13.化学防護隊にて、バシリスクの肉を食らう!
「行け行け行け行けッてめえらの足は飾りかッ!?」
「翼竜騎兵の次航過爆撃が来るまで5分だ、5分で片づけろ!」
「さっさと詠唱しろ、なにちんたら唱えてやがる! 子守唄じゃねえんだぞ!」
1週間後にその答えは出た――そりゃまあ楽な仕事なんざそうそうないってことは、前世の経験からしても分かっていたことか。
「かかれえっ――手前ら死人の独壇場だ、行けえっ!」
小隊長の首無騎士を初めとする上官アンデッドの喝が飛び交う中、俺はけばけばしい紫色の液体――人間ならば即死する毒液がぶちまけられた街路へと走る。
ところがどっこい、だ。
不慣れな純白の作業服と重厚な隊靴を履かされているせいで、ただ走るだけでもかなり難儀する。
「“此れは汚濁洗い流す清浄【流水】”“此れは汚濁洗い流す清浄【流水】”“此れは汚濁洗い流す清浄【流水】”」
先程から魔法が使える同じ分隊のアンデッドが、汚染されている街路へと【流水】の魔法を連射している。
もはやいつ息継ぎしているのかも分からない早口で、大変だなあと他人事のように思う。
そう思いながら俺はようやく毒沼と化した街路へと到着し、担いでいたブラシで毒性の粘液を駆逐しにかかった。
化学防護隊の除染任務は、単純明快だ。
汚染地域の状況を確認して隔離した後、化学攻撃の現場にいた市民を避難誘導し、服を脱がせて洗浄する。そしてその後、【流水】をはじめとする魔法とアンデッドの群れによる人海戦術で、すべてを下水溝へと流してしまう。
「何をもたもたしているッ、うじ虫の方がよっぽど速いぞ!」
少し遅れて俺の横に、相棒が着いた。
よしきた、と俺はブラシを相棒が持ってきた洗浄液でいっぱいのバケツにぶちこみ、それから一気にけばけばしい紫を駆逐しにかかる。
「“此れは汚濁洗い流す清浄【流水】”」
見た目以上に毒液は異様な粘り気がある。
ただ撫でるようにこすれば落ちるわけではなく、全力を篭めなければまったく歯が立たない。
……まさか異世界に来てまで、こんな清掃作業みたいなことをやらされるとはなあ。
「噴進弾――!」
「なにぼさっとしてるっ、退避しろ! 退避!」
で。たまにこういう無駄な実戦要素が入る。
退避、と言われた俺はさっさと相棒の襟を掴み、建物と建物の間へと跳んで、すぐに伏せる。
傍目から見れば単なるごっこ遊びにしか見えないが、こっちは本気でやっている。
「遅いっ」
「馬鹿もんが、お前とお前は戦死だっ! そこで死んだふりでもしてろ!」
上官の怒声。
いまの航空攻撃により、反応が遅れた何名かが戦死したらしい。
「だいじょう、ぶ?」
伏せていた俺は、とりあえず隣に伏せる相棒に聞く。
身体に対して明らかに大きすぎる純白の作業服を纏った相棒は、ただこくりとうなずいた。
その表情は、わからない。
顔の上半分を隠すように、馬鹿デカいお札が張られているからである。
色素が抜け落ちたような銀髪と、死人独特の白い肌が印象的な相棒――その種族は硬屍だ。
少女か少年か、性別は不明。
ただ言えることは、体格に恵まれていないせいでかなりしんどそうなことだけである。
「よし、戻う」
相棒に手を貸して立ち上がった俺は、また再び現場へと戻って毒沼を駆逐しにかかった。
武装警察予備隊の定期演習は、詰め込み気味なスケジュールで組まれている。
それも当然か。なにせ演習期間は、幸か不幸か、2週間ときっちり決められているのだから。
そんなわけで第11化学防護隊は、驚くべきことに就寝時間というものが存在しなかった。
構成員のほぼ全員が、睡眠を必要としないアンデッドだからであろう。
朝食を摂って訓練、昼食を摂って訓練、夜食を摂って訓練――その繰り返しだ。就寝の必要はないが、これだけ食事と訓練を繰り返すとまとまった休憩時間が欲しくなるものだ。
「ます」
「……」
そうなると唯一の楽しみは、やはり隊舎で摂る食事となる。
ただその食事のメニューも、ほとんど毎回一緒だから嫌になる。
長椅子と長机が置かれた殺風景な食堂で給仕されるのは、バシリスクとかいう爬虫類の肉塊や臓物だ。
なんでも同じ分隊の連中の話では、バシリスクは猛毒持ちだったり、相手を石化させる能力をもった怪物であるらしい。
当然そのバシリスクの内臓や血液は、人間が食すれば絶命するほどの危険な代物である。
ただ強毒に打ち克つことが任務の第11化学防護隊では、験を担いでわざわざこのバシリスクの血の滴る生肉と臓物を食らうのが伝統なのだとか。
ちなみに味の方は鶏肉と変わらない、あっさりとした食感である。
物足りなささえ感じる味ではあるが、まあ量が多いのでそれは気にしない。
勿論、毒にあたることもなかった。
……しかし大丈夫か。
「……」
俺は隣に座る相棒に視線をやる。
無言でただただ肉をつまんで口に運ぶ彼(彼女?)の表情は、読めない。