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小麦の短編集

テレビ

作者: 小麦

「やった、ついに完成したぞ!」

 ここは深い森の奥に建てられている科学者の研究所。そこの家主である50代くらいの科学者は、発明が完成したことを知らせに大急ぎで寝ていた助手を呼びに行った。彼らはもう20年ほどこの研究所にこもって様々な研究をしているのだ。彼らの目的はただ一つ、後世に素晴らしい発明を残し、自分たちの研究を役立ててもらうためである。

「ちょっと来てくれ!ついに完成したんだ!」

「……完成したって、あの未来を映すテレビですか?」

 眠い目をこすりながら30代後半くらいの助手が聞く。彼が起こされた時間は朝の5時、目を覚ますには早すぎる時間だ。

「ああ、正確には自分が未来に何を見ているかが分かると言うテレビだが」

 そう、科学者が開発していたのは自分が将来見ているものを映すテレビである。未来の事をいち早く知ることができれば、その技術を今に生かすことができる。そう考えた科学者は、自分の一番信頼できる助手と共にこの研究所に泊まって、切磋琢磨しながら発明を繰り返していたのだ。そして、科学者はとうとうそれが完成したと言う。

「おめでとうございます! で、それってどのくらいまで見られるんでしょうか?」

 助手は聞く。当然研究に協力した者としてはその効能は気になるところだ。

「今はまだ実験段階だから三十年先が限界だが、きっと将来的には自分が見ている景色だけでなく、どの時代のどんな未来でも見通すことができるはずだ。もしこの発明が完成したらきっと世界中が驚きと興奮に包まれるだろうさ!」

 科学者は自分の発明に対して熱弁をふるう。しかし、

「……そうですかねぇ。これって、そこまでの画期的な発明でしょうか? ただ未来が見られるだけのテレビでしょう?」

助手の方はと言うと、どうもあんまり信用している様子ではない。

「画期的ではないか! タイムマシンほど高性能ではないが、一応自分の未来が分かるのだぞ! ……まあ、自分の姿は見えないがな」

「そうですけどね。それに一番の疑問は、そもそもこれ本当に完成してるんですか、ってことなんですけど」

「……もしかして、君は私の発明を信用してないんじゃないだろうな?」

 疑い気味の助手に、科学者は白い目を向けた。自分の発明が信用されてないのだからこの反応は当然と言える。

「そうは言っても、実際に試してみないことには……」

「そこまで言うんだったら今から試してみよう。まずは何年先にする? さっきも言った通り、30年先までならいつでも映すことができるぞ?」

 助手の発言を聞き、実際に試してみようと言い始めた科学者。こうなるともうお互い意地の張り合いである。助手は少し考え、

「そうですね・・・、まずは5年先でいってみましょうか」

 まずは無難に少し先の未来を見てみようと提案した。

「よし、分かった。じゃあやってみるぞ」

 そう言った科学者はそのテレビをつけた。すると、そこに映っていたのはなんだかよく分からない機械とそれを持っている誰かの手だった。その隣では先ほどの助手が一生懸命働いている。

「あれ、ここには博士がいませんが」

「だから、これはこのテレビをつけた人が未来に何を見ているかが分かるテレビだと言っただろう? 私の顔が映ってないのは当然だ。この映像を見ているのは未来の私なのだから」

 そういえば、と助手は思い出す。寝ぼけてやや記憶が飛んでいたが、そういえばそんなことも言っていたな、と。

「だが、ここにも私はちゃんと映っている」

「どこにですか?」

 助手の疑問に科学者は呆れて答える。

「この機械を持っている手だよ。今言っただろう?」

「ああ、そういえば……」

 あの誰のか分からない手は科学者の手だったわけだ。確かにつけた人が将来見ている景色を先に見るわけだから、このテレビをつけた科学者の顔が映っていないのは当たり前、というわけである。

「このテレビ……、一応ちゃんと成功したんですね」

 助手は今更ながら感心したように科学者に言う。

「おお、君にもようやくこの機械のすばらしさが分かったか!」

 科学者も興奮したように声を張り上げた。しかし、その後助手はこう続けた。

「そこまで認めた訳ではないですけどね。……でも、何でこのテレビを作ることにしたんですか? まだ理由を何も聞いてなかったんですが。この機会で未来が見えたからって何か得するようなこととかありましたっけ?」

 すると、科学者は突然神妙な面持ちになった。

「それは、今のまま何も考えることなく時間を過ごしても、ただ人生を無駄に過ごしてしまうだけだろう? だから、この機会で見えた未来以上の努力ができれば、もしかしたら未来が変わるかもしれない、そう思ったのだ」

「で、でも未来が分かってしまったら……」

「分かっている。もちろん、このテレビを利用する人によっては堕落してしまう人も現れてしまうかもしれんだろう。だが、それも含めてそれが我々人類の可能性だと、私はそう思っているのだ」

