壁はツタ植物に覆われ、鋼鉄で補強された城門は破れたまま放置されている。ところどころ土塁は崩れ、空濠が埋まってしまっているため、移動も思ったよりもスムーズにいった。
さて。土塁や空濠を越え、放置された城門をくぐった先は、すでに先駆者たちによって探索され尽くした監視塔や大食堂、兵舎といった建造物が待っている。
そして怪物たちが巣食っているのも、ほとんどはこうした屋内である。
連中でいちばん多く見かけるのは、獄犬。
次点が“クロウ頭”、と渾名される怪物か。
――ヴォ、ヴォ――ン――ッ!
「さあ――」
雷鳴を連想させる咆哮が廊下に響き渡ると、次の瞬間には2匹、3匹と新たな獄犬が駆けてくる。
ハッハッハッ、と漏らす吐息に混じるのは火焔。
憎悪と殺意に支配された漆黒の獣は、俺たちへ向かって来る――ただただ真っ直ぐに。
「ほんと頼んだわよ! 失敗したら――」
「“此れは自由広げる旋風なり【爆風】”!」
やはり所詮は畜生だ。
狭い廊下を争うように賭けてきたヘルハウンドどもは、俺が巻き起こした超自然の暴風に呑み込まれ、吹き飛ばされ、遥か後方への壁へと激突する。
と、同時にトドメを刺すべく、クソエルフが駆け出した。
そこらの野犬とは異なり、【爆風】程度でヘルハウンドが力尽きることはない。壁に叩きつけられた後、床に伏した哀れな畜生は、怒りに瞳を濡らしながら起き上がらんとする。
「“此れは魔導の拳【魔弾】”!」
そこへ魔法使いのヒナタが追撃をかける。
魔力の塊を投げつけ、起き上がろうとしたヘルハウンドを再び転倒させ――そしてその隙を衝いて、彼我の距離を詰めたクソエルフが、巨大な獲物を力任せに振るった。
ギャン、という悲鳴とともに血肉と脳漿が飛び散り、決着がついた。
「まあこんなもんかしらね」
満足げに笑うクソエルフは、完全に破壊されたヘルハウンドの頭部を踏みにじり、にやりと笑う。
そこからは食事の時間だ。
俺はクソエルフの足下に転がる肉塊を掻き集め、急いで口へ運んでいく。
これは飢えを満たすための食事ではない。より強くなるための食事である。
ヘルハウンドを食らうことで、何が得られるのかは分からないが……。
「食事を摂ると強くなるってホントなんでしょうね?」
俺が脳漿を啜り、血肉を口にする間、暇を持て余すことになる金髪傲慢クソエルフが、半信半疑で聞いてくる。
「そんなキモい技能聞いたことないんだけど」
たしかに食事内容でステータスが向上したり、新たなスキルが得られるなんて都合が良すぎる。
未だに自分でも半信半疑なのだ、このクソエルフが疑うのもやむをえないことだろう。
「でもゾンビさんが食事を摂るごとに、急成長しているのは事実ですよ」
俺が何か言おうとする前に、魔法使いのヒナタが口を開く。
「だって最初はまったく喋ることもできなかったんですから! ね、ゾンビさん!?」
「ウッソでしょ!? じゃあなに食べたら喋れるようになったのよ!?」
「人間の、脳味、噌」
「キッッッッッモっ!」
俺の答えに金髪傲慢クソエルフは、ぺっぺっと足下へ唾を吐きかけてくる。
本当に品性のない奴だ。エルフは高貴な種族だと思っていたが、そうでもないらしい。
俺の食事が終わると、再び探索がはじまる。
複数体のヘルハウンドをぶち殺しながら、監視塔を巡り、食堂を通過。
そして細い廊下と小部屋が連なる兵士の居住区を抜け、武器庫へと侵入する。
もちろんこの間、換金できそうな代物はいっさいない。
武器庫に当然あるはずの武器は、持ち去られたのかひとつも残っていない。食堂にはなにやら絵画がかかっていた跡が残っているだけ。絵画どころか食器や、テーブルクロスさえ残っていない有様であった。
「やっぱり財宝狩りでアツいのは、地下迷宮“赤竜の古巣”よねえ……この廃城に何か残ってるわけないってか」
押し入った小部屋のベッドへ、金髪傲慢クソエルフは遠慮なく戦斧の刃を叩き込む。
破れたクッションから羽毛が舞い上がり、ベッドの木枠が粉々に砕ける。
いちおう人様の物だってのに遠慮ねえな――。
そう思った瞬間、廊下にカラスによく似た声が響き渡る。
来るか。俺は声が響いてきた廊下の奥へと視線をやり、肉斬り包丁を構えた。
「さあ、新手が来たみたいね」
ベッドをぶち壊すだけでは発散しきれない破壊衝動、それをぶつける相手を見つけたクソエルフは戦斧を担ぎ上げて、廊下へと転がり出てきた。
カア、カア、カアカアカアカアカア――。
廊下の奥から現れたのは、漆黒の長衣に身を包んだ人型の怪物である。
黒い帽子、黒い外套、黒い手袋、黒い長靴。
軒並み高身長の彼らは、その全身を黒い衣装で固めている。
更に異様なのは、彼らが着けている仮面であろう。
カラス頭と渾名されるとおり、カラスのクチバシを連想させる突起物の付いた純白の仮面を付けており、このために彼らの外見は、転生前の世界で言うところのペスト医師のそれに近い。
「じゃあサクッとやっちゃいますか!」
「えっ、ちょっと、エイシアさん!?」
金髪傲慢クソエルフは戦斧を振り回して見せると、連携もクソもなく飛び出していく。
クソ忌々しい戦闘狂を止める間もない。
カラス頭は得物の長剣を構えると、慢心クソエルフを刺突で迎撃する――が、俊敏クソエルフはその長剣の切っ先を最小限の動きで避け、戦斧を彼の頭へ叩き込んだ。
瞬間、黒いタール状のものがぱっくりと割れた頭部から漏れ出し、カラス頭の身体は痙攣しながら崩れていく。
残るのは黒い衣装と長剣、そして黒いタール状の液体溜まり。
強くなるため、とはいえこんなもん食べて、果たして大丈夫なのだろうか――?




