第一話 『始まりの日』
第1話『始まりの日』
『魔法』
人類の発展を支えてきた、人類とって欠かせない能力であり
文明の発展が過去から掘り起し、磨きなおした太古の技術であり
そして同時に、人間に平和と新たな争いの種をもたらした、禁断の果実でもある。
太古の昔、人々は魔法を使い自然を支配し、豊かな恵みの元、争い一つなく平和に穏やかに生活していた。民は魔法使いを尊敬し、魔法使いは民の期待に応えるべく研鑽を積む。王は民の為に国を作り、民は王の為に働いた。
その国に笑顔が絶える事は無く、人々は永遠の楽園を手に入れた。
しかし、その国の記録は他の歴史的記録と比べて見てもそれほど長くなかった。
確かにその国が永く続いたという記録は残っている。他の資料からその記録が誇大妄想ではなく、真実である事も証明されている。
にもかかわらず、ある境目から一切の記録が消え失せ、同時に魔法と呼ばれた技術も次第に廃れ、失われていった。
その国に何があったのだろうか?その謎はいまだ解き明かされず、謎のままである。
「何度見ても、オカルトマニアの怪談話にしか見えねえな。」
入学パンフレットとして渡された冊子を眺めて、呟く。
『学園』
俺達の住む『アストリア王国』の王都に建てられた、世界で唯一魔法を専門に教えている学校だ。太古の昔、大きな戦争を終結に導いた伝説の魔導師『銀十字』に次ぐ魔法使い、通称『魔法士』の養成を目的とし、多くの成果を上げている。魔法士はあらゆる職業の中でも最上位の高給と待遇を約束され、一般人とは大きく区別される。誰もが憧れ、誰もが妬む最高の職業。そんなモノを専門に育成し、多くの成果を上げている学校、当然その敷居は驚くほど高い。元々魔法士の力はある程度才能が絡んでくる事から、優秀な魔法士になれる人材は限られてくる。故に、徹底された実力主義が掲げられている訳だが…
正直、俺自身魔法はあまり得意ではない。
なのに、何故この学園に入学できたのか…というと…
「いやあ、遅くなってすまないね。」
やや細身の男がドアを開けて室内に入ってきた。ここは学園の応接室。華美とまではいかないが、明らかに高価なソファや机が置かれている。さすが学園と言ったところか。
「特別入学生の、神代総一君だね。」
「あ、はい。」
特別入学生とは、魔法が得意ではなくとも、とあるテストに合格する事で入学及び編入を許された生徒の事である。『魔法士の価値はペーパーテストや研究成果のみで測られるものではない』という方針の元、全く別の視点から魔法士という存在を見つめなおすため、魔法ではなく、別の物に頼る生徒が必要とのことだ。そして、今年のその枠に上手く入り込めた生徒が俺という訳だ。
「君の配属される一学年の担任を任された黒須だ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
何と言うか、何も面白みのない形式的な挨拶だが…まあ、教師相手ならこんなものか。
「神代…神代か…どこかで聞いた苗字だ。目立つ苗字だからか…」
「はあ…」
「あそうだ!鬼柳家の分家の!だから“武術”か!」
そう。俺がこの学園に入った時に受けたテスト、戦闘能力テストにおいて、俺は武術を用いて試験官を倒し、見事学園入学の切符を手に入れた。
そして、鬼柳というのは魔法を発見した始祖の一族の名前で、俺の旧姓である。
魔法は遺跡から発掘された伝承を基に、再現された技術である。そして、それらを一手に引き受けていた天才の一族が鬼柳家なのだ。
だが、今の俺の姓は神代。つまり、養子に出されたことになる。俺に一切の魔法の才能が無かったために神代家に半ば捨てられる形で養子に出されたのだ…
まあ、こうして学園に入学できたのは神代の武術があったからで、それらを学ぶ機会を与えてくれたのは他ならぬ本家なので、憎んだりはしていない。まあ、好きかと言われれば微妙な所だがな。
「ふむ、君の技術はみんなにとっていい刺激になるだろう。頑張ってくれ。ああ、言っておくけど、くれぐれも問題は起こさないように。」
「分かってますよ。」
「よろしい。では、講堂に行ってくれ。入学式は10分後だから、遅刻しないように。まあ、適当に座って、静かにしているなら最悪寝てても構わんよ。」
「…アバウトっすね」
「変に畏まる事はない。まだ学生なのだからな。」
魔法士ばっかの学校だっていうから色々あるのかと思ったら、結構いい先生っぽいな。
ただ、なんかこの人…色々隠してるような感じが…こう、何かただ者じゃな―――
「では、速やかに講堂へ移動してくれ。」
「は、はい。」
まあ、今考えてもしょうがないか…
この人の言うとおり、今はここを楽しむ事を考えよう。
確か、講堂…だったか。
職員室を出て、右の通路に出る。講堂へは、確かこの通路で良かったはずだ。
通路はとにかくでかかった。素人から見ても高級そうな絨毯に装飾まで、シックな雰囲気の中にも高貴なイメージを見る者に与える。流石、儲かってるだけはあるな。
「…あれ」
廊下の先、こちらに向かって歩いてくる人がいる。入学式まであと8分ほど、この状況でこの廊下を逆走する意味が…
「あ、あの…すみません」
「はい?」
遠目だから分からなかったが、女の子の声だ。この廊下には俺と彼女しかいないから、俺に向かって放たれたのだろう。
「あの…講堂ってどこでしょう?」
講堂…?
