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魔王のお仕事  作者:
3/4

魔王のお仕事3

「おかえりー! あれ……」

 家の鍵を開け、出迎えてくれたリンが俺たち2人を見て、おろおろし始める。

「ああ、リン。知ってるだろ。サーラさん」

 いまはちょっと変装してるけど。

「……でも」

 秘密だったんだろうな。

「大丈夫です。リン様。私はリゼル様とお話するために今日は来たのです」

「秘密は?」

「ええ。リゼル様とリン様と、私の秘密ということで」

 結局、母さんたちも知ってるんだろうけど。

 リンは、なにか納得した様子で頷いていた。


「リン様は素直で本当に……」

 扱いやすい。

 そう言葉を続けることはなかったが、たぶんそういうことだろう。

 父さんの部屋へと2人で移動し、サーラさんが鍵をしめる。

「鍵、またしめるんだ?」

「リン様が来ては困りますからね」

 サーラさんの被っているネコがはがれた状態を、リンに見せるわけにはいかないってことか。

「で、他の魔王の話って?」

「顔合わせを先延ばしにするのは構いませんが、とりあえずどんな人たちか知っておくべきだろうと」

 基本、関わらない人たちなんだろうし、知らなくてもいいような気もするが。

 あれか。

 関わらないけど学校長のことはある程度知っておいた方がいい、みたいなそういうノリか?

「まず4人いると昨日お話しましたが、東西南北に分かれております」

 なるほどね。

「私たちが位置するのは東です。東の魔王と言われたらリゼル様、あなたのことだと思ってください」

 東の魔王か。

 慣れないな。

「まず対極する位置に所属している西の魔王様です。現在52歳。2人息子がいるため定年後はそのどちらかが継ぐでしょう。すでに2人とも、手下の一員として西で働いております」

「……西の魔王の子供って、もう結構歳いってんの?」

「そうですね。20代後半だったかと」

 ああ。

 それくらいの歳なら聞き分けもいいだろう。

 家業を継ぐ気があって、今は父さんの仕事を手伝ってて。

 ホント、微笑ましいことで。

「西の魔王様は主に風の力を得意としております」

「風の力?」

「そうです。風を用いた魔力ですね」

 魔力か。

 あんまり俺は学んでないな。

「続いて北の魔王は三十過ぎのいい男です」

「うん?」

「容姿端麗、その上強く地位もあり、モテまくりの男です」

「……ずいぶん持ち上げるね。もしかしてサーラさん、本当は北で働きたかった?」

「私が仕事に私情を挟むような女とでも?」

「仕事とは別で、気になってはいるんだ?」

「まさか。そのようなみんなが好むような物には興味ありませんので。あくまで一般的な世間の目でものを語ったまでです」

 サーラさん個人の意見ではないと。

「その人はなにか、得意なものとかあるの?」

「幻術、幻惑が得意だと聞いております」

「……その容姿端麗っての、幻術じゃ」

「……なるほど」

 なるほど、じゃなくて。

 一度会ってみたくなってきたな。

「さて。最後に南の魔王様です。南の魔王様はまだ十六歳の少女です」

「十六歳?」

 リンと2つしか違わないじゃないか。

 というか、俺とも1つしか違わない。

 しかも年下。

「……ってことは、父さんよりモテない魔王がいたってことか」

「違います。そちらの先代の魔王様はご病気で早くに亡くなられたのです」

 あ、そうですか。

 なんだか申し訳ない。

「病気なの? 勇者にやられたとかでなく」

「勇者ごときがつけた傷くらい、治せますからね」

「サーラさん、やっぱ勇者嫌いだよね?」

「……南の魔王様は、とても優しいお方でした。流行病で亡くなられたのです。そのとき、村でも魔王様と同じように病で倒れる者が何人かおりました。……天命と言わざる得ないご病気です」

「それは、お気の毒な……」

「それだけではございません。その流行病は魔王の仕業だという噂が広まりました。それでも、魔王様は否定しませんでした。する機会もないのですけれど。仕事をまっとうしたのです。自分は悪者であるべきだという」

「でも、勘違いされたまま、悪いやつだと思われたまま死んじゃって……っ。いいのかよ」

「魔王様は手下の方たちに向けて、お前たちがわかってくれるのならば、それで充分だとおっしゃられたそうです。あの方は魔王の仕事に誇りを持っておられました。それを今、お嬢様が引き継いでいらっしゃるのです」

「魔王が死んだことは、村の人たちは知らないの?」

「通常、リゼル様のように先代の魔王様が一度倒され、少しの休暇を挟み入れ替わりを行います。何人かいる勇者同士がすべての行動を把握しているわけでもないので、どこかの勇者にやられた、と倒されたフリをすることも出来ます。ただ、お嬢様はそういったことをなさいませんでした。完全なる引継ぎを行ったのです」

 完全なる引継ぎ……?

「どういうこと?」

「南の魔王は死んでなどいない、いつでもまた流行り病はやってくる、悪い魔王のイメージを残したまま、入れ替わりを成し遂げました」

「じゃあ、村の人たちは今、魔王がそんな若い女の子だってことも知らないんだ? あ、勇者ならわかっちゃうか」

 サーラさんは小さく首を横に振る。

「長年、先代の魔王様に仕えていた腕利きの者たちが、魔王様に会わせまいと勇者を返り討ちにしておりますので」

 知らないまま、か。

「これは協会でも少々問題になっております」

「駄目なの?」

「お仕事ですので。たまには勇者が勝たねば、勇者に憧れを持つ子供が減ってしまいます」

「……なるほど」

「しかも、流行り病がいつまた来るかわからないと、村の者は怯えるばかり。子供の夢どころではありません。あと、ここ最近、大魔王様のお仕事が無いのは、南の魔王様のせいですね」

