20.29日後…
次回は翌日か、5月31日(水)に投稿いたします。
貧血でバランスを崩した末のハプニング――ということで、蛮行を不問に付された俺は退院後、また彼女と下水道に潜る生活をはじめた。
だが、張り合いはない。
動く屍に狂犬、こんなものは雑魚同然だ。
勝手に突っ込んできて、勝手に死んでいく。
「ヴォ――ヴォ――!」
「死ね」
婆さんからもらった退院祝い――腕ほどの長さを誇る肉斬り包丁を振るえば、それで終いだ。
表皮が破れ、頭蓋骨が割れ、脳漿が飛び散り、血液が流れ出る。
頭部を破壊された死人は、そのまま体を捩り、バランスを崩して転倒する。
俺はその死体を足蹴に、先へ進む。いまさら死人の死肉を食らいたいとも思わなかった。
「すっ、すごいですね……その肉斬り包丁……」
当然、非常食――否、魔法使いヒナタの出番はない。
出会い頭に現れる雑魚どもは、すべて前衛の俺が片づけてしまうためだ。
それにこの俺と彼女のパーティにおいては、彼女の役割自体がなかった。
なにせ魔法なら、俺も使える。彼女の存在意義を奪ってしまっては可哀想だろう、と思い、決して雑魚相手に魔法は使わないが――俺が本気を出せば、本当に彼女の価値はなくなる。
狩場を変えるべきだろう。
突進してきた狂犬どもを連続で叩き斬り、血の海に沈めながら思う。
俺の特性を活かして強くなるには、当然強い敵を食らうべきだ。
それに最底辺の狂犬やゾンビを駆除したところで、得られる稼ぎは微々たるものである。
「他の狩場ねえ……」
下水道から上がって居候先に帰宅した俺は、まず婆さんに相談した。
とりあえず相談事は、“民主主義防衛英雄”という英雄称号を獲得するまで至った婆さんにすれば間違いない。
無論、俺は“民主主義防衛英雄”で終わるつもりはないが――。
「廃城はどうかねえ」
「廃城」
すっかり馴染んだ食卓で、婆さん手作りのフィッシュアンドチップスをつまみながら、俺は聞き返した。
婆さんいわく、この地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』の北方――そう離れていない山中に、数百年前に放置された山城があるのだという。
その山城は、この地方城塞都市の冒険者に存在を認知され、もう100年以上経っている。
そのため、目立った宝物や戦利品はない。
が、100年以上の長きに渡り、冒険者たちが探索に向かっているということもあって、城塞都市から山城までの交通路は確立されているし、城内で迷うこともないのだとか。
そして手強い怪物が一定数湧き出る魔城であるため、いまはもっぱら中堅クラスの冒険者の腕試しの場となっているらしい。
また宝物はないものの、山城から怪物が溢れ出ることを危惧する事務所から、倒した怪物の種類と数に応じて報奨金が出るため、収支がマイナスになることは絶対にないそうだ。
……少なくとも、下水道よりは稼ぎがいいらしい。
「はっ、廃城なんて危ないですよゾンちんさんっ」
婆さんの話が終わると同時に、ヒナタが反対の声をあげた。
「獄犬とか、死霊騎士とか――下手したら死んじゃいますよ!」
「だからこれからも、下水で、狂犬やゾンビを、殺し、続ける、のか?」
単刀直入に、俺は聞き返した。
正直言って彼女に付き合って、安全圏でちまちま冒険者生活を続けるつもりはない。
それに、と俺は思う。
――そうやってリスクを犯さないから、お前はまだ底辺魔法使いなんじゃないのか?
