18.神聖魔法を食ら――!
次回更新は5月27日(土)、あるいは5月28日(日)になります。
たったの一噛み。
無防備に背後を晒す敵の首筋に噛みつくと、血管を食い破る前に相手がどう、と倒れたので驚いた。
「なっ――!?」
一斉にこちらを振り向く他の工作員たち。
痙攣して血泡を吐きながら床を這いつくばった敵は無視だ、俺は連中が構えた自動小銃の銃口から逃れるようと、横合いへ跳ぼうとする。
が、その必要もなかったか。
相棒が虚空に突如出現、そのまま空中で開脚蹴り――こちらに銃口を向けていた工作員を吹き飛ばす。さらに着地と同時に水面蹴り、他の工作員の足首を粉砕して転がしてしまう。
「ヴォ、ヴォ――ッ」
相棒の水面蹴りでバランスを崩し、仰向けに転倒した敵に、俺は素早く組みついた。
至近距離で銃声。俺に組みつかれた奴が、反射的に引き金を引いたのだ。
だが残念ながら銃口は横合いを向いている――勿論、こちらに向けようとしても、もう至近の距離だ。身体が密着する。こうなればもはや銃口を俺に向けることは出来ない。
「やめろ、あ゛あぁああっ」
そいつは脚と腕をバタつかせて抵抗するが、こっちはマウントを取っている。
無駄だ。肩口を一噛み――これで相手は泡を噴き始め、痙攣し、瞳孔が開きっぱなしとなって大人しくなる。
呼吸と心臓が止まったのを確認した俺は、そのまま死体に密着した低い姿勢で顔を上げ、周囲を確認する。
荒唐無稽にも思えたが。悠久の時を生きる不死術者、第11化学防護隊長の【物質転移】による少数突入は成功か。
ロビーは混戦乱戦模様、近くにいるのはやはり相棒。
普段のダウナー加減はどこへやら、崩拳で敵の下半身を打ち抜き、サマーソルトキックで顎をしたたかに砕く。まるで水を得た魚か。彼(彼女?)に加勢する必要は――。
「くそがぁあああああ!」
咆哮。その方向を見やれば、銃を構えた工作員――その銃口の延長線上には、玄関に立たされたままの人質がいる。
「死――」
考えるよりも先に、体が動いていた。
四つ這いで駆けた俺は、自分が思うよりも速く――そして相手が引き金を引くよりも早く、その腰に飛びついていた。
僅かな時間。虚空に浮いた俺と工作員。
空中で引き金が引かれ、耳の傍で銃声が轟く。
そして着地の衝撃が襲い、俺と相手は間抜けにも同時に呻き声を上げた。
「腐れゾンビがよォ!」
賢明にも自動小銃から手を放した相手と俺は、取っ組み合いになって横へ転がっていく。
殴り合い、引っ掻き合い、掴み合う。だが最後には、俺が勝つ。
「こいつ――なんでこんな、力が、てめ、豚鬼じゃ、ねえんだぞ、が、あ゛あぁああぁあああ゛あ゛」
ようやく掴めた相手の手首を、骨も筋肉も一緒くたに握力で破壊する。
間抜けな悲鳴を上げる相手に同情することはない。
手隙の手を無防備に開いた口内へと突きこんで、舌を掴んで引き抜いて黙らせ、喉元に噛みついてそれで終わり。
新鮮な血液が吹き出るが、いまはこれを飲んでいる暇はない。
「らいじょぶら!?」
人質の方を見ると、みな腰を抜かしてこちらを向いているが、どうやら大丈夫そうである。
伏せていろ、とジェスチャーしてから次の獲物を見定める――が、すでにロビー内では立っている工作員よりも倒れ伏した工作員がほとんどだった。
多少の被弾ももろともしない西洋甲冑が長剣で工作員を突き殺し、黒い粘液に至っては小銃弾を浴びてもそれを体内で受け止め、溶解・吸収してしまい、ついには相手を壁際へと追い詰めて呑み込んでしまう。
絶対相手にしたくない奴だ。
「投降しろ、投降!」
遅れて出現した鬼小隊長の首無騎士に至っては、投降を呼びかけながら大鉈を振るい、一瞬で現れた周囲の工作員を撫で斬りにしてしまう。
「よし、ロビーは確保したな。各分隊、負傷者は」
純白の床が血肉に汚れ、酷い有様になっている。
味方の負傷者はゼロ。床に転がっている死体は、すべて敵方のもの。
「案外楽勝でしたね」
同じ分隊の吸血鬼が、まだ息のあった工作員の頭を踏み抜いて粉砕し、顔についた血飛沫を袖で拭って言った。
たしかにここまで上手くいくとは――思わず俺もうなずいたが、「いや」と魔法使いの骨が首を振る。
「まだ魔術士を始末してねえ。あれを殺さなけりゃまだ安心とは言えないだろうよ」