 4人倒さないと、大魔王への挑戦権が得られないんだよな、確か。

「大魔王様への挑戦権を得るには、各魔王様に勝ったという証が必要となりますが、南の方たちは、勇者やそれを取り巻くものを毛嫌いしておりますので、なかなかわざと負けるなどという都合のいい嘘をついてはくれないのですよ」

 確かに、負けてないのに負けただなんて言いたくはない。

 魔王が少女だってこともバラしたくないんだろうし。

「でも、それが仕事だろ」

「リゼル様、わかってらっしゃいますね」

「……一応」

「魔王業とは、ときに感情を捨てねばならないのです」

「うん……。わかるよ」

 でも、南の人たちの気持ちもわかる。

 それになんだか、かっこいいだなんてことも思ってしまう。

 仕事とはいえ負けたくない気持ちとか、団結力とか。

 なに。

 勇者よりかっこいいんじゃないの?

「あ、俺は? 東の魔王はそういうかっこいい話、なんかある?」

「……あるわけないじゃないですか」

「え……」

 サーラさんの目がものすごく冷めている。

 いつの間に用意したのか、紅茶を一口飲む。

 あの、また中継とかされてませんよね?

 さすがに二日連続とかそれは無いよね。

「息子を甘やかして魔王業に一切触れさせず、定年退職しちゃって強引に引き継ぎを行ってる魔王様ですよ」

「ちょっと、もっといい感じに言ってよ。他でそんな説明されたら俺、イメージ最悪だし」

「事実ですけどね」

 まあ、そうですけどね。

 俺ももう少し、考えを改めよう。

「しかし、東の魔王様は部下の方にとても愛されてましたよ」

「え……」

「私たちの顔や名前はもちろん、得意な武術、魔術などを把握しておりました。時には声をかけ、奥様は美味しい手料理を振舞ってくれることもありました」

 ……よかった。

 部下に愛されてないまま引継ぎとかじゃなくて。

「ですので、リゼル様。せめて顔と名前くらいはとっとと覚えてくださいね」

 ……200人?

 いや、家族は覚えなくてもいい?

 だとしても、外にもいる?

 そもそも部下は何人なんだ。

 ……それすらわかってないって問題だよな。

「うん……善処します」


 西の魔王はおじさんで。

 北の魔王はイケメンで。

 南の魔王は少女。

 いずれ顔合わせみたいなこともあるんだろう。

 俺は適度に戦ってたまに倒される、という仕事をすればいいんだと思う。

 やる気がないわけじゃない。

 それが仕事。

 逆に言うなら、ごくたまにしか倒されちゃいけない。

 そうだよな。

 そもそも普段勝たなきゃいけないんだ。

 大丈夫か、俺。

 ああ、南の手下たちみたいに、俺のところの部下は強くいてくれるのか?

 万が一、ルナやゼロが来る日があるのなら、俺と会う手前で部下の人たちに返り討ちにされて欲しい。

 いや、勝たせたいけど。

 戦いたくはないな。

 友達を戦闘不能状態に追いやるってのもさ、難しいって。

 やっぱり、やるくらいならやられるか。




「おはよー。リゼ……」

 あいかわらず元気よく声をかけてきたゼロの口が、俺の背後を見てか固まる。

 ええ、俺の後ろにはサーラさん。

 若作りしてネコを何匹か被って着いてきた。

「おはよう。その、ちょうどさ。少し前に会って」

「ふ……ふーん」

「おはよう、ゼロくん。ゼロくんも勇者志望?」

「お、うん」

 女だとか以前にゼロに声をかけるやつなんて珍しいからな。

 ゼロだけじゃなく、周りも少し引いた目で俺たちを見守っている。

「勇者に向いてそうね」

 どういうつもりだ。

 不法侵入しそうってか?

