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15.治安出動命令を食らう!(前)

 予感は的中である。


「行け行け行け行けッ――われわれ自由民主主義の軍隊は、決して誰かを見棄ててはならない!」


 食事後に行われた体力錬成を兼ねた除染作業演習では、とんでもない目に遭った。

 汚染物質が染みこんだ表土を円匙シャベルで引っぺがし、土嚢へ詰める。

 それからその土嚢を背負い、数キロの距離を運搬。さらに戻って汚染物質が詰められた土嚢を運搬、また戻って――それが延々とループする。

 疲労が蓄積しないこの身体とはいえ、その場その場、一瞬一瞬は確実に筋肉への負担がかかっているので結構、というかかなりしんどかった。


 さらに追い討ちをかけるように、途中で相棒キョンシーが足をもつれさせて落伍。

 ここが彼(彼女?)の体力的限界か。

 しかしながら、当然これを放置していくことなど許されず――俺は右肩に汚染された表土が詰められた土嚢を担ぎ、左脇に相棒キョンシーを抱えて走る羽目になった。


「大丈夫か、ゾンちんさんよ!」


 行動を同じくする同じ分隊の仲間――魔法使いの骨にはうなずいて、「らいじょぶ」と返事をした。

 が、正直言って、土嚢とキョンシー双方を同時に運ぶのは、なかなか骨が折れる。

 相棒が普通の人間よりも遥かに軽いことだけが、不幸中の幸いか。


「これで13回目ですね」


 悲鳴を上げる筋肉を無視しながら、目的地――すでに数え切れない数の土嚢が積まれた汚染土壌の集積地に辿り着いた俺たちは、ぼこぼこと担いでいた土嚢を投げ捨てる。

 もちろん、ここで一休みすることは許されない。


「急げッ、まだまだ汚染された表土は残っているぞ!」


 小隊長の首無騎士デュラハンの喝に背中を押されるような形で、俺たちは来た道をまた戻りはじめる。

 前世の人間だった頃ではあり得ない運動量。

 きょうほどアンデッドの身体に感謝することはないだろうが、しっかし左脇に抱えた重量物の存在はやはり無視できない。

 こいつを持ち運ぶのも限界だ、どこかに休憩させておいてもいいんじゃないか。


「ゾンちん、あきらめろ! 体格に恵まれない種族だっているんだからよ、そこは大目に見てやれ!」


 ……などと思い始めた俺の心を見透かしたように、魔法使いの骨が叱咤してくる。

 体格に恵まれない種族もいるから、そこは大目にみろ? マジかよ、ここは理想郷か?

 だが、郷に入らば郷に従えということわざもある。

 これがシルヴィス共和国。これが警察予備隊。これが化学防護隊か――と、諦めるほかはないだろう。

 結局そのあと、円匙で表土をひっぺがし、土嚢に詰めて運搬し、戻ってくる、そしてまた円匙で表土をひっぺがす――このサイクルを20回ほど強いられた。


「現在、『大魔王直轄領および南魔族諸侯領から成る連合王国』や人類国家『アヴァルトリア帝国』が大量に貯蔵しているとみられる化学兵器は、所謂“死の沼”と呼ばれる代物だ。常温では粘性のある液体の形状をとる。これは基本的に無臭だ。が、しかし液状でも霧状であっても濃紫色を帯びているために、使用された場合はすぐに判断がつく」


 ……そしてその後に俺たちを待っていたのは、殺風景な講堂での講義であった。

 学者然とした人間の男の講義を聞くのは、苦痛以外の何物でもない。

 前世の俺だったら、秒で寝ていただろう。

 だが現世の俺は残念ながらアンデッド、眠ることが出来ないために、睡眠学習で乗り切るという選択肢は存在しない。


「“死の沼”は即効性のある強毒の化学兵器だ。無防御の生体が“死の沼”に触れた、あるいは“死の沼”を吸い込んだ場合、皮膚や呼吸器が瞬く間にただれ、死に至るか重篤な後遺症を残すことになる。このため“死の沼”の散布下において、生体はガスマスクと防護服による完全防護が必要となり、無条件の活動が出来るのは、すでに死を経験している諸君らアンデッドのみとなる」


 しっかし聞けば聞くほど、やっぱりここは中世ファンタジーの世界じゃねえな!

 よくわからないがこの“死の沼”ってのは、マスタードガスやらサリンにも負けてないんじゃないか?

