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魔王のお仕事  作者:
4/4

魔王のお仕事4

「お兄ちゃんおかえりー」

 あいかわらず能天気にリンが迎えてくれる。

 いつもと変わらなくて少しほっとする瞬間でもあった。

「ただいま。サーラさんは?」

「夕飯、作ってくれてるよ」

 あの人、そういうことも出来るんだな。

 さすがメイド長。

 キッチンを覗くと、慣れた手付きで料理をしているサーラさんの姿が目に入った。

「ただいま」

「おかえりなさいませ、リゼル様。少女には会えましたか」

「会ったよ。少し話もしてきた」

「……回復の早い女ですね」

 ああ、サーラさん的にはまだ意識不明状態でしたか。

「てっきり私はリゼル様が傷ついた少女の寝顔を見たいとか、もしくはトドメを刺したいだとか、そういったことをお考えなのかと思っていたのですが。まさかお話なさるとは」

「俺、魔王だけど心は悪じゃないからね?」

「彼女の回復の早さにも驚きました」

「……なんかあの子、やる気無さそうだったから気になって」

「生活のため、嫌々仕事する人なんてざらですよ」

「サーラさんは? 今、嫌々やってんの?」

「私は、自分が強いのをいいことに、年上の男たちよりも上の立場にいられる今の環境がとても気に入ってます」

「君はときに素直すぎるね」

「年下であるあなたに仕えることも、嫌々ではありませんよ」

 あいかわらず、心こもってんだかこもってないんだか、わからない口調。

 でもサーラさんなら、年下の男に使われるのはまっぴらごめんです、くらいさらっと言っちゃいそうだ。

 素直すぎるから。

「嫌じゃないんだ?」

「仕事ですので」

「もしかして、照れ隠し?」

「脳ミソ焼きましょうか」

「初めて言われたよ、そんなこと」

 死なない程度にやられかねないので、これ以上はやめておこう。




「ただいま、リゼル! 元気にしてたか?」

 翌日早朝。

 父さんと母さんが戻ってきた。

 朝早くからそんなおっきい声出されると辛いんだけど。

「おはよ……。朝から元気だな」

「リゼルは相変わらず朝が弱いなぁ。魔王っぽくていいぞ」

 いいぞ、じゃないよ、まったく。

「リンはまだ寝てるの?」

「さあ。部屋で本でも読んでるんじゃないかな」

「じゃあちょっと見てくるわ」

 母さんがリンの部屋へと向かい、俺と父さんはリビングのソファに腰を下ろした。


「てっきり休業中の2週間まるっと旅行してくんのかと思ってた」

「父さん、そこまでバカじゃないからな。ちゃんと引き継がなきゃいけないと思ってるし」

 バカじゃないのは助かったが、引き継ぐ前提で話進めてるよね。

 まあ、いまとなっては引き継ごうと思ってるんだけど。

 っていうか、引継ぎの意思はもう部下たちにも知れ渡っちゃってるようだし。

「サーラさんからいろいろ聞いたよ。あと、父さんたちが旅行中、1人勇者来た」

「休み中に来るとは、まぬけな勇者だな」

「早く魔王復活させろって言ってたけど。サーラさんに返り討ちに合ってたよ」

 父さんは、少しだけうーんと考え込み、その後、ポンっと俺の肩を叩いた。

「じゃ、そろそろ復活させるか」

「いや、ちょっと待って。引継ぎ出来てないから」

「実践で覚えることもある。まあそんなまぬけな勇者ならリゼルのところまでは来れないだろう。魔王業再開して、全体の流れを見てみるといい」

 まあ、動かなきゃ把握も出来ないんだろうけど。

「ホントに来ないかなぁ」

 復活直後、また倒されたなんてかっこ悪いし。

「サーラが返り討ちにしてたんだろう? 彼女をリゼルの手前に配置すれば問題ない」

「あの人、メイドさんでしょ」

「たが、そこらへんの兵士より強いからな。安心しろ」

「急に休み返上させられたら、部下の人たちも困るんじゃないかな」

「そもそも、そんなに休むつもりはなかったからな」

 ああ、復活まで長くて2週間……だっけ。

 明確に、2週間休暇だって決まってたわけではないのか。

「じゃあ、行くぞ」

「行くってどこに?」

「地下だ。一度くらい行ったんじゃないか?」

 行きましたけど。

 本当に、俺の魔王業始まっちゃうのか。




「先日、定年退職を迎えたわけですが……」

 父さんが壇上で演説する姿を、何人もの部下らしき人たちが見守る。