 ……くそ。うっかり納得しそうになった。

「お前も、勇者志望なんだろ」

「……とりあえず、資格は欲しいわ」

 サーラさん、もう持ってるけどな。

 たぶん、俺が聞いた以外にも、勇者に与えられる権利ってのはいろいろあるんだろう。

 そうか。

 ただ単純に資格が欲しいって人もいるのかもしれないな。

 勇者の資格があるだけで、他の職業にも生かせそうだ。

「ゼロくんは、戦いたいの?」

「まあ……そんな感じ。悪いやつを……」

「ふふ……。悪いやつ……ね」

「サーラさんっ!」

 見ていられず口を挟む。

「なに?」

「……何匹がネコが落ちてます」

「あら。そうでした?」

 くすくす笑いながらも、サーラさんは自分の席に着く。

 まあすぐ近くなんだけど。

「ゼロ、大丈夫か?」

「お……おう。別にどうってことねーぜ」

 女子と少し話したってだけだもんな。

 あんまり、勇者という職業を否定したくはない。

 サーラさんと深く話をしてしまえば、ゼロも俺みたいに現実を突きつけられるだろう。

 ゼロや、他にも勇者を目指してるクラスメートたちには、そのまま勇者を目指して欲しい。

 勇者は、悪いやつらをやっつける正義の味方。

 ……そういうイメージ、持ち続けてもいいんじゃないか。




「サーラちゃん、すごーい。ねえねえ、どうしてそんな簡単に出来ちゃうの?」

 魔術を用いて、正面の岩を砕く。

 サーラさんはいとも簡単にやってのけ、みんなから注目の的になっていた。

「たまたまだよ。私昔っから運よくて。でももう出来ないかな。どうやって出来たかわかんない」

 少し離れた位置で、俺やゼロも同じようにやってみせた。

 けれどまあ、俺たちはそんなに人から話しかけられるようなタイプではない。

 辺りを見渡していると、ルナもまたさくっと岩を砕いていて、女子たちに声をかけられていた。

「……あのサーラってやつ。すごいな」

 やっぱりゼロは実力のある者を気にする。

 ライバル視してんのか。

「どうだろう」

「たまたまで出来るもんじゃないだろ」

 ……わかってる。

 他のクラスメートはわかってないかもしれないけど、魔力を溜め放出する術式は、訓練によって威力を増すものだ。

 たまたまで、いきなり粉々に岩が砕けるかっての。

 レベルの低い奴らは、岩にヒビを入れる程度。

 ゼロや俺だって、それなりに砕けてはいるが、サーラさんの方が上だ。

「くっそー。俺ももっとやるぜ。岩取りに行くぞ!」

「いや、他の生徒の分の岩まで砕くなよ、お前」




「お兄ちゃん、おかえり。あ、サーラさんも!」

「ただいま」

 今日も、リンは学校を休んだのだろうか。

 あ、だとすればサーラさんにはリンの相手をしてもらいたかったな。

 だって、俺の学校に着いてきたところでなんもないだろ。

 ……偵察してるのかもしれないけど。

「リン様。学校の図書室で本を借りてまいりました」

 いつの間にそんなことしてたんだ?

「ありがとう!」

 数冊の本を渡すと、リンは喜んで自分の部屋へと向かう。

 俺は、サーラさんと2人、また父さんの部屋へと向かった。


「リゼル様自らこちらの部屋へと足が向くなんて珍しいですね」

 呼びもしないのにってか。

「一応、資料に少し目を通そうと思って」

「なるほど。そろそろ部下や役職について、覚えていただきたいですからね」

「それはそうとサーラさん。学校で目立ちすぎじゃない?」

「そうですか」

「ゼロに話しかけるやつなんてそうそういないし、岩砕けるやつも珍しいんだから」

「なぜ、ゼロ様に声をかける方はおらっしゃらないのですか」

「……見た目、ちょっと不良じみてるし」

 サーラさんは、手を口元にあてくすくすと笑った。

「そうでしたか。さすがに地下で魔王様の部下たちを見てきた私からしてみれば、とてもかわいらしいお子様でしたが。あと、皆様が岩を砕けないレベルだとは思ってませんでしたので」