その後は市衛生研究所内を各分隊ごとに分かれ、掃討していくことになった。
俺たちの分隊は大盾を構えた西洋甲冑を先頭に、黒い粘液や俺が前衛を務め、後衛を相棒、吸血鬼、魔法使いの骨が担う。
この隊列で狭い通路をひたひたと進み、クソみたいに数が多い小部屋をひとつひとつ制圧していく。
とはいえ、そのほとんどはハズレだ。
遠くから銃声が聞こえてくるので、どうやら他の分隊の行った先へ敵が集中しているらしかった。
「さて。この先が問題の場所――薬品保管室だ」
そして狭い通路を進んだ先に待っていたのは、金属製の観音開きの扉。
この扉の向こう側は、製造した化学物質を保管しておく空間であり、おそらく敵が陣取っている可能性が高い。
「行くぞ」
先頭の西洋甲冑が扉に取りつき、持ち手に手を掛けた――次の瞬間。
「【爆風】」
壁の向こう側で、声がした。
金属製の扉と西洋甲冑と衝撃波が、一緒くたになって俺たちを襲ってきた。狭い通路で回避することもままならない。
団子状になって宙を舞い、遥か後方へ吹き飛ばされる俺たち。
「くそがッ――“此れは死なり【死の視線】”!」
上半身だけを持ち上げ、骨だけの指を突き出した魔法使いの骨は、その指先から漆黒のレーザービームを発射する。
が、そのときにはすでに敵魔術士は、部屋の奥へと引っ込んでしまっていた。即死魔法は壁に激突して、何の痕跡も残さずに消えてしまう。
だが、それでいい。
俺と相棒は西洋甲冑の下から抜け出して、通路を突っ走って室内へと飛び込む。
と同時に襲い掛かってきたのは、銃弾の雨霰であった。
「ぐ、あ゛」
痛覚の鈍ったこの体でも分かる。太腿と脇腹を射抜かれた。バランスを崩してつんのめり、無様に前方へ転げてしまう。
部屋に潜んでいたのは魔術士と、2名の自動小銃持ち――それから相棒も撃たれたか。扉の傍でうずくまって動かない。
「“汝、われら人種の聖なる祈り、生死の理を正さん――”」
魔術士が俺の方向に杖を向け、明らかに【爆風】とは異なる詠唱をはじめた。
これはまずい、と本能が告げるも、脚が動かない。
「【解呪】」
全てを塗り潰す白光が押し寄せる。
前世のRPGでもあったよな。これは間違いなく、アンデッド特効の神聖魔法――。
ぼうっとそんなことを考えていた俺は、次の瞬間どん、と突き飛ばされていた。
「ありがと」
「は?」
微かに聞こえた言葉に返事をする間もない。
白い光の塊は、俺を突き飛ばした相棒を無慈悲にも呑みこんだ。
アンデッド特効の神聖魔法。その予想は、残念ながら外れていなかった。
光が過ぎ去った後、残ったのはクソでかいお札だけ。
頼りない痩せっぽちの体も、色素の抜け落ちたような銀髪も――まるで最初からそうであったかのように土と埃へ化して、舞い散ってしまった。
嘘だろ?
呆気がなさすぎる彼(彼女?)の最期に、俺はなにも考えず、考えられず、ただただ全身の筋肉に火を入れた。
弾幕の中を駆ける。途中で弾倉の中身が無くなったのか、火線が止み、俺はなにやら次の魔法を使うべく詠唱を始めている魔術士の元へ辿り着けた。
右指を魔術士の左胸へと差し込み、そのままばく、ばく、と脈動する心臓を鷲掴みにして、そのまま引っ張り出す。
そして心臓を掴んだままの右手を、思いきり彼の顔面に叩きつけ、押し倒し、左指で眼球を貫き潰し、眼静脈を破壊する。耳障りな悲鳴を上げる彼の口へ心臓の残りカスを押し込めると、無防備な腹へ手を差し入れ、手当たり次第に口と手を使って引き摺り出してやった。そして腸を食らい、血を啜る。それでも足りない。右手を捥ぎ取り右目の眼窩へ、左手を捥ぎ取り左目の眼窩へ突き込み――。
「おい、もう終わったぞ」
突き込んだところで、後ろから魔法使いの骨に声をかけられて我に返った。
気づけばすべてが終わっていた。他の小銃持ちは仲間が始末してくれたらしい。
「相棒は」
「……【解呪】の直撃を受けたら、そりゃ、助からねえ」
別に友情を、ましてや愛情を感じていたわけでもない。
が、短い間とはいえ、同じ飯を食った仲だ。
名前も何も知らないうちに目の前で逝かれる、そんなこと想像できるはずがない。
俺は相棒だった塵芥の上に残ったお札と、冒険者に支給されているドッグタグを回収すると、ただただそれを握り締めた。
ありがとって、お礼とかいらねえんだよ。




