1.肉塊(オーク)を食らい、非常食(女魔法使い)を手に入れる!
土の中にいる。
(ふざけるなッ!)
本来ならばそう怒鳴り散らすところだったが、現在の俺の喉からは「うー」「あー」みたいな呻き声しか出ない。
わかる。声帯が腐ってやがんだ、くそったれ。
しっかし閻魔大王の野郎、本当に俺を餓鬼にしやがった!
なにが「悪事を働いた報いじゃ」だよ!
俺は模範的な日本国民だったぞ!
クソ高けえ税金から受信料までしっかり払ってる。万引きだってしたことねえよ。
……なのにゾンビなんかに転生させやがって!
「うー」
(ともかく土中から出るのが先決か)
鼻の粘膜も腐ってるのか、前世に比べたら全く以て働きが鈍い。
が、辛うじて土の匂いを嗅ぐことが出来る。
全身の触覚もいまいちだが、とりあえず土に触れていることだけは分かった。
痺れたように不自由な両腕を必死に掻き回し、頭上の土を退かすと――木漏れ日か。とにかく光の下へ出た。
何度か瞬きすると、視覚がクリアに――ならない。
まるで水中にいるみたいだ。ド近眼って感じだ。物の形は分かるけど、こりゃ字は読めねえな。
土の上に頭を出して、きょろきょろと周囲を確認した。
(緑、木、森、あれは――)
「誰かッ、誰か助けてください……!」
(――あれは。痩せた肉。それから――太った肉ッッッ!)
肉! 肉! 肉!
俺は跳んだ。走れ、走れ走れ走れ走れ――待て、俺はなんで、違う、肉だ。そういえば腹が減って仕方がなかった。痩せた肉の向こうに、よく肥えた脂肪の塊が見える。あれを食いたい、食いたい、食いたい、食いたい!
「おぉおおぉおおぉおおおおお゛」
俺は全身の力を振り絞り、力の限り駆けた。
肉に出会えたことを、全身が歓喜しているのが分かる。無限の力が湧き出している。
俺はうずくまっている痩せた肉を飛び越すと、腕を振り上げている脂肪の塊へ俺は喰らいついた。肉塊は振り上げていた腕をこちらへ振り下ろしてきたが、遅い――こっちが組みつく方が速かった。
肉のくせに無駄な抵抗しやがって!
まずは血管が沢山集まっている喉笛を食い破り、こっちの喉をうるおす。
しかしこの肉塊は鮮度がいい。ばたばたと暴れやがる。
だから左腕を思いきり相手の胸へ突きこんでやった。
すると、どうだ。うまそうな心臓が出てきやがった。こいつは食いでがありそうだぜ。
にしても、どうだ。
こんなに美味い肉は、前世にはなかったな。
食えば食うほど、力が漲るような気がしてならない。
それからしばらく、俺は転生直後の最高の食事を堪能した。
腹によくついた脂肪は舌で蕩けるようだったし、皮膚は噛みごたえがあって「食ってる」って感じがした。筋肉はゴムのようにクソ固かったが、適当に咀嚼して呑み込んだ。腸も粗方引き摺り出して、内臓独特の食感を楽しませてもらった。
「ゾ……ゾンビ……!」
滑稽なのは食事をしている間、痩せている方の肉が「たっ、助けてくれてありがとうございました」「でも、わたしは食べないで」などと喋り続けていることだった。
馬鹿め、胸も尻も薄いお前を誰が食うか。
そう思いながら脂肪の塊をあらかた食い終え、眼球を口に放り込んだ俺は、横目で痩せている肉を観察する。
人間の女。
先程の見立てとは若干異なり、胸や尻はある程度ある。
だがその他の部位に脂肪はほとんどついていないので、食いではなさそうだ。
枯草色の長衣を纏い、杖を持っているあたり……魔法使い、か? ゾンビがいる世界だから魔法使いもいて当然か。
ショートカットで切り揃えた鳶色の髪、同じ鳶色の瞳。
髪の毛は食えないな。涙が浮かぶ眼球は、是非とも舌の上で転がしてみたい。
かぐわしい血の臭いよりも、小便の臭いがキツい。
こいつ洩らしていやがるな。
「おっ、お願いします……まだ死にたくない、です……」
だったら逃げればいいものを、腰でも抜けているのか彼女は動かない。
魔法使いみたいな格好をしているのに、魔法を使ってくるわけでもない――魔法が使えなくなって、さっきの脂肪の塊に襲われていたのか?
まあいい。
「うー。うー」
「ひぃっ!?」
お前は非常食としてとっておくとしよう。
それから俺が肉塊を食い終わる頃合いに、非常食の方も抜けた腰が戻ったらしい。
迷う素振りを見せずに彼女が歩きはじめたので、俺もそれに付いて行くことに決めた。
どうやら目の前の貧相な肉は、この森からの脱出を目指しているらしい。
「……」
「うー」
頭上の枝に2匹の鳥肉がとまって、さえずっているのが分かる。
右斜め後方の木陰には、いい感じに脂が乗った小動物が足を止めている。
……しかし残念なことだ。あれらを捕まえることは難しそうなので、大人しく歩き続けることにしよう。
「な……なんでついてくるんですか」
「うー。うー」
前方を歩く非常食の質問に、俺は「そんなの次に腹が減ったら、とりあえずお前を食って、当座をしのぐために決まってんだろ」と言おうとしたが、やはり喉からは唸り声しか出なかった。
さて。こいつは森から出たら、他の肉と合流するだろうか。そうなると無抵抗ないまの内に食らっておくか? それとも他の肉を食らうために、このまま泳がせておくか? どうしようか。
「もしかして森を抜けるまで、ついて来てくれる……とか、ですか」
そんなことを考えていると、前方を往く非常食が振り向いて、酷く能天気な発言をかましてきた。性格が能天気すぎやしないか、と突っ込みを入れたくなったが、とりあえず「うー。うー」と呻きながら、こくこくと頷いておいた。
「えっ、あ、ありがとうございます! 実は魔力が切れてしまっていまして……」
「うー」
「本当にさっきは危なかったんです、ありがとうございました!」
無防備にもぺこり、と頭を下げる非常食。
血管が集まる白いうなじがちらりと見えて、俺は食欲を誘われたが、すぐに非常食が頭を上げたために思いとどまった。
そして彼女の顔面には、満面の笑みが張りついている。
……こいつがこれだけお人好しってことは、もしかするとこいつの仲間もちょろいかもしれないな。
俺は新たな獲物を期待して、一時の食欲をぐっと我慢することに決めた。