表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

萩野古参機関士シリーズ

萩野古参機関士 現車三十二の六十六

 機関区の待ち合いで、ヘボ将棋を指しているその手を気がつけば目で追っている。それが何だか気恥ずかしくて目をそらす。窓の外の操車場では入れ換えの機関車が走り回り、ハンプから貨車を切り離している。またはそれで出来上がった貨車を出発線に並べている。雪にかじかむ手にフライキ握りしめ、列車を動かすための指示をだす誘導係。それらがよく見える。辺りでディーゼルだか電気への転換教育の教科書を熱心に読んだりそれに書き込みをしている人物もいる。帰りの乗務に向けて運転曲線の書かれた図表をおさらいするけれど、またあの手に視線が行く。何だろうか。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 今度の乗務は雪がきつい。さらに重い。さっき受け取った編成表を元にするなら現車三十二の六十六。夕暮れ時にも関わらず鈍色の雲と雪に、世界の色が吸われたようになって、いまや白黒の二色だ。定時であるものの、旅客列車の遅延のためまだ動けない。石炭も水も余計に食うことになるから、次第に苛ついて無駄に逆転機ハンドルをとんとんと叩く。


「落ち着け。いいか、苛ついたり、焦っているときに事故は起こる。いま苛ついても旅客列車の方は速くならんし、信号も変わらん。」


萩野さんは助士席で煙草を吸いながらそんなことを言う。


「どれ、代わるか?そんなに苛ついとったら、事故んなる。」


罐に煙草を捨てながら、立ってこっちに来る。


「いいか、いい機関士というのは、運転がうまい機関士でも、定位置にピタリと停められる機関士でもない。どんなときでも信号を見違わず、落ち着いて罐転がせる機関士のことだ。今のお前にはダメだ。任せられん。代われ。」


「―――、――――――――。」


「いいから代われ。代わらんと言うなら、己を律してみろ。」


「――!」


「そうか、わかった。だがな、もし信号冒進でもなんでも、ひとつでも事故を起こして見せろ、二度と乗務を許さんぞ。いかなる形でも、だ。いいな?」


「―!」


萩野さんはやれやれとでも言うような感じで助士席に戻る。助士の樋口さんはその間もボイラの水位を保つために注水器(インゼクタ)を回したり、火勢を保つための投炭を繰り返していた。萩野さんは樋口さんを手招きして、何事か耳打ちして、また煙草をふかしはじめる。まだ出発信号機も変わらないし、出発合図もない。またドレン、バイパスが閉塞か確認し、逆転機フルギヤのままストッパーをかけておく。何度も繰り返した。まだ列車は走れない。ブレーキ緩解試験も既に終えている。あまりやるとコンプレッサーに蒸気をとられてしまう。前照灯や運転台の照明のための発電機も回っているが、その排気の蒸気は運転台の屋根に沿うため、屋根の上で凍りつき、運転台の気温を下げている。機関車というものは乗り心地を考慮した機械ではない。それはあくまで一個の巨大なエンジンでさえあればいいのだ。そして自分達機関士、機関助士はそのエンジンの部品でしかないのだろう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 発車、出発進行。後部、オーライ。そのような喚呼の飛び交う発車したあとすぐに吹雪の中を走っていた。風はあまりに強く、視界を失わせる。速度計を見ないで速度を割り出すという術は有るにはあるが、このばあい完全に役に立たない。さらに運が悪いことにこの罐の速度計は動輪から計測するタイプで、空転する度に大きな値を指したり触れ戻ったりする。身を乗り出してもどうにもならない。だけども途中にある中継信号を見落とすまいと逸る気持ちが身を乗り出させる。鼻先までタオルを引き上げて、ゴーグルをかけて。しかしゴーグルに水滴がついて視界を阻害するから外してしまう。運転台に戻ってみると萩野さんが身を乗り出している。鉄道省以来の黒羅紗(くろらしゃ)の詰め襟制服に身を包み、官帽をかぶり、顎紐を確りかけたその姿。官帽の金線が目立つ。負けじとまた身を乗り出して前を見る。左手は砂のコックに手をかけ、右手は加減弁を握りしめ、空転を抑えながら、前方を注視する。中継信号の光点が見えた。斜め。つまりは注意。注意のときの速度制限には気を使う、と言いたいが、そもそもそんな速度が出ていない。二十キロも出ているだろうか。そして大きな右カーブの直後に閉塞信号。これも注意。というか先程の中継信号はこの信号を中継しているものだ。怒鳴るような閉塞注意の喚呼。三人がそれをする。ここからは登り勾配だ。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 運転台から十数メートル離れた暗めの前照灯、その光は雪に反射して視界を奪う。しかし、前照灯は『前部標識灯』だから消すわけにいかない。消したら違法だ。昼間は省略できるにせよ、いまは既に暗く、昼間ではない。