 見下しやがって。

 ……いや、でも確かにそうなんだよ。

 勇者志望ってわりには意外とみんな出来ないんだよな。

 俺はそこまで苦労していない。

 もちろん、ゼロが言うようにたまたまで出来るものでもないと思うけど、なんとなく出来ている。

「うちの学校ってレベル低いの?」

「低いというわけではありませんが、勇者になれる者は一握りですね。あの中ですと、上位十名ほどが専門学校へ入学出来、1人勇者になれればいい方じゃないでしょうか」

「……結構、狭き門なんだな」

「もしかしたら、元魔王様がリゼル様をあの学校へお入れなさったのも、どうせ勇者になれる者などいないと思ったからかもしれません」

「どういう意味?」

「やはりお友達と戦わせるのは酷ですからね。しかし専門学校でもない普通の学校で、勇者になれる者などほとんどいませんから」

「でも、ここから専門に行くやつはいるだろ」

「……ですので上位十名ほどがまず学校に受かるだけです。その中で1人程度です。本当に勇者を目指している者は、一般教養など身につけず、すでに専門学校に通ってます」

 まるで勇者は一般教養無いみたいじゃないか。

「ゼロは……あいつは勇者になるよ」

「……見る限りでは、努力家のようでしたね。才能もそれなりにあるでしょう」

「だろ。あいつならいけると思う」

「けれどそれなりです。ただ努力次第では否定も出来ません。わかりましたか? 奥様がゼロ様と仲良くして欲しくない理由」

「…………っ」

 勇者になれるかもしれないのは1人程度。

 その1人と俺が、仲良くなるだなんて思わなかったのかもしれない。

 あいつには勇者の才能がある。

 だから、友達にならない方がいい。

 ……わかってるよ。

 でも俺は、あいつには勇者になって欲しい。

 なれなかった俺の分まで。

そのために俺は魔王になる。


「もしゼロが勇者になったら、まず俺と戦うことになるの?」

「そうですね。ゼロ様が、目の前に魔王がいるにも関わらずわざわざ遠くの魔王を倒すなどという滑稽な戦略を立てない限りは」

「顔、合わせることになるかな」

「……しばらくは、魔王様の手前まででも充分、稼げますので。お仕事としては成り立つと思います」

「そっか。ゼロに負けてもらえば……」

 ってのもなんか違う気がするんだけどな。

「っつーか、しばらくはって? それってしばらくしか無理なの?」

「ええ。何度も繰り返しておりますと、村人……家主は呆れて援助してくれなくなります」

「……世知辛い世の中だな」

「下っ端の者たちから奪った金品でなんとか生活出来るでしょうけれど、私たちも奪われっぱなしではいられませんので」

 そのときはこっちからなにか仕掛けるってことか。

「勇者業って結構大変なんだな」

「ええ。しかし資格があれば、実力を認められますので。様々な職業に挑戦することが出来ます」

「やっぱり? 具体的にはどんな職業に就けるんだ?」

「護衛や見張り、力仕事ですね。勇者専門学校の講師補助なんかにもなれます。あとは魔王の手下とか」

 資格さえあれば、困らないか。


 リーン……

 不意に、耳鳴りのような音が響く。

 サーラさんの目つきが鋭く変わっていた。

 ……俺だけに聞こえる音ってわけでもないんだな。

「サーラさん、この音……」

「連絡網です」

そうとだけ言うと、目の前のソファに手をかざす。

かざした部分が歪み、景色が現れた。

「地下の入り口を誰かが見つけたようです」

「それって敵? 俺たちいま休業中だよね」

「魔王が倒されたかどうかも情報収集出来ない輩ですよ」

 ふう、とわかりやすくため息をつき、かざしていた手を振る。

 そこに映っていた地下のような景色はなくなり、いつものソファに戻っていた。

「ちょうどいいですね。一度、見学してみます?」

「見学?」

「魔王のお仕事を、です」

 ……確かに、すごく興味はある。

 魔王の仕事もだけれど、勇者の仕事もだ。

「出来るの?」

「参りましょう、地下に」

「う……うん」




 サーラさんは、髪をほどき1つに纏める。

 服装は相変わらず若作りしたままだけど。

 父さんの本棚から、3冊ほど本を取り出したかと思うと、空いたスペースに腕を入れ、なにかを探った。

 ゴトン、という大きな音が響いたが、なんの音かはよくわからない。

「……覚えておいてくださいね」

「え、そういうの早く言ってくれないと」

「まだ、これからです」

 これから?

 本を元に戻し、テーブルの下を探る。

 床に四角い穴が空いていた。

 覗くと、4種類のハンドル。

「……なにそれ」

「この組み合わせで、場所が指定出来ます」

「それ、絶対覚えられないから」

「まあ魔王様は最悪、玉座にだけたどり着いてください」

 いや、さすがにもう少し仕事しようとは思うけど。

 サーラさんは慣れた手付きで、4種類のハンドルをそれぞれ、右や左に捻る。

 捻る回数もどうやら影響するようだ。

 さっぱりわからん。

「こちらへ」

「うん?」

 腕を引かれ、本棚の隅へと移動すると、足元がフっと暗くなり、体が宙に浮いた。

「おぉっ?」

 違う。

 床が無いんだ。

 急に地面を失い、景色が真っ暗になる。

 落ちてるんだよな、これ。

 あがってる?

 上か下かわからず、ただ隣にサーラさんがいてくれるのだけは理解出来、ほっとする。

「っ……なにこれっ」

「今、急速に地下へと移動中です」

 ああ、やっぱり落ちてるんだな。

「着地はご自分でよろしくお願いします」

「え、いやいや、無理だって。そもそもどれくらいの高さから落ちてんの?」

「とりあえず30メートルほどでしょうか」

「死ぬよね」

「死にません。そろそろ着きます」

「うわぁああっ」


 なさけない声をあげ、つま先が地面に着いた。

 と思った直後、しりもちを着き、ひっくり返った。

「……痛え……」

「もう少し、お上手に着地なさってください」

「っつーか30メートルの高さから落ちたんでしょ?」

「移動しただけです。落ちたのならば、もっと早くに着けるでしょう」

 ……ああ。

 なんかちょっとバカにされてるよな、俺。

「……周りも見えないし、そんなのよくわかんないって」

「見えませんでしたか」

 ……それも、俺のレベルが低いからなのね。

「……ここは?」

 簡易的なベッドが置かれた小さな部屋のよう。

「夜勤の者がたまに利用する休憩室です。この時間なら誰もいないだろうと」

「人がいない所の方がいいわけ?」

「そうですね。どうせ上手く着地出来ないだろうと思ってましたので。あまりにも無様な姿を部下の前で晒したくはないだろうと」

 サーラさんなりの気遣いか。

「サーラさんて、たまに冷たいよね」

「感情で物事を捉えていては、魔王業勤まりませんので」

 ああ。

 プロフェッショナルってやつですか。

 俺とサーラさんはあくまで仕事仲間なんだろうしな。

「それではいまから偵察室へと向かいます」

「ここ、本当にうちの地下なんだ?」

「いろんなところへと繋がってはいますがね」


 連れてこられた部屋にはたくさんのモニターが設置されていた。

 あとは男の人……たぶん部下。

「サーラ様……と、魔王様っ?」

 魔王って、俺か。

 顔、知られちゃってるんだな。

「地下入り口が見つかったようですけど」

 なんでもないことのようにサーラさんが訪ねる。

「は、はい。少女です。大した装備もしておりませんが、運だけはいいのか」

 普段なら、部下の人たちが外で戦ってくれたりするのだろう。

 ただ、今は休業中。

 だからこそ、やすやすと入り口まで来られてしまったというわけか。

 すでに魔王が倒れているのに、魔王の住処へと訪れる勇者なんて普通ならいない。

 つまり、本当にただの迷子ってことか。

「ほっときますか?」

「……返り討ちにしましょう」

「しかし、サーラ様。それでは魔王様が復活したと告げるようなものでは」

「手下の生き残りとして、話をつけてきましょう」

 サーラさんは、偵察室の壁にかけてあった黒い服を羽織る。

 偵察班の物だろうか。

「リゼル様は、そこで見ていてください。未熟な勇者の末路を」

 情報収集も出来ない勇者だもんな。

「末路って。そんな虐めるみたいなことしないよな」

「……リゼル様は本当に甘いお方ですね。元魔王様にそっくりです。……わかってますよ」

 そうとだけ言い部屋を出る。

 えっと。

 俺知らない人と一緒に取り残されてんだけど。

「魔王様、こちらにお座り下さい」

「あの、そんな畏まらないでください」

「いえいえ。魔王様はなんたって魔王様ですから」

 ……俺、ただ父さんから生まれたってだけでなにかしたわけでもないのにな。

 申し訳ない。

 促されるがまま、モニターの前に座る。

「今、お茶をお持ちしますね」

「あ、お構いなくっ」

 男が出て行き1人にされる。

 まあ休業中だし、別に監視してなきゃいけないってものでもないんだろう。

 地下の入り口が映し出されているモニターに目を向ける。

 なるほど。

 少女だ。

 俺と同い年くらいだろうか。

 モニターでは解かりづらいが、赤っぽいロングへアー。

 いまから戦闘するにしては似合わないスカート。

 いや、スカート自体は似合ってるんだけど、そんなに足出して戦えないよねっていう。

 戦う気あんのか?