 俺は、父さんの近くに用意された椅子に座らされていた。

 集まっているのは150人ほどだろうか。

 けれど、これもまた中継されているような気がしてしまう。

 あくまで魔王界の中でだけだろうけど。

「退職祝いのパーティ、どうもありがとうございました」

 この人、そんなパーティ開かれてたのかよ。

 そういうのどうでもいいから、本題に進めって。

「私が退職したと同時に、息子であるリゼルが魔王として職に就きました」

 過去形?

 もう就いてるのか、俺。

「まだ若く、魔王業の知識も少々浅いです。至らぬこともあるとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

 父さんの言葉に、周りからはたくさんの拍手。

 ……なんか、悪い気しないな。

 たぶん俺が勇者に憧れてたのって、誰かに感謝されたいだとかそういう気持ちも強かったし。

 こうして魔王になって、目の前にいるたくさんの人たちや中継先の人たちに感謝されるのなら……。

 されるんだよな?

 いや、されるかどうかは仕事の出来次第か。

「リゼル、なにか話すか?」

 うわ、父さんからのムチャ振り来たよ。

 そういうの困るんですけど。

 しゃべらないと首を振ればたぶん済むよ?

 でも、一応、期待の新人魔王なわけでさ。

 腰抜けだとは思われたくないしっ。

 ……ああもう、話してやるよ。

「……ご紹介に預かりましたリゼルです。……その、父親が魔王だと知ったのはつい最近のことで、初めは戸惑いました。けど、サーラさんからいろいろ話を聞き、魔王でありたいと思うようになりました。まだ、みなさんに教えてもらうことばかりになると思いますが、よろしくお願い致します」

 軽くお辞儀をすると、みんなから温かい拍手が返ってきた。

 ……なに、この人たち、ホントあったかい。

 俺なんて子供だし舐められるかと思ってたけど、受け入れてもらえたんだろうか。


「はぁ……」

 壇上から降り、父さんに連れてこられた部屋のソファに座り込む。

 魔王の休憩室だろうか。

「仕事中はここの部屋を使うといい。経理や人事はそれぞれ担当の者がいる。そういうのは経験のあるその人たちに任せておけばいいから」

「わかったよ」

「人員配置も、担当に任せておけばいい」

「じゃ、結局なにをすればいいの?」

「もちろん、最終的にはそういった部下たちの動きをすべて把握し、助言すべき立場だが。しばらくは、最後に出てって戦えばいい」

 最後に出てって戦うって、いわゆるイイトコ取りだな。

「戦って、勝たなきゃいけないんだよね」

「まあある程度は勝ち続けねばならんが、その点は大丈夫だ。前にも言ったが、武器商人は魔王に勝てるような武器を売っていない」

 そういえばそうだった。

 一撃必殺だったり、致命傷を与えるような武器は売り出されないのだろう。

「でも、俺のレベル、武器商人が知るわけじゃないし」

「まあだいたい平均的な魔王がやられない程度の武器だと思えばいい」

平均的な魔王って?

俺はどれくらいの位置にいんだか。

「魔王側の武器はなにかあるの?」

「ああ。それは専属の職人が作っている」

「専属の職人?」

「勇者側でなく、魔王界に出回る強い武器ばかりを担当している職人だ」

 つまり、うちだけでなく南や西、北の人たちが使う武器でもあるのだろう。

「なんかずるいよな。魔王の優遇され具合」

「勇者は仲間と協力せざる得ない状況になるわけだ。そのおかげで、勇者になれなかった人たちがサポーターとして職を全う出来ることになる」

「でも、そもそも装備が違うってさ」

「こちらが1人なのに対し、3人、4人で挑んでくることもある。そんな勇者たちに対して理不尽だと魔王は言えないのだ。武器くらいでとやかく言っていてはキリがないぞ」

 そっか。

 1対1の戦いじゃないのか。

 武器商人が、魔王の仲間だと考えれば少しは納得出来るかもしれない。

 ……しかし、いくら勇者の武器がしょぼいとはいえ、何人も同時相手となると勝てる気しないんですけど。

「大丈夫か、俺」

「ああ。魔王は強いから大丈夫だ」

「強くありたいものだけど」

「強いよ。父さんの子だからな。はっはっはっ」

 ポンっと肩を叩き、父さんは大きな声で笑う。

 あんまり緊張感が見られない。

 確かに、運動能力テストでは1位だったけれど、それもたまたまかもしれない。

 

