サクラは咲かずに散る
「やっぱり陽奈は、とも君のお話しが気になるの」
ただいま俺…和田 智彦(15)は、絶体絶命のピンチに落ちいっていた。
抜けるような白さの肌。さくらんぼ色した小さめな口をアヒルのようにとがらせ、少し垂れた大きな瞳を潤ませた美少女。
幼なじみである白石 陽奈(15)が、俺の事情もお構いなしに「ねぇ、ねぇ。早く?」とせっつきながら顔を近づけてくる。
その距離はとても近く、今の俺の視界には陽奈の顔しか入らない。
(あぁ、どうしてこうなった)
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キッカケは、リビングで何気ない陽奈の一言から。
早くに母親を亡くした陽奈を自分の娘のように可愛がっているうちのババアは当然、陽奈の進路のことも影ながら心配していた。その陽奈が今、最難関受験校に「無事に合格しましたぁ~」と報せているもんだからババアは、年甲斐もなくキャァキャァと喜んでいる。
ババアの喜びようにつられ、テンションの上がった陽奈が「もう、一足先にささやかでもお祝いしたい気分ですぅ」と言えば、これを聞いたババアが真に受けない訳がない。
明日の昼ご飯にご馳走を用意しておくから二人でお祝いしなさいと妙に張り切りだしたババアの言葉に陽奈は「きゃぁ~。嬉しいぃ!」と小さく拍手をしながら喜ぶ。
これは面倒なことが待ってると確信し、コソコソと部屋を移動しようとした俺を女二人が見逃す訳もなく部屋の片付けという厳命が、この背中に下されたのが昨日の話し。
「うわぁ~。とも君、本当にお部屋綺麗に片付けたんだねぇ。えらいえらい」
「陽奈がババアに余計なこと言うからだろ。ったく勘弁しろよな?ほら早くそっちに座れよ」
渋々ながら片づけた部屋はゴミ一つなく、小さなテーブルにはご馳走やサンドイッチの盛られた皿が並ぶ。こうして昼飯には少し早い時間に始まるささやかなお祝い。
「あぁ―。先ずは、二人共が希望の高校に合格したことに。かんぱ~い!」
高々と上げたグラスを控えめに合わせれば、炭酸の泡はグラスから離れぷくぷくと浮かび上がりはじける。
「しかし、これで陽奈とのくされ縁も切れんだな。まぁ、同じ日に生まれたお隣さんと高校まで一緒っつたら流石に長すぎっしょ?」
「えぇ~。そうかなぁ?実は、そんな風に言いながらもぉ~。とも君はぁ、陽奈のことが大好きだから高校も追いかけて来たかったんでしょ?」
冗談のつもりの陽奈の言葉が、密かに図星をついて俺の心臓を跳ね上げる。思わず、口に含んだジュースの炭酸が喉にひっかかり咽せそうになった。
「ばっ!何をくだらないことを言ってんな。ほら食うぞ」
カッコ悪い所は見せられないと堪え、なんでもない素振りで唐揚げを一つ摘まみ上げる。
「第一、俺が知った所であの進学校は無理無理。ハードル高すぎ。本当にすげーよ。ところで、なぁ。陽奈?それでよ・・・自分の友達にも内緒で、急に志望校を変えたんだってな。何人か、俺に理由聞きに来たぞ」
「えっ?とも君の所に?う、ん。ちょっと、ね」
摘まんだ唐揚げをそのまま一口で放り込む。
「ふ~ん。なぁ、それって昨日、陽奈が帰り際に言ってた相談したいことってやつと関係あんの?」
「あっ、とも君。お口に食べ物入れて話さないの。もごもごしてお行儀悪いでしょ~」
「何だ?うちのババアみたいなこと言ってんな?」
ぷくっと頬を膨らませた陽奈。
「もう!また、艶子ママのことをババアなんて言ってる。駄目なのぉ」
「へいへい、分かりましたよ。ババアのことはいいとして、だから陽奈の相談って何だよ?」
「えっ?私・・・からなの?とも君もお話しあるって言ってたしぃ・・・そっちから先に話してよぅ」
「俺のはいいんだよ。後で」
はいはい、早く話す話すと陽奈を促せば、俺の顔を数秒間見つめていたが、諦めたように持っていたグラスをテーブルに置いて座り直してから口を開いた。
「うん・・・・・・ぁ・・・!!そ・・・の。あ・・・のぅ」
口に出そうとしては引っ込める。陽奈は、胸に両手を当てて何度か深呼吸を繰り返している。
「・・・・・・あっ!の、私ね。あの高校に受かったら今度こそ告白しようと決めてたのぉ。そのぅ、ちゃんと好きですって伝えたくてぇ」
真っ直ぐに俺の眼を見つめてくる陽奈。
(あっ・・・これは。とうとうか?)