 よくRPGじゃあ紫色の毒沼を踏んでも、1歩で1ダメージくらいだったが、どうもこの世界の紫色の毒沼は1歩でも踏み入れたら死ぬらしい。

 ……そりゃ俺たちアンデッドのお掃除部隊が必要になるわけだ。


「また各国軍は“死の沼”の他にも多種多様な化学兵器を製造、保管している。我がシルヴィス共和国は諸外国軍が装備する化学兵器への対処法を研究するため、ここ『セカンダル・アナクロニムズ』においても、少量ではあるが化学物質を製造している。万が一の場合、諸君は国内の化学物質の漏洩にも対処することになるかもしれない」


 ちらと周囲を見回すが、眼鏡白衣の男の説明を真剣に聞いている奴なんざいない。

 吸血鬼は眠れもしない癖に目を瞑っていやがる。あとの連中――甲冑野郎やら黒い粘液やら魔法使いの骨は身動ぎもしない。聞いてるのやら聞いていないのやら。

 だがまあ国からすれば、アンデッドの存在は超便利だろう。

 化学物質から性質の悪い細菌、放射性物質やらが漏れ出したとしても、防護服もなしで対処できる人員ってのは――前世の日本にいたら、確実に重宝される存在だったかもしれないな。


 そんなことを考えていると、である。


「うう?」


 俺は思わず言葉を漏らしたし、周囲もざわめいた。

 誓って言うが俺は瞬きひとつしていなかったにもかかわらず、気づけば前に立って話をしていた男の傍に、ひとりのアンデッドが“現れていた”。


「申し訳ありませんが、ここで講義の中断をお願いいたします」


 慇懃かつ丁重に学者然とした男へと声をかけたアンデッドは、一目で高位の存在だと分かった。

 金糸で飾り付けられた漆黒のローブを纏い、未知の金属で作られた長杖を持つ“なにか”。その顔は目深に被ったフードのせいで窺い知れず、種族がゾンビなのか骨なのか、吸血鬼なのか、皆目検討がつかない。

 ただ体格は死者とは思えないほど大柄であり、視覚的な威圧感は相当なものだ。

 先程まで熱弁を振るっていた男は、「ああ、はい」と素直に引っ込んでしまった。


「あれ、は」


 未知の存在の登場に、思わず俺は左隣に座る吸血鬼に聞く。

 すると吸血鬼は緊張を和らげるように深呼吸してから、「自由民主主義の護り手、不死術者リッチーがひとり――第11化学防護隊長のアイシルベスです」と教えてくれた。

 へーえ。あいつがウチの部隊長なのか。

 でもリッチーってなんだよ。


「たいちょ、う? りっ、ちー?」


 すると、「リッチーってのはな」、と今度は右隣に座る魔法使いの骨が口を開いた。


「生前、あらゆる魔法を修め、あらゆる知識を究めた後に、その知識と力をシルヴィス共和国の自由民主主義のために活かすべく、自身に不死の呪いをかけた魔法使いのことだ」


 ……早い話がこのシルヴィス共和国のために、不死になった存在ということか。


「リッチーはシルヴィス共和国国内でも、指折り数える程度しかいない。が、その誰もが生前から今日に至るまで、立憲制議会政治を存続させるために活躍してきた英雄たちだ。まさに永久を生きる大英雄」

「我々アンデッドの頂点に立つ御方、とも言えるでしょう」


 なるほど。

 吸血鬼と骨の言葉により、ようやく講壇に現れたアンデッドの凄さがわかってきた。

 さて。そのアンデッド――リッチーとやらは、そのフードを深く被った頭をゆっくりと振ってから、俺たちに向けて呼びかけをはじめた。


「我が第11化学防護隊の諸君。緊急事態が発生した。

 これよりわれわれ第11化学防護隊は、地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』市長からの要請に基づき、治安出動任務に就く」


 緊急事態? 治安出動任務?


「先日、人類国家『アヴァルトリア帝国』より受け容れた亡命者の中に、卑怯かつ非道義的な帝国主義者たちが多数潜伏していたらしい。

 彼らはこの定期演習による武装警察の配置換えの隙を衝き、アナクロニムズ市衛生研究所を襲撃し、研究中の強毒性化学物質を奪取した。

 そのためわれわれ第11化学防護隊は、これより化学物質を奪取した帝国主義者を追跡し、これを逮捕するべく出動する」


 演習の一環ではなくて?


「帝国主義者どもの頭数は、十数名ないし20名。

 自動小銃および接近戦用武器で武装しており、また魔術士の存在も確認されている。

 現在、アナクロニムズ市衛生研究所近隣の街区では、武装警察が検問を設置して封鎖を完了しているが――彼らが奪取した化学物質を解放する可能性もありうる。そうなれば周辺街区は、極めて重篤な汚染に見舞われる。

 我々の行動と対応いかんに、すべてが懸っている」


 さっき学者然とした男が、ここアナクロニムズでも化学物質を製造している、なんて言ってたが……おいおいおいおい、フラグ回収早すぎないかこれ!?

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