「そういえば父さんて、顔割れちゃってるの?」

 外出歩けないとか。

 いや、俺たちと一緒に出かけてたよな。

「父さんのところまで来る勇者はごく僅かだ。仕事のときはそれなりに雰囲気出すための変装もするからほとんどバレてないぞ」

 裏の悪人が、表で普通にウロついてるってことか。

 世の中怖い。

 まあ悪人ってわけでもないんだけど。

「昨日サーラさん、あんまり身元隠してなかったけど大丈夫?」

 父さんは、ため息をつき、1つ咳払いした。

「リゼル。お前はまだ少し勘違いしているようだな」

 勘違い?

「これは仕事だ。プライベートで会った際にいきなり切りつけられるなんてことはまずない。それがマナーでありルールだ。勇者が魔王の正体を言いふらすことも無い」

「勇者の方はある程度、みんなにバレてるのに」

「そういう役割だからな」

 みんなに感謝され賞賛されるのは勇者の方……か。

「つまり、休暇中は勇者とも仲良く出来るってこと?」

「出来んことは無い。仕事だと割り切ってる勇者ならな」

 ……ちょっと冷めた勇者となら……か。

 冷めた勇者で思い出すのは、アンナだ。

 勇者って職業に対して冷めた考え方をしているように感じた。

 あんまり仲良くなれそうにはないんだけど。

 俺は熱い勇者に憧れてた人間だし。


 リーン……

「っ……」

 不意に耳鳴りのような音が響きわたる。

 この感覚は、こないだ味わったあの感じ。

 確か、アンナが地下の入り口を見つけたとき。

「ああ。人員配置もままならないうちに来てしまったか」

「来てしまったか、っていうかまだ復活したっての、みんなに知れ渡ってないよね?」

 早過ぎるだろっ。

「そこなんだが。あまり事情を把握出来てない新人勇者かな」

 父さんが部屋を出るのに合わせついて行く。


「魔王様っ? と魔王様っ」

 行き先はモニタールームだった。

 こないだの男の人がまた、慌てて立ち上がる。

「私はもう退職した。そう畏まるな。誰かが入り口に来たようだが」

「はっ。少女の勇者のようです。実は先日、休暇中にも訪れた者なのですが」

 モニターに目を向けると、確かにそこに映っているのはアンナだ。

 あいつ、またきやがった。

「ああ、リゼルが言ってた勇者か。サーラに返り討ちに合ったとか」

「どうやら早く魔王を復活させて欲しいようで」

「はっはっはっ。稼ぎたくて仕方ないのだろう」

 とっとと稼いで、勇者辞めたいんだよな、あいつ。

「しかし……」

 父さんの声色が少しだけ変わった。

 妙な緊張感が走る。

「サーラが返り討ちにしたと言うからてっきり、少しやる気が失せるくらいの怪我でも負わせたのかと思っていたんだが」

 サーラさんって、普段そういう感じの人なのか。

 敵にしたくないな。

「サーラさん、万全な状態になるには2日くらいかかるだろうって言ってたよ」

「2日か。この勇者が来たのはいつだ?」

「一昨日……」

「となると、完治してない……か、思ったより回復が早かったか」

 あ、俺が教会で話したことサーラさんに伝えたとき、回復が早いとかなんとか言ってたな。

「回復したからといってすぐにまた来る勇者も珍しいですよね」

「そうだな。新人ゆえだ」

「あいつ、元々やる気無いんだよ。だから、やる気を削ぐことも出来ないと思う」

「……なるほど。とりあえず、実力を見よう」




 モニタールームから直接指示を送ることはなかった。

 別の指揮官みたいな人が行動してくれているのだろう。

 その人たちは俺よりベテランだし。

 父さんはもう退職してるし。

 俺はただ、モニターでその様子を眺める。

 下っ端……って言っちゃうとなんか悪いんだけど、それに位置する部下の人たちはわりとさくさく倒されてしまっていた。

「……ね。あれってワザとかな」

 気になって父さんに聞いてみる。