だだの幼なじみから卒業。そのステップアップには、告白が必要なことはわかっていた。ここは、俺から先に陽奈に気持ちを伝えなければと、舞い上がる気持ちを精一杯に抑えつける。
「陽奈・・・。そのこ」
「そ、そ、そのね。馬場先輩にぃ!!」
陽奈にかき消された俺の声。
恥ずかしさからか叫んだように言い終わった陽奈は、完全に俯いて耳を真っ赤に染め上げる。それとは対照的に飲み込んだ告白に俺の頭は真っ白に染まり、思考回路がフリーズした。
「ぉ、ぉぅ・・・・・・はっ?馬場先輩?えっ、何それ?」
調子に乗ったことを言えば、陽奈も俺ことを好きだと疑いもしなかった。
『明日、二人にきりになったら相談したいことがあるの』なんて言い残し帰って行った陽奈の後ろ姿に、もしかしたら俺への告白かぁ~?と淡いながらも期待していた。
無言の時間が流れる。
それをどう勘違いしたのか陽奈が顔を上げ、何事かをまくし立ててきた。
「あれれぇ?とも君。馬場先輩のこと知らないかなぁ?すごく有名な先輩だったよ?生徒会で、副会長や会長してた人が馬場先輩って言ったら分かるかなぁ。先輩はね、本当に優しくて、カッコ良くて、頭も良くて、背も高くて、スポーツだって何でも得意・・・・・・特に・・・」
それは、どうでもいい馬場先輩の長所。なのに陽奈は、ひとつひとつ嬉しそうに指折り数えあげていく。そこじゃねえし。
―――忘れてねぇし。
あの眼鏡野郎は、やけに陽菜に馴れ馴れしいと苦々しく思っていたのだから忘れるはずがない。
「あぁ~、よく覚えてないかも。けど他の女子も噂してたの聞いたような気がするわ。でっ、いつからなんだよ」
それ以上聞きたくなくて強引に質問を挟み込めば、何故か陽奈は夢から覚めたように眼をパチクリさせている。
「だ~か~ら陽菜が、馬場先輩のことを・・・その、好きになった時期とかキッカケとか色々あんだろうがよ」
「あっ、ぁぁ。うん。あのね、中学の入学式の日。私とお父さんが体育館が分からなくて困ってたら案内してくれて」
「おい、入学式って。それからずっとか?ほぼ三年間か?」
俺の質問に陽奈は、何か思い出すかのように斜め上の天井を見つめながらポツリポツリ「好き?・・・今、思い返すと最初はただの憧れだったのかもしれないのぉ」と話しだす。
生徒会・副会長として挨拶の時に壇上にいる先輩と眼が合って笑いかけられてドキドキしたこと。職員室前で生徒会のポスターを眺めていたら馬場先輩本人から生徒会に誘われたこと。
一緒に活動してる内に本当に好きになっていったこと。楽しくて、居心地が良すぎて告白できないと思ったこと。
先輩の卒業式の日に『元気でな』って言われて頭を撫でられたこと。
やっぱり告白すれば良かったと後悔して泣いたこと。
「だから陽奈はね、先輩と同じ高校を受験して合格したら…振られてもいいから今度こそ、ちゃんと告白をしようと誓ったの」
そこまで話して喉が渇いたのか、ジュースを手に取る陽奈。ここまで聞いて、俺は一つ疑問に思ったことを口にする。
「なぁ、そんなに好きなら。どうして推薦で受けなかったんだ?陽奈なら大丈夫だっただろ?」
この質問に何故か、陽奈は少し悲しそうに顔を歪めた。
「もちろん受ける気でいたよ。でも、その頃ね、先輩に彼女ができたって噂を聞いたの。だから諦めた方がいいのかなって思って別の高校を受けようとしたの。でも噂はね、ウソだった。けどその時は、推薦の申し込みは締め切ってたから・・・こんなこと誰にも。友達にだってお話しできないでしょ?」
聞いてみれば納得。そりゃ、好きな男に彼女がいるかもしれないから志望校を変えたいなんて俺でも言わないだろうよ。
「そうか。俺も他の奴には何も聞いてないから知らないで通しておくわ。で、その肝心の馬場先輩にはいつ告白するんだよ?」
「・・・えっと、あのね。それで相談なのぉ」
「ん?」
合格発表の日。高校でも生徒会で活動している馬場先輩は、合格者に封筒を配布していたらしい。もちろん陽奈は馬場先輩の列に並んだんだと。
「先輩、陽奈のことにちゃんと気づいてくれて泣いちゃうほど嬉しかったの。それでね、陽奈ちゃんと一緒ならまた楽しい毎日だねって言ってくれて合格おめでとうって頭を撫でてくれたのぉ」 馬場先輩が撫でた所だろうか?手の平を頭に置いて、ウットリと嬉しそうに微笑む陽奈。
「でもぉ、馬場先輩。お友達の人に『おっ、彼女か?』ってからかわれて・・・かわいい後輩だよ。妹みたいなものかなって・・・。ねぇ、とも君はどう思う?これって、陽奈じゃ駄目ってことなのかなぁ?」
「・・・・・・はぁ」
どう思う?も何もないだろ。少なくとも今の話しを聞く限りでは、俺が口にできる答えは一つしか用意されていない。
なんだ?陽菜はここで、脈なしだから諦めて俺にしろよ。と言えば頷くつもりなんだろうか?