この廊下を真っ直ぐ行けば着くはずだし、地図も貰えたはずだ。まあ、地図っつっても正面玄関からほとんど一本道だから迷いようがない…と思うんだが
「ここ真っ直ぐですけど…一緒に行きます?」
「は、はい。あの、よろしくお願いします。」
眼鏡をかけた綺麗な黒髪の女の子だった。自信なさげに伏せた目のせいで少し暗い印象を受けるが、それでも十分に美人だ。
「すみません…」
「いや、丁度俺も会場に行く所だったしさ」
「じゃあ、同じ学年の方…ですか?」
「ああ。特別入学生だけど、一応入学生。」
「特別入学生!すごいんですね!」
へえ…
特別入学生といえば、魔法の出来ないはみ出し者である。黒須先生を始めとする教師陣ならまだしも、生徒に話せば多少なりとも面白くない顔をされると思ったのだが…
「私、根っからの魔法士で、それ以外の取り柄なんて全然なくて…。」
「いや、魔法ができるだけで充分だろ。」
今の世の中魔法がすべて。魔法ができればできるほど裕福な生活と社会的地位が待っている。魔法を使えるということは、単純に生まれた時からある程度勝ち組コースに進めるということ。てっきり、魔法士ってのは魔法を誇りにしてる人間ばっかりだと思ってたんだが、俺みたいに例外もいるらしい。
「お、もう着くぞ。確か、その建物が式典会場のはずだ。」
「あ、すみません。ありがとうございました…!」
「おう。俺は別の方の席だから、ここで。」
「あ、はい。ありがとうございます!!」
女の子と別れ、一人端の席に移動する。特別入学生の席は新入生席の端の端。入口から最も遠い席と聞いたときは、よっしゃ寝れると思ったもんだが、実際に見てみると、真後ろに来賓席やら保護者席やらがある。これじゃあ居眠りなんて夢のまた夢だ。
…あれ?隣の席…
「あ、総一。隣、あんただったんだ。」
高峰愛。俺を引き取った家、神代家の古武術道場に通っていた物好きだ。俺は武術全般だが、こいつは剣術一本。汎用性に欠ける分、俺よりも洗礼されていると言える。さらに、魔法にもそこそこ秀でており、魔法を絡めた剣術はこの学園の中でもかなり上位に食い込むだろう。ただ、若干性格に難がないこともない。
「何やってるの?座りなさいよ。」
「おう。」
言われなくても座るつもりだ。俺は愛の隣のいかにも大量生産品らしい椅子に腰を下ろす。座ると同時に、愛は話を続けた。
「特別枠入ったんだっけ?ま、あんたの腕なら楽勝よね。」
「そっちこそ。入学試験なんか楽勝だったんだろ?」
「まあね。難関と聞いてたけど、拍子抜けだったわ。ずば抜けた天才はいるんだろうけど、下の方の人たちはたかが知れてるわね。」
まあ、確かに…
俺も含め、試験官の教師を倒せた者は6名。強かったは強かったが、そこまで特徴のないただの教師だった。最高峰の教師が揃っているとの事だったが、蓋を開けてみれば優秀な教師などいない。最低限魔法の基礎を教えられるレベルの教師が大半で、本当に優秀そうな人はごく少数。当たり前だが、試験官なんて面倒事は下っ端の仕事。そうして、集められた余り物の寄せ集め試験官を倒せたのが6人だ。俺は反則技みたいなものだからしょうがないとして、残りが5人。今年度入学した総生徒数が150人。
「私はギリギリ倒せなかったけど、ざっと見たところ、5人の中でもトップ3以外はせいぜい“そこそこ”レベル。これは、頑張り次第でキャリアコースかもね」
ちなみに、キャリアコースとは俗称であり、実際はそんなコースはない。しかし、成績優秀者は取得単位、教師研究室への複数登録、はては自分専用の研究部屋に研究設備まで与えられる。また、卒業後も仕事で相当有利に働き、噂では有名な企業の中にもキャリアコース出身というだけで顔パスで幹部待遇就職できる所があるらしい。学年の成績上位者数人に与えられるこれらの優遇を、学生たちはキャリアコースと呼んでいるのだ。
「すげえ自信だな。」
「予想してたレベルより全然低かったんだもん。そりゃ、私でも行けるかもとか思っちゃうもんでしょ?」
「そんなに微妙なレベルだったのかよ…」
まあ、捉えようによっては愛の情報も違った見方が出来る。
5人の中でも“トップ3以外”はせいぜいそこそこ…と言った。つまり、トップ3の奴らだけは少し違うという事だ。
