ホッフヌング
何か月ぶりの投稿(笑)
私には不思議な力がある。
でもそれは、ずっと秘密にしておくものだとお母さんとお父さんから教わった。誰にも知られてはいけない。知られると、殺されるから。
町の中心から少し離れたところに、レンガと木で造られた家が建っている。周りは木がいっぱいで、まるで小さな森の中のよう。このあたりは水がきれいで、流れる川のそこが透けて見える。人がめったに来ない場所でもあって、自然が多く残っている。
春になると花畑ができて、花でリングを作ってあそぶのが楽しみのひとつだ。
「ヴェリタおいで!!朝ごはんよ!!」
家のほうから大きな声で私を呼ぶ声がした。聞きなれたその声は、ここの風と大地によくなじんでいた。
お母さんの朝ごはんはいつも和食でワンパターンだが、毎日暖かくておいしい。
「今日も母さんのご飯はおいしいなぁ!僕は母さんみたいなお嫁さんもらえて幸せだ。」
お父さんが微笑んでご飯を口に運んだ。お母さんが顔を真っ赤にして俯いていたが、お父さんは毎日同じことを言っているような気がする・・・。
「ヴェリタもそう思うだろう?」
突然お父さんが話を振ってきたのでびっくりしたが、私は微笑んで頷いた。
「そうだね。お母さんのご飯はいつも私たちを幸せにしてくれるね!」
お父さんとお母さんがびっくりして私を見つめた。
「母さんヴェリタがそんなふうに思ってくれてたなんて知らなかった。ありがとう。」
そう言ってお母さんがうれしそうに笑っていた。
お父さんとお母さんは、幸せという言葉が好きだ。だから毎日がとても楽しくて幸せだった。
しかし、幸せな時間はそう長くは続かない。
本来私がここにいられるのが不思議だったのだ。
砂時計がなくなっていくのが私にはわからなかった。
そして、砂時計がなくなって破壊された日は、突然訪れた。
楽しく朝を家族で過ごしていたそのとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。ノックの音は久しぶりに聞いたので妙な感じだった。
「お客さん?こんなところまで・・・誰かしら?」
不安そうな顔をして、お母さんが椅子から立ち上がった。
「いいよ母さん僕が出るよ。」
お父さんが立ち上がったお母さんの腕を掴み椅子に座らせた。
「あんまりそういうのはないことを願うけど、僕が合図をしたら二人とも逃げるんだよ。」
笑顔でお父さんはそう言った。ドアに向けたお父さんの顔が険しい表情になっていたのは、私もお母さんも知るよしもない。
お父さんがドアをゆっくりと開けた。
ドアの前にいたのはとても背が高く、マントをかぶった身分の高そうな男だった。
「こんにちは。トレムンさん。」
顔を見たところ30代後半に見えるが、発せられた太い声でもっと歳が上のように感じられた。
「こんにちは。どなたですか?」
お父さんはいつもと変わらない笑顔でとても落ち着いているように見えた。
「あぁ、これは失礼。私は、ドンガン・マシュベルといいます。本日は王の命令により、トレムンさん一家 を捕らえに来ました。」
笑顔だった男の顔がだんだん恐ろしい笑顔に変わった。
「は?・・・」
何か察したかのように、お父さんは伸ばしていた手のひらをきつく握りしめた。
「あぁ、これまた失礼。トレムンさんと呼ぶのは、やめましょうか?・・・ホッフヌングさんと呼ぶほうが しっくりくるでしょう?」
ドンガンは、まるで化け物でも見ているかのような目でギロリと見つめながら、一歩前に進んだ。
「いいえ。僕は、アルド・トレムンです。」
アルドはまっすぐに男を見つめ、一歩下がることはなかった。
「へぇ・・・そうですか・・・。ホッフヌング家がまさかこの村にあったなんておどろきです。」
アルドが向けたまっすぐな目を哀れむかのような顔をしてドンガンは口角を上げた。
「この国はすべての名字を把握しているんですよ。先代の王からずっとこの国に住んでいる国民の名字は城に保管されているんです。そしてこの名字というのは先代の王自ら一人一人に与えたものです。ホッフヌングという名字がいきなり消えたらおかしいでしょう?」
アルドは拳をさらに力強く握りしめた。
まさか、こんなに早く見つけられてしまうなんて・・・。せめてヴェリタが大人になってから・・・いや、すべてが許されて平和な生活が送れるようになるまで見つかりたくはなかった。先代の王から授かった名字なんて捨ててしまいたかった。あの巻物を作ったことによってこんなことになることを先代の王は気にもしてないだろう。そして自分の先祖もホッフヌングがいてはいけない存在になってしまったなんて考えもしないだろう。そんなことを考え、アルドは覚悟して妻のレイナ・ホッフヌングに向かって手を大きく広げて見せた。アルドの広げたごつごつした手のひらにはホッフヌングの家の者である証に花のあざが刻まれていた。その花は、先が鋭くとがっていて五つ花びらがあった。しかし、残酷で恐ろしいイメージとは違い、とても切なくてかなしい思いが伝わってくるあざであった。レイナはそれを見ると、とても辛く苦しい表情になり、アルドに手を広げ返した。レイナの手のひらにもまた、アルドと同じあざが刻まれていた。アルドの花とレイナの花が向かい合った。
すると不思議なことにその間には光の渦が現れヴェリタの体を包んだ。その光は、ヴェリタを守るように優しく放っていた。
アルドはレイナのことを見て驚いていたが、レイナの考えをアルドは読み取り、ゆっくりと頷いた。
ドンガンは笑みを浮かべてアルドを見ていた。そのドンガンの表情に答えるかのようにアルドは言った。