「ワザとだとすればすごい演技力だな」

 ですよね。

 アンナのやつ、自分で言うだけあってめちゃくちゃ強い。

 大した装備じゃないし、スカートだし、やる気無いのは丸出しなんだけど。

 そもそも、やる気のないやつ相手に、こっちがワザと負けてやる義理なんてものは無い。

 仕事として考えても、こっちのロスが多くなってしまうだろう。

「もうこういう人たちはいいからー。早く魔王出してよー」

 アンナが、手下数人を倒した直後、モニターを見上げてそう告げる。

 また、モニターの位置把握してやがるな。

「なかなかやるな」

「父さん、関心してる場合?」

「だがあれくらいならリゼルで勝てるだろう」

 いやいや、大人の人たちが結構やられてるんですよ。

 俺で大丈夫な気がしない。

「一度、やってみるか?」

「は?」

「一度、勇者と戦ってみるのも経験になるかもしれん」

「さっきさ。俺の手前まででしばらくはどうにかするって流れだったよな」

「事情が変わった」

「勇者が強いから?」

「というより若いからだな。リゼルと同世代だろう。こういくら仕事とはいえ、あんな少女を大の大人が痛めつけるのはと気が引けるやつらも多くてな」

 魔王の手下のくせに優しいことで。

 じゃあ、いままでやられちゃった手下の人たちも、もしかしてちょっとは手を抜いてる?

「その点、子供同士なら見ていてそう苦じゃないだろう?」

「子供扱いしやがって」

「子供だろう」

「でも、それで俺が負けたらどうすんのさ。復活後、またやられましたって?」

「しょうがないだろう。……だが負けんよ、お前は」

「父さんだって、別に俺の実力知らないくせに」

「大丈夫だ」

 あまりにも自信満々に言われると、なんとなく自分強いんじゃないかって気がしてくるし。

 でも、元魔王の父さんが言って出るなら、俺に責任は無いよな?

 少し、戦ってみたいのも事実だ。

 戦いたいというより、魔王業の流れを体で知りたい。

 結局は、戦って相手を戦闘不能にさせればいいってだけなんだろうけど。


「じゃあ、行こうかな」

「変装するか?」

「変装?」

 ……アンナとは、また外のどこかで会うことになるかもしれない。

 ルールとして、俺が魔王だということはたぶんバラさないでいてくれるんだろうけど、魔王と勇者じゃ仲良くはなれないよな。

 まあ、元々仲良くなれそうもないタイプだから、いっか。

「変装はいいや」

「じゃあ、こっちへ来なさい」


 また魔王の休憩室へと連れて行かれる。

「これは、戦闘服だ。変装しないにしろ、これくらいは着るといい」

 渡された服は黒く、魔王のイメージにぴったりだ。

「もしかしてこれ、結構な防御力あったりすんの?」

「そうだな。ある程度の攻撃魔法を緩和出来る」

 はい、ずるい武器来ました。

 ついため息がもれてしまう。

「で、剣もどうせすごい攻撃力だったりするんだろ」

「まあそうだな。しかしこれは重いからリゼルは、軽い剣で戦うといい」

 見せてきた豪華そうな剣の隣にあった、なんだか質素な剣を差し出される。

「なにこれ。弱そうだけど」

「弱い」

「即答かよ。いいの? これで」

「それは昔、父さんが売っていた武器だ」

 つまり、魔王には勝てない武器。

 勇者と同等か。

「あの勇者が持っている武器より少し劣るかもしれん。ただお前の潜在能力は引き出せるだろう」

「潜在能力なんて無いよ」

「まあいい。お前はフェアにこだわるタイプだからな。その武器が合っているだろう」

 確かに、出来ることならフェアに戦いたい。

 向こうは1人。

 俺も1人。

「……この戦闘服も少し俺は不満なんだけど」

「万が一の予防策と思え。あの少女、ほとんど攻撃魔法を使っていなかった。その戦闘服は無意味なものになるかもしれん。魔王のために温存して一撃必殺を狙っているのかもしれんが」