「駄目かな・・・やっぱり私、可愛くないし。先輩と並ぶと子供っぽいし」
俺の無言をネガティブに捉えた陽奈の表情は曇り、再び俯く。
「あっ!いやいや、大丈夫だって。陽奈は可愛い方だと思うし!」
学校一の美少女と言われ、テレビで見るアイドルより可愛いと思うんだから充分すぎだろ。
「ほんと?」
ぱっと陽奈の顔が上がる。
「まぁ、陽奈は俺の好みじゃないからな。一般的な話し・・・だぞ。それに思い出してみたら、馬場先輩は確か、いい加減なことが出来なそうな真面目な人に見えたし。振られた訳じゃないだろ・・・って告白もまだじゃねーか。まずは、陽奈の気持ちに気づいてもらって、それから時間をかけて好きになってもらえば良いじゃないんか?」
こうして俺が、御膳立てされた答えを口にすれば、陽奈は瞳をキラキラさせ身を乗りだし近づいてくる。
「本当?とも君。本当に、本当にそう思う?あぁ、良かったぁ~。陽奈は男心っていうのかな?そーゆのが全然分からないからどうしようかなぁと思ってて。ありがとうぅ」
俺の言葉で本気に安心したのか、ふにゃ~と陽奈は笑う。その笑顔に俺の心臓が再び跳ね上がる。
くそぅ。やっぱりコイツが好きなんだよな。
「で、とも君の話しは何?今度は、陽奈が聞いてあげる番だね」
――――馬鹿やろう。俺の話しなんざ話す前から終わったよ。
「あ―。俺の話しは、お前に比べたら大したことじゃねーから言うのも恥ずかしいわ。もういいや」
そうやって、はぐらかせば「気になる!」と陽奈はそっぽを向いて頬を膨らませる。「ほら、ババアが陽奈の為に作ってたんだぞ。食わないと悲しむかもな」と言えば、陽奈は大変!と料理をせっせと口に運びだす。
ご馳走を平らげながら色んな話しをすれば、失恋が嘘のように楽しい時間だけが過ぎていく。
気がつけば、皿の上には飾りの為の葉っぱしか無く、ケーキを取りに行くから待ってろと陽奈に言い残し、空いた皿を持って部屋から出てきた。
カチャ―――
扉が閉まりきると部屋に残る陽奈に聞こえないように溜め息を一つついて台所へ向かう。
(何、浮かれてたんだろうな。俺)
ダイニングテーブルの上には、ババアが食後にと用意していたケーキと紅茶がトレイにセットした状態で置かれていた。それを持って部屋に戻れば、さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のように陽奈は、真顔でアルバムを眺めていた。
カチャカチャとテーブルに置いたカップが鳴る。
その音でやっと俺が戻って来たのに気づいて、ハッと顔を上げ俺を見つめる陽奈。
「ぁ。ねぇ…とも君。やっぱり陽奈は気になるの。くだらなくてもいいから話して欲しいの?」
どうしてか陽奈の方が、緊張してるかのような硬い声。
湯を沸かし、ポットに移し替えるのに五分とかかってないだろう。その間に何があったんだ?
「どうしたんだよ?急に。なんか顔が怖いことになってんぞ」
えっ、嘘?っと両頬を揉む陽奈に「嘘だよ」と言って笑えば、もぅ~とむすくれ、ポカポカと俺の腕を殴る。もぅ、いいから早く教えてほしいの~とせっついてくる陽奈を「本当に大した話しじゃねえぞ」と遠ざけながらも頭の中は大混乱中だ。
もしかして陽奈が好きなことがバレたのか?
