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10.受付嬢とフィッシュアンドチップスを食らう!

 相方、まさかの二日酔いによる撃沈。

 昨晩の時点で予想し得た非常事態の発生に、朝食を摂り終えた俺は、下水道ではなく共和国冒険者管理委員会事務所ギルドへ向かった。

 正直言って、まだソロで下水道へと潜って稼げる自信はない。

 あいつの戦闘能力が大したことないのは明らかだが、この世界や怪物に対する基礎知識は大変有用だ。

 彼女や誰かの助けなしに下水道へ潜り、情報のない未知の怪物と、遭遇戦を繰り広げたくはなかった。


 とはいえ彼女の回復を待って、婆さんにタダ飯を3食たかるのも嫌だった。

 そのため俺は家に居るでもなく、下水道へ向かうのでもなく、情報収集や彼女の代わりになるパーティーメンバーを探すため、共和国冒険者管理委員会事務所ギルドへ向かった。

 ……向かったのだが。


(これ完全に道に迷ったな!)


 地方城塞都市『セカンダル・アナクロニムズ』の路地は、外敵に対する市街戦を想定しているためか、滅茶苦茶に入り組んでいる。

 しかも目印になるような標識は、ほとんどない。延々と続く鈍色の舗装路、似たようなデザイン――暗灰色の四角い家々や店が立ち並ぶ。

 さらに防戦側が有利になるように、共和国冒険者管理委員会事務所ギルドのような、市内重要施設の傍に近づけば近づくほど、迂回が必要な障害物――防戦陣地が増えていく。

 そんなこんなで歩いている内に方向を見失い、自分がどの辺りを歩いているのか分からなくなった。


「すいま。事務所、どこ」

「ああ。このまま真っ直ぐ行くと対地・対空射撃陣地があるから、その外周を右回り、コの字に迂回して。次は右に曲がるんだけど、その場所は――」


 やむなくすれ違う市民に聞いてみると、彼らみな道のりを懇切丁寧に教えてくれる。

 だがしかし、あまりにも曲がるポイントや迂回路が多すぎて、まったく目的地までたどり着かない。

 一応歩いた道は記憶しているつもりだが、これは婆さんの家に戻れるかも自信がなくなってきた。

 そんなとき、俺は通りすがった商店街の一角に、意外な人物を見た。


「そうですか。今年は不作の年なんですね」

「ああ。その代わりとして林檎酒が――」

「10代のお子様向けジュースを飲むつもりはさらさらありません」

「だ、だよねえ」


 酒屋の前で店主と思しき男性と話しているのは、性格は悪いが、うまそうな体をした女性。例の性悪受付嬢だ。

 いつもの通り、紺を基調とする使用人メイドめいた服を纏い、肉感溢れる両脚を黒タイツで包んでいる。

 まったくもってけしからん、垂涎の女だ。

 まさに高嶺の花――いや、松坂牛のシャトーブリアン(100gで12000円)といえよう。


 いやいやいやいや。

 いま考えるべきは事務所へ、いかに辿り着くかだ。だが、どうするべきか。

 彼女は確実に道を知っている。が、あの不良受付嬢とは、関わりあいにはならない方が絶対にいい――。


「女性を視姦するのが趣味とは、貴方もなかなか業が深いですね」


 躊躇するあまり、ぼうっと突っ立っていたのが間違いだったか。

 ちょうど店主との会話が終わった受付嬢が、俺の存在に気づいてしまった。

 しかしなんだ、視姦とは人聞きの悪い。

 肉屋で高級霜降り肉を眺めることを、視姦とは言わないだろう。

 肉に欲情し、犯す妄想をする奴がいたら、それこそ業が深い。


 さて。……気を取り直そう。これは一大好機だ。


「まよっ、た。ぎるろ、つれてっ、て」


 現在位置はよく分かっていないが、だいぶ事務所に近づいていることは間違いない。

 すぐそばなら連れて行ってくれるだろう。そう期待してのお願いだったのだが。


「嫌です」


 受付嬢は頭を振り、きっぱりと言い放ちやがった。


「何が悲しくて非番オフの日に、職場へ行かなくてはならないのですか」