「そうです。私はホッフヌング・アルドです。」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ドンガンは懐に隠していたナイフを手に取りアルドの腹に突き刺した。
「うっ!!」
アルドは凄まじい痛みに襲われ、腹部から滲み出てくる血で服が真っ赤になった。
「お父さん!!!!」
「アルド!!!」
ヴェリタとレイナが叫んだ。それを聞いたドンガンは今までにない微笑みでナイフを引き抜いた。
「はっ・・・っ」
アルドは痛みと腹部に集まる熱で耐えきれなくなり膝をつき、しゃがみこんだ。
「捕らえに来たと言いましたが、私はあなた方を王のもとに生きたまま連れていくとは言っていません。私は最初から、殺して楽にしてあげてから連れていくつもりでしたよ。ですが、そこにいらっしゃる娘さんは王のもとで一生仕えていただこうと思っていますが・・・ふっははははは。扱いは相当悪いでしょうが、何かと役に立ちそうなので連れて帰ろうと思っています。あなた方は魔力をお持ちのようですが、大勢の人を殺せるほどの巨大な魔力はお持ちではないようですね。実は、先代の王の墓に眠っていた遺書には、純潔の魔力を持った娘は、200年後に生まれてくるだろうと書かれていたんですよ。あなた方の娘さんは200年後に生まれた巨大な魔力の持ち主でおられるそうで、とてもワクワクしますよ。」
アルドはドンガンを睨み付けた。
「ヴェリタは絶対にあなたのもとへは渡さない。」
それを聞いたレイナがアルドのもとに近づき、お互いの手を重ねた。重ねた二人の手からオーロラのような美しい光が溢れ、アルドとレイナが声を重ねて言った。
「べーテン・ヴォ―ル」
その言葉でヴェリタは浮かび上がり、家の外に運ばれた。そしてヴェルタの体が少しずつ消えていった。
「なっ!!」
ドンガンは消えていくヴェリタを見て驚きを隠せなかった。
ヴェリタは自分が消えていくのを見て、アルドとレイナが自分だけを助けようとしているのが分かった。
「お父さんっ!お母さんっ!やめてっ!!私も一緒にっ!!!!!」
アルドとレイナは消えていく自分の娘に優しい笑顔で微笑みかけた。
「私とアルドのその光があなたを守り、正しい世界へと導いてくれる。お母さんとお父さんはあなたをなんとしてでも守るから。」
「僕とお母さんはヴェリタの中で生き続けるから。さようなら。元気で。」
ヴェリタは頬に涙を流しながらアルドとレイナに向かって叫んだ。
「どうして・・・いつも、私ばっかり!!もっと自分の命を大切にしてよ!!!」
その言葉を最後に、ヴェリタは澄んだ空気の中へと消えていった。
アルドとレイナは涙を流し、ドンガンを見た。
「言っただろ。僕たちの娘は渡さないと。」
ドンガンの顔から笑みはすっかり抜け、殺気が体から滲み出ていた。
「娘をどこにやったんだ!!!!」
ドンガンは今までの口調ではなく、ヴェリタがいなくなったことにより、ひどく取り乱していた。それを見たレイナは、ドンガンはどんな方法を使ってでもあの子を捕まえに行くに違いないと思った。だから、レイナはドンガンをこの手で葬りたいと思った。しかし、レイナは人を殺せるような力は持っていなかった。とても悔しくて、苦しかった。
レイナはアルドを見た。彼と力を合わせれば、ドンガンを葬ることができるのではないかと考えたからだ。しかし、腹部を刺されたアルドは多量出血で、息が途切れ途切れになっていた。手にある花のあざも薄くなっていて、とても苦しそうだった。けれど彼の真珠のような青い瞳はまっすぐに敵を捕らえていた。レイナはその強い瞳を見て、自分の命を代償にすれば使うことのできる禁断の魔力を使おうとした。
「レ・・・イっナ!!」
突然アルドがレイナの手首をつかんだ。アルドは、レイナの考えを読み取ったかのように首を横に振った。
「だ・・・めだ。もし・・・君が使おうとしているのがっ禁断の魔力なら・・・こんな奴に使うことはないっ。君は生きて、ヴェリタを迎えに行かな・・・いといけない。そして、あの子を今度こそ守り・っ・・抜かないといけない。だから、この呪いは・・・僕が使うっ。」
「だめっアルド!!」
レイナの手首を振り放し、アルドはドンガンに花のあざを向け、呪いの魔力を使った。
「ユーベル・フルーフ!!」
呪いを浴びたドンガンの顔にはアルド、レイナと同じあざが刻まれ、ドンガンはみるみる若返り、12歳ぐらいの少年になった。アルドがかけた呪いは、どんどん若返り、最後は赤ん坊になり、卵になり、消滅してしまうというものだった。
「貴様ぁっ私に何をっっくっ・・・」
急に若返ったことによりドンガンの体には負担がかかっていた。しかし、ドンガンの殺気はなくなっておらず、腰に隠していた銃でアルドを狙い打った。
レイナはその銃の球をはじき返し、球はドンガンの腕を貫いた。
「うっ!!!」
ドンガンの腕から真っ赤な血が滲み出た。
涙を流しながら、レイナはドンガンに叫んだ。
「その体は長くは持たない。お前は天国も地獄も行けずに消滅して、消えてなくなるだろう。けれどそれは、とてもとても軽いお前の背負った呪いだと思え!」
ドンガンは憎しみに満ちたレイナの瞳を見て、口を開くことができなかった。
もう動くことのないアルドをレイナは抱きかかえた。そしてレイナは、最後の力を振り絞り、天に向かって叫んだ。
「べーテン・アオフ・エアシュテーウング!!」
それはホッフヌングが最後に使った、禁断の魔法だった。
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