19.リビングデッドの呼び声
舌入れなきゃセーフでしょ。
暇で、暇で、暇で暇で暇で仕方がない。
睡眠がとれないこの体を、この1週間ほど呪ったことはなかった。
どてっ腹と太腿に残った銃弾の摘出手術のための入院生活は、本当に退屈極まりない。
ただベッドの上に寝転び、真っ白い天井を見ているしかすることがない。
俺はぼうっと転生してからのことを思い返し、そして先の工作員との乱戦のことを思い返していた。
あのとき連中はたったの一噛みで痙攣し、泡を吹いて倒れていった。
まるで俺の歯に強毒でも仕込まれているように。
そして組み合った工作員はまるで俺の腕力を、「豚鬼のようだ」とも評した。
どうやら俺の腕力は一般的なゾンビのそれとは、まったく別物らしい。
その理由は、すでに心当たりがある。
転生直後、俺は豚鬼を食らった。
そして第11化学防護隊では、毒性をもつバシリスクの肉を食らった。
いまいち信用しきれない受付嬢のスキル説明が真実であれば、俺は彼らの肉を食らったことでその力を手に入れた、ということになる。
そんな都合のいい話、そうそうあるはずがない――と思いたいところだが。
「“此れは自由広げる風なり――”」
天井へ向けた掌の上で、魔力で編まれた風が渦を巻く。
信じられないが、これは魔法だ。
魔法が使えるようになった心当たりは大いにある。おそらく魔術を使う工作員を殺した際に、多少ではあるが奴の血肉を食らったためだろう。
「“此れは人類最初の叡智なり――”」
俺の言葉に反応して、今度は掌の上で魔力が燃焼し、小さな火柱が立つ。
暇で暇で、暇でしかたがない俺は、こうやって1日中、鍛錬がてら魔法を使っている。
【死の視線】――【爆風】――【障壁】――魔法を完成させはしない。
効果を十全に発揮する、その寸前で止めている。
退屈極まりないクソ忌々しい病室とはいえ、魔法を完成させて滅茶苦茶にしてしまうのはまずいだろう。
そうやって手慰みに魔力を弄っていると、コンコンと病室のドアがノックされる。
来たか。退屈を紛らわす唯一の定期便だ。
「失礼します」
いつもどおり枯草色の長衣と木製の杖、という魔法使いファッションで現れた非常食を、俺は上半身を起こして迎えた。
いや。もう非常食という渾名は適切ではないかもしれない。
気づけば俺は、もうだいぶ食欲をコントロールできるようになっているし、以前のように耐えきれない飢餓感に悩まされることもなくなっている。
彼女を非常食として食らうことは、もはや現実的ではないだろう。
「具合の方はどうですか?」
「だいじょうぶ」
「あと2、3日で退院でしたっけ、ほんとよかったです! それとこれ見てください!」
ニコニコ笑顔の彼女が俺の鼻先に突きつけてきたのは、活字が並ぶ質の悪い新聞紙である。
そこにあまり面白くない情報が羅列されていることは、読む前から明らかだった。
「銀星勲章の受章、おめでとうございます!」
読まなくても分かる。
いまや俺たちは、卑劣な帝国主義者どもが占拠した施設へ少数突入――しかも人質から、誰ひとりとして犠牲者を出さずに制圧した英雄であった。
しかもうんざりすることも、大いに脚色された英雄だ。
俺と相棒なんかは人質へ放たれた銃弾を、身を挺して防いだ、ということになっている。
「……どうも」
政治だな、と思う。
もらえるものはもらっておくが、おそらくは俺たちを英雄として表彰することで、誰か得をする奴がいるんだろう、と邪推してしまう。
そして相棒が跡形もなく消滅させられたことも思えば、手放しに喜べるものではなかった。
「銀星勲章は第1次共和国防衛戦争時に制定された、歴史ある勲章のひとつで……」
銀星勲章なる勲章が、どれほどありがたい代物なのかを教えてくれようとする非常食に対して、俺はやめてくれ、と手を振った。
「え、あ……すいません」
そんな話は聞きたくもない。
非常食の鼻白んだ様子に、俺は内心罪悪感を覚えたが――いま知りたいのは、銀星勲章とやらがどれだけ名誉な代物なのかなんてことじゃあない。
俺はこの世界で、どこまで強くなれるのか。
それだけだ。
この世界の連中の脳味噌を食らい続け、澄み渡る思考を取り戻した俺は、徐々に前世の記憶や“本当にしたかったこと”を思い出し始めている。
前世のことを思い出すきっかけになったのは、相棒が【解呪】の直撃を受けて消滅したその瞬間だ。
弱者は強者に虐げられ、その運命を決められてしまう。
結局はどんな綺麗事がぶちあげられている社会でも、弱者は強者の言いなりになり、搾取され、蹂躙されるほかない。
……そうだ。
前世の俺は誰かの顔色を窺ったり、誰かの言いなりになったり――自分の思い通りにならないことが不快で、不快で、しょうがなかった。
だから俺は誰かにへりくだらなくて済むための力――金、地位、権力、欲しいと思ったものはなんでも手に入れようとした。
とにかく餓えていた。
欲しくないものまで、強引に手に入れた覚えがある。
「どう、しましたか?」
俺が相当思いつめた表情をしていたのか、不安げに顔を寄せてきた非常食――その無防備な唇に、俺は食らいついていた。
んん――と悲鳴を上げる彼女を、俺は逃がさない。
後頭部と背中に腕を回し、唇を重ねたままでベッドへと倒れこむ。
密着したところから伝わってくる熱い体温に、俺は震えた。甘い匂いが立ち上り、鼻腔を衝く。
欲しくないものまで強引に手に入れた覚えがある。
こんな風にな。