 眺めていると、横を向いて入り口ばかりを眺めていた少女がふっと、正面を向く。

 正面っていうか、こっち。

「…………っ」

 見上げられ、モニター越しに目が合っているような気がした。

 モニターに気付いてる?

 え、モニターってわかりやすい位置にあるの?

 ジッと見つめられ、目が離せない。

 少女は、こちらを見たままだけれど、わずかに右手が動いた。

 と思った直後、一筋の光がモニターを横切る。

「眩し……っ」

 つい口に出しながらも目を瞑る。

 なんだこれ。

 そもそも明るいの苦手なのに。

「お待たせしましたっ」

 さきほどの男の声が響く。

「あ……ああ、ありがとうございます」

 お茶を手に取り、モニターへと視線を戻す。

そのモニターはもう、真っ暗でなにも映っていなかった。


「……あの、モニター壊されたみたいなんですけど」

「ええっ! あ、本当だ」

「そういうこともあるんですね」

「無いですよ。前代未聞ですっ」

 え、そうなの。

 結構、まずい?

「モニターって、わかりやすい位置に付いてるもんだったりします?」

「いいえ。基本的には隠し撮りですので」

 ちょっと聞こえ悪いですけど。

「……さっきの勇者の人、たぶんモニターに気付いてましたよ」

「普段は、あの位置に部隊が配属されておりますゆえ、モニターなんて見る余裕、勇者には無いと思うのですが」

「この時期だからこそってことですか」

 情報収集も出来ない勇者。

 ……いや、全部こっちのことを把握しているとしたら……?

 考えすぎか。

「サーラさんなら大丈夫ですよね」

「はい。彼女は、そこらへんの部下より腕が立ちます。頭も切れますし、大丈夫でしょう」

 その思いが通じたのか、モニターが再び映り、その先にはサーラさんの姿。

「……モニターって勝手に直るんですか」

「いえ。サーラさんが修復させてくれたのでしょう」

 そんなことをしていてはモニターの位置がバレる……と言いたいところだがすでにバレている。

 それに、サーラさんとしては俺に見せたいのだろう。

「声は、聞けないんですか?」

「聞けますよ。では、このモニターのボリュームだけ上げますね」

 チラっとサーラさんがモニターに視線をくれた。

 見ておけと言わんばかりだ。


「なんのご用ですか」

「魔王倒したいんだけど今日ってお休み?」

 ……え、勇者ってこんな感じなの?

 なんだかやる気がなさそうに、ふらふらと体を揺らしている。

 口調もおっとりしていて、なんていうか寝起きみたい。

「……ご存知ないのですか。先日、魔王様は他の勇者に倒されました」

「倒されたの? どーせすぐ復活するんでしょ」

 するどい。

「とっとと倒して、大魔王とやらに挑戦したいから、早く復活させてくれないかなぁ」

「……先に他の地域へ回られてはいかがです。私どもは、魔王様の復活を願ってはおりますが、まだその時期ではございません」

「そういうの待ってるの面倒なんだよ」

「……いい加減にしてください」

 冷たいサーラさんの声が響く。

「ひぁあああ?」

 一過ぎてわからなかったけど、いつの間にか少女の服が切り刻まれ、辺りに鮮血が飛んだ。

「運よくここを見つけられたのかもしれませんが、本来、あなたのような低レベルの者が近づける場所ではありません。今、魔王様の手下が放たれていないからこそ偶然にもたどり着けた場所です。このレベルの攻撃も回避出来ないようでは、もっと手前で死んでますよ」

 サーラさんがため息を付き、背を向ける。

「ふふっ……あははは」

 うずくまっていた少女の笑い声が気持ち悪く響いた。

 モニターから目が離せない。

「回避出来ないんじゃなくて、回避する必要なんてないと思ったんだよねぇ。この程度の傷、すぐ治せるし」

 地面や服についた血はそのまま。

 傷口はよく見えないけれど、治っているのだろうか。

「無様に声などあげておきながら強がりですか」

「ちょっと悲鳴くらいあげた方がかわいいでしょ」

「そういうのは、男の方相手に使ってください」

 女同士って怖いな。

「……出してよ、魔王。いるんでしょ」




 その後、サーラさんは少女の意見もまともに聞かず、攻撃を繰り返した。

 回避が苦手なのか、回避する気が本当に無いのか。

 わからないけど少女は少女で、何度も傷つきながら、それでも魔王を出せと言い続けた。

「……あまり見ていて気持ちのいいもんじゃないですね」

「魔王様。普段でしたら私どもは、さくっと致命傷を与え戦闘不能にさせますので。こんなにも長引くことはございません」

「サーラさんが……痛ぶってると」

「そうですね。少女自身に諦めていただきたいのでしょう」


「一から出直して来てください」

「とっとと倒して、辞めたいんだよねぇ」

 ……辞めたい?

 もしかして勇者を?

 どういうことだ?

「とっとと倒せる物ではありませんよ」

 サーラさんは、少女の頭へと思いっきり手をかざす。

 あれって、岩を砕くときの……。

「ぅあああっ」

 痛い。

 想像だけで頭が痛くなる。

 さすがに、少女も気を失ったのがぐったりしていた。

「……教会へ連れて行きます。すぐ戻りますので」

 モニターを見上げ、サーラさんが俺たちに声をかける。

 こちらからの声は届かない。

 一呼吸置いて、サーラさんは少女と共にその場を去って行った。


「お茶、冷めちゃいましたねぇ」

「あ、お構いなく」

「……魔王様はこういった実践、あまり目にしたことがないのですよね」

 優しい口調で語りかけてくれる。

 ああ、俺、震えてるんだ。

 手に持ったお茶が少し零れ落ちていた。

「私たちの勝負は、相手が負けを認めたところで終わりです。殺しはしませんよ」

 すべてはパフォーマンスだから。

 仕事だから……か。

「……教会、行ってこようかな」

「なぜ、魔王様がそのようなところへ」

「ちょっと、さっきの子に話を聞きたいなーなんて」

「正気ですか? 勇者からなにかを学ぼうというのですかっ」

「うん……どういう考えか気になって」

「……地上に戻って向かわれた方がいいですね。私は止めませんよ」

「ありがとうございます」

 ……と、部屋を出たものの。

 俺、帰り方わかんないんだけど。

 また戻って聞く?