 攻撃魔法あんまり使ってないとかそういうの、俺、全然見てなかったし。

 父さん、ちゃんと観察してたんだな。

「勝ったところで負けたと感じることがあっても構わない。負けたかどうかは自分で判断すればいい。ただ、負けるな」

 ……わかりにくいこと言いやがって。

 要するに、戦闘服の防御力に頼ることなく勝てりゃいいんだ。

「わかったよ」

「あともう1つ」

 まだあるのか。

「魔王には、逃げるが勝ちという言葉あがある」

「逃げるが勝ち?」

「そうだ。勇者は魔王に逃げられたら負けだからな。どうしてものときは逃げなさい」

「っ……」

 んなかっこ悪いこと出来るかよ。

「逃げないよ、俺は」

「……まるで勇者だ」

 そうだ。

 俺は勇者に憧れてここまで生きてきた。

 例え本物の勇者が憧れていたものと違っていたとしても、俺の憧れた勇者像は残ってる。

「勇者は、逃げない」

「……お前は魔王だから逃げなさい」

「……負けそうになってから考えるよ」




「いっきなり敵減ったじゃん。もう迷路みたいだし」

 ドアの向こうでアンナの声が響く。

 手下の数は減らした。

 俺と直接戦うため。

 こんなにあっさり戦えるなんてありがたく思え。

「魔王様、準備はいいですか」

 サーラさんに案内された大広間が戦場だ。

 父さんはモニタールームだろう。

「授業でやった模擬戦闘のノリでいいんだよな」

「はい。模擬ではなく本物の戦闘ですが、お仕事です。気を楽にしてください……と言いたいところですが、あの勇者は新人ゆえ、あまりわかっていないでしょう」

 それは俺も薄々感じていたことだけど。

「というか個人的にムカつくので私がもう1度血祭り……もとい、返り討ちに合わせたいところですが、何分これも経験、魔王様にお譲りします」

 相当腹立ってるね、この人。

「ねえ、サーラさん。こないだ戦ってみて強かった?」

「……私ほどではありませんが。体の回復の速さは認めましょう」

 いまにも舌打ちしそうなサーラさんから告げられた言葉。

 要するに、強いんだろう。

 これが俺のデビュー戦……。

「万が一にも、負けそうになりましたら助太刀することをお許しください」

 ……フェアじゃない。

 手は出されたくない。

 けれど、何百人もの生活がかかってる。

 それがずるいことだとしても、今、負けてはいけないのだろう。

「わかった」




 ギギ……と、重苦しい音を立て大きな扉が開く。

 アンナだ。

「……やあ」

 って挨拶するのもおかしいか。

「あれ。えっと、確か……そうそうリゼルだー。どうしたの? 勇者じゃないのに魔王の城入り込んじゃって、危ないよー。……っていうかそんなこと普通出来ないよね」

 なんで? と言わんばかりに首をかしげて俺を見る。

 まあ、俺がその魔王だからです、ってことなんだけど。

「あいかわらず態度の悪い……もとい、勘の鈍い女ですね」

「あ、こないだの人」

「太ももなんて露出させてやる気あるんですか」

「君のそのメイド服も戦う格好には見えないよ」

 サーラさんは戦う人じゃないんだよな、本来。

 というか、俺のこと放置しないでください。

「あの、アンナ。サーラさんも。ちょっといい?」

「うん、なに?」

「えっと……。戦おうか」

 

 ……切り出し方間違えた?