俺は特別入学生。俺の事を良く思わない人間もいる。そんなやつが学年3位以内にいたら…と、考えておかなければならない。あんまり目立ちすぎないようにしないとな。
しかし、トップ3のやつらはどんな奴らなんだ。俺は試験会場が別だったから、結果だけ聞いただけだし…どんだけ強いかどころか、そのツラすら拝めていない状況だ。
…ま、その内いやでも会う事になるか。
「はぁ…長いなあ。ふわぁ…」
隣では、不安や心配事とは無縁の退屈そうな欠伸をかましている。
考え事に集中している間に式は既に始まっており現在は校長先生による有難いお話が始まっている。ワーアリガテー、で?いつ終わるの?
「この校長話なっが…」
「おい、あんましゃべんなって。」
「だって…ずっと同じこと繰り返してるし、何か意味よくわからないし」
「偉い奴の話なんかそんなもんだろうが。黙って聞いてろって。」
こっちだって聞きたくて聞いている訳ではないのに…
特別入学生という立場上、問題を起こすわけにはいかない。真面目に聞かないと…
「…ふわぁ」
「欠伸すんな。ほら、もう終わったぞ。…いや、生徒会長の話だな。まだ終わってない」
「ふぅ…生徒会長の話なら、聞くしかないわね」
「いや、違いが分からねえよ」
「はぁ?ここの生徒会長って――――――」
『新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。』
「…あ」
凛とした男性の声が響き渡る。
壇上で話しているのは男。確かうろ覚えだが、この学園の生徒会長は女じゃなかったか?
『生徒会長が現在所用により不在であるため、急遽代理として皆さんの前でお話しさせていただきます。会長補佐、鬼柳命です。』
隣では、信じられないといった表情で愛が目を見開いている。いや、愛だけじゃない。ほとんどの生徒が同じように目を見開き、ポカンと口をあけている。
それもそうだろう。今壇上に立っている人物がどういう人間か、知っている奴ならみんなこうなる。俺もみんなほどではないが、正直驚いた。
世界には、魔術協会という組織がある。
世界じゅうの魔法士、魔導師を管理し、統率する組織だ。そこには厳格な格付けが存在し、その格付けは全ての魔法士の情報を元に作られている。
そのランクにおいて上位8人に入った魔導師は異名持ち(ネームド)と呼ばれ、さまざまな特権が与えられる。全魔導師が認める最強の魔導師たち。かつて、その頂点に君臨した魔導師が――
壇上の男、鬼柳命その人である。
ある日突然協会を去ったと聞いていたが…
これは、一個上の先輩方は大変だ。何せ、キャリア枠の一つはもはや確定。ただでさえ少ない枠のうち一つがもはや専用席にされてしまう。
平均成績が上がる分、教員はウハウハだろうけど…
「流石…校長よりも演説が上手いな。」
「え、ええ……」
いまだに動揺が隠せない愛を置き去りに、テンポよく挨拶は進んでいく。視線の動き方からして、恐らく原稿は暗記しているか“初めから無い”のか…
“相変わらず”……器用だな
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壇上での話を終え、舞台そでに引く。
手には“白紙”の原稿用紙。全く、アイツもやってくれたものだ。お陰で原稿を用意する暇もなく、その場で考えながら新入生への挨拶をしなければならなくなった。
「ご苦労様。命君。大変だったろう?」
「もう慣れました。」
苦笑しながら、黒須先生と共に舞台裏に向かう。舞台裏には生徒会専用の控室が設置されている。
「しかし、君は本当に何でもできる。壇上に立つことになったのはほんの10分前だというのに、その場で原稿を考えながら完璧に挨拶を終えるとはね。」
「慣れてますから。アイツとは割と長いですし。」
そう。アイツ…今日式をボイコットした生徒会長とはかれこれ長い。
元同じ組織で、実力が近かった故に戦場では共に戦い、多くの戦果を挙げた。
それはまあいいとして、組んだせいで色々な面倒を背負わされ、それらをこなしている内にこんな耐性が付いてしまった。という訳だ。
まあ、今日は壇上に立ったお陰で―――