 いや、さすがになんか恥ずかしい。

 魔王たるもの、地上への出方もわからないなんて。

 サーラさんめ。

 早く戻って来てくんないかな。




「なにをなさっているのです、魔王様」

「……ええまあ、見ての通りですけど」

 偵察室の前で、座り込んでますけど。

「中でいろいろと見ていただきたかったのですが」

「見たよ。サーラさんと勇者のやり取りは見た。俺、ちょっと教会行ってみようと思って出てきたんだけど」

「なるほど。戻り方が解からず、他の部下にも聞けず途方に暮れてたわけですね」

 そういうことです。

「教会など行ってどうするのです」

 さっきも聞かれた。

「どうってことはないよ。ただ、あの子の考えがちょっと気になって」

「……確かに変な少女でしたね」

 やる気の無い勇者。

 いや、魔王を倒したがってたみたいだし、あれ、やる気あるのか?

 なんだか矛盾した態度だった。

 魔王倒して、勇者を辞めたいって。

「サーラさん。魔王倒したら勇者って辞めれるの?」

「辞める辞めないは個人の勝手ですが。そうですね。大魔王様まで倒せば将来安泰かもしれません」

 働く必要も無くなるってことか。

 もしかして、極度の面倒くさがり屋さん?

 とっとと一生分の仕事を終わらせたいっていう。

「……あの少女は舐めてます。魔王という者を」

 あー、サーラさん怒らせちゃってるね。

 しかし、あの子が南に赴けばもっと、痛い目に合っていたかもしれない。


「ひとまず今日のところは戻りましょう」

 サーラさんに着いて、連れて行かれた部屋には本棚やら家具が所狭しと置かれていた。

 また、ごちゃごちゃと操作をし始める。

 ……絶対にこれ、しばらくは覚えられないって。

 周りが真っ暗になり、体が持ち上げられるような感覚。

 なんか苦手だな、この感じ。

 たぶん、一気に30メートル上がってるんだろう。

「いってぇ」

「気圧の変化には自分でご対応ください」

 相変わらず、言うのが遅い。

 気付くと父さんの部屋でソファの上に転がっていた。

「俺、教会に……」

「あの傷でしたら万全な状態になるまで2日ほどかかるでしょう。明日でもまだ教会にいるはずです」

 明日の帰りにでも訪ねてみるか。




「リゼル。おはよう」

 ゼロのテンションが少しだけ低い。

 あいかわらず俺の後ろにサーラさんがいるせいか。

「おはよう」

「昨日、俺んちの近くの教会に女の子が運ばれたんだけど」

 ……そういえば、ゼロの家は教会の近くだったか。

 確実にサーラさんが運んだ少女のことだ。

 テンションが低い原因はそれか?

「ゼロが女の話するなんて珍しいな」

「っ……なんつーか、魔王はもういないはずなのに、誰にやられたのかって近所で話題になってる」

「事故とかじゃなくて?」

「……あれは誰かの仕業だ」

 まあ一目見れば事故での傷か、誰かにやられた傷か、わかってしまうだろう。

 というか、俺は知ってるし。

 ……ここにいるサーラさんの仕業。

「魔王が復活したとか?」

 少し冗談っぽく言ってみる。

「だとしたら俺、早く勇者にならないと」

「そうだな……。がんばろうぜ」

 ポンっとゼロの肩を叩くが、ゼロは黙ったまま、深刻そうな顔をしていた。

「ゼロ?」

「……実はさ。こないだの能力テストの結果、資格管理してる人に見てもらったんだ」

 資格管理してる人?