「ゾッちゃんの言うとおりだねえ」
「ばあちゃんまで!?」
俺に賛意を示す婆さんの言葉に反応して、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
その瞬間、俺は感づいた。
おそらく婆さんも、本気で彼女の成長を望んでいるのだろう。
この廃城探索が彼女の魔法技術を向上させるブレイクスルーになれば、と考えているに違いなかった。
前――彼女が酔いつぶれた翌朝、婆さんとふたりきりで朝食を摂ったとき、婆さんは「まあ好きなことをやってその結果が野垂れ死にだったとしても、それはそれでいいのかもしれないけどねえ」と言った。
そんなドライな考え方の婆さんだ。
魔法使いとして大成することを願うのならば、リスクは付きもの。
万が一死んだとしてもそれはしかたがない、というのが婆さんの考えなのだろう。
「でもまあ」
婆さんは自分で淹れたお茶をすすると、人指し指を立てて俺に忠告をくれた。
「銀星勲章持ちとはいえ、ゾンビに毛が生えた程度のゾッちゃんと、駆け出しの魔法使いのパーティじゃあ荷が勝つわねえ」
じゃあ野良の冒険者を誘うとするか。
俺が命を賭けた代償として得られた銀星勲章――それを9個も持っている先駆者の婆さんのアドバイスは、ちゃんと聞いておいた方がいいだろう。
「でも私たちと組んでくれる冒険者なんか……」
「とにかく、探してみよう」
やはり彼女は廃城を狩場とすることに、不服そうである。
だがまあいい。正直言って、もう彼女と組んでいる必要はないのだから、いざとなれば俺ひとりで行くことにする。
◇◆◇
共和国冒険者管理委員会事務所には、朝っぱらから多くの冒険者が屯ろしているが、その多くがパーティを組み、すでに1日の予定を決めている。
野良の冒険者を探す、あるいは廃城で錬成することを目的とするパーティを探して入れてもらうことは、なかなか難しそうだ。
片っ端から声をかけていっても、おそらくヒット率は低いだろう。
「で、俺に相談かよ」
ということで伝手があれば、と事務所の隅で休憩していた顔見知り――魔法使いの骨に声をかけた。
「同じ、戦友の誼、だと思え」
「しょうがねえなあ。まず最初に言っておくが、俺は無理だ。予定がある。何人か紹介できそうな冒険者はいるが……いまは姿が見えねえなあ」
使えないな。
他の奴をあたるか――そんな俺の思考を読んだのか、魔法使いの骨は待てよ、と肉のまったく付いていない掌をこちらにかざした。
「だがいつでも野良で暇してる奴なら知ってる」
いつでも野良で暇してる奴ってなんだよ、地雷じゃねえか。
そう突っ込む前に、魔法使いの骨は事務所の一角を指差した。
その先には、金髪のポニーテールを垂らした女が机に突っ伏している。
見るからに高価そうな板金鎧に身を包み、傍らには戦斧と盾。整った装備から見るに、駆け出しの冒険者、というよりは、中堅以上の実力を持った冒険者に見える。
机に突っ伏して寝ている……のか?
暇そうなのは好都合だが、さて彼女にゾンビと底辺魔法使いが声をかけていいものか。
「耳長族の騎士さんですねえ……実力的に私たちと釣り合わないんじゃ。誘ってもいいんでしょうか」
俺と同じことを察したのか、魔法使いのヒナタは不安げにつぶやいた。
骨は「とりあえず声をかけてみな」と魔力で空気を震わせると、あとは我関せずといった風情で新聞を読みはじめた。
だからお前は目もない癖に、どうやって活字を読んでんだよ。
そう突っ込みたかったが、それは後だ。
「すいま、せん」
早速彼女の元へ行き、寝ていたなら申し訳ないなあ、と思いつつ声をかけてみる。
するとエルフの騎士は、上体をむくりと起こしこちらを振り向き――彼女は怪訝そうな表情を浮かべ、不機嫌そうに「なによ」と聞き返してきた。
「いま日課の瞑想中なんだけど」
日課の瞑想中ってなんだよ。完全寝てたか、寝たふりしてただろ。
そう突っ込みたかったが、話をこじらせるのも嫌だったので、「ごめんなさい」と謝った。
「で?」
なんか高圧的な態度を取る金髪碧眼のクソ美人エルフに、俺は魔法使いの骨を恨みながら、「もしよければ、俺たちと廃城へ行き、ませんか」と駄目元で誘ってみた。
すると――彼女は驚いたような表情をして、
「えっ、あたし!?」
と、素っ頓狂な声を上げる。
それから数秒、黙り込んでから突然、大声を張り上げた。
「腐れゾンビと、そこの魔法使いねえ――まあレベル的に絶ぇー対っ釣り合わないと思うけど、しょーがないから付き合ってあげるわ! あたしは貴き血の耳長族、エイシア。いずれ英雄と呼ばれることになる騎士の供になれることを感謝なさい!」
お前、友達いねえだろ。