 アンナはきょとんとした顔で俺を見たまま。

 サーラさんはわかりやすくため息をもらす。

「いや、だってわかんねーしっ。なに、俺が魔王だ勇者め、とか言えばいいわけ?」

「正解です、魔王様」

「うわっ、恥ずかしい。恥ずかしいよ、それ」

「見てるのは魔王界の一部と勇者だけですからご安心を」

「逆にそれだけしか見てないなら、そう張り切る必要無くないかな」

「雰囲気は大事です。お互いの士気に関わりますので。まあそこの勇者にはそもそも士気なんてもの存在するかどうか怪しいですけど」

「酷いなー。ときには士気があがることもあるよ」

 そう言いながらも、少しかったるそうに自分の長い髪を指先で摘んで眺める。

 やる気無さそうだな……。

「えっと、アンナ。俺がここの魔王だから。帰ってもらうよ」

「それ、本気?」

「ああ、本気だよ」

「……リゼル、勇者に憧れてるとか言ってたじゃん」

「憧れてたよ。……いや、いまでも憧れてる。だからアンナみたいなやる気のない勇者は認めない」

「ふーん……」

 髪を弄っていたアンナが、ジっと俺を見つめる。

 この視線。

 鋭くて目を逸らしたくなる。

「やる気なんてね。人の目には見えないんだよ」

 カチャっと剣を引き抜く音が響く。

 ……やっぱり剣術か。

 俺もまた剣を引き抜いた。

 一対一なら負けるもんか。

 相手は女だし。

 大した苦労もせず勇者になった相手。


「いくよー」

 わざわざ宣言してくれてからアンナが俺へと距離を詰める。

「ははっ……」

 ルナより遅いな。

 これくらいなら余裕だ。

 切りつけようとしてくるアンナの剣をことごとく打ち返す。

 キンキンと、金属音が辺りに響いた。

 一定リズムで繰り出されるアンナの攻撃を返していると、空いているアンナの左手が少し赤く光る。

「チッ……」

 攻撃魔法か。

 たぶん、防御しなくともこの戦闘服で守れるんだろうけど不服だ。

 すぐさま、その手を蹴り上げる。

「あっ……」

 計画が狂ったのか、アンナの動きが一瞬止まった。

「情けは無用です」

 サーラさんの声が響く。

 こいつは負けをすぐ認めてくれそうにないしな。

 それに回復能力には優れてそうだ。

「わかってる」

 動きを止めたアンナの腹へと思いっきり膝蹴りを食らわす。

「ぅああっ」

 うめき声をあげるようにして、アンナの体が宙へと浮いた。

 そのまま後ろへと吹っ飛び壁に激突する。

 ……なんとか勝てる相手だな。

「ぁはっ……ははっ……。強いねぇ、リゼル」

 激突し、座り込みながらも笑って俺を見上げる。

 ……ちょっと怖いな、こいつ。

「いったいなぁ。……でも、なに? その手の抜き方。ちょっとイラっとするなぁ」

「……手の抜き方?」

「そうだよ。やるなら剣で刺せよ。ぐさーってさぁ。しばらくやる気無くすくらいに内臓掻き回してくれたら、ホント、辞めようかなって思えるのに」

「……思えるもなにも、どうせもう辞める気だろ」

「そうなんだけどねー」

 ホントに。

 なんでこんなやつが勇者なんだよ。

 なりたくてもなれないやつがいんのに、なんでこいつがっ。

「お前、勇者の枠空けろよ」

「なに、勇者の枠って。そんなのないよ。資格取ったやつが勝手にやって、まあ稼げない弱い子は消えてくんだろうけど」

「頼むからやめてくれよ。その資格でさ、他にも仕事あんだろ? これ以上、勇者語ってんじゃねーよっ」

「しょうがないじゃん。私、強いんだもん」

 しょうがない?

 くっそ。

 理不尽だ。

 なんで、強い?

「……努力でもしてんの?」

「努力? そんなめんどうなことするわけないじゃん」

 ゼロは、お前の何倍も努力してる。

 そもそも、強けりゃいいってもんじゃないだろ。

「勇者ってのは……っもっと熱くてかっこいいんだよっ!」

 剣を大きく振りあげる。

 座り込んだままのアンナめがけて。

 キーンっと、また1つ大きな金属音が響いた。

「リゼル、モーションでか過ぎ。なにその大振り。いくら私でもそれはとめるよ」

「冷めてんじゃねーよっ」

 足でアンナの体を蹴りつける。

 ……こんな風に女の子蹴るなんて、初めてだ。

「っ……あのね……こっちだって好きでやってんじゃないっての」

「なんだよ、それ……」

「言ったでしょ。親が勇者だったって。親の期待とか世間の期待とか、そういうのあんだよ。嫌々なんだよ。それでも泣き言言わずやってきてんだよ。とっとと大魔王倒して成果あげて、解放されたいんだよっ!」

 わめき散らすようなアンナの声が響く。

 親の期待?