 勇者資格のことだよな。

「このままじゃ、受からないって」

「え……」

「わかってるよ。んな甘くねぇって。これから努力して能力値上げればいいんだしっ。けどさ……どう努力すりゃいいのかわかんねーしっ」

 努力。

 ……なんてもの、俺はあまりしてこなかった。

 けれどゼロより成績はいい。

 だから、なにもうまく助言出来そうにない。


「……なあ、ゼロ。もし、魔王がずっと復活しなかったらって考えたことある?」

「……ねーけど。たぶん、平和だろ」

「うん。そしたら勇者もいらないんだよな」

「……勇者が、いらない?」

 勇者になるためには魔王が必要。

 勇者に憧れる者が、魔王のいる世界を願うだなんて、おかしいけど。

 魔王はいなくちゃいけないんだ。

「………勇者が……いらない」

「……ゼロ? 悪い。あんま深く考えんなよ? 実際魔王は、いつ復活するかわかんねー状態でいるんだろうしっ」

「ああ。そうだよな」

 ゼロも、もしサーラさんに諭されたら、夢を打ち砕かれるかもしれない。

 いや、ゼロに現実は見せちゃ駄目だ。

 ルナにも、クラスメートにも。




「今日は模擬戦を行う。魔法は使わず剣を用いた武術のみで戦いましょう」

 学校で簡単に治癒出来る範囲でってことか。

 用意された武器は木を削って剣に見立てたものだ。

 どうやら先生が勝ち負けを判断するらしい。

 ……サーラさんとはやり合いたくないんだけど。

 名前を呼ばれ、適当に対戦していく。

 あんまり傷を負わすのも気が引けるから、俺は相手の剣を叩き落としたり、腕ばかりを狙っていた。

 それなりに繰り返していると先生が、戦闘を止めて俺が勝ちだと宣言してくれる。

「ふぅ……」

 さすがに、こう長引く戦闘方法ばかりだと疲れてくるな。

 次は一気に腹でも突いてとっとと……。

 そうは思ったが、そろそろ終盤だ。

 予想通り、勝ち上がっているのは俺とゼロ、ルナ、サーラ。

 ゼロはともかく、ルナとサーラさんの腹突いてとっとと……ってのはちょっとな。

 サーラさん相手にそれが出来る自信はないけど。

 万が一出来たとしても後が怖い。


「リゼルくん、よろしくね」

 俺の相手はルナか。

「よろしく」

「それでは、はじめっ!」

 先生の声と共に、ものすごいスピードでルナが俺へと距離を詰める。

 いきなり腹辺りへと突きつけるよう剣先を向けられた。

「っ……」

 見かけによらず容赦ないな。

 自分が考えていた戦法を先にやられつい笑ってしまう。

 もし刺さってたらいくら木でも結構な怪我だ。

 後ろに体を移動させながら、剣先を左手で掴む。

 これ実践だったら完全に左手切れてるけどな。

 でも、今は今の戦い方がある。

 掴んだ剣先を左横へずらすと、ルナは少しだけ前へとよろめいた。

 少々気は引けるが、よろめいたルナの腹に右手で剣を……繰り出そうとしたところで、ルナの左足が俺の腹を狙い蹴りあがってきた。

「おいおい……っ」

 どういう体のバランスしてんだよ。

 そもそもめちゃくちゃだ。

 剣での戦い方とはいえない。

 まあ俺も人のこと言えないけど。

 持っていた剣を捨て、ルナの膝を右手で止める。

 と、容赦なく右足も回りこんできた。

 宙に浮いてますよ、ルナさん。

 それを左手で受け止め、足首を掴みあげる。

 なんだかみんなの視線が痛いがこうでもしないと、勝てる気がしない。

「ふっ……」

 ルナの口元が企むよう笑った。

 なんだ、それ。

 そう思った瞬間、ルナの左足を受け止めていた右手に違和感を感じる。

「っ……!」

 止めた気でいた。

 けれど、ルナは曲げていた左足を伸ばすように、つま先で俺の右腕を弾く。

 なんでそんな、重力に逆らうような動きしてんだよ。

 恐怖心無いのか?

 左にずらしたはずの剣が、俺の脇腹に向かって来る。

 体勢が体勢だけに、本物の剣ならともかく木ならさほど痛くはない。

 わざと切られるようにし、俺も右足の裏で、ルナの腹を踏みつけるよう蹴り飛ばした。

「っ!」

 あ、思いっきり命中しちゃったし。

 さすがに足首を離すと、背後に飛ばされながらも、綺麗に着地する。

 痛くないと思っていた脇腹は少しだけズキズキした。

「やめっ」

 先生の声が響き、俺は少し脇腹を押さえながらも剣を拾う。

「リゼル。君の防御は実践では通じがたいぞ」

「……ですよねー」

「わかっているならいい。ルナは、スピードを生かしたいい攻撃が出来ていた。体勢を崩しながらあれだけの攻撃が出来るのはすばらしい。リゼルもよく塞いだ。ただ……」

 先生がふぅっと息を吐く。

「剣を用いた武術だと言ったはずだ。途中で剣を捨てるとは」

 ああ、そんなの忘れてた。

 だって、ルナが剣じゃなく足技で来るもんだから。

 ……もしかしてあれ、全部フェイント?

「よって、勝者はルナとする」

 ……まあしょうがないか。

 クラスメートたちからは拍手を貰ったが、正直、あまりいい気はしない。

 剣と言っておきながら足で蹴り飛ばしちゃったし。

 先にやってきたのはルナの方だけれど、ルナの足技は結局俺に当たってない。

 むしろ当たってたらもう少し気はラクだったかな。

「ルナ、大丈夫?」

「大丈夫よ。ありがとう。……リゼルくんは優しいのね」

「え……?」

「あまり傷つけないようにって、気を使って戦ってる感じがすごく伝わってきたわ」

 ああ、やっぱりそういうのってバレちゃうか。

 なんだか申し訳ない。

 手を抜いたみたいだし。

 抜いたつもりはないんだけど。

「ごめん」

「ううん。楽しかった」


 サーラさんとゼロの戦いは、二人とも一歩も引かない状態がしばらく続いたが、偶然を装うようにしてサーラさんが勝利していた。

 ちょうど、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「よかった。サーラさんと戦わなくて」

「そうなるよう、ゼロ様との試合を長引かせていただきました」

「わざとだったの?」

「私はこんな学生たちに仕事でもないのに負けるのは屈辱的です。しかしさすがにリゼル様やルナ様を倒しトップになるのは気が引けますので」

 ルナ様?

 なんでわざわざ様付けなんてしてんだ。

 珍しいな。

 にしても、戦わないようにしたってわけね。

 やっぱり普通に戦ったらサーラさんがトップなんだろうな。





 放課後、1人、教会を訪れた。

 サーラさんには先に帰って貰い、ゼロとも顔を合わせないようにして。

 とはいえ、どこにいるのか。

 うろうろしていると、神父さんと目が合った。

「なにか悩み事ですか?」

「いえ……その、友人が昨日、ここに運ばれたみたいで」

「ああ。あの少女のお友達ですか。こちらへどうぞ」

 通された部屋は、質素な作りで、ベッドが4つほど並んでいた。

 いまはあの少女しか、休んでいないようだ。

 たぶん、普通の怪我なら病院へ向かうだろう。

 ここは普通の医者では治せない魔術などをかけられた者たちが運ばれる場所。

「2人の方がいいですかな」

「あ……その」

「なにかありましたらまた声をかけてください」

 そう言い残し神父は部屋を後にする。

 ……この少女をこんな目に合わせたのは、俺の身内なのに。

 ベッドへと近づくと、少女は寝返りを打ち俺を見た。

「っ……」

 元々起きてたんだろうか。

 それとも起こしちゃった?