「博士……」

 助手は博士を複雑な視線で見つめる。

「さぁ、重苦しい話は止めにして、実験の続きをしようか。では、次はいつの時代にしてみようか?」

と再び助手に尋ねた。

「そうですね……、じゃあ限界の30年先にしましょう。これが成功したらこの機械の実験は実際成功したと言ってもいいわけですし。いかがですか、博士?」

「よし、では早速やってみよう」

 そう言って科学者はダイアルを調節してから再びテレビをつけた。しかし、

「おかしいな……、つかないぞ?」

テレビはずっと真っ暗なままだった。何度科学者がいじってもダメだった。

「やっぱりさっきのは偶然だったんですかねぇ……」

助手ががっかりしたように言う。

「……そうかもしれんな。だが、こういうことがあるから、このテレビで見た未来だけを当てにして堕落した人生を送らないようにすることができるのだよ。これで私はきっとさっき見た以上の努力ができる。まだまだ私は成長できるということさ。テレビが完成していなかったのは残念だがな」

 科学者は少しさびしそうな顔をする。

「というわけで、私はもっとこのテレビを改良しようと思う。そうすればこのテレビはもっと確実なものになるはずだ」

 そう自信を持って言った科学者に、助手はあることを頼んだ。

「あの、このテレビを改良する前に1日貸して頂けませんか?」

「この未完成のテレビをか? 別に構わんが、一体何に使うんだ?」

「まあ、気にしないでください。ちょっと試してみたいことがあるんです」

 助手はあえてこんな言い方をした。

「……分かった、何に使うかは聞かないが、決してやる気だけは無くさないようにしてくれよ。お前は私の優秀な助手なのだから」

「分かってますって」

 科学者は疑問に思いながらも、助手にそのテレビを手渡した。



 テレビを借りた助手は、その晩科学者が寝た頃を見計らってあのテレビをつけた。設定したダイアルはさっきつかなかった30年後。すると、

「やっぱりか……」

助手がつけたテレビはちゃんと30年後の設定にすると未来の映像を映し出した。少し年を取ったしわがれた手になってこそいたが、間違いなく助手本人の手だった。そして、その傍らには科学者の姿はなかった。そして、彼がいたのはこの研究室ではない、どこか知らない建物の中だった。

「一体、どういうことだろう……?」

 このテレビがつかなかったのは先ほど科学者が言った通り壊れたと言う可能性ももちろんある。が、他にも可能性はある。それを調べるために助手はテレビを借りたのだ。結果テレビは壊れていなかった訳だが、何故科学者がテレビをつけた時にきちんと映像が映らなかったのか、その原因が分からない。少し考えた助手は、朝方の寝ぼけたままの状態で聞いていた科学者の説明を思い出す。

(これはこのテレビをつけた人が未来に何を見ているかが分かるテレビだと言っただろう?私の顔が映ってないのは当然だ。この映像を見ているのは未来の私なのだから)

 ここまで思い出して、助手はふと思いつく。

「……まさか、あの真っ暗って、博士が目を閉じていた……?」

 しかし、だとして何故映像はずっと真っ暗のままだったのだろうか。少し考えて、助手はある可能性に思い当たった。

「……もしかして、博士は目を開けられる状態になかった……?」

 このテレビの特性的に、未来の映像は目を開いた状態でないと見ることができない。とすれば、目を開けていなかったと考えるのが普通である。

「じゃあ、何で……?」

とそこまで考えて、助手は最悪の可能性に思い当たった。

「まさか、博士、あなたはもう30年後には……」

 それは、最も考えたくない、最悪の可能性だった。



 そして次の日、

「テレビ、ありがとうございました」

 助手は科学者にテレビを返した。

「もうこのテレビはいいのか?」

「はい」

 助手は赤く腫らした目で科学者にそう言う。彼が今科学者にかけられる言葉はこれが精一杯だった。彼にとって、このテレビは未来以上に科学者との過ごす時間の短さを教えてくれたのだから。その返事を聞いた科学者は、

「私もあれから少し考えたのだが、このテレビを改良するのは止めようと思うのだ。そして、このテレビはこの研究所のどこかに封印しておこうと思う」

突然助手にこう言った。

「えっ、どうしてですか?」

 意外な言葉に助手は首を傾げる。確かに、助手としてもその方がありがたかったのだが、なぜ科学者の考えが急にコロッと変わったのか、その理由が分からなかった。すると、科学者は昨日と同じ真剣な顔でこう答えた。

「結局、私が昨日実験に失敗したのは、神様からの未来は知るべきものではない、と言うお告げだったのではないかと思ったのだ。それに、知らないからこそ楽しいことも世の中にはきっとあるのだ、ということにも気づいてな。昨日あれだけ必死にいろいろ言ったのに、こんな風に意見をすぐに変えてしまって君には悪いと思っているのだが」

「そうですね、その方がいいのかもしれません……」

 助手はそう返す。未来なんて知るべきではない、その言葉は既に未来を知ってしまった助手には重くのしかかっていた。

「しかし、目が真っ赤だが、一体どうしたんだ? 昨日は遅くまで起きていたようだが……、何か新しい研究対象でも思いついたのか?」

「い、いえ、何でもないですよ」

 慌てて否定する助手。

「……おかしなやつだな」

 科学者は首を傾げたが、すぐにそんな時間ももったいない、と首を横に振る。そして、助手に向かってこう叫んだ。

「さあ、今日も頑張って研究に励むとしようではないか!」

「はい!」

 助手は博士に合わせるように元気よくこう答えた。その目にはうっすらと涙を残して。

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