 世間?

 なんだそれ。

「そうやって……嫌々やってるやつが、なれちゃうんだ……? 努力もしてないのに」

「努力努力ってなに? 君、勇者に幻想抱き過ぎ。リゼルだって、努力してないんでしょ」

 俺は勇者じゃないからいい……なんてこと言えるはずがない。

 元々は勇者になるつもりだった。

 もしかしたら努力せずになっていたかもしれない。

 それは生まれ持った身体能力で、ありがたい物だと思ってる。

「あはは。努力してないもの同士じゃん」

「一緒にするなっ」

「リゼルも、嫌々魔王やってんでしょ」

 しょうがなく。

 親が言うから。

 ……なに。

 俺ってアンナと一緒?

「俺は……っ」

「あのねぇ。魔王こそなりたくてもなれないやついるんじゃない? 才能あってもたぶん駄目でしょ。そういう人たちの分まで背負ってるって態度には見えないよ」

 

 キーンっとまた大きな金属音が響いた。

 俺が振り下ろした剣が、アンナの剣にあたり、アンナの手から落ちる。

「俺は確かに努力してこなかった。でもっ……いまは魔王でありたいと思ってんだよ。お前みたいな勇者、ぶっ倒したいからなっ」

 地面に転がるアンナの剣を蹴り飛ばし、自分の剣をアンナの体へと突き刺す。

「ぅっ……ぁあっ」

「なにが強いって? 弱いんだよ、お前。んなラクに勇者業務まると思ってんじゃねーよっ!」

 引き抜いた剣をもう一度、刺し込もうとした所で誰かが俺の腕を掴んだ。

「離っ……」

「ショックで気を失ってます。あと、出血が酷いので軽めに治癒だけして、今回は病院へ運びましょう」

 サーラさんだ。

 目の前のアンナが、腹から大量に血を流していた。

 これをやったのが自分だと思うと、頭がくらくらする。

「俺……っ」

「立派なデビュー戦でしたよ」

「ここまでやるつもりじゃ……」

 止められてなければもっとやっちゃってたかもしれない。

「確かに、無駄話が過ぎましたね」

「…………っ」

「しかし私はすっきりしました。魔王様が黙ったままでしたら、私が勝手に割り込んで脳ミソ焼いていたかもしれません」

 脳ミソ焼くってどんなんだよ。

「…………私も、勇者に憧れたことが無いわけではありませんので」

「え……」

「ではとっとと運びましょう。私がその子の体を持ちますゆえ、剣をお願いします」

「いや、逆でいいよ。それよりさっき……」

 勇者に憧れたことが無いわけじゃないって。

 憧れてたってことだよな。

 父さんが、サーラさんを俺につけたのがなんとなくわかった。

 もちろん、サーラさんがなんでも出来るメイド長だからってのもあるだろうけど。

「サーラさん、勇者好きなら好きって早く言ってよっ」

「そんなことを言った覚えはありません。なに笑ってるんですか、気持ち悪いです」

「ちょ、気持ち悪いってっ」

「失礼しました。そのようなにやけ顔は似合いません」

「言い直すならもうちょっといい感じに言い直してよ」

「血が乾くと落ちにくいので、早く済ませましょう」

 アンナの体を抱え上げ、すたすた廊下へと向かってしまう。

 力持ちだな。

「サーラさん! 1つ聞きたいんだけどっ」

「なんですか、まったく」

 またため息。

 このため息にもだいぶ慣れてきた。

「……あのさ。どうしてこの仕事についたの?」

「以前申し上げたはずです。私の家は代々魔王様に仕えるメイドで……」

「でもサーラさん、妹だっているみたいだし。選択の余地あったんじゃないの」

 これは俺の勘だけど。

 サーラさんの実力なら勇者になれただろう。

 現実を知ったところで、仕事だと割り切ることも出来そうだ。

 家業を継ぐより自分の意思を通しそうなイメージもある。

 それでも勇者にならなかった。

「……私がこの仕事に就いたのは……魔王様。たぶんあなたと同じ理由です」

 背中を向けたまま、そう言った。

「適当に解釈するよ、それ」