「すいません、俺、ここの近所に住んでる者なんですけど」

 移動できる範囲なら近所と言ってしまっても構わないだろう。

「なーに?」

「魔王にやられたんじゃないかって、噂になってて。ちょっと気になって」

「魔王の手下だよ。けれどたぶん、上の方の人」

「上の方とかわかるんだ?」

「すごい強かった。下っ端だと思って油断しちゃったんだけど」

「それって、油断してなければ勝てたかもしれないってこと?」

「……わからない。けど私も強いから」

 少しやる気のない様子。

 それでもはっきりした口調でそう言った。

 自分の強さに自信があるのか。

「君って、勇者なんだよね」

「うん。アンナ」

「……アンナ?」

「私の名前」

「ああ。俺はリゼル」

「リゼルね。……君も勇者なの?」

 俺は小さく首を横に振る。

「憧れてはいるんだけど」

「憧れ?」

 アンナが寝転がったまま首を傾げる。

「どうしてリゼルは勇者なんかに憧れるの?」

 ……勇者なんか?

 どうしてって言われても。

 そりゃ、事実を知ってる今、手放しで勇者という職業がいいとは思ってない。

 けど、憧れるやつは多いだろう?

 アンナはもしかして勇者事情を知っちゃってるのか。

 ……魔王の復活を望むくらいだ、ある程度は知ってるんだよな。

 普通、魔王が倒されてたら喜ぶものだし。

 それを早く復活させて倒したいだなんて。

 ……そっか、お金目当てってやつか。

「俺は、強くなりたいから……かな」

「ふーん」

 たぶん、悪いやつらをやっつけたいだとか、村人に感謝されたいだとか。

 そういった意見は、真っ向から否定されただろう。

 悪いやつらってなに? なんて聞かれても俺は答えられないし。

「アンナは、どうして勇者に?」

「家業を継いだだけ」

「家業?」

 俺が、魔王を引き継いだみたいに?

「うち、代々勇者だから。勇者になるって決まってたんだよねぇ」

 勇者の子供は勇者って?

 そうとも限らないけど、それはまあ親の育て方次第か。

「それで、もう資格も持ってるんだ?」

「資格はすぐ取れたよ。でも勇者って、よくわかんないんだよねぇ」

 同じだ。

 俺も、勇者って職業についてはよくわからなかったりもする。

「……リゼルの前で言うことじゃないか」

 俺が、勇者に憧れてるから?

「いいよ。言ってくれて」

「なりたくてなったわけじゃないからさ。もっとほかにしてみたいこともあるし。こんなよくわからない魔王と戦ってお金貰うお仕事にやりがいなんて見出せないよ」

「辞めようとは思わないの?」

 っていうか辞めたいって言ってたよな。

「思うよ。けど親の手借りなきゃお金も無いし。てっとり早く稼ぐには勇者の資格を使うのが都合いいんだよね。大魔王まで倒せば、しばらく働かなくても生きていけるらしいし」

 やっぱり、お金が目当てか。

 本当に、勇者としての誇りややりがいみたいなものは持ってないんだな。

 否定するつもりはないけど、なんだか悔しい。

 俺はなりたくてもきっとなれないし。

 ……俺以外にも、なりたくてもなれないやつはたくさんいるだろう。

 たぶん、今のクラスメートの半数以上がそれになる。

 実力がないのだからしょうがない。

 しょうがないんだけど。

 俺が憧れた勇者はこんなんじゃない。

 なりたいと思う人がなって、戦って、その見返りに少しくらい金品を戴くことにはなるだろうけど、それは生活する上での足しで。

 なんていうか、もっと熱いんだよ。

 こんなやる気のないやつ、勇者じゃない。

 資格があるだけで、金のためだけに動くやつなんて。

 ああ、サーラさんが聞いたら、それがお仕事です、とかなんとか言いそうだけど。

「うん、やる気のない勇者に、魔王は負けないよ」

 つい口走ってしまった。

 この子には負けたくない。

 そんなことを思ってしまう。

「……リゼル、怒ってるの?」

「怒ってないけど」

「だから言ったじゃん。リゼルの前で言うことじゃないって」

「いいんだ。聞かせてくれてよかった。そういうやる気のない勇者もいるんだなってわかったし」

「一応、こっちも体張ってるんだけどー」

「わかってる。けど、無理だと思うよ」

 仮に俺は倒せても、南の魔王は絶対倒せない。

「あと、アンナは勇者が好きじゃないんだよね。だったら名乗らなくていいんじゃないかな」

「……どういうこと?」

「というか、名乗って欲しくないっていうか」

「なぁにそれ」

「だって理不尽だ。ずっと勇者になりたくて努力してるやつらは本当にたくさんいる。けれど、才能が無くて諦めてるやつもいる。そんなやつらより君の方が上だなんて。君は両親のおかげで大した苦労もせず勇者になれちゃったんだろう?」

「ははっ……。まあ確かにそうだけど。血筋ってものがあるからね。それも運命じゃん」

 運命か。

 

 ……なにがこんなにイラつくかって、たぶん妬みだ。

 俺がなれなかったものになっているから。

 しかもあっさりと。

 絶対、勝たせねぇ。

「ごめんね、休んでるところ。早く良くなるといいね」

「うん、ばいばーい」

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