どこでだ?なんでだ?
もう誤魔化せないのか?
考えろ、俺!考えろ!!俺ぇ―。
いろんなことがグルグルまわりつつも、先ずは近すぎる陽奈から距離を取ろうと離れて座った俺は静かに話し出す。
頭ん中は、まじでフル回転だがな!!
「俺が陽奈に言いたかったのは・・・・・・もうお互い高校生になるんだから今までと同じって訳にはいかないだろ?って言いたかったんだよ。腕を組んで歩いたり、こうして部屋で二人きりになったりとかな」
うん、これは嘘じゃない。だから俺は、陽奈が好きだと伝えようとしたんだ。
「陽奈は、こんな事をいきなり言われると俺に突き放されたって泣くかなっと思ったらなんか言いづらくてさ。まぁ、馬場先輩のことがあってちょうど良かったかもな。今日、話さなくても自然とそうなっていくかなってってさ。だからいいかなって」
おっ、うまいぐらいに良い言い訳ができたかなと自分でも思う。けど俺の話しを聞いて陽奈は、嫌々と小さく首を左右に振っていた。その眼は、微かに潤んでいる。
「とも君。何で、何でそんなこと言うの?陽奈は今までと一緒が良いよぅ。何も変わりたくないよ?」
小さく首を左右に振った俺。
「これから学校だって変わるんだぞ。幼馴染って知らない奴に一緒に居る所を見られたりして、馬場先輩へ話しがいったりしてみろ。勘違いされたら困んだろ?それに俺も彼女が欲しいしな。だから、いつまでも妹の面倒ってのは勘弁だってのもあるしな」
「えっ?・・・・・・妹?とも君は、妹なんて居ないくせに何言ってんのぉ?」
からかわれていることが解らずに本気できょとんとする陽奈。
「居るだろ?ここに一人」
ニャッと笑いつつ陽奈の顔をじっと見つめる。
(くそぅ。やっぱりこいつのことが好きだわ)
幼なじみとしての期間が長すぎたのか。気がつけば幼い頃から好きだった女の子は、俺ではない別の人が好きだと言った。
「もう、ひっど~い。とも君より陽奈の方が絶対しっかり者だもん」
プクッと頬を膨らませて拗ねる。
「ほら。紅茶冷めるぞ。ちなみにこのケーキはババアが陽奈の為にって大量に手作りしてたからお土産もあったぜ」
「やったぁ~。嬉しい」
うん、大丈夫だ。俺はちゃんと笑って話せてるな。せめて、みっともない姿を陽奈に見せなくてよかった。
ケーキを口に入れ、幸せそうにモグモグしている陽奈。
「陽奈?これから馬場先輩に彼女として、好きになってもらえるといいな。でも、お前なら大丈夫だよ」
これを聞いた陽奈は何故かビックリしたような顔をしたが、すぐに笑顔に変わる。
「うん、ありがとう。とも君に言われたら自信でてきたよぉ。頑張れそう」
「それと。あと、ババアは陽奈のこと本当に娘みたく思ってるからババアには会いに来てやってくれよ?俺のせいで来ないってなったらババアに〆られっから。おい、聞いてるか?ここ大事なとこだからな」
陽奈とのささやかなお祝いは、気づけば四時間も過ぎていた。陽奈を送り出しテーブルを片付ければ、どっと疲労が襲ってきて身体が一気に重くなる。
一人になった部屋。
ダイブするようにベットへ倒れこむ。するとさっきまで陽奈が眺めていたアルバムの背表紙が眼に入る。
二人、手を繋いで乗った幼稚園バス。
大きなランドセルを背負って、はしゃぐ二人。
二人で主役の誕生日会。
毎日、一緒に遊んだ後に家に来て、宿題や予習をするもんだから俺までやるハメになったっけ。
俺の些細な日常には、いつも陽奈がいた。アルバムには、まだまだ沢山思い出がある。
胸が締め付けられ勝手に涙が溢れ始めた。泣きたくないと眼をぎゅっと瞑れば、自然と今日の陽奈の顔が浮かんでくる。
「ちくしょう。消えてーな」
―――俺以外のやつに恋をしている陽奈の笑顔。それを見たくなくてさらに堅く眼を瞑れば、暗く暗い視界の中で重力に意識を下に引っぱられていくような感覚を覚える。
まるで、地球に深く深く沈んでいくような、それが気持ち良くて、俺はどこまでも、どこまでも身を任せたんだ。