「どうぞご自由に」

「俺は……やる気のない勇者、ぶっ倒したい」

「……世の中、好きだからこそ許せないものもありますからね」




「おはよう、リゼルくん」

 朝、教室へ入ろうとする俺へとかかる声。

 ルナか。

「おはよう」

「……見たわ。昨日の戦闘」

「なにそれ」

「勇者ぶっ倒したいって。かっこよかったじゃない」

 耳打ちされ血の気が引く。

「なに……なんのこと……」

「東の魔王デビュー戦。私も覗かせて貰ったから」

 待て。

 東の魔王って?

 なんで割れてんの。

「あ……アンナの友達?」

 アンナのやつ、バラしやがって。

 いや、ルナは覗かせて貰ったって……どういうことだ?

 つい考え込んでいると、ルナがくすくす笑う。

「まだ、顔合わせもしてないものね。……私が南の魔王よ。よろしく」

 南の魔王?

 南って確か、父親が病死しちゃって、若い娘が後を継いでるっていう……。

 チラっと後ろに着いてきていたサーラさんへと目を向ける。

「……歳は1つ下ですが学年は一緒でしたね」

「そこじゃなくて。なに、サーラさん知ってたの?」

「当たり前じゃないですか。そもそもこの年代の女でありながらあのズバ抜けた身体能力は、魔王の血を引く者と考えるのが妥当です」

「……俺が強いのって、魔王の血引いてるから?」

「いまさらなにを言ってるんですか」

 努力しなくても強いのは、血筋ってことか。

 そうは思ってたけど、いざ肯定されるとなんだかちょっと悔しい。

 所詮親の七光りなのかなって思っちまうし。

 ……そっか。

 アンナも、勇者の子供で、生まれた頃から強かったんだろう。

 だから努力しなくても勇者になれた。

 それを俺は、憎く感じた。

「リゼル様。生まれ持った才能や環境は誰にでもそれぞれございます。……もしリゼル様が努力せず魔王になったからといって、手を抜いたお仕事をなさるような男であれば、私が叩き切っておりました」

「怖っ……」

「熱いお考えをお持ちだからこそ、こうして仕えているのです」

「……ありがとう」

 せめて親から貰ったこの身体能力を最大限生かして、腐った勇者を叩きなおそう。

「ルナは……南の方はいま、大丈夫なの? その、魔王様が学校なんて来てて」

「大丈夫よ。私の仲間はみんな強いもの」

 ルナのところまでは来ないってことか。

「それを言うならリゼルくんの方こそ、大丈夫なの?」

「ああ、うちは……魔王の扉は夜にしか開かないって設定、取り付けたから」

「そう。お互いがんばりましょう。まあこのクラスの勇者志望は敵じゃなさそうだけど」

 この人、偵察しに来てるのか。

 南は熱いからな……。


「ああ、リゼルっ! くっそー。魔王復活したってのに、全然俺は強くなれねーしっ。どうすりゃいいんだよっ」

 教室の奥で、あいかわらずゼロがいつものように声を荒げる。

 ちょっと頭に響くな。

 復活の話、もう世間に出回ってんだな。

「ゼロくん、がんばってるのね。放課後、私が手合わせしようか」

 サーラさんって、こういう熱い勇者志望のやつ好きなんだろうな、本当は。

「いいよ、別にっ。1人で……っつーか男とやるしっ」

「いいじゃない。そこらへんの男の子より私の方が強いし」

「リゼルっ、リゼルとやるからっ! つーかお前、1回くらい俺の特訓付き合えよっ」

「模擬戦闘で、そろそろあたるんじゃないか」

「そういうのはただの授業だろ。お前見るからに手抜いてるし。本気出せよなっ」

 ああ、バレてたか。

 手を抜いてるっていうか、そこまで相手に怪我させたくないんだけど。

 ……まあゼロの言う通り、どうせ勝てるからって、冷めてちゃどこぞのやる気のない勇者と同じだ。

「じゃあ、ゼロが勇者になったら本気で手合わせしよう」

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