 それを見つけられたのは僥倖だった。線路に横たわる大きな黒いものが見えた。慌てて非常制動をかける。甲高い金属の擦れる音とともに減速して行く。加減弁を閉じて目の前の逆転機ハンドルに手をかけて頭を打たないために行動する。萩野さんは三方コックの軸に手をかけてそれをし、樋口さんは助士席後方の手すりを掴んでそれとする。最後っ屁のような重い音とともにとうとう止まる。一瞬の静寂。そして妙に大きく聞こえる複式空気圧縮機(コンプレッサ)の音。それを破ったのは萩野さんの声だった。


「樋口ィ、見てこいや。」


「あい、わかりやした」


樋口さんは身を翻すようにして雨樋の縦管をひっ掴みステップを蹴るように降りて走っていった。萩野さんがこっちに来た。


「よー見つけたな、若いの。よくやった。さて、ここは登り勾配だ、発車に難儀するぞ。準備せんとな。」


誉められた。心の奥が妙に温かくて、まるで温めたお茶を飲んでひと息ついたような安堵感と歓びが満ちる。促されるまま、逆転機ハンドルを左にいっぱいまで回し後進フルギヤにする。ブレーキを緩解し、加減弁をわずか引く。ブレーキは前側の車両から徐々に解けるから、機関車の後退で列車の連結器の張りつめていたところが押し戻されて遊間を形成する。すぐに加減弁を閉じて、そのコトリコトリという音に耳を済ませて列車を圧縮する。またブレーキをかけてその状態で止める。このときに連結器の緩衝ばねも圧縮されていて、この反発力も利用できる。あとはひたすら逆転機ハンドルを右に回す。そんなに重くはないが、回す量が多いのでフルギヤからフルギヤは面倒だ。


「あー、岩だわ」


樋口さんがステップから上がってきながら言う。


「一人で始末できるか?」


「あぁ、問題ねぇ。」


樋口さんは火掻棒(ポーカー)をもって走っていった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 単弁ブレーキをかけ、昇圧が終わるのを待つ。寒さにボイラ冷やされて、なかなか圧が上がらないのは、助士の頃に嫌というほど経験してきたけれど、そのもどかしさは機関士席についている今の方が大きい。

 やっと安全弁が噴き、発車出来るようになった。まずは自弁ブレーキを解く。単弁は残したまま少し耳を済ませて、単弁を解きその勢いで加減弁を僅かに開く。機関車が僅かに動いたとともに逆転機を引き上げ、ウォーターハンマーを防ぐためにドレンを切る。連結器の遊間と緩衝ばねは伸び、その作用で列車は動き出した。一度動けば如何に重い列車も走る。最後尾の車掌車の動きだしとともにガクリと後ろに引っ張られたように力が伝わり、速度が落ちる。そのあとふたたび列車は加速を始める。ドレンを出しきり、閉塞し、加減弁をさらに開いて逆転機を引き上げ。まだまだ(みち)は長い。 

今の時代は圧縮牽き出し禁止だからナー


ちなみに想定している機関車はD50かD51。

D51は構造的にゴミやがナー


そもそも鉄道貨物は、この時期これしかないから普及したのであって、そうでないなら不要。

トラックドライバーがたらん?気合いでごまかせ。鉄道省のように。台枠に人くくりつけて走行注油させてたくらいだぞ。それに比べればましだ。

危険物はトラックだと法上問題がある?新しく道でもつけりゃいい。鉄道貨物よりゃ安上がりだ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