「ん?なんだか機嫌がいいね。何かあったのかい?」
「いえ、別に。…ただ――」
言っていいのだろうか…一瞬迷ったが、相手は黒須先生。この人は信用できるし、確かアイツの担任だったはずだ。
「…なつかしい顔を見つけたんですよ。新入生の中に。」
「ほう…」
「午後の代表戦が楽しみです。」
代表戦。入学式終了後、午後から行われる伝統行事である。
新入生の学年順位上位の生徒がそれぞれ模擬戦を行い、上級生に力を示す。一年とはいえ学年上位には中々腕の立つの生徒がいるため、毎年みんな楽しみにしている一大行事だ。
今年の学年序列は今朝見たが、中々どうして面白い人材がそろっていた。きっと昨年以上に盛り上がってくれるだろう。
生徒会としては、学年の初めに士気を上げられる良い行事なのだが…毎度毎度発生する賭けや、気分が盛り上がって暴れた生徒の取り締まり等、色々と忙しいのが難点だ。
生徒会治安部の責任者も兼任する身としては、複雑なんだよな。
「おっと、そろそろ式も終わりそうだ。命君は観戦か?」
「審判も兼ねて…ですけどね。」
「特等席じゃないか。」
「そういう見方もありますか。」
「仕事量は少ない方だと思うがな。」
「それを言われると弱いですけど…」
確かに、審判といってもオーバーアタックを防ぐための監視員でしかなく、特に仕事があるわけではない。まあ、実際にオーバーアタックが起きた際に割り込んで戦闘を止められる実力がなくてはならない訳だが。
「君に割り込まれる新入生が今から不憫でしかたがないな。」
「そこまでやりませんよ…多分。」
「それは恐ろしい。」
まあ、本当にたかだか学生に本気を出す事はないとは思うが…
万が一、新入生の中にそのレベルの魔法士がいた時の事も考えておくか。今年の一年生は中々いい人材が揃っているようだし…
「やる気かい?」
黒須先生がニヤリと笑う。
その言葉が何を指すのか、俺には分かっている。
「必要があるなら。」
「そんな子がいるのか?」
「かもしれません。」
ワザと話を濁す。まあ、いずれわかる事ではあるんだがな。
それを知ってか知らずか、ニヤリと笑った黒須教諭はそのまま話を続けた。
「それはそれは…こんな事ならいい席を取っておけばよかったな。」
「実況解説席が空いてますけど?」
「僕に座れと?冗談はよしてくれ。」
「でも、先生は教師ですよね?解説、やってみたらどうです?」
「僕は元々教師なんてガラじゃない。端っこから双眼鏡でも使う事にする。それよりも――」
「会長補佐!!」
他愛ない世間話は、唐突に断ち切られる。
生徒会役員の子だ。治安部も兼任している為、俺の部下でもある女子生徒。
いつもはもう少しクールな子のはずだが、今は息を切らして頬を紅潮させている。相当焦っているようだ。
「どうした?何かあったのか?」
「闘技場のセッティングがまだ完了していなくて…本当は会長が仕切るはずだったせいで指揮が…」
「分かった。すぐに行くぞ。状況は歩きながら説明してくれ。」
「は、はい!お休みの所申し訳ありません。」
「いい。そんな事より時間が無い。行くぞ。」
「はっ!」
黒須先生に一礼すると、憐みの苦笑いが返ってくる。本当に、忙しいにも程がある。
しかし、これが仕事だ。
“学生”を選んだ…俺のな
「頑張れ、少年」
背後から声がかかる。振り向かず、ただ一言…
「…はい。行ってきます。」
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元、最強の魔導師。異名は『銀十字の魔導師』。
現、学園生徒会会長補佐。
今日も相も変わらず…多忙である。
―――そして、彼もまた
「天神代流皆伝、神代総一!!」
雲一つない青空の下、“膝をついた”学年2位の男を前に、誇りある自らの流派を、名を叫ぶ。
――素手だった。
相手は純魔法型の魔法士。魔力量の多さを武器に、弾幕を張り、敵をねじ伏せる事を得意とする。攻撃魔法を持たず、近接格闘しか出来ない俺にとっては最大の天敵と思うだろう。
“普通の奴は”
現に、俺はほぼ無傷。そして、2位はボロボロだった。
「立てよ。」
目の前で目を見開き、呆然としている“2位”に放つ。
「戦い方を…教えてやる…!!」
1話 End