 なるほど。確かに休みの日に、自分の仕事場には行きたくないよな。

 ……っておい。俺はもう一度、彼女の頭の先から爪先までを“視姦”してやった。


「やすみ? ふく、うけつけの、なんで」

「私服など持っていません」


 恥ずかしがることなく堂々と言ってのける受付嬢に、俺はツッコミを入れる気力さえなくした。

 性悪・不良に追加。

 こいつは性悪・不良・変人受付嬢である。あとは変態を足してもいいかもしれない。


「へんじん」

「私からすれば多種類の衣服を購入する必要性が認められませんので」

「そう……」


 しかし困った。ここで変態糞受付嬢に出会えたのは天の助けかと思ったが、結局のところ事務所には辿り着けそうにない。

 もうきょうは諦めて、市内の散策に切り替えるか――。

 そう考えはじめたとき、性悪不良変人受付嬢が意外なことを申し出てきた。


「まあここでお会いにしたのも何かの縁でしょう。もしよろしければ、ご一緒に昼食でもどうですか」


 揺るがぬ無表情。調子の変わらない声。漆黒の瞳。

 そこから何を考えているのかは、読み取れない。


◇◆◇


 で。小洒落たレストランにやってきたわけだが。


「築城途中から落成、現在に至るまでこの『セカンダル・アナクロニムズ』は、3回に渡る攻城戦において勝利を収めています。まさに難攻不落の城塞都市。第4次共和国防衛戦争では帝国攻囲軍100万を釘づけにし、武装警察隊火砲犯罪対策班の406mm自走警察砲とその他大量の銃火器で彼らを歓迎いたしました」


 またフィッシュ&チップスかよ!

 目の前の卓に載せられたのは、またもやてんこ盛りの白身魚と芋のフライである。

 それをつまみながら俺は、いつ終わるとも分からない受付嬢の話を聞いている。


「質の悪い銃砲と攻撃魔法が戦争の主役だった中近世はいざしらず、現代戦争では火砲と航空戦力の多寡が戦争の勝敗を決めます。そしてあとは散兵となる一騎当百、一騎当千の冒険者の存在が――」


 しかしこいつ。スキルの説明のときも早口で長々と話をしていやがったな。

 無表情と冷たい眼光からは想像し難いが、意外と話好きなのかもしれない。

 話の内容はまったく頭に入ってこないけどな!


「――というわけです。他になにかお聞きしたいことはありますか」


 適当に相槌を打っていると、ようやく話が終わったらしい。

 まあまだすらすらと喋ることが出来ないから、聞き役に徹した方がいいのかもしれない。

 そんなわけで俺は、この城塞都市に着いてからずっと思っていたことを口にした。


「なんで。さかな、いも、ふらい――? おおい、なんで」


 他に聞きたいことは色々あるが、まずはこれだろう。

 こいつらはなんで魚と芋ばっか食ってんだ。


「……」


 俺から質問をぶつけられた受付嬢は、無表情で芋のフライを掴むと、しげしげと見つめる。

 そして、口を開いた。


「さあ?」


 わかった。聞いた俺が悪かった。

 日本人に「なんでわざわざ白米を炊いて食べるの?」って聞くのと同じもんか。

 受付嬢は細い指先で掴んだままの芋のフライを、ひょいと口の中へ放り込む。

 それから卓の脇に立ててあるメニューを広げて、俺に問う。


「それで。何をお頼みになりますか」

「……?」

「まさか突き出しのフライでお腹いっぱいにはならないでしょう」


 は?

 この山盛りのフィッシュ&チップスは突き出しかよ!


「ここのお勧めは鳥肉と葉野菜のスープです。あとはメニューにはありませんが、ここの主人は、種族ごとの嗜好にも配慮されていますので、生肉を塊で出してもくれます。ゾンちんさんにはこれがいいのではないでしょうか。

 すいません。まず先に蒸留酒ウォッカをストレートでひとつお願いします。それから――」


 ……もしかするとこの受付嬢、かなりの健啖家でしかも上戸か?

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